108.エリーの本気と帝国の精鋭部隊
「〈障壁〉」
「お見事です。マルグリット様。詠唱破棄の障壁はとても大事な魔法です。一瞬で張らねばなりません。それにしても見事な魔力制御ですね。歪みもなく、均一な障壁ができています。そこらの魔法使いよりも余程飲み込みが早いですよ。それに強度も十分です。これなら初級魔法どころか中級魔法にすら耐えるかも知れません。ですが真っ直ぐに障壁を張ってはなりません。味方の居ない方向を確認し、受け流すように斜めに張るのです。できれば上を向ければなお良いです。こうです。〈障壁〉」
マリーが習っている魔導士が見事な障壁を披露する。それは斜め三十度から四十五度まで自在に動かしていた。なるほど、斜めにすることによって相手の魔法を受け止めるのではなく受け流す。そして最後に上方向に傾いた。これならば魔法を上空に弾くことができる。味方に当たることはないだろう。マリーは一つ賢くなった。
「では魔力圧縮の練習もしていきましょう。障壁を同じ魔力で小さくするのです。そうすれば障壁の強度が上がります。こうです。〈障壁〉」
板のような障壁が手の平サイズになった。驚きだ。だが思い返してみるとラントは手の平サイズの障壁を駆使していた。それでどんな魔法でも跳ね返して居た。なるほど、〈光球〉を圧縮する修行はこれの為かと納得する。
「こうですか? 〈障壁〉」
流石に手の平サイズにはならなかったが小さな窓くらいのサイズまで圧縮される。厚さも増し、多少斜めに角度がついている。自在に操るにはまだマリーは練度が足らない。だが精一杯やっている。額から汗が流れ落ちてくる。集中が必要なのだ。エリーが即座にハンカチで拭いてくれる。
「そうですそうです。素晴らしいですね。これはなかなか覚えられない魔法使いもいるのですよ。ですができるようになれば戦いで圧倒的に有利に戦えます。戦わなくとも自身を守るのに強力な力となってくれます。是非今後も研鑽を積んで魔力圧縮を覚えてください。しかしその分相手の魔法の軌道を見極め、うまく受けなくてはなりません。一長一短です。大きな障壁や結界は幅広くカバーしてくれます。その代わり強度は弱いので多く魔力を注ぐ必要があります。小さな障壁は小さな魔力で強力な魔法を防ぎます。しかし防ぐのをミスってしまっては直撃してしまいます。〈身体強化〉や〈視力強化〉を併用して相手の魔法の軌道を見極め、完璧に〈障壁〉を張らねばなりません。そこが難しいところです。魔力量の多いマルグリット様ならば、強力な結界を張ることを覚えるのも良いかも知れません。侍女共々守れますよ。もちろん騎士たちが守られているのでマルグリット様が魔法を使う機会はそうそうないでしょうが、覚えておいて損はありません」
「なるほど。勉強になります。ありがとう存じます」
修練方法はラントが教えてくれるのが最高であると結論付けたが、ラントはまだ実戦での活用法を教えてくれては居ない。故にマリーは魔導士たちに実戦でどのように魔法を使うのかを教えて貰うことにしていた。
彼女たちは実戦経験も豊富であり、国でも難易度の高い資格試験を突破してきた者たちだ。当然それには実戦経験も含まれる。実戦経験のない魔法士など当然資格試験で受からない。最低でも三~四位階以上の魔物を倒した成果を見せる必要がある。
魔導士などは五位階の魔物を倒した成果が必要だそうだ。それは大体一級や二級のハンターたちがパーティを上げて対抗する魔物だそうだ。
ラントはその辺りは免除されていたらしい。何せ宮廷魔導士長のハンスが認めているのだ。特例だろう。
「私は魔力が少ないので小さな〈障壁〉をマスターしようと思います。護身術も習っています。実戦はまだできませんが、マルグリットお嬢様の盾となれるように努力致しましょう」
「まぁエリー、貴女は死んではダメよ。一緒に生きるの、ね?」
マリーはそう言うがエリーの目は覚悟が決まっていた。これは言ってもきかないだろう。
実際エリーはマリーよりも遥かに強い戦闘侍女に護身術や体術を習っている。幾度も訓練場の床に叩きつけられている。それでもエリーは自身を鍛えることをやめない。短剣の使い方も様になってきた。
騎士たちには流石に敵わないだろうが、このまま続ければ盗賊や傭兵の数人くらいならば倒せるようになるだろう。
魔法もマリーのように防御系魔法ではなく攻撃系魔法もしっかり習得している。本気なのだ。そして本気のエリーは凄いことをマリーは知っていた。
男爵家の娘である為魔力は低い。だがそこらのハンターや傭兵などよりは高いのだ。一級ハンターが襲ってきても守れるようになるとエリーは堂々と宣言した。
そしてエリーは必ずそれを成し遂げるだろう。マリーはエリーを信頼し、信用していた。未だその実力はまだまだだが、確実に強くなっている。
マリーも負けてはいられない。馬車でブルブル震えて懐剣を喉に突き立てようとしていた弱いマリーはもう居ないのだ。
マリーは魔導士たちに更に教えを請うた。
◇ ◇
「アレか」
「あぁ。アイツラだな」
ラントが眼下に五十名ほどの部隊を発見する。高さは一キラメルほどだ。アルとイルにも魔力を抑えるように言ってある。巨体な為、見つからないことはないとは思うが、まさか自分たちを狙う刺客だとは思わないだろう。
相手の確認をし、ラントは小さな雲を作り出した。これで隠れれば見つかることはない。白い雲に覆われたラントたちは結界で近寄り、作戦会議をする。
「どうしましょう、ランベルク公爵閣下。相手は五十人の精鋭。且つ大樹海を抜けられるほどの猛者です。流石にこの人数では真正面から行っては勝てないでしょう。勝てても逃げ出されてしまいます。ですができれば殲滅したいと思います」
「そうじゃな。儂もそう思う。何か良い案はないか」
ルートヴィヒから問われる。ちなみにリリアナは黙ってみている。
合力してくれると言っていたのでリリアナを解き放てば帝国の特殊部隊など鏖殺してしまいそうだが、リリアナだけに頼るのはよくない。これは人族の問題なのだ。リリアナたちエルフは被害者である。
それにラントも怒っていた。エーファ王国に魅了を蔓延させ、ランドバルト侯爵の弟を唆し、家督を無理やり奪わせ、更に反乱まで起こさせた。コルネリウスを二度も暗殺しようとした。ラントにも暗殺者が飛んできた。
そして今回の人工氾濫だ。帝国の本気度が伺えるが鬱陶しいことこの上ない。
今回の件は明らかにあの部隊かその部隊を命令する者が黒幕だろう。遠目で見ても統率の取れている良い部隊だ。ラントたちにも気付いている。幾人かが上を向いて警戒しているのだ。
一キラメル以上の距離があり、上空からゆっくり接近し、雲を作って擬態したというのに気付くのだ。余程の精鋭だ。
「クレットガウ卿、卿の爆裂魔法は速度も早く、威力も高いと聞く。ならばあの部隊も爆裂魔法の餌食にしてしまうと言うのはどうだ?」
「ふむ、私の爆裂魔法でもこの距離では避けられる可能性が高いでしょう。それにあまり近づくと相手の魔法が放たれてしまいます。私や閣下はともかく籠を狙われると不味いでしょう。なので広範囲殲滅魔法を使います。それで半分以上は削れるでしょう。如何でしょうか、ランベルト公爵閣下」
「良い案じゃ。卿の本領が見られると言うわけじゃな。広範囲殲滅魔法など戦争でもないとそうそう見られぬ。じっくりと見させて貰おう」
「はっ」
ラントはアルの上で畏まった。相手は現役の公爵閣下だ。下手な問答はできない。
ラントは収納鞄から杖を取り出した。総魔法金属製の魔法杖だ。更に大粒の赤い魔法石が嵌まっている。火炎系魔法を使う専用の杖だ。ラントは全ての属性で専用の杖を用意していた。
「そっ、それはっ。まさかっ」
ヴィクトールが杖を見ただけで驚く。
ラントが杖を使うのを見せるのは始めてだ。流石に広範囲殲滅魔法は杖の助力なしでは難しい。
雷の魔法であれば大精霊の助力を頼めば可能ではあるが、精霊を従えていることを見せたくはない。ならば火力の高い火炎系魔法を使うのが最適だ。ラントは火炎系は苦手な部類なので実力を隠すにもちょうど良い。あまり実力を見せすぎると王国に警戒されすぎる。
相手は部隊で固まっている。半径五百メルを焼き尽くす魔法だ。そう簡単に逃げられない筈だ。
「火炎の大精霊よ、我が呼び声に応えよ。我が意を持って、その力を存分に振るい給え。地獄の業火を喚び出し、大地を黒き炎で満たせ。〈獄炎〉」
「超級魔法じゃと!」
「宮廷魔導士級の者たちが十人以上集まって扱う儀式魔法です。まさか一人で発動するとはっ! なんという魔力、なんという制御力。私はクレットガウ卿が恐ろしい。敵う筈がない。味方で本当に良かった」
「あんなのを喰らったら第四騎士団でも堪らないな。とても耐えられん」
周りがピーチクパーチクうるさいがラントは集中して聞いていなかった。それほど超級魔法と言うのは集中が必要なのだ。制御を一つでも間違うと大変な目に合う。幾度失敗して消し炭になりかけたことだろうか。
真後ろに座っているリリアナの期待の眼差しだけは感じられる。
〈獄炎〉は非常に扱いが難しい魔法だ。ラントの膨大な魔力がごっそりと削られていく。
大地に黒き炎が巻き起こる。それは本当に地獄の顕現とも言える光景だった。
敵部隊は高まった魔力に気付いたらしく指揮官の指示に寄って何重にも結界を張っている。だがその結界は黒き炎に焼き尽くされ、一人、また一人と黒き炎に焼かれていく。
しかし最後の結界だけは破れなかった。耐えたのだ。流石だと思った。帝国の魔導士でも最高峰の実力者だろう。そうでなければ黒き炎に焼き尽くされるはずだ。
「ふぅ、殲滅はできなかったか。だがかなり人数は削れたな」
ラントは一息付いた。魔力回復の為の魔法薬を飲み、煙管に火を付ける。
見下ろした大地は半径五百メルが真っ黒に焼け焦げ、巨大なクレーターができ、更に地面はガラス質に変化してしまっている。温度を測った事はないが、数千度は行っているはずだ。
だがそれでも敵部隊は生き残っている。それが現実だ。ラントは敵部隊を本気で殲滅するつもりで撃った。手加減はない。しかしそうは問屋が降ろさなかった。やはり帝国の魔導士は強い。だが大半は焼き尽くした。これ以上アーガス王国で蠢動するのは難しいだろう。
「アル、イル」
下方から魔法の槍が飛んでくる。アルとイルは華麗に避ける。何せ一キラメルもあるのだ。アルとイルに取っては避けるなど容易い。
だが魔法の槍は洗練され、アルとイルが避けるであろう方向を読んで狙ってくる。籠に釣られている者たちが悲鳴をあげる。だが槍に貫かれるよりはマシだろう。我慢して貰わなければならない。
「ちっ、まだやる気か。仕方ないな。閣下、降りて殲滅致しましょう。幸い敵が地面を凍らせて戦いの場は出来ています。今ここで殲滅できれば帝国はアーガス王国に手をもう出せないでしょう。ここで決めるべきです」
「相わかった。行くぞ、皆の者!」
「「「はっ」」」
ラントはアルとイルに命じて急降下した。魔法の槍が飛んでくるがこちらも魔法を放ち、上空を取っているラントたちの方が有利だ。だが敵もさる者で、ラントたちの魔法を硬い結界で防いでいる。
残りは二十人ほどだ。三十は居ない。こちらよりは人数が多いが、こちらにはアルとイル、そしてリリアナがいる。負けはない。ラントは獰猛な笑みを浮かべて魔剣を抜き、アルの背を蹴って飛び降りた。




