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104.リリアナの思い

「ラント」

「なんだリリアナ、大人しく待っていろと言っただろう」

「だが特等席はラントの隣だ。違うか?」

「違わんな。だが俺の力を他の奴らに言うなよ。王国に警戒されては出奔せねばならん。それはごめんだ」


 ほぼ同時に降りてきたリリアナにラントは注意した。何せラントはこの大乱戦を自重抜きに動き、収めるつもりだったからだ。


「ふん、気にするな。何をしても口外などするものか。奴らなどどうでも良い。私の興味はお前、ラントだけだ」

「ならばいい。黙ってみていろ。これを被れ。〈隠者のローブ〉だ」

「ほぅ、見えなくなる魔法具か、人族はこのような物に頼らなければならんとはなんと軟弱なことか。堂々と森を歩けば良いものを」

「それをしたら大半の人族は死ぬんだ。仕方ないだろう。これは姿は隠すが音は消せん。匂いも足跡も残る。音を出すなよ。まぁ大丈夫だと思うがな」


 リリアナは鼻で笑った。


「わかったわかった、言うことを聞いてやっても良いぞ。その代わり百年後に私の伴侶になるのだ。アールヴの姫を娶れるなど人族に取っては望外の喜びであろう」

「そうだな、リリアナは美しい。だが俺にはもう伴侶になるやつがいる。そいつは聖女の卵だ。百年後も生きているだろう。喧嘩しないと言うならリリアナも娶ってやろう。どうだ? できそうか?」

「ふむ、アールヴの風習に一夫多妻はないが、人族はやると聞いている。寛大に許そうではないか。その伴侶と仲良くするとは断言はせんがな。人は人だ。人の崇める神に愛されていようと、精霊を至上とする我らアールヴとは違う。ラントのように精霊に愛されているような例外でなければ相違えることになるだろう」

「喧嘩しなければそれでいい。森と平野が違うように棲み分ければ良いだけだ」


 リリアナは尊大に頷き、静かになった。そろそろオーガたちが森の拓けた場所、魔寄せ香に引き寄せられて到着する。そしてアラクネたちも直に到着する。オーガキングとアラクネクイーンの争いだ。ラントですらどちらが勝つかわからない。それほど伯仲の戦いなのだ。

 北方山脈を踏破し、魔の森を抜けたラントですらこれだけの大軍団の戦いなどお目に掛かったことなどない。帝国も余計なことをしてくれるものだ。明らかに北に居たであろうオーガたちが強化され、南に居たであろうアラクネたちも強化されている。


(そろそろお灸を据えてやらねばならんな)


 ラントは帝国が蠢動しすぎていることに苛立っていた。何よりマリーを死の縁まで追い詰めた。故に帝国に容赦するつもりなどない。

 既に良い治世を行う皇帝に恵まれ、寒くはあるが寒冷な場所でも育つ作物が満ちて飢えもない。遥か昔の大帝国のように大陸南部を侵略する必要性はないのだ。ただ単に昔の版図を取り戻したい。大陸の覇者として君臨したい。それだけが動機だろう。


(皇帝はそれほど領土的野心があるか? いや、違う気がするな。そうは思えん。エーファ王国やアーガス王国が独立した時に割を食った貴族たちが居た。そいつらが主犯だろうな。負け犬たちはよく吠える。躾をしてやらねばならんな。ちっ、皇帝も部下をきちんと躾けておけ。おかげで俺が無駄に頑張らねばならん)


 帝国がどれほど強大でも大陸制覇は無理だ。

 北の諸国は取るだけ損な土地であるし、南西部には獣人の国がある。獣人たちもエルフほどではないが精強なのだ。しかもエルフよりも数が居る。

 獣人たちが団結すればアーガス王国やエーファ王国など軽く制覇してしまえるだろう。だが彼らは彼らの土地で満足し、争いも少なくやっていると聞く。獣人たちは領土的野心がないのだ。しかしこちらから侵略すれば必ず牙を剥くだろう。


(南西部の大山脈は越えたことがないな。一度は行ってみたいものだ。獣人たちの暮らしにも興味がある。くくくっ、子が成長したらマリーを誘って行ってみよう。その頃にはマリーも十分に魔法が使える筈だ。神気も自在に操っているかも知れん。なにせ神の愛し子だ。試練など潜らなくても神に愛されている。羨ましい限りだな)


 ラントはマリーが神に愛されていることを羨ましいと普通に思った。事実危機が起きた時にラントと出会った。神が悪戯したとしか思えない。

 南西の大山脈と樹海と言う魔境を超えねば獣人たちの治める半島に辿り着けさえしない。そしてそれは帝国の騎士団や魔導士たちでも不可能なことだ。それができるならとっくに北方山脈を開拓し、要塞に守られていない抜け道を作り出し、エーファ王国やアーガス王国に攻め込んでいることだろう。


(聖国も厄介だな。見つかる訳には行かん。奴らは狂信者の集まりだ。狂っているとしか思えん)


 南の聖国も領土はそれほど広くはないが精強な騎士団と神聖魔法を使える軍団が居る。神の試練を積極的に受け、何千人と言う実力者の犠牲を出しながらたった一人の聖人や聖女を作り出すのだ。明らかに狂信者たちの集まりだ。

 聖国は神への信仰が一番であり、やはり領土的野心は少ない。アーガス王国は国境を接しているが、南が安全なのはその辺りもある。だがその分南部は教会に汚染されている。神を信じる平民が多いのだ。


(神に祈っても何にもならんと言うのにな)


 神を信じるのは良い。実在するからだ。

 だが神は人族など助けてくれない。助けてくれるのであれば人族が絶滅し掛かった時に助けてくれているはずだ。祈っても神は全く感謝はしない。助けもしない。死にそうになっているのを遥か天上から見下ろし、楽しんでいるのだろう。

 実際神の試練は恐ろしく難解で意地悪な物だ。神がお優しいと言うのならば試練も優しい物になる筈だ。神の寵愛や加護を持った人族がもっと居ても良い。だが現実は居ない。それが全てだ。

 そして神を信じるのは良いが教会は信じてはダメだ。アイツらは神への信仰を餌にして金を稼いでいるだけの詐欺師でしかない。南部の平民たちは皆騙されている。

 流石に上級貴族たちはそれに気付いている。故に寄付金だけ与え、政治に口を出させないように厳重にチェックしているのだ。


「来るぞ。備えろ、リリアナ」

「誰に言っている。アールヴの姫だぞ。あの程度の魔物、幾らでも殲滅してくれよう」

「いや、リリアナに暴れられては俺が困る。予定があるんだ。頼むから大人しくしていてくれ」

「くくくっ、わかったさ。とくとラントの活躍を見守らせて貰おうぞ」


 ラントはリリアナが切れて予定が崩れることがないように祈った。ただし神にではないが。とりあえず精霊に祈って置こう。精霊は加護をくれただけではなく、ラントの味方になってくれたのだから。……試練はクソだったが。



 ◇ ◇



 リリアナはワクワクしながらラントの事を見ていた。人族など全てゴミカスだと思っている。塵芥に等しい。なぜ先祖は人族などを助けたのか。リリアナの感覚では助ける価値などないと思っている。だがわざわざ森を出て殺しに回るほど戦闘狂でもなんでもない。リリアナはエルフの中では穏健派なのだ。少なくとも自己分析の中では。


(ふふふっ、この男は里の軟弱者たちとは違うわ。それをたった二十五歳で成し遂げるなんてあり得ないわ。兄ですら五百歳で試練を受けたのよ。そしてギリギリだったと言っていたわ)


 兄が受けた試練は風の大精霊の試練であった。それも先に風の中位精霊を手なづけ、ギリギリで突破したと言う。

 それでも兄は優秀な方だ。リリアナに迫る魔力を持ち、次期族長としてしっかりと教育されている。


(まぁ私には関係の無いことだけれどね)


 リリアナは生まれた時から精霊たちに愛されている。故に風と水の中級精霊が生まれた時からついている。試練を受ける必要などない。そのうち光の精霊の試練を受けようと考えている。精霊たちはリリアナの良き隣人だ。リリアナがこうして欲しいと思えば必ず叶えてくれる。

 リリアナは刺激を欲していた。そして森の様子がおかしいというご尤もな建前を持って里を出てきた。故にラントとの出会いは必然だ。精霊たちが叶えてくれたのだろう。


(ふふっ、ラントが私の伴侶になるのは当然だわ。何せ精霊様が会わせてくれたのだから)


 雷の大精霊を従える人族など聞いたことがない。大精霊の試練はエルフたちですら困難なのだ。中級精霊の試練を抜けた精鋭が百人集まってやっと一人生き残るかどうかと言う所だろう。

 エルフの数は少ない。精霊の加護を受けた戦士が一人欠けるだけで里には大打撃だ。新しい子もなかなか生まれない。故に大精霊の試練に挑む者は本当に少ないのだ。


(まぁ私はそのうち受けるけれどね。精霊を祀り、精霊樹を崇めているのよ? 大精霊様の試練、受けないアールヴの方が恥ずかしいわ。よく大きな面をして生きていけるわね。人族をか弱いと蔑むほどの価値はないわ)


 大樹海にはいくつか集落があるが、それでも千を超える程度だろう。少なくとも二千は居ない。西の森にも集落があると聞く。合わせても五千は居ないだろう。何十万、何百万も居る人族が信じられない。

 だが何百万も居るからこそ、ラントのような異物が生まれるのだろう。そうでなくては説明ができない。ラントのような男が万も居ればエルフは滅ぼされてしまう。安心なことはラントはそのようなことをするような気配はないし、ラントはやはり特別であると言うことだ。


 ラントからは精霊力だけでなく神の気配すらする。

 神の試練も抜け、大精霊の試練も熟すなどエルフの里でも聞いたことがない。それほどの傑物だ。


(逃さないわよ、ラント。私から逃げられるとは思わないことね)


 良い男を見つけたと思った。この男ならリリアナを退屈させることなどないだろう。樹海が荒れるのも許せない。多少の手助けくらいはしてやろうと思う。ラントを失うなど考えられない。数十年程度ならリリアナに取ってはほんの少しの間だ。そしてその間にラントは更に強くなるだろう。誰も、もしやしたらアールヴですら敵わぬ高みに立つのだ。

 リリアナはそんな未来を夢想した。

 そして思案している内にオーガが拓けた場所まで辿り着き、一呼吸している。だがアラクネたちもその場所に辿り着いた。彼らは一触触発だ。当然リリアナは気付いていた。これからラントが何を見せてくれるのか。それが重要だ。リリアナはワクワクしていた。久しぶりの刺激だった。ラントの背を熱く見つめていたら、ラントがぶるりと震えた。


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