114.樹海の道
「なんじゃと、樹海には一人で行くと申すか!」
ルートヴィヒは声を上げた。なにせラントが単身、樹海の奥に様子を見に行くと言ったのだ。せめて第四騎士団の精鋭を幾人か連れて行けば良い。グリフォンにはそれだけ乗れるのだ。籠を吊るして人数を増やす方法もある。わざわざ単身で行く必要はない。
ラントを今失う訳には行かないのだ。ブラックヴァイパーとベヒーモスが争っている場所に行くなど死にに行くような物だ。
「はい、ルートヴィヒ閣下。私は私一人で動く方がやりやすいのです。他の足手纏いが居ると彼らを守らなければなりません。それは流石に荷が重いですし、公爵騎士団も第四騎士団も大事な国の要。失う訳には行きません」
「むぅ、卿ならそうであろうが必ず帰ってくるのじゃぞ」
ラントは獰猛な瞳でルートヴィヒを射抜いた。跪いていると言うのに強大な魔物を裸で目の前にしている気分になる。
「もちろんでございます。御前の前に帰還することを精霊に誓いましょう」
「ふむ、お主精霊教であったのか?」
「いえ、神も精霊も信じております。ただし教会は信じておりませぬ」
ルートヴィヒは笑った。確かに神の存在は確認されている。神の愛し子などと呼ばれる者は神の力の一端を扱い、宮廷魔導士よりもよほど大きい功績を残している歴史がある。精霊もそうだ。
ただしどちらも神の試練、精霊の試練を潜り抜けなければならず、まずその試練に到達するのすら難しい。どこで試練が行われているかなどわからないのだ。
聖国ならば神託などがあり、把握している可能性があるが、聖国はそれらを独占し、他国に広めることはない。それはアーガス王国にある教会も一緒だ。ルートヴィヒすら神の存在は信じていてもそれを独占しようとする教会は信じていない。
奴らは貴重な治癒魔法の使い手と金を搾取するばかりの阿呆ばかりだ。清貧などと言いながらも立派な大聖堂を立てる。しかも領主の金で一等地に建てさせるのだ。何度打ち壊してやろうかと思ったかわからない。そしてそれをやった帝国に天罰は落ちていない。つまりはそういうことだ。
「ふむ、では認めよう。クレットガウ子爵、そなたはそもそも王太子殿下の自由裁量権を頂いておる。儂の配下と言う訳では無いのじゃ。儂が卿に命令することなどできぬ。少なくともこの任務の間はな」
「はい、ですが閣下にご相談せぬのも義理を欠くお話でございます。故に報告させて頂きました」
ルートヴィヒはゆっくりと頷いた。
「そうじゃな。知らぬ間に居なく成られては率いてきた第四騎士団や魔導士たちも困ろうて」
「彼らは氾濫を抑える為に閣下がお使いください。ヒューバート卿にもヴィクトール卿にもそう言い聞かせて置きましょう」
「相わかった。だが死ぬなよ。卿の存在は卿が思っているよりもアーガス王国では大きいのだ。お主が死ぬのは騎士団が半減するに等しい。必ず儂の元に戻り、その顔をマルグリットに見せるのだ」
ラントはニヤリと笑った。
「まだマルグリット様との約束は果たせておりませぬ。故に私は死ぬことなど許されておりません。必ずマルグリット様の為にも無事帰還することを約束しましょう」
「その意気や良し。儂が認めた男じゃ。できぬ事は言わぬであろう。この氾濫を収め、王都に帰還すればお主は伯爵じゃ。しかも序列の高い伯爵に命じさせることにしよう。ならばマルグリットと釣り合わんなどと言う馬鹿者はおらん。卿の歌はエーファ王国にまで鳴り響いているらしいぞ。ブロワ公爵もアーガス王国の新鋭の伯爵ならばとマルグリットをくれてやるだろう。文句を言えば実力で黙らせれば良いのだ。ガッハッハ。お主の実力を見ればエーファ王国で名誉爵位を頂く事も可能であろう。目に見えるようじゃ。さぁ、行け。好きなように動くが良い」
「はっ」
ラントはルートヴィヒの元から去った。しかしラントについていこうとする者がいる。リリアナだ。リリアナの行動などルートヴィヒに止める権利すらない。権力も通じない。故に見なかった振りをした。
◇ ◇
「リリアナ、お前も来るのか」
「ベヒーモスとブラックヴァイパーを見に行くのであろう。あれほどの魔獣たちの戦いを見学せんなどあり得ん。アールヴの戦士たちも遠巻きに見つめていることだろう」
「くっ、アールヴたちに俺の切り札を見られたくはないな」
ラントはリリアナの言葉に嫌なことを聞いたと言う表情をした。リリアナは薄く笑う。
「くくくっ、お主は面白い男だな。アールヴの戦士たちを敵に回すことすら考えて切り札を隠すか。それでいてベヒーモスとブラックヴァイパーの首もあの時のように落とす気でいるのだろう。だがもう遅いぞ。オーガキングやアラクネクイーンの戦いの時もアールヴの戦士たちはお前の働きを見ていた。目を剥いた事だろう。アールヴの戦士たちですらなかなか熟せぬ偉業じゃ。故にむしろ見せつけてやれ。お前が怒ればどれほどの被害が里に出るか、お前に歯向かえばどれほどの戦士たちが死ぬのか見せつけるのだ。樹海の奥の話だ。人族のようにペラペラ喋ったりはせん。お主の切り札はアールヴの戦士たちには共有されるが、それが故にお主に反抗しようとする者は減るだろう。その方が安全だ。一部の過激派は狙うかも知れんがそれは私が抑えてやる。感謝しろ」
「わかった、助かる」
リリアナは明言した。確かにそうだ。下手に力を隠して怪我をしては元も子もない。
更にベヒーモスもブラックヴァイパーも簡単に処理できる相手ではない。今頃どちらもかなり傷ついているだろう。消耗した所をオーガキングやアラクネクイーンのように首を落とす。
魔法で殲滅したい所だがそれでは素材が取れなくなってしまう。それは勿体なさすぎる。特にブラックヴァイパーの素材はラントすら持っていないのだ。存在を感知した時は歓喜した物だ。
あれほど育ったブラックヴァイパーはそう居ない。是非欲しいと思った。育ったブラックヴァイパーの血や内臓でしか作れない霊薬があるのだ。毒も猛毒だ。そして解毒薬はその血からしか作れない。そしてラントはそれをずっと切望していた。絶好の機会なのだ。必ず手に入れなければならない。
ラントの眼差しは遠く樹海の奥にいるブラックヴァイパーに注がれていた。
「さて、まずは間引きだな。良い魔物たちが育っている。帝国に感謝はしたくはないがしばらく魔境に潜っていなかったからな。素材をストックできるのは助かるな」
「ふふん、お主こそ楽しんでいるではないか。悪の人族が森を荒らした事を私の前で喜ぶか」
「まぁそう言うな。せっかく良い獲物がいるのだ。狩人として喜ばん訳はない。ただその原因が同胞であることは謝ろう。幾度謝罪しても足りないくらいだ」
「わかっているならば良い。ラントは悪くない。樹海に接している国の王も悪くないと私がとりなしてやろう。でなければ王城に乗り込んで虐殺をしようとする戦士も出かねん」
「それは勘弁してほしいな。俺は王を守る立場の騎士でもある。アールヴの戦士たちと敵対したくはない」
リリアナはニヤリと笑う。
「ラントならばなんなく過激派も撃退するであろうな。しかし他の人族は違う。多くの者が死ぬであろう。それを嫌がるか」
「あぁ、同胞たちにも良い奴らはいる。嫌な奴らもいるがな。アールヴが一枚岩でないのと同じで俺たち人族も一枚岩ではない。だが公爵閣下の態度を見ただろう。アーガス王国の人族はアールヴに敬意を払い、森を荒すことなど考えては居ない。精々浅い層の間引きをするだけさ」
ラントはリリアナに騎士団やハンターたちの働きを教える。ハンター如きでエルフが怒るほど森を荒らせたりはしない。彼らは氾濫に備えて、浅い層の魔物を間引き、森の恵みを頂いているだけなのだ。
ハンターが潜る深い層などたかが知れている。
更に森の奥になど行く人族は居ない。そしてそこにこそ本来の縄張りの主がおり、その取り巻きにすらハンターは勝てない。ハンターは基本一パーティで動くからだ。クランを組んで何十人と精鋭を集め、主に挑んだとしても殆どが死ぬだろう。
一級だろうが二級だろうが、大概が貴族崩れか貴族の落とし胤だ。魔力の使い方すらなっていない。それでも彼らはハンターとしては優秀なのだ。望めば騎士にすら成れるものもいる。見習いのうちに魔力の使い方などを叩き込まれるからだ。
だがハンターはハンターとしての矜持がある。
全員が貴族の元で働きたい訳ではない。ラントのように自由を愛する者たちは決して貴族の誘いに靡かない。ギルドも大事な戦力を引き抜かれては堪らないので守る。その辺の線引きは貴族がどこまで強欲か次第だ。
アーガス王国もエーファ王国もハンターが重要な戦力であることを認識している。騎士を増やしすぎると国費が掛かるのだ。常備兵に掛かる金は尋常ではない。故に半官半民のハンターギルドや傭兵ギルドが存在する。王や貴族もギルドの有用性を認めざるを得ない為に貴族ではない戦力の存在を認めていると言える。
「お、三ツ角大犀じゃないか。アレの角は使い道が多い」
トリケラトプスのような三ツ角大犀がオーガと戦っている。オーガもラントが殲滅した群れだけではなく他にも小さな群れが幾つもある。
ラントは狩人の利を取る為に割って入るタイミングを見極めようとした瞬間、三ツ角大犀とオーガにリリアナの矢が刺さり、二体は倒れた。
「ふん、あんな奴らに慎重な奴だ。ラントならいつでも倒せるだろう。素材はくれてやる。それよりもさっさと行くぞ」
「魔力を節約しておきたいんだ。そう言うな。あいつらを倒せば終わりの話じゃない」
「ふん、アレらを倒すのに魔力など使わんだろう。その魔剣で斬れば良いだけだ」
リリアナは道中で出会った魔物は全て弓か剣で倒し、その全ての素材を分けてくれた。倒し方も素材が傷つかないように気を使ってくれている。
ついでにラントがハンターギルドで塩漬けになっていた依頼の素材の場所も教えてくれた。わざわざ探す手間が省けて非常に助かる。
ラントはリリアナが先導し、樹海が勝手にリリアナに忖度し、出会った魔物もリリアナが即座に倒し、素材は貰えるという快適な樹海の旅を堪能した。




