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071.北の要塞

「マリー、北の要塞へ言ってくる。一月ほどは帰れないだろう。馬で飛ばしても二週間は掛かる。なぁに、大丈夫だ。トールも居るし魔導士や魔法士、騎士たちも連れていく。心配するな」


 ラントはそう言って心配するマリーを宥めた。コルネリウスも北方の要塞の様子を見てきて欲しいと言ってきている。春まで待ちたかったがラントに暗殺者が襲ってきた。確実に抜け穴がある。それを塞がなくてはならない。ついでに要塞の強化もやってしまおう。ラントは心を決めていた。


「コルネリウス兄様の命では仕方有りませんね。絶対帰ってくるんですのよ」

「マリーを抱けずに死ぬものかよ。俺を誰だと思っている?」

「ふふふっ、ラントは──だものね。誰も敵わないわ」

「いや、流石に帝国の宮廷魔導士レベルになると怪しいぞ。帝国の魔導を甘く見てはいかん。油断は禁物だ」


 ラントはしっかりと言った。ラントのことを信頼や信用してくれるのは良い。だが過度な期待や依存はダメだ。ラントが居なくなればマリーは首を括るだろう。それだけは避けなければならない。

 だがマリーを娶る為にもラントは功を上げなければならない。必然的に危険地帯に向かう必要がある。今回の北部要塞視察もその一環だ。功を上げてせめて伯爵、できれば侯爵になりたい。

 ラントは自身の野望の為に帝国が戦争でも仕掛けてくれないかなと物騒なことを考えていた。

 当然そんなことは表情にも出さないし口にも出さない。コルネリウスなどが聞いたら激怒するだろう。だがラントにはラントの事情がある。


「それにほら、マリー。公爵閣下が来るのだろう。流石に公爵邸を私物化しているのを見られるのは俺も不味い。まだたかが子爵だ。会わない方が良い。視察の間に公爵閣下たちの相手をしていて欲しい。できるな?」


 ラントはマリーを抱き寄せ、キスを落とした。それだけでマリーは真っ赤になり、ラントの胸に体を預けた。


「……はい、きちんと留守番をしています。良い子にして待っていますので必ず帰って来てくださいね」


 艶っぽい声でマリーは返事をした。これなら大丈夫だ。任せて置けばいいだろう。エリーもこっそりとグッと親指を立てている。正解を引いたようだ。


 ラントは王城に来ていた。目的はハンスだ。宮廷魔導士長であるハンスは忙しい。今は魔法訓練場に居るらしいと聞いて訓練場にやってきた。


「ハンス閣下。ご無沙汰しております。少しお話宜しいでしょうか」

「クレットガウ子爵か、良いぞ。なんでも言え」


 ハンスに声を掛けると嬉しそうに破顔する。ラントはそれを見て嬉しいと思った。この老人は人の心に入るのが上手いのだ。ラントも手の平の上で転がされてしまう。


「コルネリウス王太子殿下から北の要塞の強化を命じられました。故に魔導士や魔法士をお借りしたく。土魔法に明るい者たちが良いですね。数は二十から五十も居れば十分です」


 ハンスは自慢の白髭を撫でながら頷いた。


「ふむ、ならヴィクトールも連れて行け。良い経験になるだろう」

「良いのですか? 彼は宮廷魔導士では」

「構わぬ、卿の魔法を側で見ることは必ず奴の財産になる。魔導士や魔法士たちもヴィクトールに選ばせろ。奴なら間違えん。仮にも宮廷魔導士だ。しかも次代のエースと呼び声が高い。儂も期待しておる。鍛えてやってくれ」

「ではお借りします」


 ラントはヴィクトールを呼び出し、土魔法に明るい者たちと風魔法が得意な奴らを集めさせた。その数は五十にも上った。

 王太子殿下の命令であること。ラントの武勇をその眼で見たいもの。即座に候補者たちが手を上げ、一瞬で希望者が埋まってしまった。ヴィクトールは実力順だと言って選抜している。


 その間にラントは第三騎士団に顔を出した。騎士たちを貸してもらう為だ。魔法士たちでは近接戦闘になるとまずい。だから騎士たちの護衛が必要だ。幸い第三騎士団長とは旧知の仲だ。王太子印の入った命令書を見せたら即座に百の騎士を貸してくれた。指揮権までも与えられた。

 二個中隊以上だ。騎士は五人で分隊、十人で小隊。四十人で一個中隊。百六十人で一個大隊である。兵士はまた数え方が違う。

 百の騎士と五十の魔法士。更に宮廷魔導士まで居る。戦力としては過剰だろう。小汚い傭兵や盗賊など現れれば即座に血の海になるに違いない。

 だがそれほどの大戦力、傭兵も盗賊も当然近寄ってくるはずがない。彼らとて命は惜しいのだ。


「殿下、失礼します」

「おお、子爵。子爵に閉ざす扉はない。いつでも来て良いぞ」


 ラントはコルネリウスに会いに行った。執務中だったが時間を取ってくれた。ソファに座り対面でお茶を飲む。侍女がお茶菓子と紅茶を淹れてくれた。

 ヘルミーナが執務室で遊んでいる。ラントに懐いているヘルミーナは膝の上に乗ってトールをせがんでくる。「わんわんだ~」とはしゃぎながらヘルミーナはラントの膝の上でトールとじゃれていた。


「そうか、行ってくれるか。辺境伯にも公爵にも書状を用意する。待っていってくれ。即座に書く、これがあれば関所も要塞も通り抜け自由だ。卿に預けている短剣で通れぬ所はないがな」


 コルネリウスは忙しいだろうに即座に命令書を書いてくれた。有り難い限りだ。その信頼には応えなければならない。ラントはヘルミーナの頭を撫で、美味い紅茶をごちそうになり、ヘルミーナを宥めながらコルネリウスの執務室を出た。相変わらず忙しそうだ。王太子になどなるものではない。だがラントは侯爵を目指している。将来のラントも書類塗れになることだろう。それを考えると憂鬱になるが、マリーが伴侶として侍っていてくれるなら頑張れる気がした。



 ◇ ◇



 百五十騎を超えるバトルホースが街道を走る。壮観だ。魔法士たちにも体力をつけるように言いつけている。毎日甲冑を着て走り回り、バトルホースの乗り方も練習していたようだ。まだ危ういがちゃんとラントに付いて来ている。今回は急ぎの為騎士見習いや従騎士などは連れて行かない。

 ラントは総指揮官だ。ラントよりも爵位の高い者たちは多くいるが、ラントが命令を下す立場にある。

 誰も文句一つ言わずにラントの命令に従っている。王国の英雄の名は強いのだ。誰もが憧れの目でラントを見つめる。ラントに従う事を疑う者など居ない。むしろ襲撃がされてラントの戦いがこの目で見られないものかと期待しているものまでいる。厄介なことだ。だがラントも何事もなく事が済むなどとは全く考えて居なかった。


「ふむ、ここが北方守護の要塞か。流石に堅牢だな」

「そうですな。帝国との国境でここが抜かれたら王国の危機に陥ります。城塞都市が後方に控え、武勇に名高い公爵家も居るので即座に落ちることはないでしょうが、公爵家まで落ちてしまうと王都まで一直線です。この要塞こそが生命線だと言えるでしょう」


 ヴィクトールが要塞の説明をしてくれ、ラントの呟きに答えた。流石宮廷魔導士の俊英だ。良く地理や重要拠点まで把握している。

 二週間掛かる予定だったが十日で走り抜けてきた。体力のない魔法士たちはすでにぐったりしている。だがこれからが彼らの仕事だ。騎士たちは流石でしゃきっとしている。鍛え方が違うのだ。だが戦場になれば体力がないなどと泣き言を言っていたら即座に首が飛ぶ。ラントが命が惜しいなら鍛えろと言えば彼らも素直に従った。


「開門、開門。王太子殿下の命で来たランツェリン・フォン・クレットガウ子爵だ。命令書を見よ。辺境伯閣下に会いたい」

「はっ、畏まりました」


 門番が即座に走る。ラントは今日はもう魔法士たちは使い物にならないと判断して動くのは明日にすることに決めた。

 魔法士たちに今日は休んで良いと言うと歓声が上がった。よほど辛かったのだろう。冬の行軍は辛い。更に強行軍だ。だがこんなものではない。これから嫌と言うほど使い倒してやるのだ。彼らの地獄は始まったばかりだ。ラントは喜ぶ彼らの顔を見てニヤリと笑った。その獰猛な光にヴィクトールや騎士隊長は「ひっ」と恐ろしい物を見たと引きつった。



 ◇ ◇



「辺境伯閣下。お初にお目にかかります。ランツェリン・フォン・クレットガウ子爵でございます。王太子殿下の命により、要塞の強化などを承ってきました」

「そうか、卿がクレットガウ子爵か、そなたの勇名は北の果てまで届いておるぞ。要塞を守る騎士や魔導士たちが戦争に参加したかった、卿の活躍をこの目で見たかったと嘆いていたほどだ。儂も北方守護の任がなければ戦に参加したかったものだ。だが儂の任務はこの要塞の守護。離れることなど許されん。今回は卿の手腕、とくと見させてもらおう」


 辺境伯は鎧に身を包んだ偉丈夫だった。五十代だろうか。茶色の髪を短く刈り揃えている。歴戦の武人と言う威風が漂っている。どことなく軍を纏める元帥、アドルフ閣下と似ていると感じた。


「手紙で先に伝えた石材などは調達してくれていらっしゃいますか?」

「当然だ。既に倉庫に運び込まれている。魔法士たちなどが〈念動〉で運んだ。あれほどの石材、何に使うのだ。魔法士たちがぶっ倒れていたぞ。がっはっは。体力のない魔法士たちには良い薬であっただろうがな。それにそれほどの軍を率いてくるとは思わなかった。要塞はまだ十分に部屋が余っている。好きに使ってくれ。子爵には司令官室の一室を与えよう」

「有り難く存じます。簡単に言えば要塞を強化し、支城を作ります。更に渓谷を崩し、強固な壁を作り上げます」

「そんなことをすれば帝国が邪魔しにくるぞ。小競り合いなどしょっちゅうなのだ。おかげで軍や騎士たちはてんてこ舞いだが鍛えられている。良いも悪くも安全などこの地にはない。勇名轟く子爵には必要ないだろうが気をつけよ」

「はっ、心配御無用でございます。必ず任務を全うしてみせましょう。ご照覧あれ」


 ラントは辺境伯に命令書を見せ、大口を叩いた。これだけの大口を叩いたならば必ず成し遂げなければならない。だがラントは自信がある。有言実行する気満々なのだ。帝国の邪魔? そんなもの蹴散らしてくれよう。

 ラントの獰猛な猛禽の瞳がギラリと光った。辺境伯はそれを見てガハハっと笑った。


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おや?2話目?ミス?
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