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123.英雄の資質

「それで殿下、マルグリット様をそろそろ祖国に返したいのですが」

「そうだな。その問題もある。もうランベルク公爵が会いたいと言う言い訳は利かぬ。交流を深めたのだ。ブロワ公爵家は大事な同盟国の、更に北方守護だ。卿も行くのだろう。外交特使に任命しよう。そしてマルグリットを守り、ブロワ公爵とエーファ国王に親書を届けるのだ。どうだ」

「拝命致します。二週ほど時を置いて、出立することに致しましょう」


 コルネリウスはラントが言いたい事など既にわかっていた。ブロワ公爵家からも矢の催促が来ている。

 コルネリウスですらディートリンデなどが同盟国であろうとも他国に長く滞在していれば返せと言いたくなるだろう。


 だがそこにラントをつける。外交特使としてだ。

 ラントならばエーファ王国でもその実力を見せつけるだろう。エーファ王国にもラントの勇名は流している。コルネリウスが大切にしていることも含めてだ。

 大事な同盟国だ。アーガス王国のように鍛えて貰わなければならない。帝国に攻められ、どちらかが倒れれば必ず共倒れになる。一蓮托生なのだ。


 アーガス王国の王太子の腹心ともなればエーファ王国とて強くは言えない。だがまずは伯爵に任命するのが先だ。子爵では弱すぎる。

 あまりに早い昇爵だがそれだけの功を上げている。誰も文句など言えない。言わせない。それは父であるマクシミリアン三世も同意しているのだ。


「その前に昇爵だな。子爵では言葉も聞いて貰えないだろう。伯爵ならば、そして宮廷錬金術師の立場があればあちらも無理は言えぬ。アーガス王国では魔導士たちが錬金術も担っていたがクレットガウ子爵はその長だ。ハンスと同じ立場となる。ハンスへの命令権は父上と俺しかない。そこも同じだな」

「宮廷錬金術師の長になるのですか?」


 コルネリウスは笑った。ラントは自分の功を低く見積もる癖がある。どれほどの大功を上げたかわかっていないのだ。他の誰がラントの代わりを務められるものか。唯一無二。故にラントは警戒され、重用されるのだ。


「当たり前だろう。卿ほどの錬金術師がどこに居る。わざわざ卿の為にその立場を新設したのだ。幾らか魔導士をつけよう。我が国の錬金術の歴史を進めてくれ。卿ならできよう。俺の見知らぬ世界を見せてくれ。俺はそれが楽しみで仕方がない」


 コルネリウスは笑いながら茶を飲んだ。ラントも茶に口を付ける。


「それでは失礼致します。詳細な報告書は明日にでも届けましょう」

「あぁ、待っているぞ。卿の報告書を読むのが楽しみだ」


 それからしばらくしてラントは執務室を辞した。コルネリウスはラントの驚く顔が見れ、満足した。やはりラントとの会話は楽しい。コルネリウスの知らぬ事をさも当然のように話す。

 乱世に生きた男の言葉だ。近衛たちにも響くだろう。ラントは警戒されてもいるが尊敬の念も集めている。ラントに憧れる騎士、魔導士たちは多いのだ。

 だがラントと同じ地に生まれれば大半の者は若いうちに命を落とすだろう。ラントが軽くだが北方諸国の話をしてくれた。恐ろしい世界だと思った。


「お前たち、そう警戒するな。俺が良い王太子であれば、俺が良い王になればクレットガウ子爵は叛意など持たぬ」

「わかっております。しかし警戒せざるを得ません。ほんの少し何かが違えば、彼は敵に回るでしょう。その際に殿下をお守りできるとは言い切れません。悔しいことですが事実です」

「気持ちはわからんではないが彼は大事な臣下だ。いや、友人かな。臣下としてではなく、俺はクレットガウ卿の友人になりたいと思う。王太子や王とは孤独な者だ。貴族院で仲良くしていた者たちも今は腹心として侍ってくれているが、友人関係と言うほど親密ではない。臣下としての立場を明確にしている。それが正しいのだが寂しく思う時もある。ハンスもやろうと思えば王都を焼け野原にできるだろう。だがせぬ。クレットガウ卿も同じだ。力は持てど、それに振り回されては居らぬ。近衛にも心構えを伝授したと聞くではないか。それができているか」


 近衛たちはできていないのだ。だから言葉が紡げなかった。

 今はラントへの警戒度が高いが、コルネリウスはラントになら首を落とされても仕方がないと腹を括っている。

 北方諸国では王として認められなければ即座に部下に殺されるとラントから聞いた。それほどの修羅の世界なのだ。

 その北方諸国を生き抜いたラントだ。コルネリウスが失政や圧政を行えば即座に首を落としに来るかも知れない。そしてアーガス王国は乗っ取られる。クレットガウ朝の爆誕だ。

 だがラントは王などと言う責務のある立場を望まないだろう。コルネリウスはラントの性格をそう分析していたし、ほぼ当たっている自信がある。


 ラントが民意や他の貴族たちに背中を押され、王に成ることを決意しないように、良い王になろうと決めている。父も祖父も尊敬できる王だ。

 他にも公爵や侯爵位を持つ者たちはやはり威厳が違う。彼らを見習えば良いのだ。

 若いコルネリウスにはそれだけの威厳を持つことはまだできていない。

 こればかりは仕方がない……と諦めてはいけない。


 書類に埋もれながらも魔法や剣の鍛錬は欠かしていない。弟や妹たちとも交流を交わしている。長年領地を統治している貴族たちの話も聞き、知見を得ている。

 一日の時間が倍あれば良いのにとも思うがそれは叶わない。

 時は誰にでも平等なのだ。


(クレットガウ卿ならば、時すらも操るかも知れんがな)


 その考えにコルネリウスは執務机の上で密かに笑った。



 ◇ ◇



「旦那様、お帰りなさいませ。長期の遠征、お疲れ様でございました」

「あぁ、今帰った。皆息災か?」

「はい、変わりありませぬ。騎士や魔法士志望の者たちが幾人か来ております。貴族院に通っている者たちも居ります。面接して頂ければと思います」


 ラントは子爵邸に王城からの帰り道に寄った。

 家令から様々な報告を受け取る。子爵家騎士団や魔法士団は順調に育っているようだ。

 もうすぐ伯爵家の騎士団になるが、それに見合う実力を持って貰わなければならない。いや、いずれは侯爵家騎士団か。

 ラントは若い者を多く採用している。それには反乱の余波など色々と事情があるが、若い頃から仕込めば伸び代が高い。ラントにとっても都合が良いのだ。

 団長には元王城に勤めていた騎士と魔導士を使っている。ランドバルト家の反乱の余波で王城勤めができなくなった者や、肩身が狭く、辞めた者たちを拾い上げたのだ。おかげでかなり鍛えられている。

 今も訓練場では訓練の音や声が聞こえている。


「あいつらもきちんとやっているか」

「はい、毎日のように訓練に明け暮れています。短い間ですが一皮剥けたと思いますよ」

「その程度では足らん。二段も三段も強くなり、王国の騎士団すら凌駕するようになって貰わねば困る」

「それほどですか」


 家令が呆れた顔をして問いかけてくる。


「当然だ。俺の騎士団だぞ。その程度は軽く熟して貰わなければ困る。誰がお前たちを守ると思っている」


 ラントの居城だ。そしていずれマリーを守る者たちだ。家令や侍女長たちも多少の心得はあるが、やはり本職に任せるに限る。

 多少金銭は掛かるがどんどんと増やしていくつもりだ。コルネリウスに怒られない程度の規模にしなければならないが、四大公爵家に匹敵する騎士団を作り上げるつもりだった。


(ふむ、魔法具に反応はないな。帝国の間者も潜り込んでいないか)


 ラントは子爵邸を魔改造している。帝国の暗殺者だろうともう簡単には侵入できない。

 ランドバルト侯爵邸もだ。ランドバルト侯爵自らラントに頼んできた。ラントもランドバルト侯爵邸はよく行く場所だ。情を交わした女たちが殺される所など見たくはない。


 地理的な要因や王家からの信頼を得ている侯爵だ。また帝国に狙われないとも限らない。ラントは侯爵家魔導士に幾つかの助言と魔法具を与えていた。

 ランベルト公爵にも許可を得たのでこれから魔改造を施す。しかし流石に公爵家だ。侯爵邸と同じくラントが弄る部分はそう多くない。今現在、そして過去に居た公爵家に雇われた魔導士たちが入念に防御を固めている。

 精神系魔法への防御を固めるだけで良い。


「二週ほど後には王都を離れ、マルグリット様を連れてエーファ王国に向かうことになる。外交特使としてだ。親書を王都まで運べと言われたぞ。コルネリウス王太子殿下は人使いが荒いな。ゆっくり休む事もできぬ。二月くらいは休みたかったのだが」


 家令は苦笑している。不敬な発言だが聞き流してくれている。彼らともまだ短い付き合いだがラントの性格はある程度把握しているようだ。

 それでいい。変に傅かれてもラントも疲れるだけだ。自身の家でくらいゆったりと肩の力を抜きたいものだ。


 ラントは自室に入ると侍女たちに待ち構えられていた。どうやらラントに相手をして欲しいらしい。彼女たちのほとんどはクレットガウ家に雇われた事で救われた者たちだ。

 帰路ではマリーが用意した侍女や女騎士たちを抱いて居たが、それはマリーから与えられた物だ。彼女たちはラントの物である。

 ラントはとりあえず五人選び、残りは後日だと言って解散させた。

 少し時間が遅くなったようで後でマリーに叱られる羽目になった。



 ◇ ◇



「まったく、ラントったら! 帰って来るのが遅いですわ。もう夕食も終わっておりますのよ」

「まぁまぁ、マルグリットお嬢様。ラント様も登城してそれから自身の邸に行けば色々とやるべきことがあります。仕方がないでしょう」

「でも女の匂いがしていたわ。湯に浸かったのでしょうけれどわたくしの目は誤魔化されなくてよ」


 エリーはマリーがぷんぷんと怒っていることに苦笑する。

 公爵邸の侍女や使用人たちもラントの帰還を待ちわびていたのだから、子爵邸も同様だろうことが簡単に予想できるのだ。ランドバルト侯爵邸でも同じような事になっているだろう。


「それもこれも私とマルグリットお嬢様が望んだ結果ですよ。怒っても仕方ありません。ラント様は規格外過ぎました。ディートリンデ王女殿下ですら惹かれているのです。ヘルムート様の御息女も側室としてラント様に侍ります。王家からも国王陛下の妾の子が側室に入ると噂が流れています。これは王家がそのうち妾の子をラントに嫁がせるからそのつもりでいろと言うお嬢様へのメッセージですよ。それもこれもマルグリットお嬢様がラント様を表舞台に立たせた結果ですよ」


 エリーはマリーに何度この事を言っただろう。マリーも理屈ではわかっているのだ。ただ感情がついてこない。特に自身が抱かれていないのに、多くの貴族の子女たちがラントの情を受けている。子を孕んだ者すら出ているのだ。

 嫉妬するなとも言えない。言えないが、アーガス王国の今後を考えればラントの子が多いに越したことはない。

 ラントの血を継ぎ、ラントの教育を受ければ素晴らしい騎士や魔導士が誕生するだろう。次代の公爵家や王国を支える柱となる。そしてその計略にマリーも積極的に関与しているのだ。今更だ。


「さぁさぁ、怒っていたらラント様に嫌われますよ。多くの女性にモテるのは英雄の資質の一つです。こうなるのは目に見えていたではありませんか」

「そうですけど……、想定していたよりも規模が違いすぎますわ」


 マリーは少し寂しそうに息を吐いた。憂いた表情も絵になると毎日見ているエリーですらその美しさに見惚れそうになる。


「ラント様程の英雄、どこの貴族家も放っておきません。独占しようなどと考えていたら逃げられてしまいますよ。五代前の公爵閣下を考えれば可愛い物ではありませんか」

「くっ、それを言われると辛いわね。わたくしのご先祖様ですもの。そしてかの方は女癖以外は英雄の資質があったと評判です。治世は安定し、民や臣下の忠誠も獲得し、魔境を完璧に制御されておりました」

「女癖も英雄の資質の一つですよ。マルグリットお嬢様もラント様の放つ英雄のオーラに一番にやられた一人ではないですか」


 マリーはエリーの言い分に二の句を継げなかった。その通りだったからだ。

 今日の夜は侍女たちがラントの寝室に忍び込む事だろう。それともアドルフィーネたち専属侍女たちが呼ばれるだろうか。

 彼女たちはラントの物なので子爵邸に移っても良いのだが、教育レベルが違うので公爵邸で預かっている。ハンネローレもエステルもマリーたちが居ない間にきびきびと動くようになっていた。


 どちらにせよラントはどこに居ても女には困らないだろう。マリーがラントの伴侶となるのもそう遠い未来ではない。

 伯爵号の授与は決まっているのだ。コルネリウスやベアトリクスの信頼も厚い。侯爵にもいずれなるだろう。


(早く抱かれて仕舞えば嫉妬の念など消えるでしょう。ラント様の相手をお一人でなどできるわけがないのですから)


 エリーはマリーを宥めながら、寝る前にラントと話をすれば良いとマリーを連れ出した。


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