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135.マリーの変貌

「マルグリット、さっきの発言はどういう意味だ? もしやクレットガウ伯爵とそういう関係にあるのか? そしてその指輪は何だ」


 広い客間に移動し、マリーたちはソファに座っている。セレスティーヌはマリーの隣に座り、くっついてきている。いつもの事なので誰も気にしない。エリーは静かに後ろで立っている。

 ジョルジュが代表して聞いてくる。マリーの返答は一つだ。


「クレットガウ伯爵はわたくしに指一本触れていませんわ。この指輪は伯爵から頂いた物ですわ。わたくしはクレットガウ伯爵の元へ嫁ぐつもりです。お父様やお兄様たちでも邪魔はさせませんことよ。同盟国のアーガス王国の稀代の俊英に嫁ぐのです。お母様もアーガス王国からブロワ家に嫁ぎました。今度はわたくしがアーガス王国に嫁ぎましょう。慶事ですわ。喜んで頂きたく存じます」


 ジョルジュは慌てて言葉を紡ぐ。


「まて、まてまて。マルグリットには此度立太子される第二王子殿下との婚姻を打診されている。いきなり他国の貴族との婚姻など勝手に決められる訳がなかろう」


 マリーは薄く笑った。そうなっているだろうことは当然予測していたからだ。


「あら、わたくしはもう死んだものと思ってくださって構いませんことよ? 帝国の策謀に踊らされていたエーファ王家などどれだけ信用できることでしょう。泥舟に乗るつもりはありません。シモン殿下との婚姻も幼い頃からそうだと言われていたからするつもりでは有りましたが、今更言われてももう遅いですわ。その相手が第二王子殿下に変わったからと言って何を今更と言う思いが強いですし。クレットガウ伯爵の話では操られたシモン殿下の騎士たちはわたくしたちを魔の森に放逐しようとしていたそうですよ」

「なんだと、そんなことは聞いておらんぞ」


 マルタンが激昂する。ジョルジュが落ち着くよう祖父に言った。だがジョルジュの表情も真剣だ。


「わたくしたちは死を覚悟した瞬間、運命の人と出会ったのです。そしてその方がわたくしたちの命を救い、更にわたくしを娶る為にアーガス王国で功を上げ、コルネリウス王太子殿下の腹心と言われるまでになりましたわ。それ以上の理由が必要でして?」


 マリーは畳み掛ける。ラントの功績はエーファ王国にも広まっている筈だ。


「クレットガウ伯爵の功は聞いている。信じられんが本当なのだろう。だがそれとこれとは話が別だ」

「えぇ、別ですわ。シモン殿下であろうが第二王子殿下であろうが、エーファ王家との婚姻など有りえません。他の縁談も全てきっぱり断ってくださいまし。そうでなければわたくしは家を出ましょう。お母様の実家、ランベルク公爵家にでも身を寄せますわ。元々国外追放になったことでそのつもりでしたし」


 ジョルジュは真剣な表情をしている。マルタンやクラウスは静かに見ている。セレスティーヌも困り顔だ。感動の再会などもう存在しない。

 だがマリーは最初にガツンと言って置くべきだと思っていた。


「ルートヴィヒお祖父様もラントの事は認めていてよ。どちらにせよわたくしはブロワ家に帰ってきたのではありません。外交特使として遣わされたクレットガウ伯爵のおまけとしてブロワ領に立ち寄ったのです」


 その言葉にセレスティーヌは驚き声を上げた。


「えっ、マルグリットお姉様。出ていってしまうのですか?」

「えぇ、セレスティーヌ、わたくしたちは王都のエーファ王家にも親書を届けなければなりません。しばらくは逗留させて貰うつもりではありますが、わたくしはずっとここに居るわけではなくてよ。どちらにせよセレスティーヌ、貴方はもうすぐ成人し、貴族院に通う年でしょう?」

「そんなっ、ようやくマルグリットお姉様が帰ってきたと思いましたのに」


 ガバリとセレスティーヌが横から抱きついてくる。予想をしていたので茶菓子も茶器も持っていない。ゆっくりと抱きしめ、頭を撫でる。


「あぁ、可愛い可愛いセレスティーヌ。でも貴女も大人にならなくてはいけなくてよ。わたくしにべったりではいけないわ。自立し、しっかりと自分の足で立ちなさい。わたくしがダメとなれば貴女にも王家との婚姻話も出るでしょう。でもそれは貴女が嫌ならば断っても全然構わなくてよ」

「マルグリット、何を言う」


 ジョルジュが怒り出す。クラウスは苦虫を噛み潰したような表情をしている。マルタンもこめかみにしわがよっている。


「あら、歴史を見れば幾らでも前例はありますわ。慣例に従えばブロワ公爵家から王妃を出す番と言うだけで、何かしら法律に明記されている訳でも何でもありませんわ。わたくしたちはお父様たちの駒ではなくてよ? それとも一人の人間としてわたくしたちを認めては頂けませんの? 今回の不手際を持って王妃を出さない、もしくは側室の娘などを出す。幾らでも手はあるでしょう」


 マリーが睨むとジョルジュは怯んだ。優しく厳しい父。だがもう怖いと感じる事はない。


「ぐっ、そういう意味ではない。だが王家との信頼関係があるだろう」

「その信頼関係は既に破綻しておりますわ。例えそれが帝国の策謀であろうとも、わたくしは命を失う所だったのです。被害者面されても堪りませんわ。シモン殿下は許されたのでしょう。でもそれはわたくしの命があったからですわ。わたくしが命を失っていれば、更に言えばクレットガウ伯爵が作った魔法具がなければどうにもならなかった、違いまして? クラウスお兄様」


 マリーはクラウスが魅了の魔法を解く為にどれほど苦労したか知っている。そしてその策謀を見破り、魔法具にて解決したのもラントの功績なのだ。


「ぐぬっ、確かにクレットガウ伯爵の功績は莫大だ。王家は俺の功にしようとしているがな。ブロワ家への贖罪のつもりなのだろう」

「あら、お兄様はクレットガウ伯爵の功を奪うおつもりで? そんな下賤な真似をする方だとは思いませんでしたわ」


 クラウスは立ち上がって叫んだ。


「それは違うっ! きちんと王家にもラントと言う魔法士から頂いた魔法具で解除したことは報告している。そして驚異の速度で伯爵位を頂いた事も報告している」

「ですがそれがラントの功として反映されていないのでしょう。それが全てですわ。王家は姫殿下すらラントに差し出しても良いくらいの恩を感じても良いくらいですのに。少なくとも国宝の二つや三つ、わたくしがクレットガウ伯爵に差し出させましょう」


 その言葉に全員が絶句した。


「……マ、マルグリット、もしや王家を脅すと言うのか」

「脅すだなんて人聞きの悪い。クレットガウ伯爵がエーファ王家に、王国に為した功を頂くだけですわ」


 マリーはニコリと微笑んだ。ジョルジュたちはその笑みに青褪めていた。



 ◇ ◇



(これほど変わるものか? ベアトリクス王妃の影響もあるのだろうが、それどころではない)


 クラウスは慄いていた。マリーの変貌に。

 マリーは大人しい子で、クラウスにもよく懐いていた。セレスティーヌの面倒もよく見、次期王太子妃としての教育もなんなく熟しているように見えた。ただそれは本人の努力あっての物だ。教師たちは絶賛していたが、自由な時間にも勉強や修練を欠かしていなかった。


 クラウスだけではない。ジョルジュやマルタンは当然として、公爵家に仕えている者誰もがマリーの頑張りを認めていたのだ。

 マリーが王妃になれば安泰だろう。そう思わせた。

 シモンとも幾度か会ったが聡明な王子で、今上陛下よりも良い国が作られるだろうと思ったものだ。

 今上陛下が悪い訳ではない。だが陛下は平時の王としては有能ではあるが、乱世には向かない。そして帝国の策謀はエーファ王国にもアーガス王国にも蔓延っている。それに対抗する為に王弟殿下が急ぎ騎士団や魔法士の訓練に力を入れている。


 魔境も幾つか氾濫したが、それが帝国の策謀であるのか自然の氾濫なのかもわかっていないのが現状だ。

 更に今北方では謎の疫病が流行っている。教会は対症療法をしているが、間に合っていないのが現状だ。当然北方を任せられている領主たちも対策に乗り出しているが、原因は水にあるとだけしかわかっていない。

 疫病は未だ収まらず、ブロワ家や他の北方を纏める領主たちも民からの信用が落ちている。


「マルグリット、何があったと言うのだ」

「あら、わたしくしのお話は既に知られているでしょう。お兄様も国内の貴族を説得して回ったのでしょう。わたくしの気持ちも少しはわかるのではなくて?」

「ぐぬっ、確かに大変な旅路であった。マルグリットの旅路はさぞ苦労の連続であっただろう。それがマルグリットを強くさせたのか」


 マリーは首を振って否定した。


「違いますわ。わたくしたちの旅路は今思えば何のこともなかった旅路です。なにせクレットガウ伯爵に守られていたのですから。襲撃されようと、傭兵に狙われようと、全てクレットガウ伯爵が跳ね返してくれましたわ。わたくしたちは二人して彼について行ったに過ぎません。わたしくが強くなったと言うのなら、クレットガウ伯爵に恋をしたからでしょう。愛する人が傍にいる。それだけで幸せですわ。お兄様はラエルテお義姉様を愛していられなくて?」

「いや、愛している。大事な存在だ。彼女を守る為ならば俺は何でもしよう」


 クラウスは断言した。マリーが薄く笑う。


「そうですわよね。わたくしも同じですわ。クレットガウ伯爵に嫁ぐ為ならば何でも致しましょう。彼の実力は本物ですわ。帝国が狙っている今、エーファ王国もクレットガウ伯爵に助けられることでしょう。今はまだそれほど知られていないかも知れませんが、彼の名がエーファ王国全土に広がるのは当然だと思いますわ。それほどの力を有していてよ」


 マリーはうっとりとした表情をした。妹のそんな表情を見るのは初めてだ。ジョルジュやマルタン、セレスティーヌも何も言えない。


「クレットガウ伯爵閣下がおいでです。どう致しますか」


 そこへ執事の一人が問いかけてきた。問題のマリーの相手だ。マリーは恋に浮かれて話半分に聞かなければならないと思っていた。だがクラウスやジョルジュが調べたラントの功績は本物だ。

 少なくともランベルク公爵がラントを伯爵に推したと言うのだからどれほどの事を為したのか本人から聞き出さなければならない。


「入って貰え。大事な話だがクレットガウ伯爵も当事者だ。本人から話も聞きたい」


 ジョルジュが侍女にそう言うとラントと騎士、魔導士、そして執事が幾人か入ってきた。


「あら、ラント。お帰りなさい。今貴方の話をしていた所よ」

「ブロワ公爵閣下、そしてそのご家族様方、先程は正式にご挨拶ができませんでした。アーガス王国で伯爵位を頂き、そして宮廷錬金術師の長を任されているランツェリン・フォン・クレットガウ伯爵と申します。新興の伯爵家ですがどうぞお見知りおきを」


 ラントはジョルジュに向かって跪く。古風な礼法だと思った。少なくともアーガス王国やエーファ王国の礼法ではない。北方の出だと聞くので北方ではこのような礼法が残っているのかとクラウスは訝しんだ。

 北方諸国など常に小さな土地を争っている蛮族としてのイメージしかないからだ。

 しかしラントの礼法はしっかりと身についていて、何一つ不快になることはなかった。


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