008.追手
「何を考えているのだ、殿下は」
ジョルジュ・フォン・ブロワはここ数日ずっと苛立っていた。
マルグリットが国外追放になったのは周知の通りだ。王太子の印章が入った命令書と共に国外追放が決定されたと書簡が来た。それだけでも憤慨物だと言うのに騎士に守られた馬車が襲われたことを漸く知ったのだ。北部にあるブロワ家では南部の情報はなかなか集まらない。情報戦ですでに負けていることにも怒りが湧いてくる。
家令の執事服のジョセフが宥める。
「旦那様、怒っていても事態は解決致しませんよ」
「影の報告ではマルグリットの死体はでなかったと聞いている。くそっ、まさか護送に国の騎士で固められるとは思わなかった。それになぜ南部国境を使った。国境は他にもある。南部を選ぶ理由などないはずだ。更に騎士団を壊滅させる野盗だと? 信じられるか」
「マルグリットお嬢様の行方は知れていませんが、国境に姿を現したという情報もありません。どこへ消えたのでしょう」
ジョルジュはドンと執務机を叩いた。そうしたからと言ってマルグリットが戻る訳でもない。そして即座に次の疑問に思い当たる。
「くそっ、そちらも影を入れて調べろ。だがアーガス王国で謀反だと。ありえん。ランドバルト侯爵は信の置ける友好的な男だった。帝国の脅威を十分わかっている男だ。あの男が謀反を企むなど考えられん」
ジョセフは静かに言う。
「そちらは調べてみましたがおよそ半年前にランドバルト侯爵家は弟が継いだようでございます。まだランドバルト侯爵はそれほどのお年でないはず。病気とも聞いておりません。謀反だと考えられます」
「あちらは南方だからな、情報がなかなか届かん。まさかそんなことになっていたとは。これは帝国の関与が疑われるな。ジョセフ、国境の管理をしっかりと行え。更に要塞を守る辺境伯軍にも連絡を入れろ。しかし王太子殿下はどうしたというのだ。前お会いした時は聡明な方だったぞ。マルグリットとも仲良くやっていた」
王都にジョルジュが居た時、王太子殿下とマルグリットは幾度も茶会を開いていた。その様子は親の欲目を除いて見ても仲睦まじいものだと記憶している。
貴族院に居た三年でどうしてそうなったのか全く理解できない。
王家と四大公爵家との繋がりをわからないほど阿呆にはとても思えなかった。
「恋は盲目と申しますからな。しかし行いが明らかにおかしいです。そちらも調べましょう。関わっているという子爵令嬢も怪しいですな。子爵家は南方の家でございますし」
「あぁ、頼む。くそっ、公爵になど成るものではないな。日々の仕事が多すぎる。即座に王都に駆けつけて陛下や殿下に問い詰めたいのに簡単には動けん。無事にマルグリットが国境を抜け、アーガス王妃殿下の元へ辿り着けられていればまだ安心できたものを」
「北部国境を任せられているのです。仕方ありません。帝国の影があるというのなら尚更です。閣下が王都に向かわれれば誰が指揮をするのですか」
「クラウスも良い年だ。そろそろ任せられるのではないか?」
「坊ちゃまですか。そうですね、領地の管理も半分程任せています。貴族院での成績も優秀でした。後継ぎも生まれていますし良い頃合いかも知れません」
「爵位を渡すのはまだ先だが経験はさせて置いた方がいい。流石に陛下や殿下を問い詰めるのは荷が重かろう」
「では」
「あぁ、王都に行く。確かめねば」
ジョルジュは即座に嫡子クラウスを呼び出し、王都に行く旨を伝え、懸念や注意事項などを引き継いだ。
クラウスは驚いていたが可愛がっていた妹が国外追放の憂き目にあったのだ。その報を聞いた時、クラウスは即座に王都に向かおうとしたものだ。だがジョルジュが諌めた。公子の立場では陛下や殿下は問い詰められないと。
クラウスはジョルジュがようやく動くと聞いて喜んだ。大量の書類の束も同時に渡したがイヤな顔一つしなかった。
ジョルジュは即座に様々な指示を出し、最速で王都に向かった。
◇ ◇
「せっかくだから観光をしたかったですわね。マリーお嬢様」
「そうね、エリー。でもそんな場合じゃないわ。ここはラントの言う通り敵地なのよ」
マリーたちはセイリュー市を発っていた。三日も休めば体力も回復する。だが宿から外に出されることはなかった。むしろ監禁に近い扱いだった。なにせ部屋から一歩も出る事はなかったのだ。
ラントは度々宿から出て帰ってきては唸っていた。手書きの地図を作り、経路を考えていたようだ。結局決めた経路は真っ直ぐ王都へ向かう物ではなく、大きく迂回するルートを通ることになった。
「ここがランドバルト侯爵の今の占領地だ。国の四分の一に近い。よくここまで進軍したものだ。この場所に旧大帝国要塞がある。古い要塞だが頑強だ。更に交通の要所でもある。三つの大街道が敷かれていてどの大都市へも攻め込める場所だ。狙いは王都だろうが攻め込まれると思えば二大都市を任されている貴族もそう易々と軍は出せない。それに王都との合間には大きな平野がある。野戦をするにも都合が良い。ランドバルト侯爵はしばらくここで留まるだろう」
「根拠はありますの?」
ラントは少し首を捻って続けた。
「勘だ。だがこれにはおそらく帝国が関与している。友好国との国境を任されている侯爵が反乱など簡単に起こすものか。ありえない。更に王都の目は南部に向く。帝国との国境は北部にある。もしかしてマリーの追放劇にも帝国が関与しているかもしれないぞ」
「それはほんとですか!?」
エリーが大きな声を上げる。
「帝国はアーガス王国よりも、更に言えばエーファ王国よりも魔導技術が高い。子爵家の令嬢程度が王太子殿下をどうにかできるなんて思わん。マリーの話では阿呆ではないのだろう。立太子もされていたということは無能ではないということだ。それなのにただの令嬢に転がされる? そんな夢想は物語の中で十分だ。それよりも帝国が関与していると考えたほうが余程理屈に敵う。更にランドバルト侯爵の謀反だ。これが同時期に行われるなんて帝国の関与を疑ってくれと言わんばかりだ。むしろ関与していなかった方が俺は驚くね」
「そうなのですね、ラントは知見も広いのですね。驚きましたわ」
マリーは幾度か王太子殿下の為人をラントに聞かれたことがある。聡明で先を見る目があり、国家を継ぐに足る器だとマリーは色眼鏡なしで答えた。
「帝国には三年いた事がある。驚くほど栄えていたぞ。後継者争いで一時荒廃していたらしいが現皇帝の評判も高い」
「そうなのですか。なぜ帝国を抜けたのですか?」
「あそこは実力主義が強い国だ。実力者も多い。貴族に配下になれと迫られたんだ。それで見切りをつけて逃げてきた。声を掛けてくれた伯爵は好戦派だ。戦の道具にされるなんてごめんだ」
ラントは嫌なことを思い出したと言葉を濁した。
マリーたちはドレスを脱ぎ、また皮鎧を着けてバトルホースに乗って街道を走っている。ラントは汗一つかかず走ってついてきている。相変わらずの健脚だ。ラントの魔法技術なら〈身体強化〉の練度が高いのかも知れない。
それから村を二つ通り過ぎた。途中で休みを入れ、発つ前に野菜や肉などを買って行く。村は長閑だが、魔の森に近いということで柵に覆われて櫓も立っていた。
「そろそろ次の街だ。二日の休憩を取る。間違っても街に出たいなんて言うなよ」
「わかりましたわ」
「ふぅ、せっかくのアーガス王国だと言うのに内戦とは運がありませんわね」
「マリーの追放劇と内乱は連動していると言っただろう。ブロワ公爵は北部を守る要なのだろう。マリーが狙われたのはそれが原因だろう。公爵家と王家を引き離したいんだろうな」
「でもそれラント様の想像でしょう」
エリーはラントの予想を信じていないようだ。想像だとぶった切りにした。
「どうかな。七割の確率で自信があるぜ。なにせ帝国では侵略派が広がっていたからな」
ラントは七割と言ったがそれ以上に自信があるように思えた。よく考えてみると王太子殿下の様子はかなりおかしかった。何か魔法や魔道具で操られていると考えた方が納得はできる。
(帝国の策謀などと考えたことはなかったわ。でもないとは言い切れないのが辛いところね)
子爵令嬢は可愛らしくはあったがどこか演技が混じっていた。社交をしていれば相手が仮面を被っているかどうかくらいすぐにわかる。王太子殿下が見破れないとは思えない。
だが子爵令嬢は驚くほど多くの信奉者を集めていた。訝しく思うほどに。一年の時は生意気な子爵令嬢がいると噂になった。だがそれも三年時にはあまり気にする者も居なかったように思える。
「ちっ、追ってきたか。バレたか? いや、数が少ない。騎士団じゃないな。アレックスたちか」
その声を聞いてエリーが驚く。マリーも驚いた。
「え? 追手ですか?」
「あぁ、五人かなりの速度で近づいて来ている。通常の移動でそれほどの速度は出す必要がないはずだ。少なくともバトルホースの足に追いつくのは普通の馬では難しい。だがアレックスたちなら可能だ。あいつらは三級だけあってバトルホースを二体従えているからな。王都に向かうと言っていたのにこっちに来るのは怪しすぎる。少し隠れてやり過ごすぞ」
ラントが指示するとバトルホースが街道から逸れる。ラントが片手を振るうとバトルホースの足跡や草をかき分けた跡などが消える。相変わらずの魔法の腕前だ。
宮廷魔導士の腕前は流石に見たことはないが、ラントはマリーの知る限り最高の魔法士だった。ブロワ公爵家に仕官しても叶うだろう。
「くそっ、追って来やがった。やっぱり俺たちを、いや、マリーを狙ってやがる。おい、バトルホースから降りろ。そしてその岩の影に隠れておけ。結界を張る。絶対に出てくるんじゃないぞ。俺が絶対に守る。安心しろ」
マリーたちがバトルホースから降り、バトルホースと共に大岩の影に隠れる。ラントが結界を張ってくれる。出てくるなと言われてもこれほどの結界を破れるほどマリーたちに魔法の腕はない。ラントが死ななければ結界から出ることも叶わないだろう。
絶対に守ると明言してくれたことも安心に繋がった。心臓がドキンと跳ねたくらいだ。
マリーに取って常に護衛は付いていた。守られることには慣れている。だが襲撃されるなど今まで一度もなかった。実際に守られたことはないのだ。
(ラント、どうかご無事で)
マリーは岩陰に潜みながら祈った。
マリーの父親が初登場しました。ブロワ家でも当然問題になっています。公爵が直接動き出します。
そして初めての戦闘シーンです。次話ではラントの実力の一端が明かされます。
マリーとエリーは隠れて祈るしかできません。
いやー、エリーは評判悪いですね。でもこれがこの世界で貴族が持つ平民への当然の考え方です。マリーはまだマシです。そのうちエリーも理解らさせられます(ネタバレ
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