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046.襲来

「本当に来るのですか」

「必ず来る。だからどっしりとしていろ。どうだ、王太子殿下の服の着心地は」

「畏れ多くて堪りませんよ。先輩の近衛まで跪いてくるのです。私などより格上の宮廷魔導士もです。なんだか背中がむずむずします。気付いている人たちは笑いを堪えていますけどね」


 ラントはスイードのその物言いに笑った。


「声も変わっているからな。そう言うな。胸を張って殿下らしくしていろ。アドルフ閣下とハンス閣下が来るぞ」

「わかるのですか」

「彼らの魔力は特徴的だからな。殿下のもわかるぞ。お前近衛なのにわからんのか」

「わかりませんね」

「そうだ、スイード。お前今暇だろう、魔力感知の修練が足らん。よし、三日は睨み合いが続くだろう。その間にちょっと鍛えてやろう」

「是非お願いします」


 天幕の中の侍女たちと数人の近衛騎士たちには流石に事情を説明している。そうでないとラントの首は不敬罪で飛んでいることだろう。剣を合わせ、お互いの実力を認めあったからこそラントとスイードは旧知の友のように話せているのだ。

 スイードは伯爵家の三男で国王陛下の近衛騎士だ。本来ラントは気軽に口も聞けない相手だ。


「それにしてもこの天幕は居心地が良いな。流石王太子殿下用の天幕だ」

「そうですね。いつもは護衛の為に入ることはあってもこの中で寝るなどありえませんよ」

「三ツ眼大熊の毛皮か。良い職人技だ。この天幕なら多少の魔法も簡単に弾くぞ」

「三ツ眼大熊ですか。戦ったことはありませんが、強敵だとか」

「三級以上のハンターが狩る奴だな。森から出てきたら村が滅ぶレベルだ。物理にも魔法にも耐性が強い。更に力が強く、大きく重い。魔法の付与されていない剣では弾かれる。普通のハンターや傭兵では手が出せないぞ」


 王太子殿下用の天幕はゲルのように大きく、中には近衛と侍女まで居る。魔術も掛かっており、寒さが気にならない。至れり尽くせりという奴だ。


「それにしても戦場に侍女とはな。贅沢な物だ」

「クレットガウ卿、勘違いしないで頂きたい。わたくし達は侍女の振りをした近衛騎士だ。当然戦えるぞ」


 そう言って侍女は隠していた剣を取り出し構えた。隠していた魔力を纏っている。侍女でも王太子殿下の侍女なのだ。魔力程度は持っているのでわからなかった。立ち姿が美しいと思っていたが見事な物だ。剣の構えも堂に入っている。


「なるほど、失礼した。女の近衛か」

「そうだ。普段は王妃殿下や王女殿下に侍っている。王妃殿下の側に侍女たちが居ないことはあり得ないが、侍女たちの真似事くらいならできる。相手の油断も誘えるのではないかとベアトリクス王妃殿下がコルネリウス王太子殿下に貸し出したのだ」

「わかったわかった。俺も侮ることは止める。剣を仕舞え」

「わかってくれたならば良い。私の名はクラウディアだ。近衛騎士と貴殿の戦いは私も見ていた。素晴らしい動きだった。まさか近衛の精鋭たちが全滅するとは思わなかった。貴殿が味方で本当に良かったと胸を撫でおろすところだ。私では貴殿に太刀打ちすらできず、ベアトリクス王妃殿下の首は落ちるだろう」

「おいおい、だが王妃殿下は魔法の達人だろう。タダでやられる玉じゃないぞ」

「そんなことまでわかるのか」

「纏っている魔力を見ればわかる。クラウディア、お前より余程魔力が洗練されているぞ。暇な時に教えて貰え。必ず必要になる時が来る。もちろんそんな場面がないことが最善だがな」

「忠言、感謝しよう」


 クラウディアは剣を仕舞い、侍女の振りに戻った。ラントも見破れない見事な隠形だ。なかなかの腕と見た。さすが王妃殿下の近衛だと思った。

 本来の話に戻ることにする。スイードの魔力感知の話だったはずだ。


「ほら、スイード、ちょっと目を瞑れ。魔力感知に集中するんだ。どこに感じたか声に出せ」

「はい」


 ラントは〈光球〉を飛ばす。その度に頭とか胸とか左腕とかスイードが答える。だが魔力を弱めると途端に反応が悪くなる。侍女の振りをした女近衛騎士や他の近衛たちも真剣に見ている。


(おいおい、俺は六歳で出来たぞ。いや、強制的にできるようにさせられたんだったっけか)


「お前今のが感知できなかったら死んでいたぞ。首が飛んでいた」

「本当ですか!?」

「あぁ、〈光球〉じゃなくて〈火矢〉ならどうだ。頸動脈を撃ち抜かれて生きて居られるか?」


 そういいながらラントは極小の〈火矢〉を五本宙に浮かべた」

「なっ、全く魔力が感じられん。信じられない」

「ハンス閣下なら流石に見破るだろう。閣下の魔力感知能力は高く研ぎ澄まされている。近衛だけでなく、宮廷魔導士に教えを請え。あいつらは専門家だ」

「わかりました、帰ったらそうすることにします。他の近衛たちにもそう伝えましょう」


 スイードは素直に言った。


「お前らもやってみるか? 暇だろ?」

「「「はい」」」


 他の近衛たちにも声を掛けると全員が頷いた。侍女姿の者たちもだしばらくは彼ら彼女らの魔力感知の修行を見ることになりそうだった。



 ◇ ◇



「おい、起きろスイード。お出ましだぞ」


 要塞を囲ってから二日程経った夜半、怪しい魔力の動きを感知する。

 ラントはスイードに声を掛けた。もちろんスイードも起きている。そして天幕の外の近衛たちに席を外せと言った。

 怪しい魔力は研ぎ澄まされている。外の近衛たちでは太刀打ちできない。無駄に死人を出すこともない。本来の王太子殿下の居る天幕に向かえと指示を出すと彼らは走り去った。


「スイード、近衛たち、寝た振りをしていろ。相手は六人だ。即座に起きれるように剣を握っておけ。魔力も隠蔽しながら魔法を即座に放てるように準備しておくんだ」


 ラントに言われた近衛たちは言葉も立てず、頷いた。


「夜番も立てぬとは、アーガス王国の王太子は随分と甘い世界を生きているようだ」


 そっと天幕に入り込んだ刺客たちが囁くように言った。思った通り侮ってくれているようだ。


(六人か、殿下には悪いが天幕は諦めて貰おう)


 寝ている振りをしているスイードに黒い影が近づく。毒の塗られた短剣が突き刺さろうと言う瞬間、その男の首を落とした。スイードも短剣から身を躱している。

 ラントは〈隠者のローブ〉で姿を隠していたのだ。魔力視を持つものにすら見破られない逸品だ。だが素材も調合も難解で、必要な皮も強大な魔物の皮が必要になる。ラントの切り札の一つだ。間違えてもハンスになど見せてはいけない。禁忌の魔法具だと指摘されるに違いない。

 ラントは〈隠者のローブ〉を脱いで即座に仕舞った。こんなものを見られては堪らない。秘伝なのだ。


「なにっ」

「バレていただとっ、くっ、お前らっ。全員殺せ。味方を巻き込んでも構わん」


 リーダーらしき男がそう言うがそうはさせない。ラントは〈風刃〉でもう一人の首を落とし、更にもう一人に接近し剣を振るう。

 ガインと音がし、剣が防がれる。誰かが〈光球〉を放って天幕の中を明るくした。近衛たちが全員起き上がり剣を構えて、スイードを守っている。しかし暗殺者たちも動揺はしない。数で負けていても殺せると判断したのだ。


(なかなかやるな。流石帝国の暗殺者だ。プロ中のプロだな)


 火炎魔法を放とうとしている奴がいる。自爆覚悟なようだ。天幕は頑丈だが中にいるものは堪ったものではない。


「〈圧縮〉」

「ぐあっ」


 火炎魔法が放たれる前に暗殺者はぐしゃりと潰れた。

 暗殺者たちが一斉に襲いかかっていく。スイードも剣を合わせる。暗殺者も凄腕だ。天幕の中でスイードとの剣戟が激しくなっていく。


「コルネリウス王太子がこれほどの剣の使い手とはな」


 暗殺者がこぼすがスイードは答えない。〈雷撃〉を無詠唱で放つが避けられる。だがそこにクラウディアがスッと横から細剣を突き出した。スイードとの剣戟に視界が狭くなっていた暗殺者はクラウディアの細剣を避けられず、脇から胸の辺りを突き刺された。即座にスイードが暗殺者の首を落とす。

 毒の短剣で傷ついた近衛たちがいるが、全体的には押している。


(やるな、クラウディア。女だてらに近衛騎士などしていないか)


「くっ、失敗か」


 暗殺者のリーダーがそう叫ぶももう遅い。ラントの魔力は練りに練り上がっている。


「〈闇蔦ダークバインド


 〈光球〉に照らされた天幕の中の影から闇の蔦が現れ、暗殺者を縛り付けていく。毒の付いた短剣が地面に落ちる。詠唱もさせないように蔦は口まで縛っている。

 〈魔力視〉のあるラントは無詠唱の魔法であれど即座に気付く。

 だが何もしていないのに暗殺者たちは崩れ落ちた。


(何が起きた?)


 黒フードを脱がすと首元に呪印があった。これが発動したのだ。毒を飲むよりも確実で、口を割らせない為には自殺しかない。捕まった時点で呪印が発動するようになっていたのだろう。

 だが危機はまだ去って居なかった。死体の呪印から猛烈な魔力が迸る。


(二段構えの策略か、やるな)


 このままでは死体が爆発し、天幕の中の者たちは死ぬか少なくとも大怪我をする。ラントは全ての死体に結界を張った。死体が爆発し、猛烈な炎に巻かれ、証拠は一切無くなった。だが被害もない。せいぜいマットと地面に穴が空いたくらいだ。ラントの結界が自爆魔法を防いだ。おそらくリーダーの呪印が発動することで二弾構えの自爆が自動的に発動したのだろう。

 リーダーも逃げようとしていたが、逃げたらすぐに死体の呪印を爆発させたに違いない。この手の物は遠隔で操作できるのが定番だからだ。

 天幕の中は血塗れになっていた。スイードもクラウディアも返り血を受けている。毒を受けた近衛は倒れているが死んでは居ない。定番の毒だったので解毒薬を飲ました。暫く安静にすれば回復するだろう。


「助かった、クレットガウ卿。卿の探知能力がなければ最初の一撃で死んでいた。これがもし本物の殿下だと思えば寒気がするな。結局ほとんどクレットガウ卿の世話になってしまったな。しかも自爆するとは暗殺者とは恐ろしい。感謝する」

「いいや、帝国の暗殺者たちを全滅させたかっただけだ。囮になっていたスイード卿が最も危ない役目だった。よくぞ役目を果たしたな」

「ふむ、貴殿にそう言われるとくすぐったいな。だが確かに最も危険な役目だ。寝ていたら既に命はなかっただろう。もう敵は居ないのか?」

「探知してみたが大丈夫なようだ。相手も精鋭だった。それに他国だ。そう簡単に潜入できはしないさ」

「そうだな、王太子殿下にご報告に上がらねば」

「おいおい、血塗れで行く気か。〈洗浄〉。ちっ、それだけ汚れていると洗浄だけでは落とせんな。おい、クラウディア、王太子殿下の服を洗ってこい。血まみれで返す訳にはいかん」

「わ、わかった」

「報告には俺が行く。お前らは少し休んでいろ。死体は全て灰になった。天幕の中の掃除も頼む。大丈夫だ。また誰か来たら即座に駆けつける」

「ふっ、その言葉は信用できるな。頼らせて貰って悪いが頼む」

「スイード、幻影の腕輪を返せ。そして近衛の服に着替えろ。酷い姿だぞ」

「わかった、任せておけ」


 ラントはスイードから幻影の腕輪を返してもらうとニヤリと笑って大型の天幕からひらりと姿を消した。あまりの手際の良さにクラウディアの瞳には恋の炎が宿っていた。




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― 新着の感想 ―
それにしても帝国はやっぱり格上か~…禁忌禁忌って禁止するより研究するべきだと思うんだけどなぁ、王国と帝国の違いはそこかな。 おや?クラウディアさん!?!?
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