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073.帝国への罠

「ヴィクトール、わかるか」

「いえ、言われるまで気付きませんでした。巧妙な物ですね」

「そうだ、これが帝国の間者たちが使っていた抜け道だ。巧妙に幻影で隠されている。中には誰も居ないようだ。どれ、通ってみよう。騎士たちは入口を見張れ。中に爆裂魔法でも撃たれれば流石に崩落する。魔法士たちはついてこい。だが決して火魔法は使うなよ。死ぬぞ」

「「「はっ」」」


 ラントたちは北の要塞と呼ばれる場所から続く渓谷を進み、要塞から五キラメルの距離の崖を見ていた。岩陰に巧妙に隠されているが洞窟が掘られているのがわかる。

 ここを通って要塞に見つからずに帝国は間者をアーガス王国に送り込んでいるのだ。

 騎士たち二十人に外を任せ、ラントたちは見つけた洞窟を辿っていく。その長さは十キラメルほどの距離があった。高さは二メル、横幅も同じくらいだ。よくぞこれほどの洞窟を掘ったものだ。間違いなく採掘用ゴーレムを使ったのだろう。しっかり地盤が固められている。簡単には崩落などしない。洞窟は巧妙に幻影で隠されていた。


粘液魔スライムはこんなところにも居るのか」

「そうですね、どこにでも湧くといいます。それに北方山脈は魔境です。いつ魔物がこの渓谷にも襲ってくるかわかったものではありません。ワイバーンも出ると言います。洞窟内でも危険地帯ですよ」

「ふむ、使えるな」

「何をなさるので」


 ラントは悪い笑みを浮かべた。同行したヴィクトールが尋ねてくる。


「なぁに、ちょっと罠を張ってやるだけだ。だが今やると俺たちが死ぬ事になる。帰り道に見せてやろう」

「はい、楽しみにしています。クレットガウ子爵」


 魔力持ちは体力も多く、回復も早い。十キラメル程度歩いたくらいでは疲れもしない。松明は洞窟では使えないので〈光球〉の魔法で照らして歩く。すぐさま終点に着くと、そこは森の中だった。魔境と言うほどではないが魔物の居る森だ。トールが遊びたそうにしていたので放った。トールは即座に駆けていった。


「こんな場所に出るのですね。間者に気付かない訳ですね」

「そうだ。先日俺は暗殺者に襲われたぞ。凄腕の六人組だった。俺の噂は帝国にまで轟いているらしい。さもありなんと言うことだ。ランドバルト侯爵家の反乱は帝国の間者が仕組んだ罠だ。それを食い破った張本人の俺を生かしておくわけには行かないのだろう。当然返り討ちにしたがな」

「まさかっ、貴族街にまで忍び込んできたのですか。それは凄腕ですね。王都の警備を見直さなければなりません」

「いい、いい。あの程度害にはならん。俺を狙ってくれるならちょうど良い。王城や上級貴族の館は結界で守られている。陛下に爵位と共に新しく与えられた元伯爵邸はまだ防備が緩くてな、そこを狙い打たれたのだろう。もう二度と侵入させることなどさせんさ」


 ラントは襲撃を思い出して獰猛な笑みを浮かべる。魔法士たちがそれを見て恐怖に怯えた。あれは甘美な戦いだった。戦いを好むラントは強敵を打ち破る事に歓喜を覚えるのだ。


「とりあえず出口に感知結界を張っておこう。そして誰かが出れば要塞に知らされるようにしておく。そうすれば間者が入り込んだタイミングがわかる。間者が居ることすらわかっていれば王国も対処がしやすいだろう」

「良い案かと思います」


 ヴィクトールはラントに賛成した。指笛でトールを呼び出す。すると鳥の魔物を狩ってトールは帰ってきた。今夜は鶏肉が食べたいらしい。トールは久々に森を走れ、狩りができたことに満足し、ラントの影に戻った。


「さぁ、帰るぞ。感知結界は念の為だ。どうせもう二度と帝国になどこの洞窟は使わせん。使えないと知れば他の洞窟を掘ってしまうだろうが、それでも時を稼げる。罠を掛けて置こう。悪辣な罠だ。覚えておけ。こういう罠も存在するのだと」


 ラントはヴィクトールと魔導士や魔法士たちに声を掛けた。

 そこは洞窟の中央部分。五キラメルほど歩いたところだ。ラントは魔導士たちを先に行かせ、殿しんがりになる。ヴィクトールや魔導士たちにラントは魔術を見せることにした。収納鞄から杖を取り出す。わかりやすいように空中に魔術陣を作り上げる。


「なんと精巧な、それに見たことがない魔術陣です」

「そうだろう。俺の秘策の一つだ。帰ったら伝授してやる。覚えておいて損はない」

「ありがとうございます。それでどんな効果があるんですか?」

「それはな、この上を魔力持ちが歩くとその魔力を吸って毒ガスを吐き出すんだ。しかも即昏倒する。対抗する術は急いで離れるしかないが、気付かぬうちに吸い込んでいる。更に範囲が広く、洞窟の中だと逃げ場がない。どうだ、悪辣だろう。しかも隠蔽を掛ける。魔眼持ちくらいしか見破ることができん魔術陣だ」


 ラントは地面に魔術陣を落とし、隠蔽を掛けた。これで完成だ。

 毒ガスと言ったが吹き出すのは高濃度酸素だ。洞窟の中だ。あっという間に広がる。更に間者は全て魔力持ちだ。必ず引っかかる。魔力持ちは体力も高いし毒にも掛かりづらいが酸素中毒に掛からない訳ではない。むしろ普通の毒などは通用しない。魔毒など特殊な毒しか通用しないのだ。だが酸素は通用する。通常の空気にも紛れているので体が毒とは判定されないのだ。


 人間、酸素濃度が急激に上がっても下がっても即座に昏倒する。更に酸素だから毒とは判定されない。気付かれないのだ。

 これらはラントが前世の記憶持ちであるから作れた悪辣な魔術だ。魔毒などよりも簡単に仕込むことができ、効果が高い。ヴィクトールやハンスに教えれば喜ぶだろう。王城の警備も厳重になる。ラントの功績として讃えられるだろう。これ一つで伯爵位が貰えたりはしないが、新しい魔術の発明と言うのは歴史に名を刻む行為でもある。ラントの名はまた鳴り響くことになるだろう。だが危険すぎるので公開するつもりはない。悪用されたら面倒なのだ。


「さて、行くぞ。間違っても魔術陣を踏むなよ。全員死ぬぞ。俺以外な」


 ラントが笑うと魔導士たちが即座に下がった。ラントはその様子を見てカラカラと笑った。

 更にこの罠の悪辣な所は洞窟の中に仕込まれていることだ。なにせ踏まずに洞窟を通ることができないからだ。そして間者の死体はスライムたちがあっという間に掃除してくれるだろう。暗殺者だろうが魔導士だろうが服も残さず消化してくれる。完全犯罪の成立だ。

 ラントの魔術の効果を聞いて、連れてきた魔導士や魔法士たちは絶対にラントと敵対しないようにしようと心に決めた。


「さて、入口は放置で良いだろう。だがそうだな、魔境が近い。俺の従魔でも放っておくか」

「従魔ですか」

「そうだ、強力な魔物だ。帝国は魔境から紛れ込んだと思うだろう。ふふふっ、俺を狙ったこと、後悔させてやる。出でよ、死毒粘液魔デッドリーポイズンスライム

「「「おおっ」」」


 ラントが呼び出したスライムは小さい。だが触れただけで死ぬ強力な毒を持っている。毒の空気を常に吐き出している。魔導士たちが怯えている。彼らもデッドリーポイズンスライムの恐ろしさを知っているのだ。近寄りすらしない。

 スライムはラントの命令を聞き、洞窟の奥にポヨンポヨンと跳ねて行った。ラントの魔術陣の罠を避けても奥にはデッドリーポイズンスライムが待ち受けている。二重の罠だ。デッドリーポイズンスライムを倒すには上級レベルの魔法が必要になる。だが洞窟の中でそんな物を撃てば必ず崩落する。狭い場所で出逢えば必ず死ぬと言われる所以だ。


「お前たち、そんなに怯えるな。従魔だからな。今は毒を発していない。だが侵入者が居れば毒を吹き出し、綺麗に死体まで掃除してくれる。更に動きがあれば俺が王都に居ても感知できる。何せ従魔だからな、いい案だろう」

「流石の慧眼ですな。しかしデッドリーポイズンスライムなどどこでテイムしたのですか。魔境の奥にしか棲息しない希少種ですよ。更に近寄れば死ぬと言われる強力な魔物です。簡単にテイムできる相手ではありません」

「俺はハンターをやっていた。当然魔境の奥で捕まえたに決まっているだろう。後十匹は居るぞ。スライムは良い、言うことを確実に聞くからな」


 後十匹も飼っていると聞いて魔導士たちは青褪めた。ラントは自身に与えられた子爵邸の警備を彼らに任せることに決めた。使用人や侍女たちにはラントの魔力の籠もったブローチを付けさせる。そうすれば従魔は襲わない。来客はラントが居る日にしか来ない。良い案だと思った。暗殺者が来る前に仕込んでおくべきだったかとラントは自身の迂闊さを呪った。

 暗殺者との戦いは楽しかったが、情事の後を邪魔されては堪らない。後だったから良かったものの、情事中に狙われては流石のラントも危ない。

 人間、寝ている時とヤっている時、トイレに入っている時が最も危険なのだ。


「さて、次は要塞の強化と支城を作ることにするか。お前たちの仕事だぞ。チャキチャキ働けよ」


 ラントは騎士たちと合流すると要塞へと帰っていった。

 帝国軍の間者とエンカウントするかと思ったがそういうトラブルもなかった。

 あれば必ず死人が出たであろう。帝国の間者は精強なのだ。戦争も知らない騎士たちはまだ鍛え始めて数ヶ月だ。そう簡単に勝てるのならば苦労はしない。せめて一年は本格的な侵攻は待って欲しいものだ。だがアーガス王国に、帝国に間者を潜ませ、国を割らせるような謀略をできるような人材は居ない。帝国に渡らせるだけで一苦労だろう。


「よし、どうせならあちらの要塞も軽く見ておくか。どれだけ頑強な要塞か〈遠見〉の魔法で見させて貰おう。騎士たち、お前たちも〈遠見〉くらい使えるな?」

「「「はっ」」」


 騎士たちはバトルホースに跨り、帝国の要塞に近づいていく。渓谷は曲がりくねっていて直線ではない。両側が崖になっており、よく魔境にこんな渓谷を作ったものだとラントは感心した。

 旧大帝国は大魔境である北方山脈にわざわざ侵攻するためにこの渓谷を作り出したのだ。どれだけの時間と人員を費やしたのだろう。

 しかしその甲斐はあった。中央諸国と今は言われているエーファ王国やアーガス王国のある場所に元在った国は滅ぼされ、帝国の版図となった。そして出来上がったのが旧大帝国である。しかし三百年前の皇帝は圧政が激しく、反乱が起きた。そしてその結果エーファ王国とアーガス王国が独立した。ラントの師であるジジイも大いに活躍したらしい。


「でかいな、アーガス王国の要塞よりも一回りでかい。流石帝国の要塞だ」

「クレットガウ子爵は帝国から来たと言って居ましたが国境はどうやって超えたので? 帝国と国交はありません。まさか要塞を突き破って来た訳では無いでしょう」

「当然だ、北方山脈を抜けてきた。ワイバーンにも襲われたぞ。流石の大魔境だな、良い魔核や素材が沢山取れた。さっき見せたトールも喜んでいた。美味い肉が多いし、天然の魔鉱石も眠っている。道中つい寄り道してしまって魔鉱石を掘っていたくらいだ。冬場ではなかったが雪が残っていて流石に山脈超えはきついと思ったな」

「大魔境と呼ばれる北方山脈を易々と超えられる者などそうはいません。クレットガウ子爵は流石ですな、大魔境すら楽々と踏破されてしまっていたとは」

「内緒だぞ。なにせ密入国だ。実はバレると俺は捕まってしまうんだ。密入国は犯罪だからな」


 ラントがウィンクしながらそう言うとヴィクトールや騎士たちは笑った。ラント流の冗談は通用したようだ。今更ラントを捕らえる者など誰も居ない。国王陛下ですらラントに子爵位を渡したのだ。むしろアーガス王国に渡ってくれて感謝すらしているだろう。



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