147.大切な時間
「これがエーファ王国王都か。流石王都と名を冠するだけはあるな」
「えぇ、懐かしの王都ですわ。一年に満たぬと言うのにそれ以上離れていた感覚がありますわね」
「マルグリットお姉様は王都にも詳しいのですよね。私、楽しみです」
ラントたち一向は王都が眺められる丘の上で一旦休憩を入れていた。
王都を見るのならばここが良いとクラウスが気を利かせてくれたのだ。セレスティーヌも王都は初めてではないそうだが楽しそうだ。前に来たのはまだ幼少の頃だと言うから仕方ないのだろう。この二人の姉妹仲はよく、見ていてほんわかとする。
エリーも微笑ましそうに二人を見つめていた。
「あそこに大広場があって、噴水を中心にたくさんの屋台がでるのですよ。護衛付きですがたまに友人たちと遊びました」
「ふむ、賑わっているようだな」
「あら、流石ラントですわね。この距離でも見えますの」
「〈遠見〉は自然と使えるようにしているからな。見たいと思えば勝手に発動する。それに大きな街を見るとつい攻め方を考えてしまうな」
「ふふふっ、王都は守るには向いていませんわね。外周街が広がりすぎていますし、どのみち王都決戦になればすでに戦に負けたも同然です」
地形などの問題もあるがアーガス王国の王都は中央よりも北側にあり、エーファ王国の王都はどちらかと言うと南側にある。
王都の北には現役の要塞があり、野戦をする為の平原もある。王都は戦をする為の場所ではないのだ。
マリーの説明を聞きながらラントは王都を見る。
中央には遠くの丘からも見える王城と王宮。そして貴族街。壁を隔てて平民たちが住まう住宅地や商店の並ぶ商店街。マリーが指であの辺りには何があると何も知らないラントに説明してくれている。
王都を守る最後の門の外にも街は広がっている。
王都に限らず大きな街は本来の街の外にも壁に守られていない街が存在している。外周街などと呼ばれている。
大きな街は魔境からもそれなりに離れ、領主騎士団に守られている。故に安全を求めて流れてきたり、市民権を買えずに外に勝手に建物を建ててしまい、それら相手に商人も集まり、一つの街になってしまう。長い歴史の中でその人数は増えていき、領主もそれらを統制しきれずにいる。
スラムや闇の商売をする者たちも大抵が外周街にある。
「大体わかった。助かった、マリー」
「いいえ、ラントの為ならこのくらいなんでもありませんことよ」
待たせていた馬車にマリーの手を引いて乗せる。ラントとマリーは違う馬車だ。ほんの少し先に戻っていたセレスティーヌが嬉しそうにマリーとエリーを迎える。
今回の遠征の本来の目的はマリーをブロワ家に一旦返すことだ。そしてラントとの結婚を認めさせることである。
ただそれだけの為にラントとマリーをエーファ王国に遣わすには勿体ないとコルネリウスは考え、わざわざ外交特使と言う肩書までつけてラントをこの王都まで行くように求めた。
外交など本来の外交官が常に行き交っている。ラントに王都を見せるだけではなく、エーファ王国全体を見て来いと言うのが本音だろう。ついでにラントの名も売って来いと言う意図もあるのかも知れない。どこまでが計算の内かは本人に聞いてみないことには如何にラントでも読めなかった。
どちらにせよラントたちはエーファ王国をぐるりと回ってアーガス王国に帰る。それが任務だ。
ついでにマリーが旧交を温められるならばなお良い。次はいつ来られるかわからないのだから。
「ふっ、帰る先が近いと言うのは良いな。数年に一回は帰してやりたいところだ」
今回は色々な要因が重なって時間が掛かったが、ブロワ家や王都に行くだけなら本来これほどの時間は必要ない。
ラントたちはクレットガウ家の騎士たちの前にアレックスを駆り、王都の門へ向かった。
◇ ◇
「謁見の予約もできたよ。通常の謁見なので大体一週間くらいは見て欲しいと言われた。陛下も忙しい方だからね。正式に日時が決まればまた知らせよう。セレスティーヌは登城しなくても良いけれどマルグリットは来て欲しいそうだ」
「わかりました、クラウス殿。連れの者たちにも伝えて置きましょう」
クラウスは王都貴族街にあるブロワ家の執務室でラントと話していた。対面のソファに座るラントは背筋を伸ばし、しっかりとクラウスの目を見ている。
マリーはセレスティーヌと共にいる。ブロワ家の分家の子女などの一部がブロワ邸から貴族院に通っている者たちもいる。それにマリーが帰ってきたと言うことで面会の手紙が山程届いている。王都に着く前から茶会や夜会の誘いの手紙が溜まっていた。
セレスティーヌも王都にはそうそう来ないので縁を繋ぎたいと言う者が多い。彼女たちは彼女たちで忙しくしているが、ドレスを仕立てたり宝飾品を見たりといろいろと予定を立てているようだ。妹たちが楽しそうで何よりだとクラウスは思っている。
何より目の前の男が居なければこの光景は見られなかったのだ。万金でも得られない光景だ。
「ははっ、そろそろその外行きの態度も改めて貰いたいところだね。公の場ならともかくここはブロワ邸内だ。堅苦しいのはなしにしよう。卿も堅苦しいのは苦手だろう?」
ラントはクラウスとは一定の距離を取っていた。クラウスはラントが生粋の貴族でないことを知っているが、お互い距離感に戸惑っている部分は否めない。ただラントからは言い辛いだろう、とクラウスから提案する。
ラントはクラウスの目をしっかり見つめ、その真意を汲み出そうとする……が、真意は言葉そのままだ。ラントは少し諦めたかのように視線を外し、再度クラウスを見つめてきた。
「……わかった。これでいいか? 正直公子殿下とどう接せれば良いかわからん。義兄と言われてもまだピンと来ないしな」
「こっちだってそうさ。お互い様だよ。家人たちにもよく言い聞かせて置くから本当に気にしなくていいよ」
クラウスが手を振ると使用人たちが下がっていく。と、言っても家令を任されているベルトランと給仕を任されている侍女二人は下がらない。
騎士や魔法士を置かないのはラントを信用しているとの証だ。実際ラントが本気で暴れれば騎士や魔法士が居たとしても同じだろうが、振りと言うのは大事だ。
ラントはクラウスの意図に気付いているのか気付いていないのか、静かに出された茶と焼き菓子を食べている。
「これうまいな。アーガス王国にはない味だ」
「エーファ王国の南の魔境で取れるハーブだからね。特産と言うほどではないけれどあちらにはあまりないだろう。探せばあるだろうけれどね」
「どこで買えるか聞いても?」
「ふふっ、気に入ってくれたなら良かった。必要なら何壺でも取り寄せるよ」
「助かる」
ラントは焼き菓子の中に含まれているハーブが気に入ったらしい。道中でもエーファ王国の酒やタバコ葉、調味料などに興味を示し、色々と買っていた。
アーガス王国に長年居たと言うラントには色々と珍しいのだろう。隣国とは言え、気候や魔境の質が違うので採れる物が違う。作物は大概が同じだが調理法も異なる。ラントは王都に来るまでも色々と漁っていた。
元はハンターなので野外でも自身で調理などもすると言う。騎士として簡単な野外調理はクラウスも覚えているが、ラントが作る物は本当に美味しいのだとマリーに力説された。貴族家は無理でも市井なら調理人としても身を立てられるだろうとマリーが言っていたのを思い返す。
しばらくラントと世間話をした後、話の終わりを切り出す。
「さて、堅い話はそう多くない。妹たちも卿の事を待ち望んでいるだろう。顔を出すとしようか」
「マリーたちはマリーたちで楽しんでいるようだがな」
「ふふっ、それはそれだ。私もマルグリットと過ごせる最後の期間だ。卿らが王都を出立してしまえば暫くはまた会えなくなる。結婚式には呼んでくれ給えよ?」
「帝国の動向次第だな。どのみち婚約から約一年は期間をあけるのが慣習だと聞いた。来年の話などどうなっているかわからん」
「くくっ、そうだな。全く厄介なことだ」
クラウスはラントが茶を飲みきったことを確認して移動する旨を伝える。ジョルジュからはラントとの交流を深め、為人を見極めろと言われているがどうにも掴みどころがない。
ただ腹に一物持っている風でもないのでマリーの男を見る目を信じるしかないと思っている。
「美味かった。馳走になった」
「このくらいならいつでも出すさ。今日の夕餉は期待してくれ。マルグリットが帰ったこととセレスティーヌが来ているからな、シェフが気合を入れて食卓を彩るそうだ。南部の食材も多く王都には届くからな、ブロワ市ではなかなか食べられない食材も並ぶぞ」
「クラウス殿も跡継ぎだろう」
「くくっ、私はよく父の代わりに王都に顔を出しているからな。今更わざわざ歓待されたりはしないさ」
「ふっ、どちらでも良いさ。ブロワ市の料理も道中の料理も堪能させて貰った。王都の食材を使った料理や酒にも期待させて貰うとしよう」
「あぁ、おおいに期待してくれたまえ」
クラウスが席を立つとラントもするりと立ち上がる。その立ち上がり方だけでも途方もない実力の一端が伺える。伺えてしまう。隙がないのだ。そしてそれは常のことで自然体だ。騎士としての心得もあるクラウスにはラントの立ち上がる際の動き出しすら読めなかった。
(私とそれほど変わらぬ年齢でどれほどの修羅場を潜ればあぁなると言うのか、聞き出してみたいものだ)
そう思いながらもクラウスは面に出さずにラントを連れて執務室を出た。
◇ ◇
「セレスティーヌ、このドレスを貴女用に仕立て直しましょう。色合いが貴女に似合うと思うわ。最近の流行を取り入れてスカートのラインを少し変えましょうか」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
マリーは以前の自室でセレスティーヌと話に華を咲かせていた。マリーの部屋は以前のまま残されていて、懐かしく思う。季節の花が生けられていて、マリーが好んでいた香が焚かれている。
(懐かしいわね。アーガス王国にはない香りですし、持ち出す余裕もあの時はありませんでしたから)
香はラントに頼めばより長持ちする方法があるかも知れない。今なら輸入することもできる。せっかくなので幾つか壺で持ち帰ろうと決めた。
「マルグリットお嬢様、あの時持ち出せなかったドレスや宝飾品も全て残っておりますよ。どう致しますか?」
「そうね、お気に入りを幾つか持ち出して、後はセレスティーヌにあげましょう。元よりわたくしの物と言うよりはブロワ家の財産ですもの。ですが多少持ち出す程度はお父様たちも認めてくれるでしょう。ほら、これなんかはセレスティーヌにお似合いよ」
化粧箱から簪とブローチを取り出し、セレスティーヌに合わせる。
「失礼します、セレスティーヌお嬢様」
エリーが促し、セレスティーヌを座らせ、丁寧に伸ばされている髪を結い、簪を刺し、胸元にブローチを留める。これに先ほどのドレスを合わせれば完璧な淑女の完成だ。
セレスティーヌ付きの侍女たちも彼女の美しさを褒め称えている。
「お似合いですよ。こちらの鏡はラント様がマルグリットお嬢様に贈られた物ですがブロワ家にも寄贈してくれるようです。貴族院に通う間はこちらの部屋を使われるのでしょう? どうぞお使いください」
「まぁ、よろしいのですか?」
「ラントはアーガス王国でも認められた王宮錬金術師です。アーガス王家にも何枚も献上しています。エーファ王家にも献上する予定だと聞いています。ブロワ城にも何枚かありますよ。ラエルテ様たちなどが喜んでおりました」
ドレスを身体に合わせ、セレスティーヌが喜んでいる。もう二度と会えないと思っていた可愛い妹だ。次に会えるのは何年後になるかわからない。ラントも遠慮して姉妹の絆を深めるようにとブロワ市でも道中でもあまりマリーに近づいて来なかった。
マリーとしてはラントともっとエーファ王国を堪能したかったが、今回ばかりは家族との時間を大切にしろと言うラントの意見を尊重すべきだと思うし、この些細なやり取りでさえ大切な物だ。
使用人たちがノックをし、ラントたちの来訪を伝えてくる。
「あら、クラウスお兄様たちがいらっしゃるそうよ」
「せっかくだから入って頂きましょう。登城までは何日かありますし、それまではゆっくりできますよ。王都見物と洒落込みましょう」
「はいっ」
この可愛らしい妹がもしかしたら未来の王妃になるかも知れない。そうなればこのように気楽に接せられる機会もそうないだろう。マリーは美しく彩られたセレスティーヌの手を取りながらクラウスたちを招き入れた。
この章はこれで終わりです。広げ過ぎた風呂敷をたたむのは難しいですね。続きもゆっくりと書く予定なのでお待ちください((。・ω・)。_ _))ペコリ