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081.久々の下町とドワーフ

「マリー、ちょっと王妃殿下の命で下町に行ってくる。何日か掛かるかもしれん。だが必ずこの館には帰って来る。大人しくして待っていろ」

「えぇ、愛しいラント。わたくしはいつでも貴方をお待ちしていますわ。下町は危険なのでしょう。ですがラントですから大丈夫ですわね。ふふふっ、救国の英雄が現れたとなれば下町が騒然となることでしょう。ちゃんと家紋のついた馬車に乗って行くのよ。アレックスで駆けるなんて許しませんわ。貴族は毅然として行動するものよ、わかっていて?」


 ラントはしまったと思った。アレックスで一人で駆けるつもりでいたのだ。それが一番早い。だがもうラントも貴族だ。貴族としての自覚を持てとマリーは言っているのだ。ラントは大人しく従うことにした。幸い馬車は一台家紋を入れ直して魔改造したものがある。御者も雇っている。騎士はいないが公爵邸の騎士を借りることにしよう。四人も居れば十分だ。


「馬車を使う。しっかり整備しているか?」

「はっ、完璧に整備しております。お出かけでしょうか」

「あぁ、王妃殿下の命で少しな。下町に行く。騎士は公爵家から借りるから良い。御者だけ寄越せ」

「すぐに準備致します」


 家令は本当にすぐに準備をした。騎士たちは既にマリーから借り受けている。久々に下町にでる。だがハンターとしてではない。貴族としてでるのだ。


「開門、開門」


 貴族街の門が開く。馬車はゆっくりとアレックスに曳かれて城下町の大通りを進んでいく。まだここは一区。高級商店街が立ち並ぶ場所だ。目的の場所は更に街の外れまで行かなくてはならない。職人たちは薬品や大きな音を立てる。火事や爆発も稀に起こす。故に王都でも外れの場所に固まっているのだ。


「職人ギルドに話を通す。まずはそこに行け」

「畏まりました」


 御者に指示をだす。即座に彼は頷いた。良い操車だ。ラントが魔改造を施しただけあって揺れは存在しない。なにせこっそりスプリングを仕込んだのだ。マリーが存在を知れば驚くだろう。だがスプリングは作り上げるのが難しい。王都の職人が居なくなってしまう。それはまずい。ラントは自重を知る男なのだ。

 だからスプリングの存在は秘匿している。だが自分の為には使う。こっそりとベッドやソファにもスプリングを仕込んでいる。伯爵邸の侍女や使用人たちを食べる時に彼女たちが驚く様に笑えてしまう。誰も彼もその柔らかさと寝心地の良さに感動するのだ。


「トール、出てこい。暇なんだ」

「ワン!」


 馬車の中は暇なのでトールと遊んでいると職人ギルドについた。貴族の家紋のついた馬車だ。しかも正式な家紋のついた馬車は貴族本人か、先代か、後継者しか使えない。元は伯爵家が使っていた物なので質も高い。

 職人ギルドの近くの平民たちはざわついていた。お貴族様が来たのだ。お忍びではない。立派な馬車だ。その持ち主を一目で良いから見たいのだろう。

 ラントはマントを翻して馬車から出た。それだけで視線が集まる。町娘たちが一瞬でラントの姿に一目惚れする。美しい娘が居た。ラントに見惚れている。たまには下町の娘をつまみ食いするのも良いかも知れない。

 その娘に手でこちらへ来いと合図した。娘は夢遊病者のようにラントに近づいてくる。馬車の中で待っていろと命じたらすぐさま「はい」と頷いた。貴族の言葉に逆らう平民は居ない。自分だけでなく家族まで首にされるかもしれないからだ。ラントは満足して職人ギルドに入っていった。


「ランツェリン・フォン・クレットガウ子爵だ。王妃殿下の命に寄って職人たちをスカウトに来た。有能なドワーフを求めている。紹介状を書いてくれ」

「はい、畏まりました。しかしドワーフたちは頑固ですよ。貴族様であっても素直に従うかはわかりません」

「構わん、秘策がある。大丈夫だ。ドワーフを十人ほど連れて行くかもしれん」

「本人たちが納得しているのならば構いません。これがリストです」

「仕事が早いな」

「お褒めの言葉、恐悦至極でございます」


 受付嬢もなかなか肝の座った女だった。なにせ荒くれ者の職人を纏める職人ギルドに勤めているのだ。肝が据わってなくてはどうにもならない。ラントはニヤリと笑い、職人ギルドを去った。


「お前、生娘か?」

「はい」

「ふふふっ、ならばその花、俺が散らしてやろう。文句はあるか?」

「いえ、ありません。お貴族様、お名前をお伺いしても?」


 町娘はなかなか礼儀が仕込まれている。良いところの家の娘なのだろう。よく見れば平民でも良い服を着ている。ラントはぺろりと唇を舐めた。こういう娘は大好物なのだ。


「ランツェリン・フォン・クレットガウだ。知っているか?」

「王都でその名を知らぬ者は居りません。救国の英雄様ではないですか。ご尊顔を拝謁できただけで幸せでございます。是非私の花を手折ってくださいまし」

「時間がない。この場でやるぞ」

「はい、どうぞご賞味くださいませ。今日は受胎日でございます。クレットガウ子爵のお子を孕んでも宜しいですか?」

「構わぬ、好きにしろ。孕んだら俺に言え。面倒を見てやるとまでは言わんが金を払ってやる。ついでに花代だ。好きに使え」

「ありがとうございます。大事に育てますね」


 ラントは娘の破瓜に大金貨を取り出した。平民ではそうそう見る金貨ではない。娘はその金貨の美しさに目を輝かせていた。戯れにただで花を手折られるのではない。自身が選ばれ、その花の価値に大金貨の値がついたのだ。娘もそれを理解し、喜んでいた。更にラントを見つめる瞳が熱くなっている。すでに体は火照っているようだ。

 ラントの馬車は激しく動いていたが、遮音の結界とスプリングの効果で誰にも気付かれることはなかった。

 職人街に着く。娘は腰砕けになっていたので騎士の一人に送るように申し付けた。騎士はラントが一瞬で美しい町娘を虜にしたことを羨ましそうに見ていた。


「ここか、おい、親方はいるか?」


 ラントは一つの工房を訪ねていた。多くのドワーフが勤める大きな工房だ。王都でも有名な工房だと言う。並んでいる剣や槍を見ているだけで腕がわかる。凄腕だ。

 ここの工房ならラントの求めるもの、いや、ベアトリクスが求める物を作り上げることができるだろう。ここは当たりだとラントは笑った。いくつもの工房を渡り歩かねば成らないと思っていたが想像以上に早く役目を遂げられそうだ。


「なんじゃ騒がしい。なんだ? 貴族なんぞの相手などしておられん。儂は忙しいんじゃ。他を当たれ」


 流石ドワーフだ。貴族相手にも一歩も怯むことはない。それでこそ職人でドワーフだと思った。ラントは知り合いにもドワーフがいる。彼らは頑固で無骨を絵に書いたような種族だ。だが彼らにも弱点はある。ラントはそれをよく知っていた。


「ふむ、上質の蒸留酒があるのだが興味はないか。俺にしか作れぬ秘蔵の酒だ」

「小僧、それを先に言え。まず飲ませろ。まずかったら許さんぞ」

「ふふん、美味いに決まっている。ドワーフの火酒並に強いぞ」

「いいから早く出せ」


 ラントは蒸留酒を出した。茶色のガラス瓶に入っており、飴色の液体がグラスに波々と注がれる。親方はストレートで一気飲みした。流石ドワーフだ。普通はそんなことをすれば倒れる。だが平気な顔をしている。


「こんな酒は初めて飲んだ。どうやって作った。詳細を言え」

「この酒を作るには十年掛かる。作り方は教えてやる。酒も樽でやろう。どうだ、話を聞く気になったか?」

「当然じゃ、これほどの蒸留酒、ドワーフの秘酒にも勝るとも劣らぬ。儂ですらちろりと舐めることしか許されぬほどの秘酒よ。それが樽で味わえる。なんと甘美なことか。早く話せ。何の用だ?」


 ドワーフの親方の心は掴んだ。あとは簡単だ。ラントはニヤリと笑った。だが本題に入る前に軽くジャブを打つ。


「腕が良いな。良い剣や槍を飾ってある。だが値段が高いな。買う物はいるのか」

「見る目のない奴になど儂の作品を使わせられるか。金のないものなど相手もせんわ。この値段でも相応よ。見る目があり、金も持ち、相応の使い手でないと売らん。お主ならどの剣でも槍でも売ってやろう。もしくは魔剣を専用で打ってやっても良いぞ。お主、相当やるだろう。見るだけでわかるわ」

「ふふん、これが俺が打った魔剣だ。どうだ」


 親方はかぶりついてラントの魔剣を見つめた。


「見事な作じゃ。儂の作る魔剣に勝るとも劣らん。更に自身で作っているのでお主の魔力によく馴染んでおる。ふむ、ということは剣や槍が目的ではないのだな」

「そうだ、この金属を見ろ。これが本題だ」

「むむっ」


 ラントが取り出したインゴットを親方は見つめた。手に取り、ルーペで必死に解析しようとしている。あまり採掘されないチタンを使った合金だ。簡単に解析できるものではない。


「見たことのない魔法金属じゃ。それで、これを作れというのか」

「配合は教えてやる。本来は秘伝だがな、王家の馬車にこれを仕込む。わかるか?」

「板バネじゃな。揺れの少ない馬車ができるであろう。王家だろうがどの貴族家だろうが求めるであろうよ。ただし量産はできぬ。元の金属が希少じゃからの」

「わかっているじゃないか。とりあえず王家の馬車だけで良い。作れるか?」


 親方は胸を張って自信満々に言った。


「儂を誰だと思っている。配合表まで渡されて作れん金属はない。幾らでも作ってやろう。だが儂の仕事は高いぞ。数年先まで予約が埋まっておる。命とあれば仕方なく先に作ってやるが、その分特急料金じゃ。わかっておるな」


 ラントは呆れた。なんと強欲なドワーフだ。


「蒸留酒だけでなく特急料も取ろうというのか、強欲だな」

「酒は話を聞く時間の代金じゃ。じゃが良い酒じゃった。少しは割り引いてやろう」

「よし、じゃぁこの設計図通りに合金を作り、板バネを作成してくれ。できた分だけ即座に王家に納品するんだ。俺が命令書を書く。即王城に届くぞ」

「わかった、代金は後払いか?」

「ふむ、では白金貨を一枚先払いしておこう。どうだ、材料費にはなるだろう」


 ラントは白金貨をピンと弾いた。だが親方は渋い顔をする。怒りすら露わにした。


「阿呆、白金貨など使えるか。せめて大金貨にせよ。あと酒は置いていけよ、先払いじゃ」

「仕方ないな」


 ラントは大金貨十枚を親方に渡した。蒸留酒の樽もドンと床に置く。親方は目を輝かせて樽を見つめていた。

 木材も合金も指定している。設計図もある。この親方なら即座に仕上げるだろう。


 とりあえず国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、王太子妃殿下の分があればいいだろう。あとは順次王子殿下や王女殿下の馬車を改造していく。

 仕事は魔導士たちにやらせる。ラントが一度だけ見本を見せる。魔導士たちも鍛えねばならない。

 ラントも馬車の改造などで時間を取られる訳には行かないのだ。やりたいこと、やるべきことは山程ある。ついでに彼らも鍛えられる。一石二鳥だ。なにせ魔力制御が伴っていないと王家の馬車を傷つけるのだ。本気で取り組むだろう。慌てる魔導士たちの顔が浮かんだ。ラントはニヤリとほくそ笑んだ。

 その後親方とは話が合い、しばらく話し込んだ。魔剣や魔槍、希少な金属の話など多岐に渡った。ラントが貴腐ワインを出すと驚いていた。一本進呈しておいた。これで親方の心は掴んだ。どんな注文が入っていようとラントの頼みなら即座に聞いてくれるだろう。

 ドワーフは頑固であるが仲良くなれば即座に親友のようになる。仲間意識が強いのだ。

 ラントが凄腕の鍛冶もできる錬金術師であると知ると親方はまるで旧来の親友のように話を振ってきた。ラントと親方は長い時間話し込んでいた。弟子や小僧が呼びに来て怒鳴りつけられていた。そしてラントは親方と酒を酌み交わしながら楽しい時間を過ごした。

 これで王妃殿下の懸念は解消されるだろう。命令は完了だ。王妃殿下もご納得されるに違いない。

 ラントは久々の下町の雰囲気を味わえ、美しい町娘も食べられ、王都でも有数であろうドワーフの親方と仲良くなれたことで満足な一日を過ごした。


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何か…セリフが一々臭いかな…? 大魔導士の方はこんなんじゃないのに…
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