表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/158

136.本性

(面倒臭いな。マリーは一日くらい感動の再会を楽しめば良いのだろうと思うのだがな。マリーは早々に特大の爆弾を投下したようだ、これほど居心地の悪い家族会議などそうそうないだろう)


 ラントはブロワ公爵家の事など表向きの事しか知らない。だがこの場の雰囲気は最悪だ。こんな場に自分はいるべきではないとラントの勘が警鐘を鳴らしていた。だがそうもいかない。ブロワ家にラントとのマリーの婚姻を認めさせて貰わなければならない。


(ふっ、俺が一人の女に執着するとは。焼きが回ったな。市井のハンターとして、錬金術師として大人しくしていたかったのだが、マリーが絡むとどうにもそうはいかん。マリーが伯爵家程度の令嬢であれば良かったのだが、王家の信頼も厚い公爵家の令嬢と言うのは流石に高嶺の花過ぎる。だがここまで来たのだ。当然どれほど困難な崖を昇ってでも摘むがな)


 ラントはマリーを諦めるつもりなど一欠片もなかった。アーガス王国はともかくエーファ王国にラントにはそれほど執着はない。

 精々マリーの愛する家族たちがいる国としか認識していない。

 得意な暴力に訴えるとしても相手もマリーの家族たちだ。殺す訳にもいかない。さて、どうしたものかと頭を捻るが良いアイデアは浮かんでこなかった。マリーに任せるしかないだろう。


「クレットガウ伯爵、マルグリットの命を救い、アーガス王家まで連れて行ってくれた事を感謝する。また、王家に、王宮や貴族院に蔓延していた魅了を防ぐ魔法具も卿が作ったと聞く。国を跨いで騎士ですらない卿がエーファ王国を救ったのだ。更に一年も経たずに伯爵位を頂くと言うのはエーファ王国でも前例がない。我らは卿の扱いをどうすれば良いのか、卿の評価をどうすれば良いのか混乱している。だがマルグリットを娶るという話は別だ。そんなことは許すことができぬ」


 ジョルジュが公爵家当主の顔でラントに真剣に言葉を紡ぐ。


「ラント、気楽にして良いわ。ラントにとっては外交特使としての任務が与えられ、ここにいるので同盟国の公爵家として扱わざるを得ないのでしょうけれど、今は私的な時間よ。ラントの本性を先に見せておいた方が良いわ。それが後々、わたくしたちの為になるでしょう」


 ラントはマリーに促されてセレスティーヌの逆側に座った。公爵家の面々がラントを見極めようとしている。だが地方巡業を得て、エーファ王国の貴族たちのラントの扱いも知った。マリーや貴族社会に詳しい者たちとの話も聞いた。

 だがマリーの言を受けてこの場ではラントは貴族の仮面を放り投げることにした。


 例え相手が公爵を任されていると言ってもラントには何の事はない。エーファ王国に雇われているのではないのだ。マリーの家族は大事だが、ラントはアーガス王国から爵位も勲章も貰っている、

 へりくだるのも面倒だ。ラントはソファに座り、足を組んだ、煙管に火を付ける。

 突然ラントの気品が失われ、横暴とも言われかねない態度を取っている。公爵家の面々や配下たちも面食らっている。公爵家の面々に晒して良い態度ではない。貴族言葉も捨てることに決めた。

 マリーは家族相手だからこそ自重を投げ捨てているのだろう。ラントも昔覚えた自重を少しだけ捨てることに決めた。

 ラントは魔力を前方に解放し、威圧する。ジョルジュが即座に結界の魔道具を起動した。騎士が剣に手をやり、魔法士が杖を取り出す。だがそこまでで体が止まる。汗がだらだらと流れているのがわかる。


「俺は風前の灯だったマリーとエリーの命を救い、反乱軍の領地を通り、アーガス王家に届けた。そして帝国の策謀を暴き、ランドバルト侯爵の内乱を収め、勲一等と最高勲章を貰った。ランベルト公爵の要請によって東の大樹海の大氾濫を収めた。その時森を荒らされたエルフの一団さえ現れた。俺が居なければアーガス王国はエルフたちの攻撃にも怯えなければ為らなかっただろう。そして森を荒らした黒幕は帝国の特殊部隊だった」


 煙管をふかし、紫煙を曇らせる。

 ラントが言葉を紡ぐ姿を公爵家の面々はラントの威圧に耐えながら聞いている。流石公爵家を任せられる面々だ。畏れはしてもいつでも動けるように体勢を整えている。ただ内心どのような感情が渦巻いているのか想像もできなかった。


「その功を持ってランベルク公爵ルートヴィヒ閣下からは伯爵位に推薦され、アーガス王家からは異例の伯爵位を頂けた。マリーの話から推測してエーファ王国に蔓延していた魅了も解く為のヒントと魔法具を与えた。それ以上の説明が必要か?」


 ラントが一睨みすると公爵家の面々が苦い表情になる。ラントにマリーを救われ、エーファ王国が傾く寸前で助けられているのだ。どれだけの功か測ることもできないだろう。マリーを差し出すだけで良いと言っているのだ。そしてそのマリーも乗り気だ。

 ラントは続きを話す。威圧は解かない。


「ブロワ公爵家の権勢は知っている。騎士や魔導士たちも鍛えられているようだ。だがそれでも帝国の脅威は去っていない、むしろこれからが本番だろう。北の国境を任せられている公爵家は疫病に悩まされている。当然これも帝国の一手であることは簡単に推測できる。自然発生の線も捨てられないがな、タイミングが良すぎる。教会も役には立っているのだろうが、今も収まって居ないことを考えると根本的な原因や解決策はわかっていないのだろう。俺の本業は錬金術師だ、疫病も解決できるかもしれん。更に公爵城の魔術陣に精神系魔法に対抗する魔術陣の刻み方も伝授しよう。それでも足らないか? 公爵家とは貪欲だな。たかが娘一人だ。盗賊を倒し、拾った宝がマリーだったと言うだけだ。もうマリーは俺の物だ。ブロワ家だけでなく、例えエーファ王家が認めないと言っても俺は許さない。諦めろ」


 ラントはマリ-の為に大言をわざと言い放った。今までは自信があった。確実に熟して見せると言う確信があった。だが疫病については調べすらしていない。ジジイの魔法薬でなんとかなれば良いが素材が手に入るかはわからない。だがマリーの為だ。そのくらいは為してみせよう。ここが男の見せ所だ。威圧を解く。

 公爵家の面々は落ち着かない様子だが体の力を抜いた。騎士たちは固まったままだ。


「……ほ、本当か。クレットガウ伯爵の噂は様々に改変されていて実際に何を行ったかはエーファ王国まではきちんと届いていないのだ。詳細な事実は調べさせたが、それでも卿の実力がどれほどの物か全く想像がつかん。マルグリットが惚れたと言うのだ。只者ではないのだろう。マルグリットの人を見る目は確かだ。我らも卿の魔法具に助けられた。国が傾くところだったのだ。あの時点で既に予測し、解決するための魔法具を進呈してくれた。感謝している」


 起動したクラウスが身を乗り出す。流石マリーの兄と言うだけでイケメンだ。武も魔法も洗練されていることがわかる。

 だがラントの隠形を見破っては居なかった。ラントが気配を表した時には多くの者が驚いていた。クラウスもその一人だ。それほど本気で気配を消したつもりではなかったが今回の主役はマリーだ。マリーに気を取られてラントの姿など気にもされなかったのだろう。


「感謝は受け取りましょう。ですが言葉でも金銭でもなく、マリーの身柄と公爵家の秘伝や宝物庫の中身を頂きたいものですな。名誉など動乱の時代には何の役にも立ちません。実となる物を頂きたい。公爵家の誠意、とくと見せて頂きましょう」


 ラントは言葉遣いを少しだけ改め、しかし獰猛な笑みを浮かべた。ジョルジュやクラウスたちは何も言えなかった。

 ここでラントの功に報いなければならない。ブロワ家が恩知らずなどと言われよう物なら今後何代にも響く。少なくともアーガス王国からは信用のならない貴族と見られるだろう。

 マリーの爆弾発言によって色々と混乱したが、ラントを歓待し、宮廷錬金術師として、外交特使として、そして新鋭の伯爵として遇さなければならない。


 ラントは敢えて大仰な態度を取ったが、ラントの少ない時間の威圧は公爵家の面々を圧迫していた。全員が巨大な魔物を前にしている気分になっていただろう。

 セレスティーヌは対面していないので多少はマシな筈だ。ラントは魔力を前方に向かって解放させていた。

 だが流石に残滓は届く。マリーにべったりとくっついていて、ラントを畏れている。侍女や執事たちも同様だ。それが正常な反応だ。マリーとエリーは気にもしていない。飄々と受け流している。

 騎士や魔法士たちだけでなく、その場に居た侍女や執事たちもラントの覇気に畏れを見せている。



 ◇ ◇



(……なに、この人……怖い。これがマルグリットお姉様のお相手なの?)


 一瞬で部屋の空気が凍った。セレスティーヌは短い時間であったが恐ろしい魔物を前に裸で放り出された気分になった。

 セレスティーヌはラントに畏れを抱いた。素晴らしいローブを着こなし、顔立ちも整っている。礼法はあまり見たことがなかったが美しく思えた。これが憧れのマリーの相手かと思ったくらいだ。

 だがマリーが許可をだし、ラントは公爵家の面々が揃っていると言うのに煙管を取り出し、足を組んだ。更に言葉遣いが荒くなり、魔力を解放し、威圧した。これほどの魔力を身近に感じたのは初めてであった。


 王家でも公爵家に対し、こんな態度は取らない。取れない。それをアーガス王国の新興の伯爵がするのだ。何を考えているのか全くわからない。

 更に外交特使だと聞く。どこに外交の要素があるのか全く理解できない。ジョルジュやクラウスなども表情が厳しい。どちらが上位の立場なのかわかりはしない。

 狭い世界しか知らないセレスティーヌには全く理解ができない相手だった。

 しかしマリーがラントを見る目は見たことのないくらいに優しい。本当にラントを愛しているのだとわかる。なにせセレスティーヌに向ける眼差しよりも柔らかいのだ。そしてラントを見つめる瞳の奥には熱情が見える。


「あの、マルグリットお姉様。あの方は……」

「あぁ、セレスティーヌ、気にしないで頂戴。あれはラントの一面よ。普段は優しいのよ。怖がらないで欲しいわ。ちょっとお父様たちの物わかりが悪いから威圧しただけよ。貴女の義兄になる人なのよ。貴女にも優しく接してくれるわ」


 セレスティーヌが怯えていることに気付いたマリーは優しく微笑みかける。

 左手がセレスティーヌの肩に回され、抱きしめられる。


(あぁ、お姉様の温もりだわ)


 それだけでセレスティーヌはラントへの恐怖を一時忘れた。ラントも威圧を既に解いている。一瞬だけ晒した牙。その恐ろしさはセレスティーヌには測れない。だがジョルジュやクラウス、マルタンの表情を見ればセレスティーヌが想像も及ばないレベルだったのだろう。


「良い、お前たち、楽にせよ。やる気があれば既に我らの首はなかったであろう。のう、外交特使殿」

「ははっ、軽いジョークですよ。ただしあまり舐めないで頂きたい。マリーのご家族とは仲良くしたいと思っているのです。本音ですよ」


 そう言って笑うラントの雰囲気は既に落ち着いていた。しっかりと背筋を伸ばして座り、煙管もいつの間にか消えている。

 マルタンが騎士たちに声を掛けるとようやく騎士や魔法士たちが緊張を解いた。ただし表情は固い。

 それはそうだろう。公爵家の応接室であれほどの魔力を発したのだ。即座に騎士が剣を抜いて斬り掛かってもおかしくなかった。

 セレスティーヌにはわからなかったが、騎士たちは動けなかったのだ。斬り掛かる事すらできなかった。ただ反射的に剣に手を掛けるだけで体の動きが止まったのだ。魔法士たちも同じだった。彼らの冷や汗は引いていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ