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149.閑話:お出かけとお揃い

「あそこのお店のフィナンシェが美味しいんですのよ。友人たちと幾度か食べに行きましたの。懐かしいわね」

「よりますか? 支配人に話を通せば焼き立てを頂けると思いますが」

「いえ、帰りにお土産として包んで頂きましょう。ラントにも食べさせてあげたいわ。お願いしてよろしくて? エリー」

「かしこまりました」


 エリーがマリーの命を受けて店に走る。

 セレスティーヌたちが王都に着いて三日目、セレスティーヌはマリーたちと一緒に商店街を回っていた。

 セレスティーヌは季節を跨げば貴族院に通うようになるが、大抵の事は家庭教師から習っている。ただもしセレスティーヌが次代の王妃になるのならば学ばなければならないことは山程ある。それが少し憂鬱だ。マリーにもしもがあった時の為に教養は詰め込まれているが、何でもできたマリーと比べられては堪らない。

 マリーやセレスティーヌなどの上級貴族は貴族院に通う前からしっかりと教育を受けている。

 上級貴族にとって、現在の貴族院はどちらかと言うと勉強の為と言うよりは同年代の貴族たちとの友好を深めるのが主目的になっていると言う。ただ下級貴族たちにとっては別だ。優秀な教師は上級貴族に抑えられ、爵位や家柄、土地に寄って教育が偏っている。

 歴史を遡れば爵位による教育の差異を小さくし、より高度な教育を与える……と言う建前の元で領主貴族たちの子弟たちを一定期間王都に留まらせ、王家への忠誠を忘れさせないように、あるいは人質としての効果も担われていたと言うが、今ではそうではないと習っている。


 侍女をちらりと見るとしっかりと覚えてくれているようだ。セレスティーヌは王都の地理に明るくない。段々と覚えていけば良い。


「後でエリーが王都の地図とお勧めのお店を纏めた物を渡すから大丈夫よ」

「あっ、ありがとうございます」


 不安が顔に出ていたのかマリーは優しく微笑んだ。

 せっかくマリーが直々に案内してくれたのだ。貴族院に入ったら友人たちと共に来ようと思った。


「もしかしてあのお方は、マルグリット様じゃないかしら」

「えぇ、王都に来ていると噂になっているわ」

「ではあちらは妹君のセレスティーヌ様かしら。似ていらっしゃいますわね」

「王都を楽しんでいるご様子。邪魔はできませんわね」

「えぇ、夜会や茶会をお待ち致しましょう」


 少し離れたところにいる貴婦人たちがセレスティーヌたちを見てこそこそと話している。マリーもエリーも一年前にはここに居たのだ。マリーから聞く限り、かなり頻繁に市街区へ足を運んでいたらしい。

 貴婦人たちも視線は寄せられても近寄ることは許されない。魔導士の護衛がついているからだ。マリーたちから声を掛けるならともかく、彼女たちが近寄ろうとすればすぐさま止められるだろう。


「マルグリットお嬢様、夕方の焼き立てを屋敷に届けて頂けるようです。それと幾つかわけて頂きました。店主が私のことを覚えていたようです」

「ありがとう、エリー。セレスティーヌ。あちらのベンチで頂いてから次に行きましょうか。こうして貴女たちと大通りを歩けて嬉しいわ」


 白いワンピース姿のマリーが笑う。エリーは戻るとすぐに他の侍女に預けていた日傘をマリーにさした。エリーは実家の格は低いが、追放時にもついていった侍女として他の侍女たちよりも信頼されている。将来の侍女頭になるのかも知れない。

 ゆったりと歩きながらマリーに案内されて噴水広場にたどり着く。噴水広場では多くの庶民が行きかい、商人たちが屋台や露天を並べている。


「ここらへんは安全よ。ほら、見ているだけでも楽しいでしょう。わたくしはあまりわかりませんけれど、たまに掘り出し物があるそうよ。あら、可愛らしいデザインね」

「そうですね。ドレスに合わせるのには石の価値が合いませんが、貴族院の下級貴族たちには流行っているのかもしれませんね。制服に似合うように作られています」

「そうね、王都の商人たちも色々と考えているのね」


 マリーが足を止めたのは小粒な宝石で作られたアクセサリーを売っている屋台だった。手作りなのだろうか。確かに可愛らしいデザインのアクセサリーが並んでいる。マリーが目を止め、エリーが評価し、セレスティーヌ付きの侍女たちもしっかりと覚えようと身を乗り出している。

 露天で売っているくらいだから石の価値はそうでもないのだろう。値段が相応かなどは箱入りのセレスティーヌにはわからないことだ。

 店主の女性はセレスティーヌたちが明らかに貴族であることをわかっていて、それでも静かに微笑み、マリーが宝飾品を手に取るのを眺めている。多少緊張はしているようだが、ブロワ市で阿る商人たちとは雰囲気が違う。エリーが「王都の商人たちは貴族の扱いに慣れているのです」と耳打ちしてくれる。


(お父様やお兄様たちが貴族院で、王都で色々と学んで来なさいと言うのはこういうことも含まれているのね)


 王都には貴族院があり、多くの貴族の出入りがある。北の果てに近いブロワ領とはまた違うのだ。

 ブロワ領も多くの商人が、貴族が行き交うが流石に王都程ではない。幼い頃の記憶は微かにあるが、王都市街を出歩いた記憶はない。おそらく貴族街内しか見ては居ないのだ。


(マルグリットお姉様とこうして王都を歩ける日はまた来るのかしら?)


 マリーはクレットガウ家に嫁ぐ為にまたアーガス王国に行ってしまう。こうして居られる時間は非常に希少なのだとセレスティーヌは改めて思った。楽しい時間であるのと同時に、少し悲しい気持ちになってしまう。


「セレスティーヌ、今は今を楽しむときよ? またきっと、こうして一緒に王都を楽しむことだってできるわ」


 マリーがセレスティーヌの手を取ってくれる。表情に出ていたのだろうか? わからないが、その手の柔らかさと姉の優しい言葉にセレスティーヌはにこりと微笑んで返した。



 ◇ ◇



「クラウスお兄さま、ラエルテお義姉さま。おかえりなさいませ」

「あぁ、セレスティーヌ。君たちも出かけていたんだろう? 王都は楽しかったかい?」

「はいっ!」


 クラウスはやることが多いらしく、王都に来てから忙しそうにしている。表情に少し疲れも見える。ラエルテはおっとりと微笑んでいるが、彼女は彼女で夜会の準備があると聞いている。

 マリーの帰還は王都貴族内で即噂になり、茶会や夜会の誘いが文字通り山になるほど来たと言う。

 全てに出る訳にも行かないし、マリーはマリーの予定がある。故に王家の離宮の会場を借りてブロワ家主催で夜会を開くことになったと聞いている。ラエルテはそちらの準備に大忙しだ。


「私が手伝えることはありますか?」

「セレスティーヌ、そんなに急がなくてもいいんだよ。こういうのは貴族夫人になってからでいいんだ。セレスティーヌは今しかできないことを体験しなさい」

「まぁ、いいではないですか、あなた。セレスティーヌさんもいずれ経験することになるのです。近くでどのような手配がいるか見ていて貰いましょう」

「ん~、セレスティーヌにはできるだけマルグリットと一緒の時間を取らせてあげたいんだ。次がいつになるかわからないからね」

「……そうですわね。夜会の手配などは後でも覚えられます。私もお姉様がお嫁に行ってしまってから会う機会がぐんと減りました。国境を跨ぐとなれば更にでしょう。セレスティーヌさん、気にせずにマルグリットさんとの時間を大事にするといいですよ」

「わかりました」


 クラウスの言い分にくるりとラエルテは意見を翻す。マリーたちはラントの部屋にいると言う情報までくれた。

 はしたなくも駆け足になってラントに与えられた部屋の前に立つ。一つ深呼吸。息を荒げて入る訳にもいかない。ドアを守る騎士たちもセレスティーヌの訪問を咎めたりはしない。


「マルグリットお嬢様、セレスティーヌお嬢様がいらっしゃっています」

「あら、構わないわ。入れて頂戴」


 侍女の言葉に扉は開かれ、中に入るとマリーはラントの手元を覗き込むように見ていた。ラントは見知らぬ魔法陣を幾つも展開している。魔導士だとは聞いていたがそういえばラントが魔法を使うところは初めて見る。

 セレスティーヌも貴族の子女として魔法を勉強しているが、ラントのやっていることは全くわからない。一体何をしているのだろう。

 と、そこまで思ったところで挨拶もしていないことに気づいた。慌てて部屋の主人に声を掛ける。


「お邪魔致しますわ。マルグリットお姉様。クレットガウ卿」

「いらっしゃい、セレスティーヌ。座って頂戴」


 マリーの指示したソファに座ると斜め前にラントが見える。終わったのかコロンとローテーブルの上に幾つか白く輝く珠が転がった。何だろうか。


「できたぞ。これでいいのか?」

「えぇ、ありがとう。ラント。感謝するわ」

「このくらい構わん。そう手間でもないしな」


 一仕事終わったとばかりにラントはソファに背を預けた。

 セレスティーヌはラントとの距離感を測りかねていた。ラントと話す機会はあまりなく、王都への道のりもほとんどマリーと接していた。そしてラントは姉妹の交わりを邪魔しないとばかりにクラウスや騎士たちと多く接していた。

 マリーからはラントの事は色々と聞いたが、乙女フィルターが掛かっているとしか思えない話ばかりで信じられない。だがエリーや他の侍女や騎士たちに聞いてもラントの偉業は本当らしい。信じられないと言う気持ちはなくはないが、事実であると皆が言うのなら本当なのだろう。


「これ、貴女とわたくしのために作って貰ったのよ」

「何ですか?」


 マリーが手のひらの上に先ほどラントが作ったと言う物を見せてくる。それはイヤリングだった。


「真珠?」

「そうだ」


 答えはマリーからではなくラントから返って来た。真珠のイヤリング。綺麗に珠の大きさが揃っている。銀と金の装飾がついていて、エーファ王国風ではないが、美しく整えられている。


「わたくしたちが王都を出立したらなかなか会える機会もなくなるでしょう? だからお揃いの何かが欲しいと思って相談したらこれが出てきたのよ。こんなに綺麗に粒が揃っている真珠はそうそう見ないわ。聞いてみたらネックレスにできるほど持っているらしいわよ。ふふっ、現物を見せられた時は驚きましたわ」

「綺麗ですね」


 見せられた真珠のイヤリングを見て素直に言葉がこぼれる。


「せっかくですからお付けしましょう」


 エリーがマリーの後ろに回り、既についていた耳飾りを外し、真珠のイヤリングをつける。マリーは片手でふわりと髪をあげ、彩られたイヤリングを見せてくる。


「お似合いですわ」

「せっかくだからセレスティーヌも付けて見せてくださいな」

「はい」


 マリーからセレスティーヌ付きの侍女に渡され、セレスティーヌの耳に重さが加わる。


「貴女も似合っているわよ。ふふっ、大事な時にはつけていくことにするわ。大事にして頂戴」

「ありがとうございます。マルグリットお姉様。そしてクレットガウ卿も」


 手鏡で自身についたイヤリングを見る。それは光を受けて白く、それでいて様々な色に輝いていた。

 マリーとお揃いの装身具。それを身に着けただけで、少し距離が近くなったような気がした。



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