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103.グリフォンから見る景色

「そろそろ出ねばならんな。リリアナが居らねば第四騎士団と公爵騎士団でなんとかなったものを」

「そう邪険にするものではない。多少なら手助けしてやろう。私が味方になるのだ。百人力だろう」


 ラントが樹海を見つめて呟くとリリアナが答える。

 確かに彼女の助力があれば百人力どころではない。リリアナならばオーガやアラクネどころかベヒーモスか大蛇の魔物の片方を任せても良いくらいだ。

 陣地を構築して二日が経った。そろそろオーガの集団とアラクネの集団がぶつかり合う頃合いだ。オウルたちの目で確認すると順調に予定地に奴らは向かっている。今日の昼にも戦いは始まるだろう。大乱闘だ。そして森は荒れ、氾濫が起きる。これは確定事項だ。其の為にこの場に陣を張ったのだ。樹海から漏れ出る魔物を迎撃しやすく、クラクフ市にも逃げやすく、村などもない。良い立地だ。


 リリアナはラントの天幕に居着いている。楽しそうにラントの出す酒や茶を飲み、肉を食う。エルフは草食なイメージだが当然そんな訳がない。魔物を倒せば肉が得られる。そしてそれは森の恵みの一つだ。骨一つ無駄にせずに頂くのがエルフの流儀だ。故に肉も当然食う。酒も果物を自然発酵させた酒を作ると聞く。


「ヒューバート、ヴィクトール。俺はそろそろ出ようと思う。お前らも来るか? グリフォンには多くの人数が乗れる。鞍も作ってある。安心して乗るが良い。〈浮遊〉の魔法程度使えるであろう」

「ふむ、クレットガウ卿がどうするのか興味はあるな。それにグリフォンの背に乗れる機会などそうはない。陣地は大隊長に任せて置けば大丈夫だろう。俺が出張ったのはクレットガウ卿がどうするのか見たかったからだ。俺は乗ろう」

「私もグリフォンの背には興味があります。是非連れて行って頂ければ」


 ラントは二人の返事に頷いた。


「良いぞ。ついでに有望な騎士や魔導士を数名ほど連れてこい。樹海での魔物の大決戦など見ようと思っても見られる物ではない。魔物とはどれほど恐ろしいのかと自身の目で見て実感せねば理解らぬ。ヴィクトール、良い弟子は育っているか?」

「はい、精鋭を揃えて来ています。その中でも有望なのは数人居ます。何人乗れますか?」

「うむ、公爵閣下も誘うつもりだ。俺のグリフォンにはリリアナが乗るだろう。故に全部で六人だな。公爵閣下と護衛騎士か魔導士が二人、ヒューバートとヴィクトール、それにヴィクトール推薦の魔導士に騎士か。ふむ、少し席が足らないな。籠を持たせるか。上空には俺のグリフォンとリリアナが居る。空の魔物に襲われても大丈夫だろう」


 ラントが言うとリリアナが大きく頷いた。


「その程度なら力を貸してやろうぞ。近寄ってくる空の魔物を撃ち落とせば良いのだろう。造作もないことだ。グリフォンに喧嘩を売る阿呆な魔物もそういまいて」

「ふふっ、頼りになるな。さすがアールヴの姫だ。トレントの素材がある。それで作った矢を進呈しよう。好きなだけ撃ってくれ。ヴィクトール卿、ヒューバート卿。自身の身くらい守れるであろう」

「「はっ」」


 リリアナが居るので二人は腰が低い。ラントに跪いた。流石にむず痒い。ラントはそれほど偉い訳ではないのだ。ただ公爵閣下のご指名で、王太子殿下の命令書を持っている。それだけの男だ。間違っても騎士団長や宮廷魔導士が跪く相手ではない。

 だがこれも仕方のないことかも知れない。ラントは力を見せすぎた。そうするしかない状況であったので仕方がないのだが、マリーにうまく乗せられてしまった感は否めない。


(マリーは遠くに居るがおそらく策謀を巡らせていることだろう。そちらも油断ならんな。だがそれを楽しみにしている俺もいる。くくっ、笑いが止まらん。大きな地雷であったがやはり助けて正解だった。見捨てていたら必ず後悔しただろうしな)


 あれほど美しく、聡明な女だ。魔物の餌になるのも傭兵の餌食にさせるのも惜しすぎる。

 他の貴族に掻っ攫われるのも勘弁だ。もし勝手に婚約者が決まっていたらラントはマリーとエリーだけ攫い、逃げ出すことだろう。子爵の座などどうでも良い。ラントにとっては爵位は飾り程度にしか感じていなかった。


 ラントはアーガス王国も気に入っているがマリーの方が大事なのだ。エリーはついでだ。何が何でもマリーについてくるであろう。マリーにも侍女が必要だ。故にエリーくらいなら連れて行く。そのくらいの余裕はある。

 聖国は不味いので獣人の国や竜人の国などどうだろうか。公爵家の意向は届かないが獣人も竜人も強さを尊ぶ。ならばラントの独壇場だ。

 リリアナがラントを気に入っているのも精霊を従えているからだ。試練を突破し、精霊の加護を得ている。だからゴミを見るような目で見られず、ラントの名も覚えられている。

 リリアナは他の人族など誰も覚えていないだろう。覚える気すら感じられない。公爵であろうが、宮廷魔導士や騎士団長であろうが関係ない。弱い人族など彼女にとってはそこらに舞う塵芥ちりあくたと同じなのだ。



 ◇ ◇



(これがグリフォンの背というものか。素晴らしい景色だな。〈飛行〉の魔法ではこうはいかないな)


 ヴィクトールはグリフォンの背に乗って感動していた。

 ラントの操るグリフォンは二体居り、ラントとリリアナはそちらに乗っている。ランドルフ公爵閣下と騎士と魔導士はグリフォンの背に乗り、ヴィクトールとヒューバートも一緒させて貰っている。まさか現役の公爵閣下と同じグリフォンに乗ることになるとは思わなかった。


(流石に緊張するな。公爵閣下の武威、只者ではないぞ。魔導も嗜むと聞く。公爵家の嫡子でなければ近衛騎士団の団長にも宮廷魔導士の長にもなれただろうと言われた方だ。私では到底敵わんな。今も現役で魔物を狩って居ると聞く。流石音に聞く東の鬼と言われる公爵閣下だ。持っているハルバードなどどれほどの白金貨が舞うのか想像もつかん)


 ヴィクトールは大きなハルバードを持ち込んで堂々とグリフォンの最前列に座っているルートヴィヒを見て思った。

 そしてグリフォンの持つ籠の中にはヴィクトールやヒューバートが選んだ精鋭たちが乗っている。彼らは大凡三百メルと言う高さに恐ろしく思っているようだが、グリフォンの飛行はとても安定していて揺れすらない。ホバリングも自由自在だ。グリフォンは空の王者の一角なのだ。風魔法など意識せずとも使えるのであろう。でなくてはこの巨体が浮くなど信じられない。〈遮風〉の魔法も使っているようでものすごいスピードで翔けていると言うのに風が感じられない。なんと快適な空の旅だと思った。


「それにしても赤の翼を持つグリフォンとは。希少種だな。流石クレットガウ卿、商業ギルドが持つグリフォンや国が管理しているグリフォンとは桁が違う。これは俺も勝てんぞ。今まで相対した魔物の中でも魔力だけでも圧倒的だ。更に風や火の魔法を使うと聞く。このグリフォンに襲われただけで第四騎士団の大隊は壊滅的な被害を受けるであろう。勝てる未来が見えん」

「そうですね。私も初めて見ました。凄まじい魔力ですね。つがいで竜と争っていたというのも理解る強さです」

「そうだな、二体で竜と伍するグリフォンだ。並大抵のグリフォンではない」


 ヒューバートが感想を述べる。そろそろ着くはずだ。樹海の中を進めば十日は掛かる距離が一瞬だ。

 そしてラントの言う通りオーガの軍団とアラクネの軍団が近づいているのがわかる。皆〈遠見〉の魔法くらい扱うことができる。基礎魔法の一つだ。騎士見習いですら扱える。そのくらいメジャーな魔法なのだ。そして大きな魔力が二つ。これがオーガキングとアラクネクイーンの魔力だろう。かなり離れているのにはっきりとわかる。

 木々に邪魔されているが薙ぎ倒しながら進んでいるので樹海で巨大なオーガやアラクネたちが我が物のように進んでいるのがよく見える。間違ってもあの中に飛び込んでいくなど考えられない。ヴィクトールならば即死する未来が容易に見える。


「あそこに飛び込むのですか。有りえませんね」

「俺も考えられん。一個大隊あったとしても、二個大隊あったとしても嫌だな。最低でも半数は死ぬだろう。全滅も覚悟せねばならぬ」


 だがラントはあそこに飛び込むと言う。信じられなかった。

 しかし本人がやると言うのだ。やると言うことはできると言うことだ。少なくともラントは出来ないことは言わない男だとこれまでの経験で知っている。

 今回もおそらくヴィクトールの予想もしない手段で切り抜けるのであろう。目に見えるようだと思った。


「ランベルク公爵閣下、ヒューバート卿、ヴィクトール卿、私はそろそろ樹海に降り立ち、準備をせねばなりません。ここが特等席です。空の魔物が近寄ってきてもアルとイルが必ず助けてくれます。アルとイルに近づこうなどという魔物はほとんど居ません。そして万が一竜などが現れ、敵わぬと見れば即座に陣地に逃げ出すように指示を出しています。ご安心ください」

「わかった。卿の武運を祈ろう」


 ランベルク公爵がラントの言葉に返す。ヒューバートとヴィクトールは何も言わなかった。


「飛び降りた!?」


 そして声を掛けて少しだけラントはリリアナと話をし、そのままグリフォンから飛び降りた。

 ラントなら地上ギリギリで〈浮遊〉の魔法を無詠唱でできることは要塞戦で使っていたので知っている。だが向かう先は大樹海のど真ん中だ。更にそこにはオーガキング率いる数百体のオーガたちと、アラクネクイーン率いる数百体のアラクネたちだ。

 そのど真ん中に飛び降りるとはどれほどの勇気か。とても真似できるものではない。

 そしておそらくグリフォンの上で待っていろと指示されたであろうリリアナも飛び降りた。だがヴィクトールはリリアナについては心配すらしていなかった。何せエルフの姫だ。人族に取っては恐ろしい樹海を庭のように歩くエルフたちだ。彼女が森を歩けば木々すら避ける。自然とだ。そんなリリアナを心配する者は居ない。

 ラントが何をするのか直接みたいのであろう。ラントもよくぞあれだけ気に入られたものだ。だがヴィクトールはどれほど美しかろうともエルフなどとは関わり合いになりたくはないと首を振った。

 リリアナが降り立つのを見て、ヴィクトールはホッとした。おそらく他のメンバーもリリアナがこの場に居ないことを良かったと思っているはずだ。満場一致で心が団結していると確信できる。


(いや、クレットガウ卿も心配など要らんか。彼ができると言ったらできるのだ。怪我の一つもするかも知れないが魔法薬など常備しているだろう。心配するだけ無駄だな)


 ヴィクトールは諦めた。そして他の者たちも、ラントの事を知る者ほどとっくに諦めていた。


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