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153.夜会

「ラント、しっかりエスコートしてくださいませ」

「あぁ、もちろんだ。マリー。だがあまり期待するな。できんことはできん」

「そんなことを言わずにやってください。それがラント様の使命ですよ!」


 今日は夜会の日だ。マリーがラントに微笑むとラントは苦笑し、エリーがそのラントを叱っている。その様子が少しおかしかった。

 マリーがエーファ王国に帰ってきたと言う事で、王都の貴族たちは湧いていた。

 貴族院の同級生、先輩や後輩。そして付き合いのあったその親たち。

 元々ブロワ公爵家の娘と言うエーファ王国でも上から数えた方が早い高貴な生まれで、シモンの婚約者。つまり未来の王妃と見られていたマリーである。

 ブロワ家に帰ってきた時も物凄く歓待されたものだがそれはあくまで身内の物。王都では規模が違った。それこそマリーに会いたい、お茶会や夜会に参加して欲しいと言う招待状が山となるくらいには。

 そこでラエルテが解決策としてブロワ公爵家主催で夜会を開く事にした。

 多くの貴族はマリーの無事な姿を見て、一言二言会話ができれば良いのだ。何十もの茶会や夜会にマリーが毎回参加する訳にもいかない。

 王都に滞在する期間はある程度は余裕はあるが、ずっと王都に居るわけではないのだ。


「まぁやるだけやるさ。俺はどうせ添え物だからな」

「着飾れば見てくれだけは良いですからね。しっかりとアクセサリー役を努めてくださいね」

「ふふふっ、二人とも仲が良いわね」


 ラントとエリーの関係は複雑だ。最初は仲が悪いのだと思っていた。だがそうではなかった。エリーはあの極限状態の中、マリーを守ろうと頑張っていただけなのだ。

 実際ラントの正体を知るまでは、ラントはどこの馬の骨とも知れない粗野なハンターだった。しかも騎士たちを倒した野盗を一瞬で一網打尽にした実力がある。例え命を助けられたとしてもマリーの尊厳が奪われてはいけない。そう思ったのだろう。

 しかしラントは真摯にマリーを護衛し、王都まで送ってくれた。それまで幾つもの難関があった。エリーもラントへの警戒を少しずつ緩めていった。

 今ではもう体の関係すらある。

 マリーと同じ時期に子を生みたいと言っているので今はエリーは魔法で避妊しているが、ラントの子を生む気があるくらいにはラントを認めているのだ。

 そんな二人はラントの地位が上がっても関係性が変わっているように見えない。相変わらずエリーはラントに辛口であるし、ラントはそれを気にしていない。そういう二人の関係性はマリーとラントの関係性やマリーとエリーの関係性とは全く違っていてマリーはそれを面白く思う。

 マリーにとってはラントもエリーも大事な人だ。本当に仲が悪いのであれば問題視するが、今の関係性であれば敢えて言う言葉は何もない。


「マルグリットさん、そろそろ出番ですよ」

「ラエルテ義姉さま。此度の夜会、色々と手を尽くして頂いたご様子でありがとうございます」

「いいのよ、貴女は可愛い私の義妹。こんなことは大した手間ではありませんわ。それよりも貴女を待っている人々が多く居てよ。今回の夜会の主催は私ですけれど、皆様は貴女に会いに来ているのですから」

「わかっています。ラント、エリー。喧嘩していないで行きますよ」


 マリーが声を掛けるとラントはするりとマリーの横に立ち、エリーは静かに斜め後方に立った。

 ラントの正装は相変わらず美麗だ。彼に惹かれる夜会の客も多いだろう。だがラントの横は渡さない。その為に、マリーはエーファ王国からアーガス王国にまで行くのだ。


(ふふっ、わたくしがアーガス王国の貴族に嫁入りするだなんて、考えたこともありませんでしたわね)


 マリーは幼い頃からシモンの、いや、王太子の妻になることがほぼほぼ決まっていた。未来の王太子妃、そして王妃。幼いマリーにはよくわかっていない部分もあったが、叔母と言う身近な手本が居た。

 ブロワ家の教育レベルは高く、幾度も王妃を出している家柄だ。当然ノウハウも蓄積している。そしてマリーはその期待の全てに応えて来た。

 ただもうそのノウハウは必要ない。いや、違う。今まで学んで来た事、これから学ぶ事は全てラントの為に使うのだ。


「さぁ、行きましょう。二人とも。王城や王宮も素敵ですけれどこの離宮も素敵ですわよ」

「あぁ、わかった」

「畏まりました。マルグリットお嬢様」


 マリーは静かにラントの腕に自身の腕を絡める。

 夜会は既に始まっている。多くの貴族が、マリーの登場を待ち望んでいる。

 ただ期待の規模は違えど、夜会は夜会だ。マリーはいつも通り熟せば良い。

 貴族院で仲が良かった者たちとは密かにブロワ家で会い、既に旧交を温めているし、会いたい人には会いに行って居たりもするので、今回の夜会はマリーが話したい人と話す場ではなく、マリーと話したい人が集まる場なのだ。

 ツンとマリーは夜会用の仮面を被り、美しく微笑んだ。幾度も練習した笑み、そしてゆったりと流麗に見える歩き方。貴族の子女としての嗜みとして訓練した過去は今を裏切らない。


「ほら、行くぞ」


 ラントがマリーの歩幅に合わせて歩き出す。この腕についていけば間違いはない。

 マリーは心の中で隣にラントが居てくれる夜会がこれほど楽しみになるとは思っても居らず、いつもより高揚している自分に気付かなかった。



 ◇ ◇



「マルグリット様、……美しい」

「そうだな。幾度かプライベートな会合をしたことがあるが、彼女をエーファの至宝と呼ぶ理由もわかると言うものだな」


 副官が現れたラントとマリーを、いや、マリーを見て小さく呟いたのを聞いてイアサントは独白なのをわかっていながら答えた。


「はっ、殿下。すみません」

「ははっ、構わんさ。お前は俺の副官であって護衛ではない。護衛をしている筈の近衛たちまで見蕩れているのはどうかと思うがな」


 ちらりとイアサントが後ろに控えていた近衛二人を見ると近衛たちは罰が悪そうに目を逸らした。イアサントは近衛たちが見蕩れている状況を見ていた訳ではない。だが自身さえ、そして女性である副官すら見蕩れて居た事から冗談で言ったのだが冗談ではなかったらしい。


「ははっ、ここは我が国の離宮だ。そうそう俺が危険になる事態はないだろうが気は抜かないようにな」

「「はっ」」


 近衛たちは少し大きめに声をあげた。一瞬とは言え現れたマリーに目を奪われる。まぁこれは仕方がないと思う。イアサントですら、ラントとマリーが現れた瞬間に目を奪われたのだ。だが近衛は王族の護衛が仕事だ。仕事中によそ事にかまけて居ては護衛として失格だ。こんなことで叱るつもりはないと軽く手を振って二人を安心させる。


「それにクレットガウ卿も負けてはおらんぞ。少なくとも横に立って居ても全く違和感がない」

「そうですね。クレットガウ卿はなんというか野性味のある美しさがありますね。マルグリット様はああいうのが好みだったのでしょうか。シモン殿下とはかなり風味が異なりますが」

「どうかな、元よりシモンとは政略での婚約だ。誰もマルグリット嬢の好みなど知らぬよ。それに捕まえた男も良い。ここ数日クレットガウ卿と幾度か話したが知見は広く、軍略には明るいどころではない」

「そういえば殿下とクレットガウ卿はかなり話が合って居ましたね」

「あぁ、彼と話すのは純粋に楽しいのだ。視点、いや、視野かな。どちらもかもしれん。王国内の貴族や騎士、魔導士たちと話しているのとはかなり見えている物が違う。正直敵に回したくはないな」


 イアサントは最初ラントを呼びつけてから幾度か王城でラントと会話をした。ラントは王城の魔導士たちに精神魔法に対抗する為の魔法具や王城や王宮を守る為の魔術陣などを教えて貰っており、ラントが来た時にはイアサントの執務室に来るように伝言しておいたのだ。

 ラントは登城する度にイアサントの執務室を訪れ、そして一から二時間ほど会話を交わす。

 聞いてみるとラントはアーガス王国だけでなく、帝国に住んでいた事もあるようで色々と貴重な情報を貰えた。

 王国としては当然影や草を帝国に放っているが、彼らの報告とラントの見る帝国像はかなり違う。それはもちろん役目が違うので当然なのだが、ラントは驚くほど帝国に詳しかった。ほんの数年住んでいただけだと言っていたが、どこの間諜だと問いただしたいくらいに帝国の内部事情に詳しかったのだ。


「それほどですか?」

「そうだな、色々とあるが一番はアレだ。君も聞いていただろう。先日のことだ」

「あぁ、あれは顔が青くなりました」

「くっくっく、戦略眼と言う意味では我が国の元帥や騎士団長たちよりも高いだろう。軍師としてだけでもクレットガウ卿は名を馳せることができるぞ」


 つい先日の事だ。戯れに聞いてみた。もしラントが帝国の軍の全権を持っていたらエーファ王国やアーガス王国をどう攻め込むか。切り取るか。

 ラントはほんの少し考えただけで五つほどパターンをあげた。どれも先に知っていたとしても防ぐのが難しい、もしくは盲点と思われる部分をついた見事な戦略だった。

 戯れではなく、本当にラントが帝国の全権を持っていればエーファ王国もアーガス王国も寿命は短かっただろう。そう思われるほど的確にラントは二王国を攻める手段をすらすらと述べた。

 そして逆にエーファ王国の全権を任せたらどうするかと問うたら即座に攻め込むべきだと答えた。

 帝国は今エーファ王国やアーガス王国に攻め込まれるなどと思っては居ない。北方山脈に蓋をしている要塞だけでも攻め落とせば帝国は虚を付かれ、更に侵攻する機会を逸するだろうと。


「即興であれだぞ。本気で立案されたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい」

「それはそうですね。少なくともこちらから攻め込もうなどと言う考えは私にはありませんでした」

「俺もそうだ。と、言うか誰もがそう思っていただろう。今王国は帝国に掻き回されている。その状態で攻め込もうなどと考えられる者はおらんさ」


 給仕にワインを替えて貰い、ぐいと飲み干すとイアサントはくくくと笑った。副官は呆れたようにイアサントを見つめている。


「それはそうと殿下、マルグリット嬢たちにご挨拶はなされないのですか?」

「クレットガウ卿とは城で話せるし、エーファ王国を離れるマルグリット嬢と話す内容はないな。挨拶はクラウス夫妻にしたし良いだろう。俺が今更行くと他の貴族たちの邪魔になる」


 副官や近衛はマリーをもっと近くで見たいのかも知れないが、イアサントはマリーに用事はない。王弟である自分が動けば今彼らを囲んでいる貴族たちは当然のように道を開けるだろうが、特に用事がないのに邪魔をするのも野暮と言うものだ。

 イアサントは豪華に盛り付けられている料理を幾つか取って貰い、酒や食事を楽しんだ。


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