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111.マリーの成長と大魔獣の脅威

「はぁ、今日も良い汗をかいたわね」

「そうですね、マルグリットお嬢様」


 マリーたちは体力の強化にも手を入れていた。〈身体強化〉は強力な魔法であるが、元の体力がなければ強化されても微々たるものだ。やはり元の体を鍛えておかねば意味はない。

 其の為に女騎士たちに混じり重い荷物を背負い走ったり、重い模擬剣を振ったりしている。本職には当然敵わない。すぐへばってしまう。


 だが逃げ足は持っていても損はない。最後の最後は自分の足で逃げるしかないのだ。愛馬イリスが殺されてしまい、逃げられないのでは話にならない。其の為に〈煙幕〉の魔法や落とし穴を作る魔法なども覚えた。相手の方向感覚を狂わせる魔法などあると言う。そちらはまだ覚えきれていない。


「さて、次は魔法の修練ね。中級魔法が安定して放てるようになってきたわ。魔力制御の訓練とはこれほど違うのね。前は撃てただけだけれど、自在に操れるようにもなったわ」

「えぇ、私も小さな障壁を作ることができるようになりました」


 マリーが放った〈火球〉は右に曲がったり左に曲がったりしながら的の中央を捕らえた。以前は出来なかった芸当だ。教えてくれる魔導士が「お見事です。マルグリット様」と拍手をしてくれている。

 魔導士の部下である魔法士たちは単なる令嬢であるマリーに負けじと訓練に励んでいる。仮にも国家資格を取った精鋭だ。貴族のお嬢様に魔法の腕で負けてなるものかと魔法士たちのやる気も上がっていると聞く。


(ふぅ、今のはうまく行ったわ。的の中央にはまだ十発放って三発か四発くらいしか当たらないのよね。難しいわ。ラントなら目を瞑っても百発百中でしょう)


 当然マリーはラント謹製の魔法士強化マニュアルをルートヴィヒにかなり前に送っている。騎士強化マニュアルもだ。おかげで公爵騎士団も公爵魔法士団もかなり強化されたらしい。実家であるブロワ公爵家にも送った。

 ルートヴィヒやヘルムートにはマリーに礼を言われた。だが作ったのはラントだ。そこは強調して置かなければならない。ラントの功績の一つなのだ。実際マニュアルにはラントの正式なサインが書かれている。

 いずれラントのマニュアルは王国の基礎となるだろう。どこの貴族家も騎士団も採用し、精強な騎士団が、魔法士団が王国中に作られるのだ。


「さて、マルグリット様の魔力制御も魔力操作もかなり精巧になって来ました。魔導士資格を持っている私から見ても見事な物です。驚きました。公爵家の令嬢に本来それほどの魔法力は求められません。ですがマルグリット様は本気で取り組まれていらっしゃられます。私たちもうかうかしていられませんね」


 マリーは美しく微笑んだ。女魔導士の頬が赤くなる。


「あら、ベアトリクス叔母様は宮廷魔導士にも劣らない腕前だそうよ。それにルートヴィヒお祖父様も魔導士と遜色ない魔法を扱いにいらせられるわ。女と言うだけで魔法を学ばない理由にはならないわ。貴女もそうでしょう。女性の魔導士は少ないけれど、魔導の極致を極めたい、そう思い、魔導士になったのでしょう」


 マリーが指摘すると女魔導士は胸を張って堂々と答えた。


「その通りです。私は魔導の魅力に取り憑かれたのです。幼い頃に放浪の大賢者様の偉業を聞き、そうなりたいと願った物です。両親は良い顔をしませんでしたが気にしませんでした。夫も認めてくれています。子には英才教育を施しています。しかし私もまだまだです。魔導の極致など遥か遠い彼方にしかありません。ですがそれが目指さない理由となりましょうか。一生賭けてでも一歩でも近づく。それが魔導と言う物です」


 女魔導士は胸を張りマリーの目を見つめて答える。その信念は揺るがないと言い張らんばかりであった。この若さで魔導士を持っているのだ。それだけ本気なのは見ていなくてもわかる。


「良い覚悟ね。貴女にはラントを紹介してあげましょう。彼は魔導の極致に最も近い人物の一人です。ラントの妙技、見るだけで勉強になるでしょう。わたくしからラントに頼んであげますわ。魔導士、魔法士、魔術士、全てを集めてラントの妙技を拝見なさい」

「はっ、ありがたき幸せ。クレットガウ卿はその魔導の妙技であの堅牢なホーエンザルツブルク要塞を一夜で落としたと聞きます。それには宮廷魔導士長であるフィッシャー閣下ですら驚いたとか。この目で見られるなど望外の幸運。是非全員に声を掛けさせて頂きます」


 マリーはゆっくりと優雅に頷いた。


「良い心掛けです。ラントはきっと貴女たちを驚かせてくれますよ。想像の数倍は素晴らしい魔法を見せてくれることでしょう。わたくしはラントの魔法により幾度も命を救われました。ラントが居なければもうこの世には居なかったでしょう。それはアーガス王国もコルネリウス兄様もです。コルネリウス兄様など暗殺者に狙われ、王都では帝国の魔導士に命を狙われました。それを防いだのがラントです。防ぐだけではなく、暗殺者を撃退し、魔導士たちを肉片残さず始末致しました。故に騎士爵から一気に子爵まで駆け上がったのです。実力がなければそんなことはできません。その一端でも見れば貴女もラントの素晴らしさに気付くことでしょう。許します。ラントに侍っても宜しくてよ」


 女魔導士は苦笑して返した。


「あははっ、私はもうとうのたった人妻でございます。ご冗談を」

「冗談ではないわ。ラントの胤は次代の王国を支える柱となるでしょう。ラントと貴女の子なら素晴らしい子が生まれるわ。ですが強制は致しません。好きになさい。ラントも貴女も好みというのがありますからね。ですが貴女くらいの年頃の女性も気にせずラントは好みますよ。考えておいてくださいね」


 マリーはそう言うと魔法の訓練に戻った。ラントが戻ったときに「よくやったな、マリー」と褒めて貰いたいのだ。其の為にきつい訓練もやっているし、苦痛や苦労などとは一粒たりとも思わない。

 王太子妃教育も厳しかった。ベクトルが違うだけだ。マリーは努力することを知っている。辛い思いなど幼い頃に何度もした。

 そして弱い物は強き者に蹂躙されて死ぬ。それがこの世の摂理だ。

 公爵令嬢などという肩書は全く意味をなさない。それをマリーは短い旅路の中で学んでいた。故にマリーは一切手を抜かない。本気で自身の強化に取り組んでいた。貴族院の魔法の授業をなぜもっと真剣に取り組んでいなかったのか。後悔してももう遅いのだ。だが今からでもやれることはたくさんある。マリーは気合を入れているエリーを見ながら自身にも気合を入れた。



 ◇ ◇



「閣下、一度戻りましょう。氾濫の様子も気になります。大魔獣たちはまだ樹海の奥で戦っているでしょう。長期化すれば一月ですら戦い続ける奴らです。数日では決着すら着きません。故に一度陣地に戻り、氾濫の規模がどの程度なのか見極めなければなりません」

「そうじゃな、卿の言う通りじゃ。従おう。ほれ、お主らもさっさと準備をせんか。移動するぞ」


 ルートヴィヒはラントの進言に従い、全員の尻を叩いた。この場ではルートヴィヒが最も地位が高いのだ。ラントは子爵家当主ではあるがヒューバートやヴィクトールに比べると地位と言う意味では見劣りする。だがこの場でラントの事を侮る者など居ない。


 ラントがグリフォンの準備をし、ラントはエルフの姫と大きなグリフォンに乗る。そしてルートヴィヒたちは少し体格の小さな雄のグリフォンに乗る。グリフォンたちもあの戦いではかなり戦果を出してくれていた。おかげであの程度の被害で済んだ。帝国の精鋭部隊は強敵であった。ルートヴィヒですら一人を相手にするのが精一杯だった。

 ラントも敵の隊長に足止めされていた。そして倍の人数が相手にはいたのだ。本来ならば負けていた。それを防いだのがグリフォンたちとエルフの姫であるリリアナだ。

 あれほどの戦いであったと言うのに被害者はたった二名に抑えられ、相手は十名以上の被害を出して逃げ出していった。ラントの超級魔法で半減していたのも良かった。生きて居た者も多くは傷ついていたのだ。


 ルートヴィヒは〈転移〉の宝玉など聞いたことがなかった。帝国の秘宝を一つ暴いたとも言える。それだけでラントを伯爵に推す理由になりえる。むしろ侯爵でも良いくらいだとルートヴィヒは考える。だが王国の爵位はそんな軽い物ではない。


 ごぼう抜きされた男爵や子爵はラントに嫉妬をしていると聞く。伯爵になれば並ばれた伯爵家からも嫉妬されるであろう。侯爵家からは成り上がり者が迫ってくることに焦るかも知れない。

 だが今は有事なのだ。帝国の特殊部隊が蠢動し、様々な事件を起こしている。そしてラントは大きな事件を二つも解決に導いた。コルネリウスの命を二度も救った。これに報いずしてどうして王国が成立しようか。ラントの伯爵は絶対だ。侯爵も先を見て考えて欲しいと国王陛下に進言しよう。ルートヴィヒはそう決心していた。


「やはり良い眺めじゃな。樹海が一望できる。今日は天気も良い。北方山脈すら見えるぞ」

「そうですな。北方山脈はいつ見ても恐ろしい大きさです。帝国とアーガス王国、エーファ王国を遮ってくれています。アレがなければアーガス王国もエーファ王国も帝国からの侵略には耐えきれないでしょう」

「そうじゃな。まさに北方山脈様々じゃ。北の大魔境として多くの魔物が麓に降りてきて北方の者たちは大変であろうが、それも仕方あらぬ。帝国に支配されるよりは余程良い」


 ヒューバートがルートヴィヒの言葉に答える。ヴィクトールは黙って樹海の方を見つめている。何せ巨獣が樹海の中で争っているのだ。その魔力波動は遠いこの場所からでもはっきりわかる。気になって仕方がないのであろう。


 だがベヒーモスとブラックヴァイパーなど人の身でどうにかできる相手ではない。両方とも第七から八位階に指定されている。オーガキングやアラクネクイーンの魔核を喰らい、成長し、更に戦いに勝った方が負けた方を喰らい、その肉体と魔核を喰らえば必ず第八位階の魔獣へと成長するだろう。

 第八位階とは人が手を出してはならない魔物につけられる位階だ。魔物の分類は第一位階から始まり、第六位階まではなんとかなると歴史が証明している。


「ヴィクトール卿、樹海が気になるか」

「えぇ、感知を切る訳にも行きません。この荒野も魔境なのですから。すでに氾濫は始まっています。樹海から荒野に逃げ出してくる魔物が出てきています。しかしここまで届く物なのですね。この魔力波動だけで樹海全体で氾濫が起きても全くおかしくないでしょう。流石第七位階、いや、八位階に届こうかと言う大魔獣たちの激突です」


 ヴィクトールの言う通り第七位階以上は災害だ。現れただけで村どころか街が滅び、小さな国なら国が滅ぶ。それほどの相手だ。一応第七位階の討伐記録はあるが、それも歴史上の偉人たちや騎士団や宮廷魔導士たちが大きな犠牲を払いながらやっと達成したことで王国の歴史の中でもそれほど見られない。

 そしてそれを超える第八位階が二体。仮令公爵騎士団だろうが第四騎士団だろうが及ぶべくもない。第八位階は人が手を出しては行けない魔物として認識されている。出会えば死と破壊。それ以外はない。

 ルートヴィヒも大魔獣たちの戦いの波動を感知しながら、どれほどの大魔獣が生まれるのかと背筋に寒気が走った。


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