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052.魔導士試験

「凄い人の数だな」

「クレットガウ卿ではないか。卿も来ていたのか」

「スイード卿、戦以来だな。お前も魔導士試験か?」


 ラントは魔導士試験の会場に居た。王城の魔法士訓練場に恐ろしいほどの数の魔法士がいる。間違えて探知魔法でも使ったら速攻頭が痛くなることだろう。それほどの密度だ。

 見知った近衛騎士が近づいてきて声を掛けられる。近くにはクラウディアの姿もあった。そういえばスイードの本名を知らなかったなとラントはふと思ったが面倒くさかったので頭の隅に追いやった。


「そうだ。卿に思い知らされたからな、魔法も魔術も皆目の色を変えて学んでいるぞ。近衛騎士団全体の活気が上がっている。なにせ驕り高ぶっていた鼻を圧倒的な力でねじ伏せられたのだ。身分など何の役にも立たん。近衛騎士二十人を相手取って勝てるということは、クレットガウ卿は王家の方々を簡単に殺せると言うことだ。密かに要注意人物に指定されているぞ」

「なんだとっ」


 ラントも流石にそれは看過できなかった。


「心配するな。大きな力を持つということはそれだけ脅威だと認識されるということの証左だ。だがクレットガウ卿は王家の方々の覚えもめでたい。ベアトリクス王妃殿下にコルネリウス王太子殿下の信も得ているではないか。近衛の性質上、卿のような力を持つ者が王家の方々の近くに居れば警戒せぬわけには行かぬ。許されよ。大丈夫だ、卿が謀反を起こすなどとは誰も思っておらぬ。何せ今回の戦での功は勲一等だぞ。国を救った英雄だ」


 スイードが断言した。


「それもう決まっているのか? ランドバルト市は王太子殿下が落としたのだろう。総大将も王太子殿下だ。勲一等は王太子殿下ではないのか。もしくはアドルフ閣下だろう」

「王族は称える方だからな、除外される。あの後の戦いは戦いと呼べぬほど戦闘が起こらなかったと聞くからな。功を上げられた者はほとんど居ない。略奪もそれほど起きなかったと聞く。アドルフ閣下ももう元帥でこれ以上の昇進はない。爵位が上がるかも知れんがな。多くの兵で威圧して降伏させただけだ。本来のランドバルト侯爵や家族たちは助けられ、王家に再度忠誠を誓ったそうだぞ。クレットガウ卿が勲一等なのは間違いがない。近衛や騎士たちまで卿に従っていたぞ」

「そうか、それは良かったな。ランドバルト侯爵が首になっていなくて良かった。あぁ、あれは俺も驚いた。総大将はコルネリウス殿下で、大将はアドルフ閣下だ。俺にではなく殿下か閣下に従え馬鹿者と雷を落としそうになったほどだ」

「くっくっく、それほど堂に入っていたのよ。おれも危うく卿の激に従って馬に乗ろうとしてしまったほどだ。後で隊長にしこたま怒られたぞ」

「当たり前だ。近衛が王族の側を離れてどうする。任務を履き違えるな」

「そう、それだ。ほぼ同じことを隊長に言われた。まだまだ近衛も甘いとしごかれている最中だ。さて、始まるぞ。魔導士試験は難関だ。この中の一割くらいしか受からぬ」


 スイードは会場に特別に作られたステージの上を見た。釣られてラントも見る。


「そんなに受からんのか。これほどの人数がいるのに」

「王都近辺の者が集まっているだけで王国中の魔法士が集まっている訳では無い。近隣の大都市に宮廷魔導士や魔導士を派遣して、そこでも同じような試験が行われるのだ。ランドバルト市も指定されている都市の一つのはずだ」

「なるほどな。じゃぁお互いの健闘を祈ろう」

「あぁ、お互い頑張ろうではないか」


 ラントはスイードとゴツンと拳をぶつけた。



 ◇ ◇



 クラウディアはスイードとラントの掛け合いを見ていた。男同士の友情と言う感じで見ているだけで絵になる二人だと思った。更に美麗な顔を持った二人がゴツンと拳を当てている姿はただただ見惚れるばかりだ。人が多いと言うのに彼らには衆目が集まっていた。


「順番に並び、札を取れ。それでグループが分けられる。指定の場所へ別れろ」


 宮廷魔導士が指示し、ぞろぞろと動き出す。列は十もあるだろうか。早めに行かないとならない。クラウディアは走った。

 ラントが近衛騎士団を叩き潰したのを見た後、ベアトリクス王妃殿下に魔術の修練の仕方を教わり、魔術書を読み込み、必死に勉強していたのだ。今日はその集大成となる。

 クラウディアの年齢で魔導士になれば相当優秀な方だ。ベアトリクス王妃殿下もお喜びになるだろう。


「おっ、クラウディアじゃないか。戦場以来だな」

「クレットガウ卿、お久しぶりです。ご壮健なようで何よりです」

「同じ組か」

「えぇ、これほどの人数、魔法士訓練場で捌き切れる物ではございません。騎士の訓練場も使い、宮廷魔導士や宮廷魔導士に認められた魔導士たちが総出になって審議をするのです」

「どのくらいの魔術を使えればいいんだ。上級魔術でも見せれば良いのか?」

「流石にそれほど大規模な魔術は王城の中では許されませんよ。中級上位の魔術で十分です。同時に魔法の腕も見極められます。これは魔法士資格の更新にも関わってきます。魔法も中級上位で構いませんよ。どれだけ強い魔法が使えるかではなく、魔力操作や魔力制御を中心に見られるのです。初級魔法で突破した者すら居ます」


 ラントはクラウディアに礼を言う。


「助かった。なにせ初めてのことだからな。わからないことだらけだ」

「ふふっ、クレットガウ卿にも苦手なものがあるのですね」

「人混みは苦手だな。人口密度が高すぎる」

「確かに……私も苦手です。ここに大規模魔法を打ち込めば王国の戦力は激減では済みませんね」

「おいおい、宮廷魔導士がいてこれだけの魔法士がいるんだ。軽く防げるだろう」

「クレットガウ卿が叛意を示し、本気で魔法を撃てば一掃できるでしょう。近衛の間では密かに危険人物として指定されていますよ」

「それはさっきスイード卿に聞いた。確かにできるかもしれん。だがやらん。そんなことをするつもりはないぞ」


 クラウディアは口に手を当てて笑った。もちろんそんなことは疑っては居ない。何せベアトリクスの人を見る目は確かだ。彼女が信頼しているということは、同時にクレットガウ卿も信頼できると言っても過言ではない。


「大丈夫ですよ。救国の英雄がそんなことをなさるなんて誰も思っていませんから」

「その救国の英雄というのは止めてくれんか。くすぐったくなる。クレットガウ卿と呼ばれるだけでもむずがゆいんだ。なかなか慣れん」

「ふふっ、でも吟遊詩人がクレットガウ卿の歌を歌い、かの戦は歌劇になると聞いています。王都全域にクレットガウ卿の名は鳴り響いておりますよ」

「困ったことだ。少し手を貸しただけだと言うのに」

「あら、ご謙遜を。大活躍でしたわよ。私の番ですわね。失礼します」

「おう、頑張れよ。お前の魔力制御なら大丈夫だ。自信を持って堂々とやれば受かる」

「うふふっ、クレットガウ卿は人たらしでございますね。人妻の私ですら惚れてしまいそうになりますわ。それでは失礼します」


 クラウディアが呼ばれ、宮廷魔導士の前で魔法と魔術を披露する。十分うまく行ったと言う手応えがあった。クラウディアは満足した。


「次、ランツェリン・ドゥ・クレットガウ卿」


 しかしラントの名前が呼ばれ、ラントがどのような魔法を披露するのか気になった。魔術もだ。クラウディアは足を止め、ラントの試験を見守ることにする。ざわざわとざわめきが起き、ラントに注目が集まっていることがわかる。誰もがラントの噂の実力を見たいのだ。


「それではまずは魔法を披露して貰うとしよう。何か得意な魔法を一つ、見せて貰おうか」

「何でも良いのか」

「構わん。的は魔法金属製だ。そう簡単に壊れん」

「そうか、〈火球〉」


 ラントが詠唱破棄で〈火球〉を唱えると一瞬で五つの火球が現れ、順番に物凄いスピードで飛んで行って的の中央に五連続で爆発が起こる。〈火球〉は初級でも上位の魔法だ。だがあれほど見事に使いこなせる者をクラウディアは知らない。

 初級魔法であるのにラントの魔法のなんと見事なことか、見惚れてしまっていた。


「素晴らしい魔法だな。もっと強力な魔法は使えるか?」

「使えるが的が吹き飛ぶぞ。いいのか」

「良い。噂の爆裂魔法を見てみたい。やってみろ」

「火炎の精霊よ、我が呼び声に応えよ。我が意を汲み、炎を纏い、我が敵を焼き尽くせ。〈爆裂エクスプロージョン


 ラントが詠唱し、杖なしで右手だけ突き出して爆裂魔法を放つ。爆裂魔法は一瞬で的に到達し、物凄い轟音を上げて火の柱を立てた。だが隣の的には一切影響がない。ラントは狙った的だけ丁寧に吹き飛ばしたのだ。


「凄まじい物だな。これが救国の英雄の力か。的だけ綺麗に吹き飛んでいる。通常の爆裂魔法では何発撃たれてもあの魔法金属の的は耐え抜くのだぞ。それを一発で蒸発させるとは信じられぬ。俺でも不可能だ」


 宮廷魔導士がラントの魔法を褒め称える。周囲に居た魔法士たちも、ラントの魔法の凄まじさに手が止まっている。宮廷魔導士たちも見惚れていたようだ。

 クラウディアもあまりの事に動けなかった。あれを王族に撃たれたら守ることすら敵わないだろう。何せ通常の爆裂魔法というのは速度が遅いのだ。だがラントの放った爆裂魔法は並の風魔法よりも速かった。気付いた瞬間にはもう遅い。爆炎に包まれていること間違いなしだ。高温がここにまで届いてくる。骨も残らないだろう。


「さて、魔導士志望だったな。魔法士資格は合格だ。魔術も見せて貰おうか」

「ふむ、どんなのが見たい?」

「氷か雷の魔術は使えるか」

「使える」

「ではそれを見せて貰おう。こらっ、早く新しい的を用意せぬか。クレットガウ卿、次は的を破壊してくれるなよ。あれは高いのだ」

「わかった」


 ラントは金属製の杖を取り出した。見事な装飾の杖だと思った。高価な魔法石がいくつも嵌まっている。


 ラントが魔力を籠めると美しい魔術陣が杖の先に現れる。見たこともない魔術陣だと思った。氷や雷の魔法は難しい。当然魔術も難しい。難易度の高い要求だ。宮廷魔導士もラントの実力を見極めたいと思ったのだろう。


「〈雷纏・十連氷槍撃ライトニング・テンスアイシクルランス


 ラントが魔術を唱えると同時に十本の氷の槍が中空に現れ、雷をバチバチと纏っている。そして十本の氷の槍は全て的の中央に突き刺さった。魔法金属の的が雷に焼かれ、バチバチと光っている。

 まさか雷と氷を同時に使うなどとは考えても居なかった。試験官も同様なのだろう。動揺している様子が見える。


「あんな魔術見たことがないぞ」

「誰だあいつは」

「最近よく名を聞く魔導士で救国の英雄らしい。王太子殿下の覚えもめでたいと聞くぞ」

「恐ろしい、あの速度であの威力。障壁など間に合わぬ。間に合っても貫通されるだろう。間違っても敵に回したくないな」


 クラウディアの周囲からはそんな声が漏れ出てくる。ラントの魔術見たさに他の試験官や魔法士たちまで注目していた。そしてラントはこの場にいる魔法士や宮廷魔導士たち全員の度肝を抜いたのだ。


(あれほどの頂き、どれほど鍛錬すれば追いつけるのかしら)


「合格だ」

「いいのか、後日合格を発表すると聞いたぞ」

「卿を合格させずして誰を合格させると言うのだ。合格者がいなくなるぞ。試験官の俺よりも魔法も魔術も巧みだったぞ。あんなこと俺でもできぬ。宮廷魔導士の俺が言うのだ。誰にも文句など言わさぬ。合格だ。半年後の魔法士資格の更新の免除もつけてやる」

「それは見せた甲斐があったと言うものだ。有り難く頂いて置こう」


 ラントはニヤリと笑った。クラウディアはその笑みにドキリと胸が跳ねた。


(行けない。私には夫がいるのよ。それにベアトリクス様に忠誠を誓っているわ。でもクレットガウ卿に迫られたら断る勇気はないわ。受け入れてしまうでしょう。クレットガウ卿に忠誠を誓えと言われたら従ってしまいそうだわ。私にこんな思いをさせるなんて危険で罪な男ね、クレットガウ卿)


 クラウディアは湧き上がる気持ちを振り払うように頭を振り、ラントの見せた素晴らしい魔法や魔術を思い返すことにした。あれほど良い手本はない。魔力の流れも狙いの精密さも、構築速度も圧倒的だった。


(いつか私だって)


 クラウディアはいつかその頂きに立って見せると心に誓った。


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唐突な人妻視点で草
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