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143.地下水脈

「暇だな。少しやり返してくるか」


 ラントたちが公爵城に滞在して四日が経った。その間に外交官たちと文官たちは様々な取り決めをし、それをラントに報告してくるが、ラントは国と公爵家の事などわからないので「任せる」とぶん投げている。

 ジョルジュは騎士やハンターたちにラントが指定した素材を大量に集めるように指示していて、北方要塞を守っている辺境伯などにも既に鳥を飛ばして対策を進めていると言うことで、ラントは正直やることがない。

 どの道北方要塞は魔力持ちの数が普通の都市とは違い段違いに多いので被害に遭っているのは使用人や従者くらいだろう。騎士や魔法士が倒れるほどの病気ではない。


「閣下、どこへ行かれるのですか」

「北方山脈だ」

「大魔境ではないですか! 何をされるので」

「何、少し帝国にお返しをな」


 ダミアンは大きな声を上げるが、ラントは一人ならなんとでもできる自信がある。アルとイルが居れば北方山脈もなんとかなる。トールも居る。

 しかしダミアンや他の騎士たちは反対する。伯爵が個人で動くなどあり得ないと言うのだ。貴族の流儀からすればその通りではあるのだが、伯爵と言う爵位が少し鬱陶しくなる。

 ラントがハンターのままであれば誰も反対などしなかっただろう。ただその場合はマリーを娶るなどあり得ない話ではあったが。


「ならお前たちもついてくるか? 別に止めんぞ」

「……行きます。ドロシーにも声を掛けて来ますから勝手に出ていってはいけませんからね」


 ダミアンは念押しまでして離れていった。勝手に出て行っても良いなと思っていたのだが部下たちにも北方山脈の現実を見せつけるのも良い。彼らは鍛えなければならないのだ。

 マリーやエリーなど足手纏いでしかない婦女子を連れて魔の森を突っ切るのとは違う。トールの実力はともかくアルとイルは既に公開されている。それに彼らも騎士や魔法士たちだ。それなりに戦える。竜でも現れなければ問題ないだろう。


「やべっ、これフラグって言うんだったか?」


 思考に浸っていてつい考えてしまった。北方山脈には多くの竜やワイバーンが棲息している。出会う確率は低いがゼロではない。

 まぁ余程の年経た竜でも現れない限りは大丈夫だろう。ただ竜相手ではラントも彼らを守っている余裕などはない。死人も出る。せっかく育てた部下たちを死なせるのは嫌だなと思った。


「マリー、俺たちは少し出てくる。静かに待っていろよ」

「あら、どこへ」

「北方山脈だ。疫病の原因の調査をしなくてはならん」


 ラントはほとんど帝国が策謀したと思っているが確信がある訳でも証拠がある訳でもない。北方要塞を任せられている辺境伯も原因究明は行っているだろうが、帝国が行っているのならば簡単には見つかるまい。

 東の大樹海で動いていたような部隊が動いていれば大変なことになる。ただそういう危険な事は言わずにラントはマリーを軽く抱擁して簡潔に説明しただけだ。余計な心配をさせることはない。


「ラントなら大丈夫だと思うけれど、危ないと思ったらきちんと逃げてくるのよ」


 マリーが耳元で囁いてくる。

 そんなラントの思惑もお見通しだったようだ。エリーも後ろで頷いている。そんなに表情に出ているのだろうか。マリーには隠し事はできそうもない。


「あぁ、大丈夫だ。心配なんかせずにきっちり待っていろ」


 軽くキスを落とす。トロンとマリーの表情が変わる。このまま押し倒したくなる。その誘惑を振り払い、ラントはマリーたちから離れた。


「北方山脈に行くと?」

「えぇ、自然発生であれ帝国の策謀であれ原因を究明しないと終わりませんよ」

「それはそうだがそう簡単にいくのか?」

「そう簡単に見つかるなら苦労はないでしょう。ですが暇しているよりは動いた方がマシです」

「うちの騎士団や魔法士たちを鍛えてくれているではないか。ずっと続けて欲しいものだ」


 ジョルジュはからからと笑う。ジョルジュとも幾度か話す機会があった。マリーが一緒だったり、クラウスやマルタンが一緒の時もある。

 マリーの伴侶になる男がどのような男なのか知りたいのであろう。実力はともかく人間性は誤魔化しがきかない。少なくとも及第点は貰っていると感じた。そのくらいの感触はある。


「まぁ良い。貴殿は俺の部下でも何でもないのだ。好きに動く権利がある。エーファ王国に仇なすと言うのならば別だがそういう訳でもなかろう。好きにすると良い。念の為、短剣を貸し与えておく。エーファ王国貴族と何かあった時に使えるだろう」

「そうさせて頂きます。ご厚意感謝致します」

「王都への道行きはクラウスを付ける。承知しておいてくれたまえ」

「わかりました」


 ラントは言うべきことは言ったので城を出た。ダミアンとドロシーたちが待っている。二人を除いて十人までだと言ったので五人ずつだ。上位から五人選ぶのかと思っていたが若手の期待株が混じっている。ラントはその人選にニヤリと笑った。



 ◇ ◇



「ここがエーファ王国側の北方山脈ですか」

「凄い光景だ。違いはわからんけどな。それにもう良い季節だと言うのに寒いな」

「そうですね。上空ともあって風が強いですよ。結界に守られているのでわかりづらいかも知れませんが」


 ドロシーはイルの背に乗っている。ダミアンも一緒だ。残りのメンバーはイルの鞍から垂れ下がっている六本の縄で吊り下げられた籠の中にいる。

 デボワ市から北方山脈はそれなりに距離があるが、グリフォンの背に乗ればすぐだ。ラントが馬車で移動するのが面倒だと言う気持ちはよくわかる。この速さを知っているのならば、一人でグリフォンを使い移動したいだろう。


「要塞が小さく見えますね」

「あぁ、だが堅牢だ。今回は要塞には寄らないらしい」


 要塞からもラントたちのグリフォンは見つかっているだろう。〈遠視〉で見ると騎士や魔法士たちが騒いでいるのがわかる。


「あそこだな」

「はっ?」


 ラントの声は魔法で聞こえるようになっている。アルとイルは並んで飛んでいるがそれなりに離れている。更に風の結界も張られている。本来なら静かに呟くようなラントの声が聞こえる訳はない。


 アルとイルはラントの指示に従って降下する。そのスピードに籠に乗っている者たちの悲鳴が聞こえた。実際アルとイルがデボワ市の外に現れただけで騎士や魔法士たちは唖然としていた。

 ドロシーやダミアンもラントがグリフォンを使役していることは知っていたがこれほど立派な物だとは思っては居なかった。間違えても勝てるとは思えない。

 だがラントの命令は絶対だ。籠に乗れと言われれば乗るしかない。


「閣下、ここに何があると言うのですか?」

「要塞に流れている地下水脈の一つだ。そして汚染されている地下水脈に繋がる穴が掘られている」

「はっ?」


 穴などどこにもない。それよりも遠巻きに眺めている魔物たちの方が気になる。アルとイルの威圧によって近寄って来ないが、ここは北方山脈。最大級の魔境の一つだ。どんな魔物がいるかもわかっていない。広大過ぎるし、魔物の移り変わりは激しい。


「あの岩陰だな」


 ラントが大きな岩を指差す。岩などゴロゴロと転がっている。ドロシーには何も見えない。ラントには何が視えていると言うのか。言葉にならなかった。


(これが、救国の英雄の力? 訳がわからないわ)


 ドロシーたちがラントに連れられて行くと岩の裏に巧妙な幻影魔法が張られているのがわかった。これを上空から見つけたというのか。それに要塞に繋がる地下水脈などどうやって判別したのか。地下何百メルあるかどうか、キラメルを超えるかも知れないのだ。

 だがそれを問うても答えは得られない。ラントは自身の手の内を晒す事を嫌う。それに今ラントに与えられている課題だけでも精一杯だ。一生掛けても追いつける気がしない。


「この辺りなら要塞の索敵範囲からも外れ、帝国の斥候部隊も入り込める。魔物の脅威もそれほどない。よくもまぁこんな穴を掘った物だ。ご苦労なことだ」


 ラントは呆れたように言うと警戒していないように穴の中に入ってしまう。ラントの姿が消えたように見えてドロシーたちは慌ててラントを追いかける。

 中は大きな螺旋状になっていて、どのくらい歩いたかわからなかった。そして終点には大きな穴がある。


「ここに病気で死んだ死体を投げ入れるんだ。定期的に投げ入れれば疫病は収束しない。北方全体の生産力を落とそうと言うのだな。よく考えるものだ」


 ラントは何か魔法を唱えた。地下深くで何か動いたのはわかるが何をしたかはわからない。


「何をされたので」

「穴の形を変えたのさ。これで死体が地下水脈に届かなくなる。流石に降りてまで確かめんだろう。ただこれでは足らんな。罠も仕掛けて置くか」


 ラントは用事は済んだとばかりに帰るように皆を促す。〈光球〉がふよふよと浮かび、帰路につく。

 途中でラントは後方に移動し、魔術陣を張った。知らない魔術陣だった。魔力持ちが踏むと酸素濃度と言うのを変える魔術陣らしい。間違えても踏むなと念を押された。


 空気には色々な物質が混ざっていることはわかっている。そしてざっくりとその配合もわかっている。だがその成分がどういう効能があるのかはあまり調べられていない。

 それは錬金術師の分野だ。そしてラントは宮廷錬金術師なのだ。ドロシーたちの知らない事など山程知っているだろう。


 帰りの道程は行きより早く思えた。行きは敵と出会わないか警戒して進んでいるのもある。


「少し魔物の素材でも調達するか、トール」


 ラントがトールと呼ばれるダイヤウルフを召喚する。小さい姿ではなく成獣と同じサイズだ。だがドロシーは、いや、皆もトールがダイヤウルフなどと信じてはいない。

 ただのダイヤウルフな訳がない。グリフォンの希少種を獣魔にするラントの従魔だ。だがそれを口に出す者は居ない。

 トールが嬉しそうに魔境に飛び込んで行く。ラントはトールが着けている蒼い革の裏側に収納鞄を取り付けていると言う。従魔が収納鞄に狩ってきた獲物を入れるなどとは始めは信じられなかった。だが現実を見せられれば納得するしかない。


「お、運が良いのか悪いのかお客さんだぞ」


 その言葉でドロシーも探知魔法の波動に気付く。どのくらいの距離に敵がいるのか探知魔法を発動しようとして、ラントに阻害される。

 ラントは獰猛な笑みを浮かべていた。


140話と143話で被ってますよとご指摘頂いたので急いで取り繕いました。140話の該当部分を削除し、一部書き足しましたがどっかで被ってる気がするなぁと思いつつちょっと時間がないのでココ被ってるよってとこがあればまたご指摘ください((。・ω・)。_ _))ペコリ

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