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151.王弟

「イアサント王弟殿下?」

「えぇ、ラントにお話があるようですよ」


 ラントがブロワ邸に帰り、マリーの部屋を訪ねるとクラウスも居た。そしてそこでイアサント王弟殿下からの呼び出しがあったと話があったのだ。

 イアサントの名はラントも知っている、と言うかマリーに教えられた。エーファ王国の主要な貴族や王族など、ラントは全く知らなかったので色々と教えて貰ったのだ。そしてその中にイアサントは重要な人物の一人として数えられていた。

 王族だ。当然重要であることに間違いはない。だが他の王族、例えば王子や王女などとは違い、イアサントについてはかなり説明された覚えがある。あとラントが重要視しているのは騎士団や魔導士団の団長などであろうか。そして戦になった際、それらを纏め上げる王族がイアサントなのだ。


「何の用かな、俺は一応アーガス王国の特使として来ている筈なのだが」

「さぁ、そこまでは……」


 そこが問題だ。エーファ王国の武を纏め上げていると言われているイアサントがアーガス王国の伯爵でしかないラントを呼び出している。外交なら外交官同士で話をすれば良い。つまりそういう話ではないと言うことだ。

 では何か、と問われてもラントも、そしてクラウスやマリーも思いつかない。


「ラント様の武名を聞いて会いたいと思っただけかも知れませんよ?」

「それはあるかもしれないわね」


 エリーがポロッと口を挟み、マリーが同意する。なるほど、それならある……のか? と、自問自答するがこういう事は行ってみないと話にならない。考えても無駄である。


「まぁ王族からの呼び出しだ。断ると言う手はないだろう」

「そうだな、アーガス王国から外交特使として来ているのだ。断ると面倒になるぞ」


 ラントがそう答えるとクラウスが言葉を紡ぐ。


「断らなくても面倒だがな。エーファ王国の王族と繋ぎをつけるつもりなどなかったのだが」

「まぁ、でもシモン殿下からもラントに会いたいと言う手紙が届いていますよ」

「シモン殿下と言うとあれか? 魅了に掛かっていて廃太子されると言うマリーの元婚約者だろう?」

「そうです。何でも直接お礼を言いたいそうよ」

「そっちはまぁ用件がわかっているからいいか。どちらにせよ王族との会合は避けられんか」


 マリーはコクリと頷いた。シモンは三年近く帝国の魅了に掛かっていた。魅了が解かれ、二年ほどの記憶が曖昧らしいがだんだんと取り戻せていると聞いている。だが一度帝国の精神系魔法に掛かったのだ。後遺症がどのようにでるかもわからないし、魅了に掛かっていたと言ってもブロワ公爵家との大きな軋轢を生み出す寸前まで行ったのだ。

 そのまま王太子に、次期王にするには危険と判断されたのだろう。王子と言う身分はそのままであるし、弟である第二王子の立太子などはまだだが、王太子と言う身分は剥奪されていると言う。


「まぁいい。王城に行けばいいのだろう。クラウス殿やマリーが居ないのが少し不安だが仕方がない。これも業務の一環として行くしかないな」

「悪いな、クレットガウ卿。ブロワ家としてはいかなくて良いとはいえんのだ」

「いや、クラウス殿のせいではないし、謝罪は必要ない。元は俺の撒いた種だしな。それでいつ行けばいいんだ?」

「それがいつでも良いそうよ」

「またなんとも。王族とは思えんな」


 ラントが苦笑するとクラウスやマリーも苦笑する。普通王族に会うにはそれなりに手続きや日数が掛かる物だ。相手からの呼び出しとは言えいつでも良いとはアバウト過ぎる。


「じゃぁ明日登城すると伝えて置いて頂けますか?」

「承知した」


 ラントがクラウスに向かって頼むとクラウスはしっかりと頷いたのだった。



 ◇ ◇



 翌日。ラントたちは王城の武官に案内されて王城の中を歩いていた。


「王城にこんなに早くまた来ることになるとはな」

「旦那様、俺たちが来る必要性はあったのですか? と、言うか他国の王城などそうそうくるものではないですよ」


 連れてきたダミアンが疲れた顔で言ってくる。ドロシーも頷いている。


「流石に従者もなしに行くのもアレだろう? と、マリーが言っていたぞ」

「それはそうですが……」

「それにお前達以外に連れてくる適当な者は居なかったからな、諦めろ。特に何をしろとは言わん。控えてくれていればいい」


 これから会うのが王族だと言う事でダミアンとドロシーは萎縮している。彼らも元は王城勤めだ。アーガス王国の王族と会う事はあったと言うが、ここは敵地ではないにせよ他国である。緊張もするのだろう。粗相一つでアーガス王国の評価が下がるかも知れないのだ。

 ただ彼らは生まれからして貴族であり、しっかりと教育も受けている。間違っても礼儀などの問題で相手を不愉快にさせることなどはないだろう。その辺りはこれまでの他の貴族と卒なく接しているのを見ているので心配はしていない。むしろその辺りはラントの方が心配だ。

 彼らに何か助言などを期待している訳ではない。ただクレットガウ家として、単身行くのは良くないとマリーが言うので連れてきただけだ。


「来たか。貴殿が噂のアーガスの英雄、ランツェリン・フォン・クレットガウ伯爵か。イアサント・エル・フォン・エーファだ。イアサントでいい」


 豪華な執務室に通され、入って出てきたのは髭の立派な肉体だった。マルセル王は普通のサイズ、と言うかちょっとぽっちゃりだったので兄弟と言うのが信じられない。

 服の下にはかなりの筋肉があることが一目でわかる。そして座っていても、溢れ出る武威。研ぎ澄まされている魔力。なるほど、エーファ王国の武の象徴として崇められる訳だとラントは納得した。


「ランツェリン・フォン・クレットガウ。召喚に応じ、召しました」

「良い良い、跪いたりされても話はできぬ。座れ。茶を用意する」


 イアサントは手を軽く二回振ってラントたちに席を勧めた。かなり大雑把な性格に見える。王族として教育されている筈なのだが、なんというか威張ったところや傲慢な態度はない。ただそれはラントたちに取っては良いことだ。なにせ何を言われるかわからず召喚されたのだ。無理難題を言われても困る。もちろん無理難題を言われたら突っぱねるが。


「失礼します」


 ラントは促されるまま座ったが二人は座る気はないらしい。従者らしく、後ろで静かに銅像をやるつもりのようだ。ラントとしても文句はない。


「幾つか聞きたいこともあるのだがな、本当の目的は卿と会うことだ。アーガスの英雄。更に我が国に蔓延っていた帝国の謀略まで少ない情報でまさか魔の森を超えてまで解決する手腕。我が国に居れば必ず騎士団か魔導士団に誘っただろう。爵位もつけてな。くくくっ、まぁそれはアーガス王国に先を越されてしまったようだがそれは仕方がない。マルグリット嬢と結ばれると言うのだからブロワ公爵家に婿に入っても良いと思うがアーガス王国で伯爵家を立てられてはそうもいかん。俺だけではなく、多くの者が悔しがっていたぞ。半分はマルグリット嬢がアーガス王国に嫁に出てしまうと言う事だがな」


 イアサントは大きめの焼き菓子をバリボリと食べながら話した。飲んでいるのは紅茶ではなくワインだ。合うのだろうか。ただ酔っている様子はない。酒精程度魔力があれば一瞬で解毒できる。


「過分な評価、ありがとうございます」

「そう堅苦しくなくて良いぞ。まぁそういう訳にもいかぬか。仮にも外交官の役職で来ているのだ。王族に対して無礼を働いたなどと言われたら国に帰れば怒られるではすまんだろう。面倒くさいことだ。爵位は秩序を維持する為には必要だがどうしても上下ができてしまう。クレットガウ卿などとは爵位などなければ友人になれると思うのだがそう簡単に友人になろうと言ってもどうにもならん。こういう時は王族と言う身に生まれたことを面倒だと思ってしまう」

「わかります。私も平民から貴族に召された物ですから色々と勝手が違い、色々と難儀しています。王族に生まれると言うのは私などが感じる何倍もの重圧や面倒事があるのでしょう。想像に過ぎませんが」

「くははっ、良いな。だが卿はあまり平民らしさがないな。実際影の者からの報告も悪くない」


 手の平大の焼き菓子にかぶり付いて、出された茶を飲む。アーガス王国の流行りとは違うが、エーファ王国に来てから幾度か飲んだ茶葉だ。


「平民にとっては貴族も王族も自身の上位者と言うという意味では変わりません。爵位に縛られていた方々よりも緊張度は変わらないでしょう。もちろん粗相をすればイアサント殿下は王族であるのですから、そこらの貴族にするよりも無礼なのでしょうが、差と言えばそのくらいです」

「くくくっ、思ったより面白い男だ。まぁ良い。第一の目的は達せられた。あとは幾つか卿と話したいことがある。時間は良いか?」


 イアサントは本当に面白そうに笑った。印象は悪くないようだとラントは思った。逆にラントのイアサントへの印象も悪くない。先日謁見したマルセル王よりも王にふさわしいのかと思ってしまう程に。もちろんそんな言葉は口からは出さないが。


「少し移動する。話しながら行こう」

「畏まりました」


 イアサントに聞かれるままにエーファ王国に感じた感想などを答えていくと、明らかに研究所のような場所にたどり着いた。

 薬草や魔法薬などの匂いがする。他にも幾つか特徴のある触媒の匂いすらする。

 イアサントが来ることは聞かされていたのか中に居た研究員は慌てて居ない。全員がイアサントに跪くが、イアサントはすぐに彼らを立たせ、必要な人員を残して仕事を続けるように命じた。


(命じるのに慣れている。流石王族だな)


 そこはおそらく錬金術師の研究室だろう。アーガス王国にも似たような研究室があった。そういえばそこの長になったのだったかとふとラントは思い出した。


「卿に頼みたいのはシモンの魅了を解いた魔法具だ。あれのレシピを教えて欲しい。シモンも王族だ。精神系魔法への護符アミュレットくらいはつけている。だがそれらはないもののようにシモンは、そして他の貴族たちも魅了に陥った。そしてそれも知らぬ卿はその魅了を解く魔法具をブロワ家に送った。エーファ王家はブロワ家がそれを使い終わったあと、借り受けて研究させて貰っていたのだが全く研究の目処が立たぬと言う。もちろん対価は払う。どうかこの願いを受けてくれぬか」


 イアサントは王族だと言うのにラントに小さく礼をした。

 普通王族は頭を下げない。しかも多くの衆目のある場所でだ。実際周囲の者たちは慌てている。


「とりあえず話を聞かせてください。そうではければ私はどうすれば良いのかわかりませんから」

「そうだな、リシャール。詳しく話せ。俺はそっち系は全くわからん。がははははっ」


 イアサントは笑いながら魔導士のローブに包まれた四十代くらいの男をラントの近くに呼び寄せた。


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