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117.精霊樹の枝と愛の天秤

「追い込み漁までしてくれると言うのか、感謝してもしきれんな」

「そのくらいは良いだろう。戦士たちの良い訓練にもなる。最近はあまり出番が無かったからな。多くの素材も手に入る。我らアールヴにも益はある」


リリアナたちはアーガス王国のある西側ではなく、荒野のある東側に魔物たちを追い立ててくれることを約束してくれた。

それは北や南にある集落にも伝達しているらしい。これでアーガス王国での氾濫は小規模な物になる。エルフの助力があれば大氾濫になっていたであろう氾濫もこれほど簡単に落ち着かせることができるのだ。


『いや、人族風情と侮ってすまなかった。名を聞いても』

『ラント。ただのラントだ。戦いを見ていた。見事な物だった。そちらは?』


壮年のエルフが近寄ってくる。ラントは立ち上がった。彼は隊を預かる者らしく、解体は他の者たちに任せている。


『そうだな、クースと呼んで貰おうか』

『クースか。俺は精霊様の助力を願っただけだ。俺だけの力でブラックヴァイパーなど討伐できん。精霊様が鋼糸に強力な力を付与してくれたからこそ斬り裂けたのだ。それでも骨を断つことは厳しかった。ベヒーモスが突進した時はかなり驚いたのだが結果的には良い突進だった。それでも斬れなかったブラックヴァイパーの骨は頑丈だな。何に使おうか悩むところだ』

『恐ろしい男だ。人族も侮れんな。俺ではお前には勝てないだろう。リリアナ様の言う通りであった』


ラントはブラックヴァイパーを討伐でき、その滾りが残っている。強化薬によって普段よりも強力な魔力も溢れている。ラントが素材の使い道を考え、獰猛な笑みを浮かべるとクースが後ずさりしそうになった。だがエルフの誇りによりぐっと踏みとどまる。

人に圧倒されたなどと口が裂けても言えまい。長い寿命の中で一生の恥だ。例えそれが大精霊を従えているラント相手だったとしてもだ。噂はすぐに広まり、更におかしな方向にねじ曲がって伝わるだろう。クースは臆病者の誹りを受けかねない。エルフの戦士の意地がある。更に彼は統率する立場なのだ。


クースは離れて行った。もうラントの事を侮るエルフたちは居ない。それを見てリリアナが笑っている。何せシヴァを従え、ブラックヴァイパーを単身で討伐したのだ。傷は無理に鋼糸を引っ張った際に手の平に残った傷と筋繊維がいくつか千切れたくらいだ。このくらいならすぐに治る。体内で勝手に〈自己治癒〉が働いているのがわかる。

プツプツと千切れた筋繊維や腱が繋がっていく感触がある。何度体験しても慣れないものだ。


「さて、しばらく休ませて貰うか。身体中が痛いな。こればかりは仕方がない。腕が千切れなかっただけマシだと思おう」


ラントはクースと話す時は立ち上がっていたがまた座り直した。土魔法で簡単な椅子を作る。

エルフたちが高速でベヒーモスとブラックヴァイパーを解体してくれている。数は力だ。ラントが一人でやろうと思えば魔法の力を使っても何日も掛かる。だがそれも後数時間もあれば終わるだろう。手際の良さに舌を巻くレベルだ。


「ラント、ベヒーモスの素材が欲しいと言っていたな。爪と皮の一部をやろう」

「そうか、助かる。鱗と毒と血で良かったか?」

「ふむ、そのくらいが妥当か。今回の氾濫、人族が関与していたことは私だけの秘密にしておいてやろう。その代わり尾の棘も寄越せ」

「わかったわかった。助かる。リリアナくらい話せる奴らであれば人族とアールヴたちも仲良くできると思うのだがな」


リリアナは美しく笑った。猛毒の笑みではない。本当に楽しそうに笑う。


「ふふふっ、我らと共生しようというのか。それは無理な話だ。ただしラント、お前は別だ。お前なら里を案内してやっても良いぞ。そうだ、精霊樹の枝がある。葉も付いている。いるか?」

「くれるのか? アールヴでも門外不出の物だろう。精霊樹の枝など持っている人族などおらん」

「構わん。私の未来の伴侶だ。精霊様も従えている。私に文句を言える奴など居らぬ。多少うざったいことを言う老害共はいるだろうが、ならば奴らが出てきてこいつらを倒せば良いのだ。里の奥でぬくぬくとしておきながら文句ばかり言う奴らの言葉など聞く必要などない」


リリアナは収納鞄から葉がついた精霊樹の枝を取り出した。誰かに持って来いと指示していたのだろう。そうでなければ普段から持ち歩いている訳がない。


「ありがたく頂いて置こう。杖にすれば最高の杖ができる。弓にもできるな。余った端材も幾らでも使い道がある。感謝する」

「良い、気まぐれだ」


精霊樹の枝は思っていたよりも大きな物で、葉も多く茂っていたし実もついていた。弓でも杖でも何本も作れる大きさだ。

実はシヴァにやろうと思う。今回はよく働いてくれた。精霊樹の実は精霊の好物なのだ。喜んでくれると思う。

杖は魔法金属で覆って精霊樹で作られている事を隠さねばならない。希少どころか通常は門外不出の素材だ。持っているだけで狙ってくる阿呆が出てこないとも限らない。

魔法金属で覆ってもアールヴたちには必ずバレるが、人族にはエルダートレントの枝だと言っておけば見分けられる者はそうそういない。

弓はどうしたものかと考える。金属で覆う訳にもいかないので見るだけで必ず特別な物であるとわかる。だが作らない理由はない。

普段は隠しておき、切り札の一つにしよう。リリアナのように魔法銀ミスリルの弦を張り、シヴァを宿らせればそれだけで雷の矢が発射される。リリアナは風の精霊を宿し、神速の矢を放っていた。あの矢はラントでも避けられるかどうか怪しい。そしてベヒーモスの革で作った鎧やローブも貫かれること間違いなしだ。多少魔法で強化していた所で意味はない。

ラントはリリアナと二人で解体の様子を見ていた。穏やかな時間だった。二人ともほとんど口を開かないにも関わらず、ゆったりとできた。



◇ ◇



「まぁ、お祖父様から連絡があったわ」


マリーは魔鳥が運んできたルートヴィヒの手紙を開いて声を上げた。


「良かったですね、マルグリットお嬢様」

「えぇ、えぇ。氾濫はあったけれど被害は少ないそうよ。クラクフ市も無事で、多くの魔物を討伐できたと書いてあるわ。そしてラントが大活躍したそうよ。クラクフ市にもそれほど大きな被害が出なかったと書いてあるわ。そしてラントを伯爵に国王陛下に推薦すると書いてあるわ。流石ラントね、子爵に上がってからそれほど経っていなくてよ。王国でも歴代最高の出世スピードではないかしら」


マリーはルートヴィヒからの手紙を読んで喜んだ。ルートヴィヒは暫くは帰れないが、ラントは先に帰すと言う。マリーの寂しい気持ちは晴れるのだ。

ラントに会える。それだけで風景が光り輝いて見えるような気がした。

幼子たちや従姉妹たちとの交流。更に魔導士の指導などマリーたちも忙しくしていたがやはりラントが居るのと居ないのでは大きく違う。マリーはもうラントなしでは生きられない。それほどにラントの事を想っている。


(ラントも同じ気持ちであってくれれば嬉しいのですけれど。ラントは愛情表現はしてくださるけれど、どれほどわたくしのことを愛してくれているのでしょう。ラントは多情だわ。わたくしだけを見て欲しいと思ってしまいます。ラントに攫われ、どこか長閑な場所でエリーと三人きりで暮らせたらどれだけ良い事でしょう。しかしそれは叶わない願いですものね、仕方ありませんわ)


マリーは不安になる。マリーの愛は重いのではないか。そう思うこともある。しかしそれがマリーの愛だ。こればかりは変えられない。

ラントはラントなりにマリーを愛してくれているだろう。その確信はある。

愛とは釣り合わない物であるとマリーは初めて知った。両親の愛情や兄や叔父、叔母などからは可愛がられた。ベアトリクスやディートリンデなどとも仲は良好だ。愛されているとはっきり言える。

だが同じだけ叔父や叔母を愛せていただろうか。マリーの愛は伝わっていただろうか。

妹や側室や妾の子などもマリーは幼い頃から愛した。しかし彼らにマリーは愛されていただろうか。

それは誰にもわからない。愛の天秤などと言うものはないのだ。あれば必ず別れる恋人たちや夫婦が現れるだろう。


「第四騎士団や魔導士たちも帰すと書いてあるわ。と、言うことは少し時間が掛かるわね。ラントだけ先に帰ってきてくれないかしら」


マリーがはぁと小さくため息を吐くとエリーがやれやれと言った表情をする。


「マルグリットお嬢様、それは無理難題と言うものです。コルネリウス王太子殿下の命を受け、彼らを借り受けているのです。騎士団長閣下や宮廷魔導士率いる魔法士隊などを置いてラント様だけ帰って来る訳には行きません。騎士だけでなく歩兵も居ます。馬車もあります。無事に帰って来ることを喜びましょう。ラント様のことですからきっと無茶をしていますよ。そして恐ろしい魔物を狩ったに違いありません。そうでなければ氾濫が小規模で収まるなどと言うことはなく、公爵閣下がラント様を伯爵に推薦するなどとは書きませんでしょう。それだけの功を上げたのです。お疲れのラント様を癒やして差し上げるのです。それが良い女と言うものですよ」


エリーがマリーを諭す。マリーはラントの事については視野狭窄に陥り勝ちだ。そこをエリーが正してくれる。そうだ、ラントは一仕事終えた後なのだ。そこを優しく迎え入れなくてどうして妻になれようか。

寂しかったなどと我儘を言っては行けない。淑女の仮面を被り、ラントを労うのだ。

嫉妬もする。ラントが他の女を抱いている時など胸がかき乱される思いになる。だがラントの血がアーガス王国に増えれば、それだけアーガス王国の命脈は長くなるのだ。帝国の侵略は必ずあるだろう。まだ新しい皇帝は若い。次代も優秀だと聞いている。盤石なのだ。

エーファ王国にもアーガス王国にも前哨戦と言えるべく策略が張り巡らされていた。コルネリウスは暗殺者に、魔導士に狙われた。ラントにすら暗殺者を送り込まれたと言う。

それだけ帝国はラントの事を敵対視しているのだ。

ラントの傍にいるのは全く安全ではない。むしろ帝国との戦いの渦中に巻き込まれてしまう。しかしマリーはラントの傍を離れるつもりはなかった。例え争いに巻き込まれ、死んでしまったとしてもラントの腕の中や背を見ながら死にたいと思う。


「さぁ、マルグリットお嬢様。訓練に行きましょう。〈爆裂〉や〈水刃〉、〈氷壁〉や〈氷盾〉がどのくらい使えるようになったのか見せつけるのです。きっと褒めて頂けますよ」

「そうね、はぁ、待ち遠しいわ。ラント、──で帰ってくれないかしら。鈴を鳴らしてはいけないかしら」

「絶対に怒られますよ。やめてくださいね。止めなかった私まで怒られてしまいますから」


エリーはマリーの手を取って修練場まで連れて行った。なかなか集中できず、魔導士は呆れていたがエリーが理由を説明すると仕方がないと諦めた表情をしていた。


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