075.虎口
「なんと、渓谷内に支城を作ると申したか。お主正気か? 帝国がそんなこと許すはずもなかろう。攻め込んでくるぞ」
要塞司令官であり辺境伯である男はラントの言葉に驚いた。そしてぐいと近寄り、問いただしてくる。だがラントはそんなことで怯みはしない。堂々と宣言する。
「閣下、私には秘策があります。魔法士たちも其の為に連れて来ました。大丈夫です。私を信じてください。必ず支城を作り、且つこの要塞をより堅牢にしてみせましょう。帝国の要塞に負けない要塞に仕上げてみせます。多少の騎士や魔法士は借りますが一月も掛かりません。大丈夫ですよ」
「ふむ、その自信満々の顔。大言壮語ではなさそうだ。王太子殿下の命令書もあり、クレットガウ子爵に従えと書いてある。宜しい、卿に騎士でも魔法士でも兵でも好きに使うことを許可しよう。俺の短剣を預けてやる。これを見せれば要塞の者は騎士でも魔法士でも必ず卿の言葉に従おう」
「はっ、ありがたき幸せ」
ラントは跪いて両手で短剣を受け取った。これを為せば北方を守る辺境伯の信を受けることができる。更に北方守護を任されている公爵家にもラントの名は響くだろう。
王太子の命は無茶な物だったがラントには不可能ではない。本当に秘策があるのだ。豊臣秀吉の一夜城を参考にさせて貰った。日本の歴史を知るラントにしかできない秘策である。
「クレットガウ子爵、本当にできるのか。必ず帝国の邪魔が入るぞ。あれほどの大言を吐いて大丈夫か?」
「俺は言葉に出したことは必ず為して見せる。帝国軍の偵察などなんということもない。お前たちも一兵も欠けることなど許さんぞ。大丈夫だ、俺が指揮をする。安心してついてこい」
ヴィクトールが心配そうにラントに声を掛けてきた。だがラントは堂々とヴィクトールの疑問に応えた。魔法士たちはこき使うが、これもラントの功績になる。伯爵位も近くなるだろう。マリーを娶る為には爵位を上げなければならない。大言まで吐いたのだ。吐いた唾は飲み込めない。ラントは自分を追い込む意味でも大口を叩いたのだ。
ラントの自信満々の表情に騎士たちや魔法士たちは信頼の表情で応えた。ラントなら為せる。そういう信頼が伺える。どのような秘策を使うのか、わくわくしたような表情をしている。
(ふふふっ、そのかわりこきつかってやるぞ。泣き言など許さんぞ。その代わり王太子殿下からは褒美をむしり取ってやろう)
「辺境伯閣下の許可は取った。とりあえず魔導士たち、ついてこい。この要塞の結界をチェックする」
「「「はっ」」」
ラントたちは要塞地下にある結界の魔術陣の間に入った。司令官である辺境伯が許していなければ入る事も許されない部屋だ。魔法士や魔術士たちが常に魔力を供給している。
「入るぞ。司令官閣下の許可は得ている。ランツェリン・フォン・クレットガウ子爵だ。少し魔術陣を見せてもらう。ほら、ヴィクトール、わかるか。少し古いだろう」
「そうですね。確かこの要塞の魔術陣を作ったのは百年前に天才と謳われた宮廷魔導士長だと聞いております」
「そうだ、結界は完璧だ。だが魔導も進歩する。これでは少し古い。ヴィクトール、お前やってみろ。経験だ。俺が補助をする。教えてやる。最新の魔導というやつをな。まず注目するべきはここだ。少し出力が弱く効率が悪い。ここを改良してみろ。やり方はわかるか」
「言われてみれば、と言う所ですが王城の魔術陣も見せて頂きました。やってみましょう」
ヴィクトールは仕事を任されたことに喜び、魔術陣を修正していく。途中途中ラントの指導が入る。一時間掛けてヴィクトールは魔術陣を美麗に改良仕切った。冬だというのに汗だくだ。風邪を引かれても困るので〈洗浄〉と〈温風〉の魔法を掛けてやった。これで大丈夫だろう。
「はぁ、魔術陣の改良とは難しいものですね。初見ではできなかったでしょう」
「だがお前は次代の宮廷魔導士を率いる立場になるのだろう。ならばこのくらい片手間に熟せなければならぬ。どんどん仕事を任せるぞ。なにせハンス閣下から鍛えてやってくれと言われているからな。わかったか?」
「はい、宜しくお願いします」
本来ヴィクトールの方がラントよりも階級も爵位も高い。だがヴィクトールは魔導技術でラントに劣っていることを自覚しており、ラントへの忠誠が高い。
彼は宮廷魔導士の俊英と言うだけあり教えれば砂が水を吸い込むように成長する。教え甲斐のある奴だとラントは思った。ハンスが可愛がるのもよくわかる。天才と言うやつだ。彼に敵う魔導士などそうそう居ないだろう。ラントもうかうかしていると抜かされるかも知れない。それほどのポテンシャルを感じた。
ラントたちは騎士たちの訓練場にやってきた。魔法士たちを連れてだ。そして図面をサラサラと描いた。倉庫に石材は山のように積まれている。要塞の外にまではみ出しているほどだ。何せ新しい城を築くのだ。どれだけの金と時間が掛かるかわからない。だがラントはそんなに時間を掛けるつもりは毛頭なかった。さっさとマリーの元へ帰り、女を抱く生活に戻りたい。
「魔法士たち、この図面通りに石を積み〈硬化〉の魔法を掛けるんだ。図面くらい読めるな? 土魔法の得意な奴らを集めたのだ。できぬとは言わさんぞ。三日でやれ」
「「「はっ」」」
「良い返事だ。きちんと三日で作れば褒美をやる。帰りの街で娼館を奢ってやるぞ。最高級の娼婦たちを一晩貸し切りだ。どうだ、やる気が出てきただろう」
「「「はっ、必ずやり遂げて見せます」」」
魔法士たちは気合が入ったようで褒美をちらつかされ、餌につられた犬のように尻尾を振っている。これで確実に三日以内にできることであろう。重量の重い石材を〈念動〉で動かし、職人たちがセメントで固め、魔法士たちが〈硬化〉の魔法を掛けるのだ。堅牢な要塞がそれだけで出来上がる。だが今回のは要塞を作る為ではない。既にある要塞を強固にするために指示を出したのだ。
「騎士たち、ヴィクトール、ついてこい。出るぞ」
「「「はっ」」」
ラントの命令によってヴィクトールと騎士たちが要塞を出る。要塞から一キラメルほど進んだ所で馬を止める。
「ふむ、この辺りが良いな。良い目眩ましになる」
「クレットガウ子爵、何をするんですか」
「今日は偵察だけだ。城を作る時に目眩ましを作る場所を選定しているだけだ。ここは曲がりくねっていて帝国側からも見えん。更に狭い。大軍は通れん。まぁ見ていろ。ハンス閣下からも勉強してこいと言われたのだろう。俺の仕事を見ていれば自然と覚えられる。まずは頭を柔らかく使うことだ。そして帝国のイヤな所を的確に突く。そうすれば勝てなくとも負けはない。帝国の脅威は去っていないのだ。むしろ俺の予想では五年以内に必ず攻めてくるぞ。お前らも気合を入れろよ」
ヴィクトールや騎士たちが無言で頷いた。ここで大声を上げれば魔物が寄ってくるかもしれない。帝国軍の偵察隊に出くわすかもしれない。声を上げるなとラントには言われている。静かに全員がラントの指示を理解したことに満足してラントは踵を返した。
三日後、魔法士たちは這々の体になりながら図面通りの物を作り上げた。これは要塞の門の脇に設置する城壁のような物だ。つまり虎口を作ろうというのである。あちらからは攻撃できず、開いた窓から魔法士たちが狙い撃ちができる。帝国軍とは言え前方と左右から魔法と叩き込まれては堪らない。大軍で攻めてきても渓谷で長く伸びてしまっている。それに要塞が強化されていれば驚くだろう。ラントは彼らを労い、褒美を約束した。
「さて、これからが本番だ。お前らにはこの図面にあるものを作ってもらう。今度は期限は一週間だ。できるか? できんなどとは言わせんぞ。褒美に美味い飯を馳走してやろう。食べ放題飲み放題だ。なにせ帰り道は公爵家の公都を通る。公都の高級レストランで食べ放題飲み放題だ。他人の金で食う飯や酒はさぞうまかろう。だが一週間で作り終えなければ褒美はなしだ。死ぬ気でやれ。要塞の魔法士たちを使っても構わん。辺境伯閣下からは許可を貰っている」
「わかりました、しかし図面が幾つにも別れています。場所がありません。相当大きそうですが訓練場に入りますか?」
「魔法士が使う訓練場も使え。力仕事は騎士たちに手伝わせろ。俺はやることがある。ヴィクトール、五十騎の騎士たち、帝国側の門の外側にでよ。良い物を見せてやる。司令官閣下にもお呼びを掛ける。面白い物を見せるとな」
「はっ」
即座に司令官である辺境伯に先触れが飛んでいく。辺境伯は面白い物が見られると聞いて即座に飛んできた。参謀や副司令官なども連れている。ラントが何をやるのか楽しみにしているのだ。
「辺境伯閣下、どうぞ司令官室で門の前を見ていてください。度肝を抜いて差し上げましょう」
「これはまたでかいものを作ったものだな。要塞の壁よりも高いぞ」
「えぇ、それが大事なのです。どうぞ司令官室でご照覧ください」
「わかった、楽しみにしていよう。ガッハッハ」
辺境伯は司令官室ではなく門の上に立って待っているようだ。より近い所で見たいらしい。
ラントは〈整地〉の魔法を掛け、門の脇の地面を綺麗に整地する。更に〈暗落〉を使い、五メルほどの四角い穴を空ける。そして〈硬化〉を掛けて地面をしっかりと作り上げる。
魔法士たちが作り上げた虎口となる城壁にはラントの魔力が籠もった魔法石を入れておいた。これで即座にどこにあるのかわかる。ラントは魔力を練り〈念動〉を唱えた。途端、要塞の訓練場に作られていた二つの城壁を分割した大きな塊が宙に浮く。
ラントからは見えなかったが作業していた魔法士たちはあんぐりと口を開けてそれらを見ていた。何せ作った物の重量はトンを軽く超える。それを二つ同時に〈念動〉で動かすなどあり得ない。魔法士たちはラントの妙技を目に焼き付けた。ラントには絶対逆らってはいけない。気付かないうちに彼らの首など刈られてしまうだろう。そう本能で感じた。
初級魔法の〈念動〉であれほどの重量の物を持ち上げられるということは、無詠唱の〈念動〉で縊り殺されるのと同義だ。防ぐことすら許されない膨大な魔力。魔法士たちはこれほどの魔導士がいるのかと目を剥いて空を見上げていた。
「おおっ」
騎士たちが声を上げる。二つの巨大な城壁を構成する塊が宙を浮き、ラントの作った土台にすっぽりと嵌まったのだ。それは門の両脇に作られており、幾度かに分けて立派な城壁になった。
長さは百メルにも及ぶ。幅も高さも二十メルを超える。更に魔法士や弓使いなどが使える腰まである窓が幾つも設置されている。少数の部隊でここを抜けようとすると矢の雨と魔法の嵐に合う事が必然だ。また、直線ではなく折れ曲がっている。門へ辿り着く為にはその折れ曲がった中を通らなければならない。攻め側がどうなっているか確認すらできずに死体が積み上がる計算だ。脇は崖にぴったりと隣接している。ここを抜けずして門には辿り着くこともできない。要塞は歪なコの字になった。
門の上に居た副司令官、参謀たちはその大きさに、更にラントの魔法の腕に絶句している。辺境伯だけはじっと城壁を見つめていた。その効果がどれほどのものか理解しているのだ。流石要塞を任された司令官である。
ラントは作業が終わると辺境伯たちに手を振った。どうだと言わんばかりのドヤ顔をラントはしていた。




