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155.シモンとの会合

「マリーと登城はなんか久しぶりな気がするな」

「謁見以来ですからね。実際久しぶりですよ。でも今回は王城と言うより王宮に招かれているのですから、いつもと違うでしょう?」

「そうだな。イアサント殿下とは王城で話すからな。それに錬金術師たちも魔術士棟に居る。エーファ王国の王宮はそういえば初めてか」


 ラントとマリーはシモンに招かれ、王宮に向かっていた。クラウスやラエルテは居ない。エリーはいつも通り控えている。他にもダミアンとドロシーも連れてきている。と、言っても彼らに役目はない。置物だ。

 王城と一言に言っても様々な施設がひしめき合っている。名の通りの城。そして魔法士や魔術士たちが集まる建物。騎士団の建物。訓練場。他にも幾つか必要に応じて建てられた建物がある。そして王宮は王城の敷地内にある王族のプライベートスペースだ。王族は王宮に住み、仕事に応じて王城に出勤するのだ。

 と、言っても離宮を賜っている王族もいるので、全ての王族が王宮にいる訳ではない。先日夜会に使わせて貰った離宮など、幾つもの離宮が王都貴族街には存在する。ラントは幾度も登城しているが、王宮区画に足を運ぶのは初めてだった。


「そういえば何人か裏切り者が見つかったとか」

「裏切り者じゃない。帝国の精神魔法に掛かっていた貴族が見つかっただけだ。俺が王城の結界の魔術陣に必要な術式を教えたからな。宮廷魔導士がやったのだろう」


 マリーは世間話のように言っているが、エーファ王国の王城に幾人も帝国の精神魔法にやられていた貴族が潜んでいたのだ。大事件だったとイアサントに聞いている。

 ラントたちを先導している近衛たちがマリーの発言を気にしているのがわかる。彼らにとっても全く無関係ではない。彼らが守るべき王族たちが、王城で弑される可能性があったのだ。


「そうですわよね。精神魔法で操られていた貴族をどう罰せれば良いか、悩ましいところですわね」

「反逆を企てた訳でもないしな。シモン殿下も被害者として扱われているのだろう? 同じようにされるのではないか。当然帝国の間者が潜んでいるだろうから家宅捜索くらいはされると思うが」


 そう、問題はそこだ。自身の意思で悪徳の限りを尽くしていたり、反逆を企てていたりする貴族を処断するのは簡単だ。だが今回はそうではない。敵国の策謀に引っかかってしまっただけなのだ。

 そしてシモンと言う前例もある。元ではあるが王太子を簡単には処断できない。だがシモンはマリーを突然婚約破棄して追放したと言う罪がある。このあたりは王族も頭を悩ませるところだろう。どうするのか、正直気になるが見届ける程の時間王都に居ることはない。ただアーガス王国に帰ったら結果だけでも知りたいと思った。


「恐ろしい事ですわ。内部に敵に通じる者がいる。それだけではなく操られているなど、もし戦時に彼らが内応したら大変なことになるでしょう」

「あぁ、そうだ。だからこそ奴らは今まではしれっとした顔で王城で影を潜ませていたんだ。どのみち陛下の暗殺など簡単にはできん。上位貴族の家にはそうそう帝国も間者など忍び込ませることはできんだろう。いや、そうでもないか、ランドバルト侯爵の例があったな」

「ラント、足が止まっていますよ」

「お、すまん。だが考え込むような事を言い出したのはお前だぞ」

「ふふっ、すみません。つい気になってしまって」


 つい考え込んでしまいそうになり、くすりと笑うマリーに手を引かれてしまった。

 ラントの癖でもあるが一つの事柄について様々な結果が即座に思い浮かぶので、つい自分ならどうするか、帝国は何を考えているのか考え込んでしまうのだ。ただ今はシモンに呼ばれて王宮に向かっている途中だった。マリーと歩きながら話す程度なら良いが考え込むのはまずい。

 何せ廃太子されたとは言えこの国の第一王子に招かれているのだから。

 ラントはマリーに言われ、考え事は後にしようと頭の中にメモを残しながらマリーの横に立って歩いた。



 ◇ ◇



「ご無沙汰しております、シモン殿下」

「お初にお目に掛かります。シモン王子殿下。ランツェリン・フォン・クレットガウと申します。以後お見知り置きを」

「あぁ、そう堅苦しくなくていい。久しぶりだな、マルグリット。そしてクレットガウ卿。卿には会いたいと思っていたのだ。なかなか機会がなかったがな。イアサント叔父上とは仲が良いそうではないか。王城で噂になっていたぞ。とりあえず席に座ってくれ」


 シモンは訪ねて来たマリーとラントに席を勧めた。


(この男がマルグリットを助け、更にアーガスの英雄と言われた男か。いや、その前にきちんとマルグリットと話さなければな)


 シモンは対面に座ったラントに気がいっていた。エーファ王国にもラントの武勇は伝わり、それらの裏取りが行われている。そしてそれはシモンも確認した。

 つい最近まで王太子として、最高の教育を受けていた自負はある。剣や魔法の腕も近衛騎士や魔法士に負けない自信はある。

 だが多くの兵を率い、堅牢と言われる要塞を落とす策を練り、そしてそれを有言実行とばかりに一日で落としてしまうことなど自分にできるだろうか? いや、どう考えてもできるとは思えない。シモンは自己評価は過大にも過小にもする傾向になかった。

 多少年齢は上だが、それを軽くやってのける男がいる。同じ男として、気にならない筈がない。

 だがまずはマリーとの話し合いだ。


「マルグリット」

「はい、殿下」


 ぐっと息が詰まった。

 シモンはマリーとは政略結婚であったが、マリーを愛していなかったのかと言うとそうではない。美しい容姿、高潔な精神。穏やかだが稀に冷徹さも見せる性格も気に入っていた。

 そんなマリーはもう既にシモンの婚約者ではない。業腹ではあるが、目の前の男、ラントの婚約者なのだ。

 だがそれは自業自得な部分もある。操られていたとは言え、婚約を破棄し、マリーを国外追放にしたのは間違いなく自分なのだ。故にマリーが自分の元へ戻る事はない。それはシモンが魅了から覚め、幾つもの記憶を断片的ながら思い返したことではっきりとしていることだ。


「……すまなかった」

「まぁ、殿下。頭をお上げください」

「いや、例え操られていたとしても俺がやったことはマルグリットにとっては大変な侮辱だ。それに生死に関わるギリギリのところだったと報告に聞いている。クレットガウ卿が助けなければマルグリットの命はなかっただろうと。そんな状態に追いやった俺を俺は許せない。そしてこうしてまた会えたのだ。許せとは言わん。だが俺がすまないと思っている事はきちんと伝えて置かなければならないと思っているんだ」

「わかりました、わかりましたから。確かにあの時は何がなんだかわからずに追放され、悲嘆に暮れて居ましたけれど過去の事です。今はもうブロワ家にも帰る事ができましたし、困っていることはありません。だからどうかその頭をお上げください」

「わかった。マルグリットを困らせるのもわかっていたが、やはりきちんと頭を下げねばと思っていたのだ。王都に来てくれて良かった。ブロワ家に顔だけ出してアーガス王国に戻る事もできただろう? マルグリットの王都来訪は周知されていなかったのだ。来ると聞いて驚いたぞ」


 給仕たちがラントとマリーに茶と茶菓子を差し出す。静かにシモンを見ているラントは茶菓子に手をつけ、何も話さない。


「先日の夜会にも多くの方から会えて良かったと言うお言葉を頂きました。王都には会いたい友人も多数居たのでわたくしもまた王都に来られた事を嬉しく思っておりますのよ。それにシモン殿下ともまたこうしてゆったりと話す機会がございました。嬉しく思います」

「そうか、そう言ってくれると嬉しいな」


 シモンの頭の中にはルイーズに魅了を掛けられ、だんだんとマリーを疎んじた記憶が断片的であるが残っている。そんな風に扱われたと言うのに、マルグリットの微笑みは昔と変わらない。

 シモンが操られていたと言うのを知ってのことだろうが、禍根が残っているようには見えなかった。

 シモンはマリーに許されようなどとは思っていない。例え操られた結果だと言えど、いや、一国の王太子と言う身分にありながら操られたと言うだけでも大事件だ。実際シモンへの魅了がわかった後、王城は大変な騒ぎだったと聞いている。


「そういえばクレットガウ卿にも礼を言わねばならん。マルグリットが危ないところを助け、アーガス王都まで無事に届けてくれたのだろう。ベアトリクス王妃の庇護下にあればマルグリットは安全だ。だがそこまでの道程は大変だったと聞いている」

「お褒めに預かり、光栄でございます」


 ラントは静かに頭を下げた。

 だがラントのやったことは功績としては果てしなく大きい。なにせ騎士たちを倒す野盗など存在する訳がない。それほど騎士と言うのは平民とは隔絶とした実力を持っている。つまりマリーを襲った野盗たちは単なる野盗ではなく、どこかの貴族家の部隊である事はほぼ確実だ。

 それをたった一人で撃退し、ランドバルト領に入る事を危険と判断し、魔の森を端とは言えお荷物の貴族令嬢二人を守りながら横断し、当時反逆で荒れていたランドバルト領を無事に抜け出して王都までマリーを届けたのだ。

 シモンに同じことができるか、と言われると難しいと言わざるを得ない。その報告を聞いたときに近衛の中でも腕の立つ者に聞いてみたが、とても自分にはできないと返答があった。

 彼にできないならシモンにもできないだろう。そのくらいの信用がある近衛の言葉だ。


「イアサント叔父上と仲が良いそうだな。城の中で噂になっているぞ。それに先日夕食を共に食べた時に絶賛していた。ただ卿を敵には回したくないとも言っていたな」

「私はアーガス王国で爵位を持つ身。エーファ王国とアーガス王国が敵対しない限り敵に回ることはないでしょう」

「くくっ、そうだな。同じ帝国と言う敵を持つ同盟国だ。微妙な関係にある国の者ならばその言葉は信用ならんが、アーガス王国の伯爵位に居る者に対して掛けるべき言葉ではなかったな」


 シモンが笑うとラントも軽く笑った。


「伯爵と言っても名ばかりの物です。領地も何も持っておりません。例え敵対したとしても私程度では何もできませんよ」

「ふふっ、イアサント殿下がそんなことを言ったのですか? 面白いですね」


 ラントが謙遜し、マリーが会話に混じってくる。茶会室の雰囲気も穏やかだ。

 近衛は少しピリピリとしているがそれはラントが凄腕の魔導士だからだろう。剣などの武器は預けられているが凄腕の魔導士は無手でも簡単にこの茶会室を吹き飛ばすことくらいできるのだ。凄腕の魔導士でなくとも、シモンですらできる。そんな相手が王子であるシモンの側にいるのだ。警戒するなとはとても口にはできない。


「それでシモン殿下。お加減は如何ですか? なんでも記憶の一部をなくされているとか」

「あぁ、そうだな。まだ完全に記憶は戻っていない。戻るかどうかもわからないと治癒士からは言われているが、こればかりは仕方がない。操られ、剣を片手に父上や陛下を弑すようなことがなくて良かったと思う」

「そうですね。シモン殿下が突然襲いかかれば王族とは言え油断して命を取られることもあるでしょう。そういう事も視野に入れてシモン殿下を操ったのかしら?」

「いや、〈魅了〉ではそんな事まではさせられない。〈洗脳〉なら可能だがあちらは術式が複雑だからな。殿下の護符が反応して防げていただろう」

「ほう、なるほど。そういうことだったのか」


 なぜ自分を操っていたのにマリーを追放したり、自身を王妃候補にすると言う手を取っていたのかシモンにはわからなかった。

 シモンに剣を取らせ、家族に反逆させればエーファ王国を混乱の極地に追いやれただろう。だが〈魅了〉ではそれほどの強制力はないようだ。精神系魔法にはシモンは詳しくないが、疑問に思っていたことに合点が言って少し胸の内が軽くなった。

 それでもシモンが起こした事件の余波はまだエーファ王国で燻っている。それらをどう乗り越えていくか、シモンは被害者だからこそ、自身が率先してそれらを解決に導かなければならないと改めて心に誓った。



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