表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/158

002.報酬

(どうしたものかねぇ)


 ラントは唸った。出てきたのは妙齢の美しい女性だった。これほど美しい女性を見たことはない。それほど整った顔立ちをしていた。絵画にすればとても映えるだろう。危なく一目惚れしそうになっていた。顔を見た一瞬フリーズしてしまったほどだ。危険だ。傾国の美女とはこれほどの物かと舌を巻いた。


 意識をしっかり持ち、彼女たちを見る。プラチナブロンドを丁寧に結い上げ、ハーフアップにしている。髪飾りも首飾りも豪華な物だ。瞳は碧く、強い意思の力が感じられる。胸もでかく、スタイルも良い。侍女もおそるおそるだが外に出てラントのことを威嚇している。彼女も令嬢には劣るが美しい。手には短剣がある。

 あんな短剣ではラントのことはどうにもできないが、こんな状況でも主人を守ろうと言う気概は素晴らしい。騎士たちはともかく侍女には恵まれているなとラントは思った。


「さて、ランドバルト家が謀反を起こしたことで俺はアーガス王国からこちらの国に拠点を移すつもりだったんだ。あんたらとは方向が違う。国に戻るっていうのなら手伝ってやるぜ」

「まさか、お嬢様をこんなところに放置すると言うのですか」

「あ~、いいたかないんだが俺は臣民でも何でもない。平民ではあるがあんたらの言う事を聞く必要性は全くないんだ。魔の森に放り込んでもいいんだぞ? 助けただけでも十分報酬があって然るべきところだと思うぜ?」

「……それはそうですが」


 侍女はラントを問い詰めるが、ラントはまだ住民登録すらしていない流人扱いだ。実は正規に国境も超えていないので違法入国者で犯罪者と捉えることもできる。

 ただマルグリットと侍女を助けたのは事実だ。彼女たちは憲兵でも何でもない。更に捕まえるべき騎士たちも居ない。大概の騎士は逮捕権を持っているが、マルグリットたちは二人のみだ。このままなら血の匂いにおびき寄せられた魔物の餌になるのが落ちだろう。


(流石に気が引けるな)


 傲慢な貴族ならラントも放置できた。もしくは無理難題を突きつけてきたら喜んで魔の森に投げ入れた。それだけの力はあるのだ。

 だがマルグリットは丁寧に感謝を述べた。その所作の美しさは上級貴族のそれしかあり得ない。ブロワ家と言うのは確か四大公爵家の一つだったと記憶している。流石に移り住もうと思っていた国の公爵家の令嬢をこんな場所に放置したと万が一しれたとしたら打首は確実だ。


(こりゃ困った。とんだ厄ネタだ、久々に地雷を踏んだな)


 ラントは厄ネタをよく踏む。しかし今回は自分で踏みに行ったとは言え、とんだ地雷だった。護衛の騎士の少なさと練度から精々下級貴族かと思っていたのだ。

 馬車は立派だったが貴族は見栄を張るものだ。裕福な子爵程度であればこのくらいの馬車も使うだろう。下級貴族程度ならどうにでもなる。そう思っていたのだが、マルグリットは正真正銘のお姫様だった。


「アーガス王国はまだ大丈夫なのですか」

「おいおい、向かうつもりか? 国境で捕まるのが落ちだぜ。なにせあの国境の先はランドバルト家の領地だからな」

「わかっています。でも叔母様や従兄弟たちが窮地に陥っているというのに見過ごせません」

「それより自分の進退を考えたほうが有益だぜ。あんたら身一つで野営もできないだろう。国境まであと半日は掛かる。日ももう沈む。どうする気だ?」

「それは……」


 マルグリットはうまく答えられなかった。貴族なので多少の魔法の心得はある。魔力も扱える。だがそれだけだ。二人の女子だけで魔の森付近を生き延びられるほど甘くはない。


「仕方ないな。払える報酬はあるか? 魔の森を抜けるんだ、それなりの対価が必要だ」

「金銭はありません。騎士たちが管理しておりました。これだけなら。母の形見ですが」

「おいおい、そんなもん出して良いのかよ」


 ラントは驚いた。髪飾り、首飾りでも十分だったのだ。だが令嬢は本人が持つ最も高価な物を差し出した。少なくとも悪意を持つ貴族ではありえない。高貴な魂を感じた。


「命には替えられません。これでアーガス王国王都に連れて行って貰えませんか」

「仕方ないな。承ろう」


 出された装飾のされた魔宝石は大きな物だった。売れば相当な金額になるだろう。だが売り先がない。こんな物を出したら必ず商人が貴族に告げ口をするだろう。厄介なことになる。白金貨が何十枚も飛んでいくかもわからないとんでもない代物だ。


 マルグリットが着けている髪飾りや首飾りでも売り先がない。まさかこんなものが出てくるとはラントですら予想すらしていなかった。だがこれがマルグリットの誠意なのだ。受け取らないわけにはいかない。

 報酬としては過分も良い所だがラントとしてはため息をつきたくなった。



 ◇ ◇



 マルグリットは断腸の思いで母の形見を差し出した。平民には過ぎたるものだ。だが命には代えられない。それだけの価値はある。マルグリットが持ち出せたのはこれだけである。死の縁にあった母から直接手渡され、ずっとこっそりと隠していたものだ。

 髪飾りや首飾り、腕輪などは常に着けていたので報酬に出すという考えには至らなかった。命も救って貰ったようであるし、マルグリットに取って最も価値あるものを差し出す必要があると考えたのだ。


 魔法石は魔術の触媒にも使えるし、魔法を使う際に強化する効果もある。どこの国でもあれほどの大きさの魔法石は希少品だ。なにせ元々アーガス王国公爵家の出であった母が持っていた品なのだ。国宝に指定されていてもおかしくない。

 だがラントの表情は芳しくない。報酬が足りないというのだろうか。


「あんた、これの価値知ってるか?」

「えぇ、ある程度は」

「金貨に替えられない物を渡されても困るんだよなぁ」


 ラントはため息をつきながら騎士たちの懐や盗賊たちの懐を漁っている。浅ましい姿だとは思うが平民とはそんなものだろう。

 それに彼は命の恩人だ。非難して見放されたら本当に死んでしまう。自分はともかくエリーまで道連れにするのをマルグリットは許容できなかった。


「〈洗浄クリーン〉」


 ラントは色々漁り終わったようで、金貨や剣などに〈洗浄〉の魔法を掛けた。血に塗れていたそれらが綺麗になり、キラキラと光る。


「それなりに持っていたな。まぁいいか、助けちまったからには仕方ない。文句は言うなよ。後、〈制約〉を受け入れて貰う」

「〈制約〉?」

「契約系の術式だ。色々見られたくないもんもあるが使わなけりゃ魔の森を抜けられない。それらを他人に言いふらされないように掛けるんだよ」

「でも契約系の術式は見るものが見れば掛かっているとわかりますし、解除もできますよ」

「大丈夫だ、ちょっと特殊な術式だからな。簡単には見破れないし、破れない。それに解除されたら俺は逃げる。どうだ、受け入れるか?」


 マルグリットは少しだけ考えたが受け入れないという選択肢はないように思えた。実際魔の森がざわつき始めている。早くここを離れないといけない。そしてそれにはラントの力が必要なのだ。


「……わかりました。エリー」

「わかりました」

「はい、じゃぁ〈制約〉っと」


 ふわりとマルグリットとエリーの体が淡く光る。契約系の術式など受け入れたことがない。こういうものかと思うばかりだ。体を軽く動かしてみるが、特に変わったことはない。


「それで、お嬢様が聞きたい事はいいのか」

「……はい、知りたいことは知れました」

「ならちょっと後ろ向いてろ、お嬢様が見るもんじゃない」

「……わかりました」


 マルグリットとエリーが後ろを向くと何か貫く音がした。


「いいぞ」


 振り向くとさっきまで生きていた盗賊の頭目がうなだれている。そして首筋から血が垂れている。処理したのだろう。手早いことだ。


「幸い馬車を引いている馬はいい馬だ。バトルホースか。これなら魔の森も抜けられるな」

「本当に魔の森を抜ける気なのですか?」


 魔の森は広大で、魔物の領域だ。抜けるなんて考えられない。自国も隣接している国も幾度も開拓しようとして、失敗している歴史をマルグリットは知っている。


「俺は魔の森を抜けてこっちに来たんだ。来られたなら帰れるさ。お荷物はいるがな」


 お荷物と言われてエリーが激昂しそうになるがマルグリットはエリーの袖を摘んで止める。ラントの機嫌を損ねては行けない。彼は盗賊一味を丸ごと倒せてしまう魔法士なのだ。


「いい子だ。よく調教されているな」


 ラントは一体だけ残ったバトルホースに話しかけ、馬車から手際よく外している。そして腰のポーチから鞍やあぶみくつわや手綱などを取り出し、バトルホースに取り付けていった。収納鞄なのだろう。

 そして何か唱えると空中に大きな岩が現れ、馬車をグシャリと潰した。岩がすぐさま消える。どうやったのかは想像もつかなかった。


「馬には乗れるかい、お嬢さん」

「マルグリットで良いですわ。一応嗜む程度には乗馬も経験があります」

「そりゃ良かった。ならさっさと二人で乗ってくれ。この先に休憩所がある。そこで一晩明かそう。俺が引くから横乗りで乗れ。スカートでは乗れないだろう」

「わかりました」


 ラントはバトルホースに乗る時に土魔法を使って土台を作ってくれた。バトルホースは魔物の馬だけあって大きいのだ。マルグリットは普通の馬に乗った事はあってもバトルホースに乗ったことはない。エリーが「ひっ」とあまりの高さに小さく悲鳴を上げた。


「さぁ、さっさと場所を移そう。そろそろ魔物たちが森から出てくるぜ。死体は奴らが片付けてくれるからこのままでいい。まさかきちんと埋葬したいなんて言わないよな」

「大丈夫です」


 ついて来てくれていた騎士たちは馴染みの騎士たちではなかった。それだけがマルグリットの気持ちを楽にした。もし仲の良い騎士たちだったらきちんと埋葬してあげたいと思ったであろうし、ラントが懐を漁ったり剣を奪ったりするのを咎めただろう。

 そういえば集めていた剣や槍はどこに行ったのだろう。ポーチ型の収納鞄はそれほどの容量はないはずだ。マルグリットは不思議に思いながらラントの引いてくれるバトルホースに揺られ、暮れていく夕日を眺めた。


絶世の美女。出会ってみたいものですね。主人公が羨ましいです笑 しかし彼女は特大の地雷です。主人公はそれも含めて踏みに行っています。こればかりは主人公の性格なので仕方がありませんねw


面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。

特にブクマと☆評価はポイントに直結するので大事です。下部にある☆を五つつけてくれると私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「金銭はありません。騎士たちが管理しておりました。これだけなら。母の形見ですが」 騎士が管理していた、と言う騎士はこの死んだ護衛をしてきた騎士ではないということなのかな。この死んだ騎士たちとしたら、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ