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077.帝国宰相の誤算

「なぜ帰って来ぬ。おかしいぞ」


 アウグスト帝国宰相、オイゲン・フォン・ヴァイマルは執務室で唸っていた。

 ラントの勇名は帝国にも響いている。なにせせっかく仕掛けた内乱があっという間に平らげられてしまったのだ。間者たちに首謀者は誰か調べ上げさせ、即座にラントの名前を聞いた。元平民のハンターで戦功により騎士爵から一気に子爵まで叙されたというから驚きだ。

 だが帝国では珍しいことではない。帝国は実力主義だ。一代で伯爵や侯爵に上り詰める物もいる。それほどの英雄が敵国であるアーガス王国にいるのが問題だ。


 故に精鋭の暗殺者たちを放った。影の中でも有数の力を持つ者たちだ。必ずラントの首を取ってくれるものだと信じていた。

 だが影たちは帰らない。もうとっくに首を持って帰還していておかしくないはずだ。

 更にアーガス王国で子爵が死んだとの話もなかった。つまり英雄と祭り上げられた子爵は自力で暗殺者たちを撃退したのだ。

 軍師タイプだと思っていたが、個人の武勇も凄まじいらしいことがそれだけでわかる。


「おい」

「はっ」


 オイゲンは参謀を呼び出し、ラント暗殺計画を立てさせた。必ず殺さねばならない。まだ子爵だ。発言権も小さい事だろう。だが伯爵、侯爵となれば暗殺など簡単にはいかなくなる。今の内に危険な芽は取り除く必要がある。

 だがオイゲンは三度暗殺者を送り出したが一人も帰ってこなかった。


「どういうことだ。おかしいぞ。なにかがおかしい。儂の知らぬ事が起きている。有りえぬ。お前たち、確実に計画を実行したのだな?」

「もちろんでございます。宰相閣下。影の精鋭を三組、アーガス王国に放ってございます。しかし一人として帰りません。既に潜ませていた間者たちに帰るよう促してもなしの礫です。どういった事か、非才の身では訳がわかりません。申し訳ございません」

「構わぬ、儂ですらわからぬのだ。皇帝陛下に聞いてみるか。以前魔導士を借りて王太子を狙ったのだがそれも阻止された。アーガス王国にそれほどの戦力はない筈だ。もしやアレも子爵が? まさかっ、精鋭の魔導士だぞ。帝国の宮廷魔導士に勝るとも劣らぬ魔導士たちを送り込んだのだ。きゃつらが負けるなど信じられぬ。ぐぬっ、情報が足らぬ。間者を増やせ、斥候を放て。暗殺者を追加しろ。必ず情報を持ち帰り、クレットガウ子爵の首を持ち帰るのだ。行けっ」

「はっ」


 影の長は畏まる。だが誰も帰って来ることはなかった。ラントの張った罠によって秘密の抜け道で全ての暗殺者、間者は死んでいた。そして死毒粘液魔により消化吸収されていた。定期的に獲物が来ることで死毒粘液魔は喜んでいた。そして主であるラントに良い場所を紹介して貰ったと感謝していた。



 ◇ ◇



「ふむ、これが公都か、流石に堅牢だな」

「北方屈指の大都市であり城塞都市です。公爵閣下は北の守りの要。要塞が抜かれた際はここが次の戦場になります。ですがクレットガウ子爵が強化したのであの要塞は生半可な戦力では抜けないでしょう。土壁も見事なものでした。帝国は壁を発見し、支城を見て度肝を抜かすでしょう。その様子を見てみたいものです」


 ラントたちは帰途に公爵の治める公都に寄っていた。小さな一夜城はすでに建築し終わり、辺境伯はラントの魔法の腕と一夜で支城が二つも建ったことに驚いていた。

 ラントは北方要塞を守る辺境伯たちの度肝を抜いて感謝された。ついでに騎士や魔法士を鍛える指南書を渡した。ラント謹製の物で王都の騎士団や魔法士たちはマニュアルのように使っている。辺境伯はその素晴らしさに息を吐き、感謝の言葉を述べた。彼の心も掴んだ事だろう。

 北方の要、辺境伯の信用は得るに限る。武人肌であったこともあり、ラントとは話が合った。戦略や戦術などを夜を明かして酒を飲みながら語り合ったものだ。


 すでにラントと辺境伯は親友のようになっていた。孫娘を娶らないかとまで言われた。興味はあったが流石に丁重にお断りした。マリーがいる。更に侯爵の愛娘まで側室に内定している。流石にマリーの許可を得ずに側室を増やすのはまずい。ラントはマリーに嫌われたくないのだ。迂闊な約束はできない。貴族同士の決め事なのだ。色よい返事をすればそれは契約となってしまう。破る事は許されない。それが貴族の間柄と言うものだ。


「それにしても見事ですな。幾度か来ましたがこの城塞都市を攻めようとは思えません。ですが帝国軍が大挙してやってくれば怪しい物です。帝国軍はアーガス王国よりも広く強い。要塞が抜かれれば王家が飛び上がって震えるでしょう。公爵閣下も気が気でないでしょう。ですが北方の守りが公爵閣下に課せられた使命。必ずや成し遂げるでしょう。クレットガウ子爵が要塞も堅固にされました。きっと大丈夫でしょう」

「そうだな、俺もこの城塞都市を落とせと言われたら尻込みしてしまう。それほど見事な都市だ。流石公都だな」


 騎士隊長がラントの声に答える。彼もなかなかの腕前だ。暇な時は彼らと腕試しをして騎士団たちを鍛えた。

 支城などラントがやれば即座に作れるが、それでは魔法士たちが成長しない。ラントの指示をやりきった魔法士たちは公都での褒美に目を輝かせている。何せ簡単には通えぬ高級レストランで飲み放題食べ放題。さらには高級娼館までついてくるのだ。喜ばぬ筈がない。

 ラントは騎士たちにも同等の褒美を与えることを約束していた。金はうなるほどある。だが金は使わねば経済が回らない。だから持ち出しをするつもりだったのだが、ラントの働きに満足した辺境伯が「帰りに騎士や魔法士たちを労ってやれ」と白金貨を二枚ポンと渡してきた。流石辺境伯だ。懐が深い。

 だが白金貨が二枚あっても最高級娼館とレストランに百五十名の人員を賄うのは難しい。ラントは自身の財布から持ち出しもして彼らを労うことに決めた。


「さて、公都に来たのだ。公爵閣下に挨拶せねばならぬ。騎士隊長、ヴィクトール、着いてこい。残りは最高級の宿を貸し切っている。既に先触れは出している。存分に最高級の宿を堪能し、綺麗に身を清めてこい。娼婦とは言え最上級の娼婦だ。汚れた身で行けば嫌われるぞ。最高の男ぶりに身だしなみを整えるのだ。なぁに、王都から来た騎士や魔法士と言われれば必ず美女たちからもて囃される。騎士や魔法士の給金ではなかなか通えん娼館だ。存分に楽しめ。俺の奢りだ」


 ラントの檄で疲れ果てていた騎士や魔法士たちは元気を取り戻した。我先にと指定された高級宿に殺到する。宿も上客を逃す訳には行かない。何せ貴族と宮廷魔導士が泊まるのだ。精一杯もてなしてくれるだろう。

 宿は儲かってよし、騎士や魔法士は最高のもてなしを受けて良し、ラントは彼らの忠誠を買えて良しの三方良しだ。多少懐がいたんだ所で問題はない。度量の大きな所を見せて彼らの歓心を買うのだ。それがラントへ向けられる嫉妬の目を減らしてくれる。

 騎士や魔法士たちの実家はほとんど貴族だ。彼らは実家に帰ればラントの凄まじさと度量の大きさを自慢げに話すだろう。そうすれば彼らの実家もラントへの嫉妬などはしていられない。騎士や魔法士たちから必ずラントを敵に回してはならないと忠告されるからだ。

 ラントは策がうまくいったと思い、ニヤリと笑った。



 ◇ ◇



「お初にお目に掛かります。ランツェリン・フォン・クレットガウ子爵でございます。公爵閣下に拝謁できて光栄でございます。任務の帰り道故、このような格好で失礼致します」

「気にするな、クレットガウ子爵。楽にせよ。お主が噂の救国の英雄か。会えて嬉しいぞ。儂も行けるならば戦場を駆けたかったものだ。だが北方の守りがある。いつ帝国が殺到してくるかはわからぬ。動けなかったのだ。力になれずに済まなかったな」

「いえ、公爵閣下の使命は北方の守りにこそあります。陛下のご信頼も厚い様子。でなければこれほどの都市を任せられるなどありえません。私などつい自分ならこの城塞都市をどう攻めるか考えてしまいました」

「はははっ、救国の英雄に攻められては儂も堪らぬ。勘弁してくれ。それで、城の魔術陣を改良してくれると言う話だったな。本来なら秘事だが王太子殿下の印もある。特別に入室を許そう。こちらだ、ついてこい」


 公爵は覇気のある老人だ。辺境伯と言い公爵といい、北方の貴族たちは帝国の脅威に晒されている為武人肌が多い。ラントの隠された実力を見抜き、即座にじろじろと見られた。お眼鏡には適ったようだ。ほっと安心する。


 ラントたちは公爵城の地下に居た。公爵城を守る要でもあり、都市全体を守る広域結界も同じ場所にある。大粒の魔法石や上位魔物の魔核が使われている。魔術陣も見事なものだ。だが流石に少し古い。

 ラントは要塞や王城で行ったようにヴィクトールに指示を出しながらやらせた。これで城塞都市の守りはより堅くなった。例え帝国軍でも簡単には落とせない。

 王都は中央より北方よりに建設されている。それは魔物の脅威が少ない場所であり、交通の要衝であるという立地が最も良かったのと、帝国の脅威に備える為だ。

 ラントと騎士団長、ヴィクトールは公爵にもてなされ、豪華な夕食や酒を堪能した。客室には明らかに貴種の娘とわかる美しい娘が送り込まれてきた。ラントは当然のように食べ散らかした。お替りもしたくらいだ。そうして公都での夜は更けていった。




「ただいま、マリー。待たせたか?」

「いいえ、ラント。帰りは待ち遠しかったけれどほぼ一月と少しと期限通りよ。約束を守ってわたくしの元へ帰って来てくれたのね。でもね……」


 マリーはラントが帰って来ると嬉しそうに抱きついてきた。ラントの汗を嗅いでいる。それはマリーの癖のようなものだ。優しく抱擁を返す。

 しかしマリーの顔色が優れない。どうしたと言うのだろうか。マリーの表情を曇らせるなど許せる物ではない。ラントはどう対処してやろうかと頭の中で高速で陰謀を巡らせた。

 だが思わぬ所から声が掛かってきた。


「お主がランツェリン・フォン・クレットガウ子爵か。良い面構えをしておる。ふむ、マルグリットはお主にベタ惚れのようだな。だが儂はまだ認めておらぬぞ。マルグリットの伴侶になりたいと願うのならば儂に認められねば許されぬ。然と心得よ」

「は?」


 ラントは唖然とした。なぜならばもう既に領地に帰っているはずのこの館の本来の主、マリーの祖父、公爵閣下が階段を降りてきたからだ。

 ラントは一瞬何が起きたのかわからず、フリーズした。


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ラントをフリーズさせるなんてやるやん
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