036.お茶会
コルネリウスは忙しく動いていた。
何せラントの立てた戦略を実行するのは自分たちなのだ。コルネリウスは初陣ではあるが総大将を務める。更に今回は完勝しなければならない。そのためにやらなければならないことは山ほどある。
「あれ、殿下。そんなに急いでどこに行かれるんですか」
「貴殿が立てた作戦を実行するために動いているんだ。すでに二都市との連携は取れている。騎士団や軍も集結地点を決め、いくつかの敵対貴族たちからは人質が取られていて寝返るのは難しいと返事が来ている」
コルネリウスは足を止めてラントと話を始める。何せ作戦立案はラントなのだ。良い案があれば取り入れたいと思っている。
「人質が取られていると言っても要塞に囚われている訳ではないでしょう。ならば寝返った後、人質を救えば良いのです。必ず人質は救うと書けば安心するでしょう。それに人質が取られていても王家へ忠を尽くすのが真の忠義と言うものです」
「確かにそのように言ってくれる貴族も少数ながら居るがな。半数近くの貴族は人質が取られているそうだ。軍が膨れ上がるのが早すぎると思ったのだがまさか人質とは。大規模な夜会を開き、そこで夫人や令嬢を一網打尽にしたらしい」
ラントはやれやれと言った風に手の平を掲げた。
「絶対に勝つから首魁が死んだら即座に寝返れと書簡を送りましょう。殿下の直筆で送れば良いのです。王太子印があれば尚良しですね。それでも返答のない者は忠義などないランドバルト派です。それに書簡を送ることに意味があるのです。ランドバルト派にも送りましょう。そうすれば誰かが裏切るのではないか、そう疑心暗鬼になって貰えれば相手は士気が落ち、要塞に引きこもるしか有りません。そこで私が考えた奇襲です。不落の要塞などありませんよ、大丈夫です」
「そうか、貴殿にそう言って貰えるとなんだか自信が出てくるな。言われた通りにするとしよう」
コルネリウスは納得した。懸念が晴れたようだと思った。
「それでは、私は王宮図書館に行かせて貰います。読みたい本が多すぎて住み着きたいくらいですよ」
「はははっ、貴殿は冗談も上手いな。だが戦が決まれば貴殿も来るのだ。貴殿には必要がなさそうだが、図書館で良い叡智でも培っておいてくれ」
コルネリウスはラントと別れて急ぐ。そうだ、ラントの作戦を聞いた時こんなことをされては堪らないと思った。
難攻不落のホーエンザルツブルク要塞とて落ちるだろう。更にラントの正確無比の〈爆裂〉。それが夜半に司令官を直撃するのだ。これだけお膳立てされていて勝てない訳がない。
(それにしてもクレットガウ卿は何者だ。ただのハンターや魔法士では有りえない。戦略眼もある。北方の出だと言うが本当にそうなのか。謎が多いな。だが母上が気に入っている上にマルグリットのお気に入りだ。影たちに探らせても何も出てこなかった。謎の多い人物だな)
コルネリウスは軍務大臣、王国軍元帥、騎士団長や参謀などと共に作戦を密に練っていく。失敗は許されない。特戦隊には第三騎士団から候補者を集めることになった。
途中魔法士の訓練場の近くを通った。いつになく盛り上がっている。この時機は試験と魔法士資格の更新があるので魔法士が多いのは当然だがそれだけではない。
「ほほほっ、殿下。どうなされましたかな」
「ハンスか。いや、いつになく張り切っていると思ってな」
「なぁに、クレットガウ卿の魔法を見ていた者たちがやる気を出しているだけですじゃ。噂は千里を駆ける。見ておらぬ者も市井の魔法士に負けられぬとやる気を出していますじゃ。常日頃からそうであれば良いものを……、何せあれほどの魔力制御力、生半可な修行で培える物ではありません。しかしあの若さのクレットガウ卿はあっさりと儂を上回る爆裂魔法を披露した。若い者たちには刺激になったのでしょう」
宮廷魔導士長が笑いながら同じく訓練場を見つめている。中には宮廷魔導士のローブを羽織っている者たちまで居た。
宮廷魔導士たちさえラントに影響されたというのか。たった一発の魔法でアーガス王国の魔法士、宮廷魔導士たちは刺激されたようだ。
コルネリウスはその様子を見て、見知らぬ強者はいるものだと舌を巻いた。何せラントなどという存在は聞いたことがない。影に実力者の傭兵やハンターの情報は集めさせている。しかしラントの名前は載っていなかった。
◇ ◇
「ようやくお会いできましたね。お会いできて嬉しいです。ディートリンデ・フォン・エル・アーガスですわ」
「先日はご挨拶もできず申し訳有りません、ディートリンデ王女殿下。拝謁できて光栄でございます。以前一目見ただけですがやはりお美しい、ご尊顔を拝めて幸悦の至りでございます。宮廷言葉は苦手な為、多少の無礼はご容赦を」
「まぁ、口も上手いのね。マルグリットお姉様、この方、私の騎士にくださらない?」
「ディートリンデ、御冗談はほどほどにお願いしますね。ラントはわたくしのものですわ」
マリーとラントはディートリンデの呼び出しによって茶会を開いていた。
ラントもこの国の王女の呼び出しには応じない訳には行かない。図書館に行きたかったとラントは言うが通い詰めてもう五日になる。
ラントの眼差しが「俺はお前の物じゃない」と雄弁に語っているがマリーは意図的に無視した。ディートリンデに奪われる訳には行かない。
マリーはラントともっと一緒に居たかった。それにラントが最初にどうやってマリーたちを助けてくれたのか、マリーも気になっていた。
「それでは、クレットガウ卿。マルグリットお姉様との出会いから説明してくれないかしら」
「はい、今回はこのような物を作って見ました」
「まぁっ」
ラントが手を上げると使用人によって板ガラスで作られた箱が持ってこられる。マリーも見せて貰えず、初めて見るものだ。ディートリンデが板ガラスの透明度に驚いている。あれほど純粋なガラス、しかも板だ。どうやって作っているのだろう。
箱の中には片側に森があり、草むらと街道が小さいが作られている。まるで箱庭だ。そしてその中央に小さな馬車がちょこんと止まっている。馬の模型まである。真っ黒なバトルホースで既にマリーたちの愛馬となったイリスだ。
騎士や盗賊の人形が中で戦っている様子が見える。騎士たちの多くは倒れている。
「まぁ、なんて見事な箱庭なのでしょう。こんな綺麗なガラス、初めて見ましたわ」
「ラントは優秀な錬金術師ですから」
本当に錬金術で作ったのかはわからないがマリーはそういうことにした。どちらにせよ製法はマリーにはわからない。ラントはこういう所でポロッと非常識な物を持ち出すのだ。
「私が魔の森を抜けた瞬間、このような状況でした。マルグリット様と侍女のエリーはこの馬車の中におり、騎士たちは盗賊たちに襲われ、倍の人数に襲われた騎士たちはついに倒れてしまいました。そこで……あ、小さな魔法を使わせて頂きますね。近衛の方々、ディートリンデ殿下をお守りください。もちろん害するつもりなどありませんが」
ラントがそう宣言するとディートリンデは少し離れ、近衛たちがディートリンデを守る。
「〈暗落〉」
ラントが小さく魔法を唱える。近衛騎士たちが身構えるのがわかる。だが魔法が行使されたのは箱庭の中にだけで、当然誰も害されなかった。
ラントの魔法は小さな馬車の周りをくり抜いたように地面を無くした。
マリーは魔力感知も磨いていたが、ラントの魔力を感知することは叶わなかった。それほど小さな魔力だったのだ。
(あぁ、こうやって助けてくださったのですね)
マリーはあの時馬車の中で震えていた。実演して貰うとよくわかる。騎士や盗賊の人形が地面の穴に消えて落ちて行く。
奇妙に潰れた騎士たちの死体の理由はこれだったのだ。甲冑の重さで死体が耐えられなかったのだろう。
「まぁ、凄い」
近衛騎士たちが離れていく。ディートリンデの侍女たちも目を丸くしていた。
「このようにして馬車の周りの地面に穴を開け、盗賊を一網打尽にしました。そうしてマルグリット様たちを助け出したのです。幸い盗賊の親玉は生きており、尋問するとランドバルト侯爵の手のものだと判明したのです」
「まぁ、ランドバルト侯爵は謀反を起こしただけではなく、マルグリットお姉様にまで手をだそうとしていたのね。許せませんわ」
ディートリンデはラントにどの様にマリーを助け出したのか、ラントの視点から聞きたいと言って呼び出したのだ。だが語りなどよりもよほどわかりやすい。マリーも思わず「なるほど」と声に出しそうになった。
「あぁ、あの時の不思議な現象はこれだったのですね」
エリーが口に出す。
その後もラントは戦いの様子を語る。マリーの正体に気付き、懸賞金目当てで襲ってきた三級ハンターたち。マリーの美しさに目を奪われ、下品に襲おうとしてきた傭兵たち。流石に司祭や聖騎士との戦いは省かれた。マリーも語ってはいない。
ラントの語りはうまく、英雄譚好きのディートリンデはその臨場感に引き込まれていく。
「まぁ、なんて素敵な方。ハンスやコルネリウス兄様が褒め称える訳ですわ」
(どうやら余計な恋心を抱いているようではなさそうね)
ディートリンデはラントを褒め称えていたが、恋の色は見えなかった。単純に大好きなマルグリットを英雄譚のように助けたラントに興味があっただけらしい。少しだけホッとする。だがディートリンデがマリーの立場で救われていたら忽ちの内にラントに惚れていただろう。
マリーは真剣に語るラントの横顔を見つめていた。その表情は完全に恋する乙女の物であった。それをエリーはマリーの後ろに控えながら、じっと見つめていた。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。
特にブクマと☆評価はポイントに直結するので大事です。下部にある☆を五つつけてくれると私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ




