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076.壁

「流石音に聞くクレットガウ子爵だな。まさかたった三日であのような堅牢な強化をしてしまうとは思わなかった。見事な物を見せて貰った。要塞の防御が数倍にも上がっただろう。これで帝国など恐ろしくはない」

「お褒めの言葉、有難き幸せ。ですがこれだけではありません。渓谷には小さな支城を作り上げます。そうすれば帝国軍が近づいてきても即座にわかります。その準備をしています。あと一週間ほど滞在させて頂きます。その時にはまた良い物を見せられるでしょう」


 辺境伯は顎に手を当てて頷いた。もうラントの言葉を信用しないと言うことはない。


「ふむ、期待していよう。卿の発言は大言壮語でもないことが本日のことでよくわかった。陛下は良い臣下を得たのだな。その若さで軍略に明るく、魔法の腕も宮廷魔導士並だとか。恐ろしいことだ。卿が帝国側に居なくて良かったとホッとしているぞ。ガハハッ。敵にすれば恐ろしいが、味方にすればこれほど頼もしいものはない。いずれ伯爵、侯爵と爵位が上がるだろう。早く俺と肩を並べるのだな。待っているぞ」


 バンバンとラントは強い力で肩を叩かれた。辺境伯はお喜びのようだった。機嫌が良い。だが少し肩が痛かった。辺境伯は鍛えていることもあって筋骨隆々なのだ。力いっぱい叩かれてはラントですら堪らない。しかし相手は上位者だ。文句など言えよう筈がない。ラントは後でこっそり治癒を掛けようと思いながら司令官室を辞した。


「ヴィクトール。動くぞ。先日偵察に行った場所があるだろう。あそこに行く。騎士たちもついてこい。魔法士たちは指示したものを作り始めろ。一週間も時間がないぞ。俺はギリギリの仕事しか与えん。死ぬ気でやらんと間に合わんぞ。だがその分褒美は多くくれてやる。気合を入れて挑め。要塞の魔法士たち、良い物を見せてやる。着いてこい。目に焼き付けろよ、一度しか見せんからな」


 ラントはヴィクトールに声を掛け、魔法士たちに発破を掛けた。魔法士たちはやる気満々だ。ラントが与えた城の部品の図面とにらめっこしながら石材を必死に移動させ、訓練場を二面も使って作り上げている。これなら大丈夫そうだ。


「それで、ここで何をなさるのですか」

「壁を作るのだ。ほれ、崖に向かって爆裂魔法を撃て。崖崩れを起こさせろ」

「正気ですか? ここは魔境ですよ。魔物が襲ってきてしまいます。最悪大氾濫が起きますよ」

「氾濫が起きればちょうどいい。帝国側に追い返して帝国に対処して貰おう。そら、早くやれ。狙いはあそこだ。間違うなよ」

「はい、一キラメルと言われると難しいですがこの距離なら問題ありません」


 崖の高さは二百メルほどだ。ヴィクトールはラントの指示通り幾度も爆裂魔法を放った。崖が崩れ岩石が落ちてくる。ついでに魔物も落ちてくる。ほとんどが岩に潰されて死ぬが生き残っている魔物がいる。ラントが指示を出し、騎士たちに狩らせる。

 美味い肉の魔物が居たのでこれは辺境伯への土産にしようと思った。要塞では美味い物などなかなか食べられはしない。この魔物肉は蒸し焼きにすると美味いのだ。トールもラントも大好物である。


「ふむ、トール。お前ちょっと狩りをしてきて構わんぞ。収納鞄を貸してやろう。狩った獲物はこれに入れて来い」

「わん!」


 ラントがトールを呼び出すとトールは喜び勇み、二百メルの崖などなんともなしに登りきってしまった。何せ一回通った魔境だ、トールに取っては庭のようなものだ。どんな魔物が来てもトールには敵わない。トールはラントの秘密兵器でもあるのだ。当然タダのダイヤウルフなどではない。


「あれは本当にダイヤウルフの子供ですか? 内包魔力がとんでもないような」

「ヴィクトール、アレは俺の切り札の一つだ。見なかったことにしろ。お前くらいの実力者にしかトールの実力は見抜けん。トールはダイヤウルフの子供だ。良いな? ディートリンデ王女殿下やヘルミーナ王女殿下も可愛がっている。間違っても強大な魔物だなどとは漏らすなよ。そんな危険な魔物を王宮に連れて行ったとバレれば俺の首が飛ぶ」

「わかりました。クレットガウ子爵がそう言うなら他言致しません。それにしても死毒粘液魔と言い凄まじい従魔たちを連れていますね」

「グリフォンも掴まえて従魔にしているぞ。普段は魔境で放し飼いにしている。奴らは大食いだからな。飯代だけで金貨に羽が生えたように飛んでいく。とても賄いきれん。それに貴族街にグリフォンを放し飼いにするわけにもいかんだろう。グリフォンなどを見たら騎士団が飛んでくるぞ。だがグリフォンに乗った景色は良いぞ。いつか乗せてやる。楽しみに待っていろ」


 ヴィクトールは驚きながらも笑った。

 グリフォンは強力な魔獣だ。グリフォン便などで少数テイムされているが相当上位の魔導士が居ないとテイムなどできない。それをラントが個人で所有していると言われて驚いたようだが、ラントならおかしくはないと思い直し、笑ったようだ。

 ラントはグリフォンのつがいを従魔にしており、子作りさせている。子が生まれればラントによって強化がなされ、幼い頃からラントに従順な獣魔になる。ラントは早くグリフォンの子供を見たいと思っていた。だが強力な魔物ほど繁殖力は低い。なかなか生まれない。こればかりは仕方がない。ラントは辛抱強く子が産まれるのを待っていた。


「さて、ヴィクトール、魔力はまだ残っているか。流石宮廷魔導士だな。正確無比な爆裂魔法、とくと見せて貰った」

「ですがクレットガウ子爵の爆裂魔法には敵いません。あれほど見事な爆裂魔法は始めて見ました」

「あれは魔力制御を極めんといかん。指南書は宮廷魔導士にも配ってあるだろう。目を通さなかったのか」


 ヴィクトールは目を見張って大袈裟に首を振った。


「まさかっ、あの指南書に目を通さない宮廷魔導士などいません。ハンス閣下のご用命なのです。従わない宮廷魔導士などいる筈がありません。しかし本当にあれだけのことをなされたのですか? かなり厳しい訓練メニューでしたが。いえ、決してできないとは言いません。必ずやり遂げて見せます」

「それでいい。俺は十にならん頃にやらされたメニューだ。それで魔力制御力を鍛えた。十にもならん子供にやらせるなど鬼だとは思わんか? 俺の師匠は頭のネジが数本外れているのだ。当時は虐待だと思いながら必死になりながらメニューを熟していたものだ」

「なんと、十にならぬ頃からアレを。信じられません。しかし納得もできます。クレットガウ子爵の魔法の並々ならぬ腕、あれだけのメニューを幼い頃からやっていたからこそなのですね。私も負けていられません。必ず追いついて見せましょう」


 ヴィクトールはキリッとキメ顔でそう言い切った。流石イケメンだ。語る言葉も自信に溢れている。良い返事だ。だがラントもそう簡単に負けてやるにはいかない。


「お前が育っている頃には俺はもっと高みにいる。精々頑張ることだな」

「頂きは遠いですね。クレットガウ子爵様が伝説の大賢者だと言われても驚きませんよ」

「俺は北方のしがない伯爵家の三男だ。大賢者などとおだてるな。驕り高ぶって修行をサボりそうになるじゃないか。まだまだ俺も頂きなど見ておらん。大賢者の視点に立ってみたいものだ。どんな景色だろうか。おそらく国王陛下が見ている景色よりも帝国の皇帝よりも素晴らしい景色だろう。いつか見てみたいものだ」


 ラントが笑うとヴィクトールや騎士たちも笑った。ヴィクトールや騎士や魔法士たちはラントなら必ずその頂きに立ち、いずれ放浪の大賢者と並び、大賢者と呼ばれるであろうことを信じていた。それは宮廷魔導士長のハンスですら成し遂げられなかった偉業だ。


「さて、良い感じに崖崩れがおきたな。良い仕事をしたぞヴィクトール」

「いえ、言われた通りに魔法を放っただけですので。それでこれほどの大岩や土砂、どうなさるのですか」

「当然壁を作る。渓谷が繋がっているから帝国から侵略されるのだ。壁があれば簡単には抜けられぬ。見ていろ。土の精霊よ、我が呼び声に応えよ。我が意を汲み、固く何者にも侵されぬ壁となれ。〈土壁〉」


 ラントが大量の土砂や岩に魔力を浸透させ、呪文を唱えると高さ五十メルはあり、長さは二十メルもある壁が作られた。幅は渓谷に合わせて百メル以上ある。ラントの魔力で強化されているので鉄よりも固い。簡単には抜けられないだろう。更に奥に行けば支城があり、強化された要塞がある。いくら帝国が強大でも簡単には侵略できない。


「まさかっ、こんなっ、あり得ない」

「これほどの魔力、クレットガウ子爵の魔力は底なしか!」

「本当にこれが同じ土壁だと言うのか? 初級か中級の魔法だぞ? 規模が明らかに違い過ぎる。これほどの土壁、土壁一つで城が建つぞ。これが救国の英雄の底力か、とても真似はできぬ」

「噂以上の実力だ。王太子殿下が重宝しているのも頷ける。敵に回れば勝てる気がしないな。恐ろしい」


 ヴィクトールはラントが使った妙技に目を見張っていた。連れてきた要塞の魔法士たちも驚いている。騎士たちは落ちてきた魔物を狩り、見張りをしている。だがラントの使った魔法には驚いたようだ。

 ヴィクトールは〈浮遊〉を使い、上からもラントが作った土壁を見ている。

 これで国境が繋がる渓谷は封鎖された。


(ついでだ。帝国要塞に魔物を押し付けてやろう)


 ラントはトールに念話を送り、帝国要塞近くで暴れるように指示した。

 トールはラントの指示通り帝国要塞近くで暴れ、更に強力な魔物を要塞近くに落とした。

 強力な魔物は二百メル落ちた程度では息絶えはしない。ラントはトールと同調して彼の視点で帝国要塞を見ていた。

 大量の大鬼オーガの軍団が崖から落ちたようだ。上位種もいる。トールに追い込むように指示する。するとトールは崖から降り、オーガたちの後ろに回り込み魔力の籠もった咆哮を使った。


 オーガたちはトールの咆哮に恐れ慄き、逃げ惑い、帝国の要塞に突撃していく。その様はまるで要塞がオーガの軍団に襲われているようであった。実に二百を超えるオーガの軍団だ。近くに集落でもあったのだろう。トールの視点で帝国要塞がオーガの軍団に襲われて大慌てになっているのを視て、ラントは大声を出して笑った。ヴィクトールたちは急に笑い出したラントに驚いているようだ。

 刺客を送ってきたのだ。帝国はラントの敵だ。多少は溜飲も下がった。だがまだ許す気はない。いずれ帝国には目にものを見せてやろうと心の中で誓った。


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