083.新人教育とそれぞれの戦場
「ほら、戦場はこんなものでは即死ぬぞ。気合を入れろ。剣を手放すな。即座に魔法を撃て。掠りもせんぞ、目を瞑っていても避けられる。貴族院で何を学んでいた。しっかりと地を踏みしめ、相手の動きを読め。歩法がなっておらん、そんなんじゃうちの騎士は務まらんぞ」
「はいっ! ていっ! やっ! くっ、本当に全然当たらないっ。これが救国の英雄の実力」
「一人では相手にならん。十人全員纏めて掛かってこい」
「「「はいっ」」」
ラントは子爵家の騎士や魔法士を募集していた。そしたら恐ろしい程の申し込みが来た。
何せ反乱に加担して取り潰しになった中小貴族があったのだ。取り潰しでなくとも賠償金で許された家もある。だがどの家も白い目で見られる事は間違いない。
最も不幸だったのが寄り親に従い、疑うことすら許されず反乱に加担した子爵や男爵家だ。彼らは積極的に反乱に加担していた為に多大な賠償金を課せられた。簡単には払えない額だ。
そして問題はその子供たちだ。貴族院に通い、騎士や魔法士、文官の夢を見ていた子供たちがいた。
だが彼らの将来は閉ざされた。貴族院でも白い目で見られ、卒業しても彼らを雇う者は居なかった。卒業後の雇用先が決まり、働いていたが解雇された者もいる。王城に勤めていた者すら解雇されたのだ。当然他の貴族家もそれに習う。
とばっちりと言えばとばっちりだが、実家が問題を起こしたのだ。子供にも罪が及ぶ。幼少の子供はともかく貴族院に通っているということは既に成人しているということだ。責任は当然有りとみなされる。実家の無謀さを止めなくてはならない立場なのだ。
しかし将来有望な者や貴族院でも頑張り、優秀な成績を取った若者があぶれている。魔法士資格や騎士資格を持った者があぶれている。そこに「過去不問」の文言のついたラントの募集だ。
当然彼らは時の英雄、クレットガウ子爵に雇われれば肩身が狭い思いをしなくてよくなると殺到した。なにせクレットガウ家の執事や騎士、魔法士を名乗れるのだ。
ラントは実家がどうとかは気にしない。実力さえあれば採用する。だが本人の資質や性格も大事だ。飛びついてきただけで傭兵や荒くれ者と変わらない性質の者も居る。貴族の仮面を被り、大人しくしているだけで叛意とは言わずともラントを恨んで居る者もいる。なにせ彼らの実家を直接的に陥れたのはラント本人だからだ。
どうせ潰されていた反乱だがラントが手を下したことは変わりがない。ラントを恨む者は当然居るだろう。強い光には常に影がつきまとう。嫉妬も同じだ。有名税と言うやつだろう。こればかりはラントもどうにもならない。甘んじて受け入れるしかない。
(ふむ、契約の魔法はきちんと機能しているな。良いことだ)
故に念の為、彼らには〈契約〉の魔法を掛けさせることを条件に受け入れた。簡単に言うとラントの魔力を纏っている者へは攻撃ができなくなるという契約魔法だ。
束縛は厳しく、ラントは子爵邸の使用人や侍女、執事たちに自身の魔力が籠もったブローチや首飾りをつけるようにさせている。マリーやエリー、公爵邸やランドバルト侯爵邸の者たちにもだ。当然王家の方々にも魔法効果を付与して様々なアクセサリーをプレゼントしている。
そしてラントの魔力を纏っている者へは剣でも魔法でも傷一つ付けられない。つけようとしても体が勝手に硬直して動けなくなるのだ。魔法も唱えられなくなる。無詠唱だろうが何だろうが同じだ。発動しない。
「ふむ、筋は悪くないな。鍛え甲斐がある」
そうして集まったのがクレットガウ子爵家騎士団と魔法士団だ。年は様々で若い者から王城の騎士団や魔法士団に入っていた者まで居る。彼らも実家のとばっちりで解雇されたのだ。だがサバスやデボラが面接し、少しでも性格に難があるものは全て弾かれ、残った精鋭たちだ。鍛えれば物になる者たちだけ選抜された。
(まだまだ未熟だが、まぁ鍛えればなんとかなるか。先は長そうだがな。未来ある若者が路頭に迷うのも可哀想だろう。それに女子は可愛い子が多いしな、くくくっ、楽しみだ)
当然侍女の応募も山程来た。本来婚約し、卒業後即結婚する予定だった女子たちが大勢あぶれたのだ。彼女たちは行き場がない。しかし子爵家の侍女なら大歓迎だと聞いて飛びついた。
故にまだ若い子女が大量に侍女として雇われた。元伯爵邸を維持するにはそれなりに人数がいる。ラントは侍女たちを顔採用で選んだ。多少難があろうと顔が可愛ければ採用したのだ。ただし条件がある。ラントに抱かれることだ。これを誓った者だけが採用される。
どうせ仕事など厳しい侍女長にしごかれれば嫌でも覚える。デボラに選ばれた先輩侍女たちは厳しいのだ。生半可な覚悟で仕事などできない。即座に放り出される。
彼女たちも必死だ。実家に戻ってもいる場所などない。婚約者もできない。恋人に振られた者さえ居る。ラントの愛人になる程度、路頭に迷うよりは余程良い。何せ貴族院の淑女コースしか通っていない子女たちだ。魔法も剣も、家事すらできない。
他にできることと言えば体を売ることだけだ。貴種の女を好む男たちは大勢いる。人気はでるだろう。だが同じ抱かれるならば不特定多数の下町の汚い男たちにではなく、男らしく、見目も良く、王家の覚えもめでたいラントに抱かれたいに決まっている。
平民との子は魔力が低いが、ラントとの子ならば魔力の高い子が産まれる。子の将来を考えるならば魔力は幾らあっても良い。さらにクレットガウ家に保護されれば体面も保てる。時の英雄クレットガウ家に勤めていると言えば誰も実家のことなど口には出さない。思っていても言えないのだ。それほどの力がクレットガウ子爵家にはある。
貴族院に通っているが将来はラントの愛人になるので子爵邸で雇ってくれという貴族院生まで現れる始末だった。当然歓迎した。
◇ ◇
「デボラ、ラントの侍女や使用人たちを集めて居たのでしょう。面接は厳しくしたの?」
「当然でございます。見目の良い、魔力を多く持ち、礼儀も成っている子女のみを採用致しました。倍率は十倍を超えました。しかしその後、更に希望者が殺到しました。騎士や魔法士たちもです。ラント様はもっと採用しても良いと言って居ましたので使用人用の棟に部屋を与えております。侍女用の棟では入り切らなかったのです」
「まぁ、それほど応募が来たの? ラントは人気ね」
デボラは苦笑いしながら続けた。
「ラント様を慕い、有能な応募者も居ましたが大勢は行き場のない若者や他の貴族家から解雇された者です。ですが実力は相応にあります。実務経験もあります。そんな彼らをラント様は寛容にも受容されました。クレットガウ家はまだ新興です。それにラント様に雇われれば彼ら彼女らの面子も保たれます。クレットガウ家に仕えているというだけで、他の貴族からは白い目で見られるどころか羨ましがられるでしょう。なにせラント様の側に侍る事ができるのですから」
「そうね、まぁいいわ。今度様子を見に行きましょう。ラントの事だから可愛い子は全員採用しているわよね?」
デボラはやはり苦笑した。そして首肯する。
「その通りでございます」
「構わないわよ。当主が侍女や使用人に手をつけるなんて貴族の世界ではよく聞くことだわ。それを暗黙の了解ではなく、明文化して募集を掛けただけじゃない。今更よ。この公爵邸もランドバルト侯爵邸ももう既にラントの庭よ」
「男子は騎士や魔法士になれなくても傭兵やハンターになると言う者も多かったようですが女子はどうしてもそうは行きませんからね」
「そうね、貴族崩れの傭兵やハンターは多いわ。実際そういう輩に襲われたもの。でもラントは一瞬で蹴散らしてくれたわ。それに魔法士は魔法士試験にさえ通ればなれるはずよ。雇ってくれる先があるかどうかは別ですけどね」
「その通りでございますね。魔法士資格を持っていても解雇された者たちも居ましたので採用致しました。あぁ、お労しや。マルグリットお嬢様がそんな目に合うなんてなんと神は残酷なことでしょう。ですが神はマルグリットお嬢様を見捨てませんでした。マルグリットお嬢様の危地にラント様を遣わしたのです。ラント様はまさに神の遣いなのでしょう」
デボラが大袈裟に言う。だが冗談ではない。ラントは完璧なタイミングで助けに入ってくれた。ラントのお陰で助かったと言って過言ではない。マリーの当時の魔法の技量ではどうにもならなかっただろう。人に向けて撃てたかも確かではない。
だが今は違う。ラントの為ならば攻撃魔法など幾らでも敵に向かって撃とう。野盗や盗賊など幾らでも消し炭にしてくれる。マリーはそう覚悟を決めていた。
実際当時から中級の魔法くらいは放てたのだ。死を覚悟するには少しばかり早かった。覚悟が足らなかっただけだ。死に逃げていたとも言える。凌辱されるくらいなら死を、と考えていた。
だがそれを「甘い」とラントは断じた。覚悟を持てば魔法で蹴散らせたとラントは言った。何せ相手は油断していたのだ。騎士と戦って数も減っていた。確かにとマリーは当時の情景を思い出して思ったものだ。
実際に人を殺した経験があるわけではない。汚れ仕事は全てラントがやってくれたからだ。
ただラントは人を殺せるか殺せないかは死にたいか生きたいかではなく、覚悟の問題だと言い放った。覚悟さえあれば人を殺す魔法を躊躇なく放てる。そして今のマリーは覚悟を決めきっている。ラントの敵であれば滅ぼす覚悟がある。マリーの瞳はギラリと光っていた。
「マルグリットお嬢様が手を汚す必要なんてもうありませんよ。公爵家騎士団も魔法士団もラント様に鍛えられて精強になっています。マルグリットお嬢様は政治的にラント様を助ければ良いのです。政治は珍しくラント様が比較的苦手とする分野です。お嬢様にはお嬢様の戦場があります。そこで戦えば良いのです。夜会でも茶会でもお嬢様は最強です。敵など居ません。お嬢様はお嬢様の得意分野で戦えば良いのですよ、マルグリットお嬢様?」
エリーが断言した。それもそうだ。もう王都に着き、数ヶ月が経っている。冬も終わりそうになっている。次の年が始まろうとしている。マリーはマリーの戦場でラントを補佐すれば良いのだ。それならば得意だ。だが魔法の訓練は止めるわけには行かない。いつ何時危機が襲ってくるかわからない。たまに魔法士たちに攻撃魔法も習っている。魔法書も読んでいる。貴族院に居た頃よりも必死だ。
なにせラントとの旅路で幾度も怖い目にあった。公爵令嬢として守られているだけではダメだ。せめて一糸報いることくらいは出来なければならない。ベアトリクスは王妃でありながら魔導士並の実力を持っている。コルネリウスも剣も魔法も使う。ただ披露する機会がないだけだ。
マリーも魔力は高い。人には言えないが神気も持っている。マリーを襲う輩は必ず油断しているだろう。何せ公爵家の令嬢だ。戦えると思うのが間違っている。その油断を突く。そうすれば格上にも勝てるとラントに教えられた。その通りだと思った。
マリーもエリーもラントから攻撃用の魔道具を貰っている。守護の魔道具も貰っている。簡単に害することなどできない。自動的に結界が張られ、魔法を弾き返し、魔剣ですら止める。
「ふふふっ」
マリーはラントから貰った国宝の首飾りを撫で、その後左手薬指に嵌められた指輪を見つめた。大切な人から貰った贈り物だ。大事にせねばならない。
「あぁ、ラント。早く帰ってこないかしら。叔母様ったらラントに色々押し付けすぎるんですもの。コルネリウス兄様もよ、ラントが頼りになるからと言って仕事を押し付けすぎですわ。おかげでラントとの時間が減るじゃないの」
マリーは王城に居る叔母と従兄弟に呪詛を吐いた。




