107.魔眼
「よし、リリアナ。グリフォンの上に戻るぞ」
「ふむ、あいつらの始末はしないのか?」
「するさ。だが弱らせてからで十分だろう。お互いがお互いで消耗してくれるさ。それに戦いは数日は掛かるだろう。付き合ってられん。弱った所を狩人の利を取る。それが俺の流儀だ。それに巻き込まれたらいくらリリアナでも俺でも死ぬぞ」
「ふふふっ、多少素材が傷むけれどそれも良いわね。わかったわ」
ラントはオーガキングとアラクネクイーンの始末を終えるとリリアナに声を掛け、リリアナと共に〈飛行〉を使いアルの上に戻る。リリアナはラントが始末しきれていない親衛隊やジェネラルを弓で援護してくれていた。完璧なタイミングの援護であった。感謝しかない。ラントも体は一つしかない。情勢を読み、完璧なタイミングで横槍を入れるのは難しい。しかしリリアナが助勢してくれば別だ。ラントの考えを読んだかのように狙った獲物を射抜いてくれた。
「途中の助勢、感謝する。大分楽になった」
「あら、私の気まぐれよ。ただ感謝だけは受け取っておくわ」
リリアナは可愛らしく微笑んだ。こんな笑みもできるのだ。おそらくラントがリリアナに認められたのだろう。ゴミクズを見るような目ではなく、ちゃんとラントの事を対等な相手として認識している。それがわかる。嬉しいと思った。エルフの姫に認められたのだ。大精霊の試練を死ぬ気で越えた甲斐があったと言うものだ。
「アル、ただいま。いい子にしていたか」
「グワァ」
ちなみにアルは雌、イルが雄だ。グリフォンは雌の方が大きく、強い。アルは翼に鮮やかな黄色が入っており、雷の魔法が使える。イルは翼が赤く、火の魔法が使える。風魔法はグリフォンとして当然だ。どちらも変異種や希少種と呼ばれるタイプで、そこらのグリフォンなどとは格が違う。何せ番でドラゴンとやり合うほどの強さなのだ。
「ランベルト公爵閣下、下は取り敢えず落ち着きました。大魔獣たちの戦いはかなりの時間掛かるでしょう。見物するにも数日は掛かります。その前に帝国の特殊部隊をやっつけに行きませんか? リリアナが言うには樹海の向こうの荒野に居るそうです」
「ふむ、王国で蠢動している奴らには当然天誅を落とさねばならぬ。クレットガウ卿ならば帝国の特殊部隊すらなんとかなるのであろう?」
「いえ、流石に見てもいない相手をどうにかできるなどと公言できるほど自信家ではありません。まずは偵察し、倒せそうならば倒し、そうでなくても数を減らしたいと思います。アルとイルたちが居ればそうそう負けません」
ルートヴィヒはイルの上で大きく頷いた。
「そうじゃな。まずは確認をせねばならぬ。ヒューバート卿、ヴィクトール卿、付き合ってくれるか」
「「はっ、閣下の下知ならば」」
「うむ、良い返事じゃ。こちらにはクレットガウ卿がおる。そう心配することもあるまい。クレットガウ卿が負けるのであれば儂らの首も残っておらぬであろう。儂も帝国の卑劣な手に苛立っていたところじゃ。自身の手で天誅を与えてやりたいものよ。ガハハハハッ」
「いえ、閣下はイルの上でお待ち頂きたいのですが……」
ラントが慌ててそう言うがルートヴィヒは聞いていない。自身の得物であるハルバードを片手で持ち、やる気満々である。これはどうしようもないなと思った。
だがルートヴィヒはヒューバートやヴィクトールに勝るとも劣らない猛者である。帝国の特殊部隊であろうがそう簡単にはやられないであろう。最悪トールをつけて守らせると言う手もある。
まずやるべきは帝国の部隊がどれほどの規模で、どれほどの強さかと言うことだ。何せ樹海の中に魔寄せ香を置き、樹海を抜け、荒野の魔境まで行っている。生半可な実力ではない。
ラントはタイマンではそうそう負けるつもりはないが、ラントの知らぬリリアナのような強者も当然この世には存在する。リリアナと争うのならばラントの全てを賭けて戦わなければならないだろう。それほどの存在だ。
同様に帝国にもラント並の敵が居るかも知れない。更に相手は部隊だと言うのだ。流石に一人で五十人規模の部隊を相手取るのは難しい。
樹海と違って荒野は見晴らしが良いのだ。暗殺者のように不意打ちをする訳にも行かないのだ。
「とりあえず行きましょう。氾濫は第四騎士団と公爵騎士団でなんとかなるでしょう。多少の損害は出るでしょうがこればかりは仕方ありません。問題はこれが不定期に起きる災害ではなく、人が意図的に起こした災害だと言うことです。それは流石に止めねばなりません」
「そうじゃな。帝国は強い。それは事実じゃ。じゃが我が国での狼藉は許せぬ」
ラントはアルとイルの二体に樹海を抜けるように指示し、樹海の奥の荒野を目指した。
一度野営をせねばならないだろう。アルとイルに夜番を任せれば良い。もう既に見せてしまった手札なのだ。今更隠す訳にも行かない。ラントたちは樹海を抜けるべく、神速で移動した。
◇ ◇
「ラント、ちょっと良いか」
「なんだ、リリアナか。ちゃんとお前用の天幕は用意していただろう。食事も取って英気も養った。体も清めた。もう寝るところだ。どうした」
「ふふん、一つ聞きたい。お前のその魔眼、〈精霊眼〉だろう。どこで手に入れた」
樹海を抜け、一同は一度荒野で野営をすることにした。天幕を張り、食事を済ませ、体を水魔法で清める。後は寝るだけと言う所だ。ラントも今日は思っていた以上に働いたので疲れていた。即座に眠れるであろう所にリリアナが訪ねて来た。
ラントは怯んだ。リリアナが殺気を孕んでいたからだ。今この場でリリアナと争えば大変なことになる。だがラントに疚しいことはない。だから正直に話すことにした。念の為遮音の結界を張ってあるが更に強化した。余人に聞かせられる話ではないからだ。
流石にオーガキングとアラクネクイーンの大乱闘だ。魔眼の力抜きではラントも立ち回れない。リリアナはラントの左目が魔眼であることに即座に気付いただろう。だが隠し立てするほど余裕はなかった。リリアナが問いただすのも当然だろうと思う。
「リリアナ、落ち着け。俺が神の試練を潜り抜けたことは知っているだろう。それはトールを救う試練だった。相手は炎獅子の群れだ。トールは未だ幼かった。親や群れはどこにいるかもわからん状態で、たった一匹で立ち向かっていた。流石のトールもまだ幼く、炎獅子の群れに追いかけられれば死ぬしかない。そして俺は炎獅子たちと戦った。激闘だった。傷だらけになり、ほとんど素材が取れないほどだった。そして左目と片腕、片足を失った。そして当時師だったジジイが俺の腕と足を治し、左目にこの〈精霊眼〉を移植した。元の持ち主など知らん。ジジイに聞け。俺が話せるのはこれだけだ」
リリアナはラントの言葉を聞き、腕を組みながら頷いた。だが殺気はまだ収めて居ない。おかげでアルとイルが殺気立っている。
「ふむ、二百年ほど前に別の氏族の戦士が人族の老人と争ったという話は聞いた事がある。その老人は森の中で出会ったにも関わらず我らアールヴを敬わず、跪きすらせずにただただ通り過ぎようとしていた。声を掛けても無視をした。故にアールヴの戦士は怒った。人族がアールヴの戦士を無視するなど言語道断だ。頭を垂れ、跪くのが当たり前だろうと」
ラントはその老人が師であるジジイであることを確信した。そんな態度を取れる老人が幾人も居るはずがない。居れば必ず歴史に名を残している。なにせルートヴィヒですら跪いたのだ。
そしてラントはここ数百年の歴史書を網羅している。帝国のもだ。それほどの術者はジジイ以外にあり得ない。
「ふん、あのジジイらしいエピソードだ。あいつは自分より弱い奴を認めてなどおらん。例えアールヴであろうが竜人であろうが、自分より弱いと知れば当然無視するだろうな」
「おそらく同じ男だろう。そうでなくては説明がつかん。それにラント、お前の強さの説明もつく。其奴の弟子であれば神の試練も精霊の試練も潜り抜けられるであろう。話を戻そう、アールヴの戦士は誇りを賭けて決闘を迫った。そして負けた。首は落とされ、両目を抉られた。現場を見ていた戦士たちもその圧倒的な強さに怯んだと言う。おそらく〈精霊眼〉はそのアールヴの戦士から奪った物だろう。納得がいった。ラント、お前に瑕疵はない。負けたアールヴの戦士が悪いのだ。人族などに負けるなどアールヴの恥よ。死なずとも負ければ恥を知って首を括るのが相応というものだ。目玉が抉られるくらいは勝者の権利であろう」
ラントの弁明にリリアナは納得したようで、殺気を収めた。周りの天幕がやかましい。リリアナの殺気に敏感に反応したのであろう。アルとイルでさえラントの心配をしている。
リリアナが動けば即座にアルとイルが天幕を壊す勢いで飛び込んできたであろう。ラントはアルとイルに大丈夫だと意思を送った。従魔とは意思疎通ができるのだ。会話はできないがこちらの意思は伝わる。彼らの考えていることもわかる。
アルもイルも強大な力を持つリリアナに警戒をしている。エルフの姫と言うのはそれほどの存在なのだ。
「その〈精霊眼〉、大事にせよ。何せ氏族の族長の家系にしか現れぬ上位の〈精霊眼〉だ。二度と手に入らん貴重品だ」
「あぁ、大事にしているさ。これがなければ大精霊の試練は突破できなかった。俺はアールヴを害して〈精霊眼〉を手に入れようなどと不遜なことは考えん。片目だけでも十分だ」
「ふふん、まぁ良い。聞きたかったのはそれだけだ。邪魔したな。明日は森を荒らした人族を倒しに行くのであろう。私も合力してやろう。何せ森をあれほど荒らしたのだ。アールヴの姫としても許してはおけん」
「そうか、リリアナが味方についてくれるならば百人力だ。助かるよ」
ラントが素直に礼を言うとリリアナは静かに頷いた。そしてくるりと翻る。
「ではゆっくり休め。今日の戦いは見事であった。人族にも私と同等に戦える戦士がいる事を知った。世界は広いな。精霊樹の守り人として里に居れば知ることすらなかっただろう。それだけで森を出た甲斐がある」
「ジジイは俺よりも遥かに強いぞ。大竜の黒のローブの老人を見かけたら諦めて放置しろ。ジジイも別にアールヴを殺したい訳ではない。突っかかってきたから殺しただけだろう」
「ふふふっ、私よりも強い人族か。いずれ会ってみたいものよ。大精霊の試練を突破した後でな」
そう言い残してリリアナは天幕を出た。ラントは胸を撫で下ろした。そしてやはり疲れていたのか即座にマットで就寝した。




