152.戦争の先
「こちらの魔法具を作った方ですか! 会えて光栄です。これほどの魔法具、そうそう見る機会すらありません。イアサント殿下、申し訳ありませんが我々にはこの魔法具の隠蔽すら解けませんでした。故に中身の研究は全く進んでません。素晴らしいセキュリティですね。こちらも是非お教え頂きたい物です。あ、貴殿の作った魔法具を勝手に解析しようとしていることは謝罪します。しかしこれは国難であり、王族からの命令であり、私たちには拒否する権限すらありません」
イアサントはリシャールにラントを紹介するとリシャールは飛び上がるように食いついた。魔導士でも錬金術師でもこういう者たちは多い。自分の専門分野になると王族が近くに居ても目に入らないのだ。だがまぁそういうものだと知ってしまえば問題はない。
「それはいい。あ~、どう説明すればいいかな。とりあえず王族が付けているような護符のサンプルとかないか?」
「ありますよ。こちらです」
ラントは渡された護符をじっと見ている。顎に手を添えながらなにか頷き、魔力を通したりしている。あれで何がわかるのだろうか。大体護符には当然解析されないようセキュリティがされている筈だ。だからリシャールたちはラントの魔法具を解析できなかった。だがラントはちょっと見ただけでなにかわかったように頷いた。
イアサントはラントとリシャールのやり取りを静かに見守りながら考えていた。
この男はどこから湧いて出てきたのかと。
平民のハンターや傭兵が爵位を貰う。騎士爵程度ならそう珍しくはない。準男爵も推薦する貴族次第だがままあるだろう。
だがあげた功績が大きいとは言えまさかの伯爵位だ。更に宮廷錬金術師長と言う役職まで貰っていると言う。アーガス王国は本気でラントを取り込むつもりなことは明白だ。それだけの価値を見出しているのだろう。
調べさせたところ、アーガス王国の王族やランベルト公爵の覚えも良い。
この世界、在野に居る賢者などと言うのは殆ど居ない。
実際リシャールが全く手を付けられないと言う魔法具を作っている。それだけでも驚愕に値することだ。リシャールはエーファ王国の魔導士の中でも錬金術に精通し、五本の指には入る。その彼が、いや、エーファ王国の錬金術師の誰もが魔法具のセキュリティすら突破できなかったのだ。
ランツェリン・フォン・クレットガウ。この名前には覚えがある。遥か北の地で勇名を馳せ、帝国を挟んでエーファ王国まで名が届いた男だ。
(まさか、本人か?)
ラントは続ける。
「魔法具のセキュリティについては勘弁して貰いたい物だな。秘伝とまではいかんが、俺の魔法具が解析されるのはちょいと困る。だが中身ならいいぞ。そっちが主な目的の筈だ。精神系魔法への対策だろう? こっちの魔法具だと例えば魅了系だと五種しか感知しない。それだと甘い。一口に魅了と言っても術式は多くあるのは知られているだろう? 俺の知っているのでも最低でも七つだな」
「七つですか!? と、言うかその護符をもう解析されたのですか?」
「待て、七つもあるのか?」
イアサントはラントの言葉につい食いついてしまった。イアサントはシモンが魅了の魔法にやられたと聞いて宮廷魔導士長に尋ねたり、禁書庫まで足を運び、調べた経緯がある。
主に知られている魅了の魔法が三つ。他にも二つほどメジャーではないが術式が知られている物があると聞いた。そしてシモンが付けていた護符はそのすべてを網羅している。王族がつける護符なのだから当然だ。
だがラントは五つではなく七つと言った。エーファ王国で知られていない魅了の術式が最低でも二つはあると言うことだ。
「そうです。火魔法と言っても〈火矢〉や〈火槍〉のように似ていても違う物があるでしょう。同じように〈魅了〉や〈洗脳〉などの精神系魔法にも多くの術式が存在します。と、言うかそうでなければシモン殿下が魅了になど掛かる訳がないでしょう。私の知る限りでもあと二つ。帝国はもしかしたら三つ目、四つ目の術式を開発したのでしょう。だから殿下は魅了に掛かった」
「そう……だな。そう言われて見ればそうだ。陛下も軽い魅了状態にあったと聞いている。なぜ護符があるのに掛かったのか魔導士たちもわからなかったのだがそれで合点が行った。それで、卿の魔法具はその七つ全ての魅了に対抗できるような魔法具だったと言う事か?」
「いえ、違います」
ラントはイアサントの言葉に首を振った。
「〈魅了〉、〈洗脳〉、〈隷属〉、何でもいいのですが精神系魔法と言うのは核があるのです。例えば魅了の魔法であれば必ずこの術式が含まれていると言う部分が。故に私の作った魔法具はその術式を見つけた際に反応し、解除するように作りました。これならば系統外魔法でなければ基本的に私の知らない術式にも反応します。うまく効果を発揮したと聞いて良かったです。もちろん、シモン殿下や他の貴族の方々が魅了などに侵されて居ないのが一番良かったのですが」
「そんなことができるのですか!?」
イアサントは魔導士ではない。魔法は使えるが魔術はそこそこで諦め、軍略や自身の武に時間を費やしてきた。故に魔術や錬金術はそれほど詳しくない。だがその専門家であるリシャールはラントの言う言葉がわかったようだ。
「できるも何もできたからシモン殿下の魅了は解けたんだ。この魔法具は精神系魔法に対してかなり詰め込んである。とりあえず〈魅了〉、〈洗脳〉、〈隷属〉に分けて核となる術式を教えるからそれに反応し、破壊する護符を作ればいい。一つに収めようとすると大変だが三つに分ければそう難しい話じゃない。そうすれば俺の魔法具と同じ効果を得られる」
「教えて頂けるのですか?」
「同盟国が精神魔法に侵されていては信じられる物も信じられん。仕方ないだろう」
そうしてラントは幾つもの魔法陣を展開し、リシャールに説明して行く。そこまでいくとイアサントには理解が及ばない。だがリシャールの反応からして全く手が付けられないという訳ではなく、全く同じ物は作れなくとも対策装備は作れそうな様子だ。
これだけでもラントを呼びつけた甲斐があった。と、言うかこれを見越してアーガス王国はラントをエーファ王国に送り出したのだろう。イアサントにはそうとしか思えなかった。
◇ ◇
「また来ます。イアサント殿下からまだお話があると言われているのであまり待たせてはいけないでしょう」
「是非! と、言うかその叡智をもっとお教え頂きたい」
リシャールはラントの言葉に強く答えた。魔法具の作り方など簡単に教えられる訳がない。ただリシャールは理解力が高い。他の錬金術師もしっかりと聞いていた。少なくとも精神系魔法への対策装備はそれほど時間を掛けずに作れるようになるだろう。それだけの素地はあるとラントは見た。
ついでにラントが作った魔法具は回収させて貰った。完全に解析される訳にはいかなかったからだ。秘伝という訳ではないが、ラントのオリジナルの術式がいくつか盛り込んである。そしてそれらは今回の話には関係がない。リシャールたちは残念そうな表情をしながらも、元はラントの作った魔法具であるのだからと返還に応じてくれた。
イアサントはラントたちの話が盛り上がっている事を感じて席を外した。イアサントは錬金術の専門ではないし、他にもやる事があると言うのだ。王弟だ。忙しいのだろう。
だがまだラントと話したい事があるらしい。終わったらまた訪ねて欲しいと言われたので、そう待たせる訳にはいかない。リシャールたちに基本的なことだけを伝授して、ラントは研究室を離れた。
「イアサント殿下」
「おお、来たか。意外に早かったな」
「いえ、一日やそこらで教えられる訳ではありませんので」
「はははっ、そうだな。それで卿に聞きたい事がある。帝国の動き、どう思う?」
イアサントはラントが執務室にお邪魔するとすぐさま対話の用意を整えた。そして率直に問いを発した。
「ここ数年以内には攻めて来るでしょう。ですがそれは早まるかもしれません」
「ほう、それは?」
イアサントの表情が厳しくなる。
「ありていに言えば私のせいです。今回の帝国は様々な策謀を張り巡らせていると感じます。ここ数回の戦いのような単なる力押しではありません。しかしアーガス王国でおきた二つの事件。そしてシモン殿下の魅了。どちらも解決してしまいました。帝国には予想外のことだったでしょう。少なくとも私が手を出さなければ三つの事件は成功していたか、より大きく両国の国力を削ぐ結果になったでしょう。それがなくなったのです。それで帝国が侵攻を諦めてくれれば良いのですがそれはないでしょう。ならばまだ混乱が収まらない内に、もしくはまだ見つかっていない策謀が残っているうちに攻めてくると思われます」
「まだあると思うか?」
「えぇ、あるでしょう。エーファ王国では幾つかの魔境が氾濫したと聞いています。北方では疫病が蔓延しています。それに〈魅了〉の魔法があったのです。他の精神系魔法に侵されている貴族が居ないなどとは考えられません。内なる敵が必ずいることでしょう」
イアサントはラントの言葉に眉をしかめた。
「むぅ、やはり居るか?」
「居るでしょう。むしろシモン殿下や貴族院の学生への〈魅了〉だけだと考える方が危険です。アーガス王国もエーファ王国も精神系魔法は禁忌とされています。帝国はそうなってはいません。精神系魔法の研究に関して明らかに後塵を拝しているでしょう。それらの手を使わない理由はない。私なら幾つもの貴族家に仕掛けるでしょう。味方のどこに敵が潜んでいるかわからない、味方が味方かどうか信じられない。それは大きく戦争に影響します」
ラントが言い切るとイアサントは大きく息を吐いた。
「やはりそうか。俺もそう思っている。シモンへの魅了は氷山の一角だとな。だが国中の貴族たちを調べる術はない。卿の魔法具を頼ったのもそれが理由だ。アレは魅了だけでなく、他の精神系魔法にも効果があると聞く。それがあるかないかだけでかなり形勢が変わるだろう。卿が我が国の錬金術師たちに素直に教えてくれるのは非常に助かるのだ」
「お互い様です。エーファ王国はアーガス王国においても大事な同盟国。エーファ王国が落ちればアーガス王国は単独では帝国に対抗することができません。すぐ、とはいいませんがいずれ帝国に飲み込まれるでしょう。アーガス王国の為にも、エーファ王国には強くあってくれなければなりません」
「そうだな。そう思ってくれているのならばこちらも助かる。もちろん対価は払わせて貰うがな」
イアサントは大きく笑った。ラントの言い様が気に入ったのか、だが目は真剣だ。
「俺たち王国側は常に受け身だ。こちらから帝国に攻め入るなど考えることはない。理由は簡単だ。勝てないし、もし一時的に勝てても占領地は必ず取り戻される。エーファ王国やアーガス王国も北部を奪われた事が幾度かあった。だがその度取り返してきた。お互いの力を借りてな」
「そうですね、勝てるなら帝国が帝位争いをしていた時に侵攻していたでしょう」
「そうだ。あの時攻め入っていれば多少の損害は与えられたかも知れないが必ず帝国は纏まってしまう。そして手痛いしっぺ返しを食らうだろう。だから手を出せなかった。内戦を続けてくれていた方が国力が疲弊し、王国に手をだす余力が減るからだ。ただ新しくついた皇帝が強力すぎた。疲弊した帝国をこれほど早く立て直し、攻めて来るとは予想することすらできなかった。その未来を知っていたとしても我らが手を出すことはできなかったのだから結果論だがな」
イアサントは葉巻を取り出して火を付けた。
「今回の帝国の動きは今までとは違う。少なくとも過去三回の戦いよりも明らかに二王国に多くの謀略を巡らせている。俺たちはそれにかき回されていて、正直火消しがやっとだ。何か良い手はないか?」
「ありませんね」
ラントがきっぱりと言うとイアサントは「はぁ~~~~」と大きく息を吐いた。そんな簡単に手があればとっくにラントはコルネリウスなりマクシミリアン三世になり上奏している。むしろエーファ王国がこれほどかき回されているとは知らなかった。アーガス王国に戻ったら色々とアーガス王国の見直しを進言したほうが良いだろうと思うくらいには。
「まぁそうだよな。悪い、聞かなかったことにしてくれ。そんな簡単に安易な解決手段があるわけがないよな」
「いえ、今回の戦争に関してだけなら安易な解決手段ならありますよ? 実行は難しいですしお勧めはしませんが」
「なんだと! なんだ、言ってみろ」
イアサントはラントの言に身を乗り出した。
「皇帝の暗殺です。ただし今回の戦争は延期されても次の戦争は悲惨な物となること請け合いですが。今上の皇帝はかなり優秀だと聞きます。失われればかなり帝国に打撃を与えられるでしょう」
「はぁ、そんなことできるわけがないだろう。それにもし成功して皇帝一人殺したからと言って帝国は揺れるかも知れんが、分裂する訳でもない。二王国を狙うと言う帝国の攻撃性が変わる訳がない。俺は俺の子供たちや甥っ子たちの代に苦難を押し付ける気はないんだ」
イアサントの甥っ子と言うと王子たちだ。確かに近年に戦争があればマルセル王やイアサントたちが矢面に立つが戦争が三十年延期されれば次代が主力になるだろう。
「くくっ、だがまぁ面白い発想だな。皇帝暗殺か。考えたこともなかったな」
イアサントは葉巻を吸って煙を吐き、それから笑った。
まぁラントとしても冗談だ。できるできないは置いておいてやっても意味がない。
(戦争を恒久的に……とは言わんがせめて不戦条約くらい結べるようにならんとどうにもならんだろうな)
イアサントとその後も語り合いながらもラントは今回起こるであろう戦争ではなく、その先をどうすれば良いのか考えていた。




