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157.別れ

「うっ、うぅっ……お姉様」

「セレスティーヌ、淑女が涙をそんな簡単に見せる物ではありませんよ。感情を表に出さず、穏やかに微笑みなさいとお母さまに教わったでしょう?」

「でもっ、でもっ」


 マリーたちが王都を出立する日、マリーの大きな胸にセレスティーヌが涙しながら抱きついている。マリーもセレスティーヌとの別れは悲しいし、妹が慕ってくれているのは嬉しいと思う。故に厳しい事を言いつつもセレスティーヌの頭を、背中を撫でて宥めていた。


「さぁ、そろそろわたくしたちは行かなければならないわ。貴女ももう少しで貴族院に入学するのでしょう。貴女のこれからの生活は一変するわ。楽しみなさい。貴族院を卒業すればもう立派な貴族の一員として扱われるわ。それに、同年代の多種多様な領地から来る貴族たちとの関わりは貴族院でしか得られないものよ。それは貴女もわかっているでしょう?」

「はいっ、はいっ。わかっております。マルグリットお姉さまが長期休みの時に帰ってきた時に色々とお話して頂きました。マルグリットお姉さまは貴族院をとても楽しんでいられたようですわ」


 マリーはセレスティーヌの瞳を見つめて答える。セレスティーヌも顔を上げてマリーを見つめていた。


「そうよ、だから貴女も楽しんで。公爵家の娘と言う事で注目されることもあるでしょう。ですが身分をあまり気にせず仲良くなれる友人を作れる機会はわたくし達にはあまりないのですよ」

「はいっ」

「いい子ね。それに永遠の別れではないわ。貴女はわたくしの大事な妹なんですもの。これから幾度も会う機会はありますし、なければ作りましょう。ね?」

「はいっ、絶対お姉さまのところに遊びに行かせて頂きます!」

「ふふっ、楽しみにしているわね。じゃぁそろそろ本当に行かなくてはならないわ。愛しているわ、セレスティーヌ。元気でね」

「私も愛しています。マルグリットお姉さま。お姉さまもお元気で」


 セレスティーヌがマリーから名残惜しそうに離れる。マリーも寂しくないと言えば嘘になる。だがセレスティーヌは元より貴族院に入る事が決まっていたし、本来ならマリーはシモンとそろそろ結婚式でも上げて居た筈の時期だ。

 同じ王都に居ることになるのでセレスティーヌと会う機会はもっと多かったと思うが、その運命をマリーは辿らなかった。帝国の横槍があったからだ。だがそのおかげで、とまではいかないがマリーはラントと出会うことができた。

 シモンも良い男だとは思う。王太子と言う身分を抜きにしても、見た目も性格も、王国貴族子弟の中でも上位に入るだろう。だがマリーはそのシモンを知っていてもラントに惹かれてしまった。ラントが貴族の一員ですらなかったと言うのに。そしてマリーはそのラントと一緒になる。だから後悔はない。


「さぁ、行きましょう、エリー」

「はいっ、マルグリットお嬢さま」

「来年にはお嬢さまも卒業ね、なんだか不思議な気分だわ」

「そうですね。奥さまとお呼びしなければなりませんね」


 エリーがくすくすと笑う。

 身を翻し、ラントたちが待つ隊列に向かう。このままエーファ王国を抜け、アーガス王国に帰ればラントとの結婚式だ。約一年期間があるとは言えそんなのは一瞬だろう。

 実際ラントと出会ってまだ一年足らずだがまるで一瞬のように思えてしまう。


「ふふっ、これからも楽しい事がきっとたくさんあるわ。楽しみね、エリー」

「はいっ、私はいつでもどこまでもお嬢さまについていきます!」


 エリーは相変わらず変わらない。マリーがどこに居てもついてきてくれるだろう。その安心感がある。


「ありがとうね、エリー」

「ん? なにかいいました? お嬢さま」

「いいえ、なんでも。ふふっ」


 国を追放されてもついてきてくれたエリー。マリーはエリーに聞こえないように小さく礼を言った。面と向かって言うのは少し恥ずかしかったのだ。

 視線の先には既に出立の準備を整えているラントの姿がある。クラウスと何かしら話しているようだ。

 自分の帰る場所はあの人の元だ。マリーはそう思う。そしてラントの帰る場所も自分の元であって欲しい。

 ラントが幾度か、コルネリウスなどの命令でアーガス王都を離れた時があった。その時にマリーは思ったのだ。ラントの帰る場所はマリーの元で、それを作ってあげなければならないと。

 ラントはマリーがそんなことをしなくても飄々と生きていけるだろう。だがそれではマリーは自分を許せない。この世界、貴族の世界にラントを引き入れたのはマリーだ。きちんと責任を取らないといけない。


(そう、ラントの帰る場所はわたくしの元よ。そしてわたくしの居場所はラントの隣。これだけは誰にも譲らないわ)


 ラントは既にマリー以外にも幾人もの婚約者がいる。だが正妻はマリーであるし、ラントの隣を譲るつもりはない。ただ彼女たちと争うつもりはない。手に手を取り合って、ラントがゆったりと帰ってこられる場所を作れれば良いと思う。できれば同じように考えてくれればと思うがそればかりはラントの妻になってみないと流石にわからない。マリーにできるのはそうなれるよう努力するだけだ。

 ラントと話していた兄とも軽く別れの挨拶をする。

 今生の別れではない。だからこれで良いのだ。それからマリーたちの乗る馬車に乗り込んだ。



 ◇ ◇



「クラウス殿、色々と世話になったな」

「いや、ブロワ家も王都に用事があった。それに卿はマルグリットを連れ帰ってくれた恩人だ。このくらいなんともないさ」


 ラントはクラウスに対して礼をした。

 実際王都の拠点としてブロワ家を使わせて貰ったのだ。ラントたちはアーガス王国の使者なので王城の客室を借りることもできただろう。

 だがそれは少し息苦しい。ラントにとってエーファ王国は見知らぬ国であり、どんな人物が居るのかもわからない。

 ブロワ家を拠点にさせて貰ったことや、マリーやクラウスが色々と教えてくれなければエーファ王都での滞在は困難を極めていただろう。


「だがマリーを攫って行くんだ。恩人と言われると怪しいところだな」

「くくくっ、マルグリットは命があっただけで十分さ。卿が居なければ、それすら叶わなかっただろう。そのくらいはブロワ家でも調べている。それにマルグリットが卿についていくのは本人の希望だ。妹が幸せになりに行くんだ。それを祝福しない兄が居ると思うかね?」

「クラウス殿はなかなか良い兄だな。俺も兄が居るが良い勝負だ」


 クラウスはラントの言葉に声を上げて笑った。


「卿の兄上がどんな人物か知らないが、きっと良い男なのだろう。まぁマルグリットが居なくなることでセレスティーヌの人生が変わるかも知れない。それは少し困惑するところだが、こればかりは仕方ない」

「王太子妃を出す家か、爵位が高いと言うのも良いことばかりではないな」

「そう言うな。王国独立戦争で戦功を上げたことで当家は公爵と言う最高爵位を頂いている。王家に王妃を出すことも、逆に王家から王女が嫁いで来ることもある。エーファ王国では四家しかない公爵家だ。それは誇りであり、誉れだ。確かに王国に果たさなければならない義務は大きい。税を払うとかそういう意味ではない。公爵家として、王家を立て、王家を支えなければならないと言う義務だ。だがそれも我々にとっては嫌々やっている訳ではない」


 クラウスはきっぱりと言い切った。流石次代の公爵だ。肝が据わっているとラントは思った。

 クラウスとはブロワ家に逗留している間や、王都への道程。そして王都への滞在している間にかなり交流を持った。良い男だ。からっとした性格と、しっかりと自分の立場とやるべきことをわきまえている。そしてそれを誇りに思っている。

 それほど長く一緒に居た訳でもないが、ラントはクラウスと馬が合った。国が違うのでそうそう会うことはできないだろうが、これからも色々と話したいと思うし、酒も飲み交わしたいと思う。



「俺は初代だからな、ブロワ家のような歴史はない。だからそういう思いは少しわからん」

「はははっ、何を言うんだ? 貴族家など初代が一番偉いに決まっているだろう。公爵家を継ぐ者と伯爵家を興した者。どちらが凄いかなど明らかに後者だ。だから俺は卿のことを一人の男として尊敬しているんだ」

「そんなもんか? 俺はいつの間にか伯爵にされてしまったのであまりわからんがな」


 クラウスは何が面白いのか笑いながらラントを見つめた。


「卿は自身の功績を過小評価する癖があるようだな。卿は卿が思っているより余程大きなことを成し遂げているのだ。そうでなければアーガス王国が簡単に伯爵位など与える物か。男爵や子爵ならともかく伯爵と言う地位は大きい。領地を拝していなくともその発言力は無視し得ないものだ。ただまぁ卿はその自然体なのが良いのかもしれんな。卿は卿らしくあれば良い。それがマルグリットの惚れた男なのだろう」


 クラウスはキラキラと光るような笑みを浮かべてラントに言う。


(そういうものか? まぁいい。大国の常識など俺は知らんのだからな)


 ラントが生まれた国、テールはエーファ王国の伯爵領と同等か、それよりも小さいくらいだ。それに多くの戦争があり、途絶える貴族、もしくは戦功を得て爵位を得るなど当たり前のようにあった。勃興が激しかったのだ。爵位の高い低いなどないに等しい。そしてそれは近隣のどこの国も同じことだった。失策をした王家が転覆することすらあった。

 だがアーガス王国もエーファ王国もテールとは違う。大国として三百年続き、帝国と言う大きな敵を抱えながらもしっかりと根を張っている。王家や公爵家が変わることもない。安定しているのだ。

 そんな国で爵位を貰う、もしくは昇爵すると言うのは本来簡単なことではない。それはマリーも言っていたし、コルネリウスやランベルト公爵、ランドバルト侯爵なども言っていた。

 ただラントが行った功績はそれに十分値するのだと彼らは口を揃えて言っていた。故にラントは今、伯爵と言う地位を貰っているのだ。


「まぁ俺にとっては爵位など飾りのようなものだ。俺が欲しいと思っても貰える物ではないし、断ることすらできん。マリーを嫁に貰えるだけの格があると周りが認めてくれればいい。そうでなければ俺は貴族にすらならなかっただろう」

「ふふふっ、マルグリットも幸せだな。卿ほどの男の信念を自身の為に曲げさせたのだ。それほど愛されていればマルグリットが不幸になることもないだろう」


 クラウスとラントは二人の少女、マリーとそれに抱きついているセレスティーヌを見ていた。


「信念を曲げさせられたと言うよりは絡め取られた感じだったがな。クラウス殿が思うよりマリーは狡猾だぞ」

「マルグリットにもそういう面があったのだな。あれも貴族の女としての力があったようだ。諦めるんだな、と言うかマルグリットに不満でもあるのか?」

「いや、ないな。いい女だと思う」

「そうだろう。兄馬鹿だと思うが俺から見てもマルグリットは良い女だ。幸せにしてやってくれ」


 ラントとクラウスが話しているとマリーがセレスティーヌと別れて近づいてくる。


「マルグリット、あちらでも元気でな」

「えぇ、お兄様も」


 兄妹の別れはたった一言だった。だがその短いやり取りにも、二人の間に愛情があるのが見えた。

 マリーはするりと自身が乗る馬車にエリーと共に乗り込む。


「それではマルグリットを頼むよ。義弟よ」

「ふふっ、そうだな。義兄上、これからも宜しく頼む」


 ラントはクラウスに別れの挨拶を済ませると、王都を出るための馬車に乗り込んだ。



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