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119.ヘルムートの頼み

「公爵城に暫く滞在して欲しい? 俺はすぐさま王都に帰りたいのですが。第四騎士団や魔導士隊も借り受けています。王太子殿下に報告もせねばならないことが山程あります。公爵閣下は暫く動けないでしょう。クラクフ市だけでなく北や南の氾濫も抑えねばなりません。俺が公爵城に居る理由はありませんね」

「そう言わないでくれ。クレットガウ卿の逸話はこちらでも鳴り響いている。少しで良い。公爵家の騎士や魔導士たちを鍛え上げてくれぬか。頼む」


 ラントは困った。何せ公爵家嫡子ヘルムートが頭を下げたのだ。本気の眼だった。流石にそこまでされてはラントも断る訳には行かない。

 マリーの伯父でもあるし権力的にも強くは言えない。休みを入れる為に三日ほど公爵城に滞在させて貰っているが最上級の賓客を迎えるような待遇で扱われている。


 朝昼晩の食事は豪華絢爛で、夜には使用人が訪ねてきて当然のように抱かせて貰っている。公爵家の宝剣や宝物も見せて貰った。見事な物だった。ルートヴィヒが許可を出したらしい。

 幾つか進呈すると言われたのでラントは遠慮なく貰った。固辞しても許されない迫力であったのだ。

 ただそれだけの働きはしたと自負している。ラントに負い目はない。


「ヘルムート閣下に頭まで下げられてはこちらもどうしようもありませぬ。少しだけですよ」

「あぁ、全員叩きのめしてくれるだけで良い。高みを見せてやってくれ。それだけで公爵家騎士団や魔法士団の目は覚めるだろう。卿の実力をその目で見たいと言う者たちが多数いるのだ。かくいう俺も見たい」


 ラントは諦めた。これも自業自得である。

 ラントの名が鳴り響けば鳴り響くほど同じような事を言ってくる貴族は出てくるであろう。早く昇爵して有無を言わせず断れるようにならなければならない。

 だが次期公爵の頼みなのだ。ラントがどれだけ出世してもヘルムートの頼みは断れない。今回もコルネリウスの命令書があるから強気に出られるだけで、本来は跪かなければ成らない相手であるのだ。


(ふぅ、一難去ってまた一難か。だがこの程度の事ならば容易いことだ。少なくともエルフや大魔獣が出てくることはない。帝国の特殊部隊と殺し合いを演じる訳でもない)


 幸いなことはリリアナが素直に樹海の里に帰った事だ。もしかして付いてくるかもと思っていたが案外あっさりと帰った。ただし「また会おう」と言っていたのでいつ来るかはわからない。

 一応クレットガウ家の家紋の入った短剣は渡しておいた。王都の場所も教えておいた。あれがあれば貴族街にも入れる。


 エルフならば王城ですら入ろうと思えば入れるが、職務上止めなければいけない門番が可哀想だ。

 クレットガウ家の短剣を持っていればどこの都市でも王都でもフリーパスだ。一応銀貨も百枚ほど渡しておいた。エルフに対して税を取ろうと思う領主は居ないだろうが門番にはそんな判断はできない。金を取ろうとして首を取られても文句は言えない。そんな悲劇をラントは見たくなかった。

 一応ラントはリリアナに人族の都市の常識を軽くだが教えておいた。


「ヒューバート卿、ヴィクトール卿。明日にでも出立しようと思っていたがヘルムート閣下から下知があった。公爵騎士団と魔法士団を少し鍛えて欲しいそうだ。貴公らにも手伝って貰うとしよう。せっかくの機会だ」

「あぁ、俺は構わんぞ。どの道一度王都に帰ったらすぐさま出立だ。今度は騎士団全体を率いてな。樹海の北から南まで監視せねばならぬ。次王都に帰れるのはいつだろうな」

「私も構いません。うちの奴らも鍛え上げてください」


 ヒューバートとヴィクトールの許可は取った。ラントは公爵城にある訓練場に行くと多くの騎士や魔法士たちが待っていた。ヘルムートから集合の命令がされていたのだろう。

 訓練場は四つあるがラントは一人しか居ない。入りきれないので第二弾、第三弾とまだまだ居ると言う。ラントは頭が痛くなった。どうしろと言うのだ。


「さて、鍛え上げろと言われてもどうすれば良いものか。とりあえず腕に自信のある奴、掛かってこい。真剣でいいぞ。何人でも相手してやろう」


 ラントは右手の四本指をくいっと曲げて騎士たちを煽った。だがそんなことで激昂するほど公爵騎士団は甘くはない。ラントの名も広がっているのだ。威風堂々とした騎士たちが列を為して出てくる。


「一手お相手つかまつる」

「構わん。いつでも来い」


 総金属製の槍を持った男が出てくる。騎士たちは良い場所を取ろうと散らばっていく。

 ボウっとラントの居た場所に槍が走る。引き手も見事だ。隙がない。公爵城を守る要だろう。そうでなければルートヴィヒが連れて行った筈だ。それほどの腕だった。


 ラントは幾度かの突きや払い、薙ぎを避け、足で槍を踏んづけた。


「バカなっ、うっ、動かん」


 ラントは軽やかに槍の上を走り、膝を騎士の顎に放つ。だが騎士はその瞬間槍を手放し、手の平を間に入れて来た。力も強い。押し返される感触があった。


「ふんっ」


 ラントの腹に拳が迫る。ラントは障壁を張り、その拳を防いだ。更に障壁を蹴り、一度下がる。騎士は槍を持ち直しており、やり直しだ。


「流石音に聞く救国の英雄。底が知れん」

「少しだけなら見せてやろう。ヘルムート閣下のお達しだからな。一瞬で終わっては何の勉強にもならんだろう」


 ラントは剣と盾を構えた。ローブは被っていない。革鎧だけだ。

 今度は剣と槍の打ち合いになる。盾で防ぎ、剣を突く。槍で防がれ、蹴りが飛んでくる。騎士も良く防ぐ。これでこそ戦いだ。


「少しずつレベルを上げていくぞ。付いて来いよ」


 ラントは一つギアを上げた。〈瞬歩〉で間合いを詰める。強引に騎士は槍の柄でラントを弾き飛ばそうとした。しかしラントの左手で槍は固定される。同時に右手の剣を走らせる。騎士は槍を手放し、ギリギリの間合いで避けた。そして腰の剣に手をやる。そして即座に間合いを詰めてきた。

 騎士の剣術は槍術ほどではなかったが良い使い手だった。ラントと幾合も打ち合う。決定的な隙は見せない。ラントは敢えて隙を見せ、そこにいざなうが、騎士もそれを見破っているのかラントの誘いには乗らなかった。


「良い腕だ。公爵閣下もこれなら安心して城を任せられるだろう」

「余裕だなっ。こちらはギリギリだっ」

「槍を手に取る機会をやろう。そちらが本職だろう?」

「くっ」


 騎士は剣を仕舞い、部下に別の槍を持ってこさせた。柄が木でできていて、先程の槍よりも軽い。つまりはスピードが上がると言うことだ。

 ラントはニヤリと笑った。強敵と戦える時ほど楽しいことはない。当然その強敵を打ち倒し、勝つのが前提だ。

 先ほどよりも鋭い槍が空気を斬り裂く。ラントの髪の毛を掠る。


「ではギアをもう一つ上げるぞ」


 ラントは身体強化を更に上げた。閃光にしか見えなかった槍が遅く見えるようになる。見えなかった隙が丸見えになる。いつでも打ち込める。だがそれでは詰まらない。幾度か槍を弾き、左手で槍を掴んだ。


「なんだとっ」

「ほれ、驚いている暇などないぞ」


 ラントは剣を投げつけた。流石に投げられるとは思わなかったのだろう。慌てて騎士は剣を手甲で防ぐ。その瞬間、ラントは騎士から槍を奪い、石突で胸を突く。騎士は体勢を崩し、尻もちを付く。瞬間、槍を持ち替えて心臓に穂先を当てる。鎧は強固だがラントなら貫くのも訳はない。


「どうだ、まだやるか」

「いや、いい。続けてやりたいが後が詰まっている。他にもクレットガウ卿の実力を知りたい者は多いだろう。堪能させて貰った。次は本気を引き出して見せる」


 騎士は満足したかのように下がっていった。当然次の騎士が来る。エンドレスかと思うくらいラントは戦った。流石に疲れも出てき、隙ができる。


「隙ありっ!」

「ねぇよ」


 本当はあるのだがそんな事は露ほども見せない。剣を絡め取り、ジャリィンと弾く。体勢の崩れた騎士の膝に蹴りを入れる。そしてそこを起点に顎に膝蹴りを叩き込んだ。騎士は血を吐いてぶっ倒れた。


「ふぅ、流石に疲れた。今日はこのくらいで良いか。明日もやってやる。明日は魔法士たちだな」


 訓練場には数十人の騎士たちの屍が出来上がっていた。ラントは当然模擬剣だ。そうでないと死者が出てしまう。ラントも後半はかなり疲れていた。幾筋か剣や槍を掠らせてしまい、血が出ている部位がある。だがそれだけだ。〈自己治癒〉によって傷は既に塞がれている。血の垂れた跡があるだけだ。


「なんということだ」

「あれだけの騎士を相手にしてほぼ無傷だと」

「それでいて本気すら出させていないぞ。魔導士だと言うのにほぼ魔法を使わなかった」


 当然騎士たちも魔法を学んでいる。スイードが電撃の魔法を使ったように魔法を絡めて攻撃してくるのだ。致死性の魔法すらあった。余程頭に血が昇って居たのだろう。当然不正だが、ラントは流石にその騎士には手酷く打ち据えた。

 あくまで模擬戦なのだ。真剣で良いとは言ったが致死性の魔法を放つのはやりすぎだ。騎士は上官に怒られていた。当たり前だ。

 マリーへ恋心でも抱いていたのだろうか。それともラントの側室に内定しているヘルムートの娘へ懸想していたか。剣にも殺気が乗っていた。

 ラントが幾ら武功を挙げようが、そういう輩は一定数でてくる。いや、むしろ武功が大きいほど反発も大きいのだ。こればかりは仕方ないと割り切っている。当然容赦する気などはないが。


「ラント、お疲れ様です」

「マリー。ありがとう。冷たいタオルは身にしみるな」

「ふふふっ、ラントの格好良い所をたくさん見させて頂きました。流石わたくしのラントですわ」


 マリーが冷たいタオルを持って駆け寄ってくる。その様子を騎士たちは羨むように見ていた。

 騎士数十人を叩きのめしたラントを騎士たち、魔法士たちは畏敬の念で見ていた。格の違いを思い知ったのだ。

 だが帝国にはラントと同等の敵が居るのだ。せめて身体を張ってでも敵を倒して貰わねばならない。

 幸い公爵家の騎士団は王都の騎士団と練度はそう変わらなかった。ラントの指示通りに修練すれば生まれ変わるポテンシャルがある。

 ラントはヘルムートの頼みに寄り、数日公爵城に滞在し、騎士や魔法士たちに頂きの一端を見せつけた。


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