150.謁見と呼び出し
大扉が開き、ラントとマリー。クラウスにラエルテがそこから出てくる。言葉もかわさぬまましばらく歩き、王城の馬車場から四人とお付きたちが馬車に乗り込み、そこで彼らは一息つくことができた。
ラントとマリー、それにエリー。クラウスとラエルテと従者たちはまた別の馬車だ。
「謁見とはな。それにしても肩が凝る」
「まぁ、本来は喜ばしいことですよ?」
「俺にはいらん」
ラントが言うとマリーがくすくすと笑う。ラントたちはエーファ王国の最高権力者、マルセル王と謁見を済ませたところだ。と、言っても私的な会合ではない。謁見の間には多くの貴族や武官が居り、ラントは宰相の言葉に一つ二つ返したくらいで、後は儀礼に則ったやり取りだった。
簡単に言うと、ラントの作った魅了魔法対策の魔法具がエーファ王国に巣食っていた謀略の一端……と言ってもかなり大掛かりなものではあるが、それを解決したことによる褒美の話だ。
当時ラントはまだ平民であったが、トントン拍子以上にアーガス王国で名を挙げ、爵位まで貰ってしまっている。それに解決した事件が大きすぎる。そのラントがアーガス王国で名をあげ、王都に来ているのだ。しかも同盟国の特使として。会わない理由もないし、公爵家の者であるクラウスとラエルテもいる。
そして何よりその最大の被害者とも言えるマリーがいるのだ。王家はブロワ公爵家に大きな借りがある。マリーがあの時死んでいたら大きな軋轢となっていたのだろう。
マルセル王と謁見できたことは、ラントの業務の一つととらえられないこともないだろうが、マルセル王はマリーの無事を喜んでいた。他国に嫁に出ることになったことについてはどう思っているかわからない。
エーファ王国の慣習に、瑕疵ができたと取る貴族もいるだろう。そこまではラントが考えることではない。故に頭から放りだした。
「少し王城がピリピリしていたな」
「どうしてでしょう」
「わからん。だが推測はできる。ただ推測だからな、吹聴するわけにもいかん」
ラントはそこで言葉を区切った。そしてその続きは話さなかった。マリーも追求してくることはなかった。エリーは気になるようでラントのことをじっと見つめていたがその眼差しを無視し、ラントは口を噤んだ。
ブロワ家の宮殿のようなタウンハウスも王城の近くにある。馬車など使う必要がない程に。
ラントは少し居心地が悪い。ブロワ家からマリーを救った英雄ではあるが、そのマリーを攫って行く存在だ。侍女や使用人たちの心情も複雑だろう。
ただラントへの対応が粗雑であるとか、そういうことはない。むしろマリーを救った英雄として、賓客として、そして未来の伴侶として丁寧に扱われている。
「少し出てくる。帰りは夕刻を過ぎるだろう。夕食を共にできるかはわからん。先に食べていてくれ」
「わかりましたわ」
「またですか?」
マリーは素直に頷いたがエリーはジト目で見てくる。これもいつもの事だ。
ラントは幾つもの貴族領を通る度にその街をその目で見てみることにしている。護衛はつけない。見た目も、ハンター時代のような装備に着替える。
要は下町に行くのだ。爵位を持つ身としてはあまりない行動なのだろうが、エーファ王国をこれほどゆっくりと見回れる機会はそうない。
ラントはブロワ家の家令に声を掛けると、貴族街から下町へ歩いていった。
「流石王都だ。人の多さが段違いだ」
今まで通った貴族領も栄えていた。公爵領は当然として、侯爵や子爵が治めていた街もあった。
貴族街を出て、上級商店街を通り過ぎる。そこいらには貴族院に通っているだろう若い男や子女が楽しそうにしている。貴族や豪商らしき上流階級と見られる者たちも多い。
雰囲気が下町っぽくなったところで、途中の屋台で串焼きを買って、そのまま食べる。ジュワリと口の中が油っぽくなるが味は悪くはない。油も悪い物ではなさそうだ。
そうこうしているうちにハンターギルドにたどり着く。目的地の一つはここだ。
「あまり期待はできないが」
ハンターギルドの中に入ると閑散としていた。王都のハンターギルドはそれほど栄えていない。理由は単純だ。獲物が少ないのだ。
王都は魔境にも近くはなく、騎士団や衛兵が街道を巡回している。もちろん手の届かないところはあるし、全てを網羅しているわけではない。
ただハンターとは魔物を倒し、もしくは魔境などにある特殊な薬草や花、苔などを採る職業だ。そして近くにそれらが採れる場所がほとんどない。各地辺境で採られたソレらが収納鞄などに詰め込まれて王都に運び込まれ、加工され、市井に、貴族に流れる。そういう街だ。
故に上位のハンターはほとんど居らず、当然依頼も少ない。
「子供向けばかりか」
それでも依頼がないとは言えない。ハンター志望の、もしくは駆け出したちは狩りではなく大きな街ではなくなることのない雑用をこなしている。一応戦闘訓練場はあるようで、彼らに戦闘を、狩りを教える教官などもいるようだ。
あとは王都への護衛依頼はどこからでもあるし、もちろん逆もある。
「傭兵ギルドにも顔を出してみるか。いや、娼館に行ってみるか? 流石に情報屋を探すのは時間が足らないな」
娼館は案外情報集めに良いのだ。楽しむだけでなく、最新の動向などを娼婦が教えてくれることも多い。その代わりあまり程度の低いところに行っても無駄だが。
小さく独り言を呟きながら、ラントは王都のハンターギルドを後にした。
◇ ◇
「エーファ王国でもラントが楽しそうで嬉しいわ」
「そうですね。ラント様は好奇心旺盛でいらっしゃられますからね。色々と見てまわっていられるようですね」
ラントを送り出したマリーたちはゆったりとしていた。王とは幾度も会ったことはあるし、王城もよく通っていたが謁見と言うのは珍しい。更にマリーとラントには王自らお声がけまであった。
王宮の、王族の私的なスペースで会話をするのとは違う。謁見の間でお声がけがあると言うのは非常に政治的な意図が含まれている。もちろんそれがわからないマリーではない。応答に問題があったならばクラウスかラエルテが教えてくれただろう。何も言われなかったのだからきちんと謁見をやり過ごせたのだ。
「ラントも堂々としたものでしたね」
「ラント様は権威に跪かれる方ではないですし、儀礼はきちんとしていても心の中では何を思っていらっしゃるかわかりませんよ」
「ふふっ、そうね。でも陛下自らお褒めの言葉を頂いたのよ。大事なことだわ。エーファ王国内でもラントの価値は上がったでしょう」
マリーがくすりと笑うとエリーも笑う。
「褒美の宝剣に関しては喜んでいそうですけれどね。他は余り気にしていらっしゃらないんじゃないですか?」
「そうね。元々爵位などにこだわる人ではないものね。わたくしを娶る為に武功を上げてくれましたけれど、それがなければ今頃また魔の森の中にでもいるのかもしれないわね」
「ふふっ、マルグリットお嬢様の魅力が高かったからこそ、ラント様も窮屈であろう貴族社会に入ってくれたのです」
「そうね、一つボタンを掛け違えばわたくしとラントの運命は全く違う物になっていたでしょう。あら?」
使用人が誰か来た事を察知する。入ってきたのはクラウスだった。
「お兄様、どうしましたの?」
「あぁ、マリーか。クレットガウ卿がいないようなのでな、先にこれを見せておこうと来たんだ」
「とりあえずお座りになって」
「あぁ」
クラウスの様子はいつもと変わらない。ただ少し表情に真面目さがある。妹を訪ねた兄ではなく、公子としてのクラウスの表情だ。そしてそのクラウスがラントを探していると言う。王城で何かあったのだろうか?
「それで、どうなされましたの」
クラウスはパサリと封の開けられた手紙をテーブルの上に置いた。
「あぁ、王弟殿下がクレットガウ卿と会いたいらしい」
「まぁっ。なんでまた。王弟殿下と言うとイアサント殿下ですよね」
「そうだ。用件までは書かれていないのでわからない。ただいつでもいいので王城を訪ねて欲しいと書いてあった」
王弟。マルセル国王には三人の弟がいる。だが二人は王都に居ない。ここで指すのは二番目の王弟、イアサントだ。
イアサントはエーファ王国では有名だ。国王マルセルはあまり武に秀でていない。これは個人で強い弱いの意味ではなく、軍略などが得意でないと言う意味だ。内政型の王なのである。平時であれば良いが、戦時には少し頼りないと言うのが諸侯の評だ。
そしてそれを補佐するのが王弟、イアサント。本人の武もさることながら王族と言う生まれは関係なく騎士団長にでもなれたであろうと言われる武略。軍略に秀でていて、実際にエーファ王国の武の頂点にいる。
彼がいるからこそ、マルセル国王は内政に集中できるし、他の諸侯も帝国の脅威からきっと守られるだろうと期待している。
そのイアサントがラントに会いたいと言う。ただその内容は書かれていない。クラウスも予想がつかないと言う。
「お兄様にわからないことがわたくしにわかる訳がありませんわ」
「ふふっ、そうだな。だが一応耳に入れて置こうと思ってな」
「えぇ、ですがまぁ悪い話ではないでしょう。帝国の者がラントに会いたいとか言う話ではないのですから」
「くくっ、それは困るな」
マリーが冗談を言うとクラウスは顎に手を当てて笑った。
「あら、ラントが帰って来たようですよ」
「わかるのか?」
「ラントの魔力は少し特殊ですからね、このくらいの距離ならわかりますわ」
「魔法に力を入れていると言うのは本当だったんだな。驚いた」
マリーの感知範囲にラントの魔力が感じられる。ただラント以外を識別する術はない。ブロワ邸には多くの魔力がひしめいている。間違えて探知魔法でも使おうものなら頭痛がするだろう。どう表現すれば良いのかわからないが、ラントの魔力はちょっと特殊なのだ。
「本人が帰ってきたのなら話は早いな、ちょっと話をしてくるとしよう」
「こちらに向かって来ていますから待っていれば多分会えますわよ」
「ではそうしよう」
腰を上げかけたクラウスはまたソファに座り直し、エリーが茶を淹れていた。