102.グリフォンと竜殺し
「さて、どうするのだ。私は興味しかないぞ。大口を叩いだのだ。見事樹海が荒れるのを防いでみよ」
「すでに手は打ってある。大丈夫だ」
ラントはリリアナに問われてそう答えた。ルートヴィヒは公爵騎士団を指揮し、ヒューバートやヴィクトールたちも離れている。ガンツだけはラントの元で小さくなっている。
エルフになど関わりたくないのだろう。静かに沈黙を守っている。遮音の結界も張ってあるのでリリアナとラントが何を話しているのかは伝わらない。読唇くらいはできるだろうが下を向いている。ガンツが可哀想だとは思うが仕方がない。ラントの命令はその場で待機なのだ。雇われている立場にあるガンツは従うしかない。
「ほぅ、だが私は現場を見たい」
「〈飛行〉の魔法くらい使えるだろう。幾らでも見れば良い」
「そうだな、〈遠見〉の魔法も使えば良いか」
「あぁ、だが公爵閣下や先ほどのヒューバート、ヴィクトールたちにも現場を見せたい。俺たちはグリフォンに乗るつもりだ。一緒に乗って行っても良いぞ。上空から見下ろす形になるが、特等席だ」
「ふむ、それは良いな。私もグリフォンの背に乗せて貰うことにしよう」
「問題ない。俺の従魔だからな、脅かすなよ」
「ふふっ、気をつけよう」
リリアナは華麗に笑った。マリーとは違う狩人の笑みだ。どちらも傾国と呼ばれてもおかしくないほどに美しい。伝承に聞くエルフとは皆美形だと聞く。魔力の強い人族も美形に生まれる。魔力持ちは基本美形なのだ。故に貴族も基本的にタイプは様々であるが美男美女ばかり生まれる。
こればかりは前世とは比べ物にはならない。ラントは前世で見たこともない美男美女が街を闊歩しているのを見て驚いたものだ。
ラントの家族も美形だらけだった。親ガチャ成功だと喜んだ物だ。
だがそれは違った。魔力を持って生まれれば皆美形に生まれるのだ。更に美形同士で子を為している。美形に成らないはずがない。
それを極めているのがマルグリットやコルネリウス、ベアトリクスなどだ。王族、公爵家は皆魔力が高い。美しく無い訳がなかった。
ガンツも身形は薄汚いが整った顔立ちをしている。ザップもそうだった。どこかの貴族の落とし胤なのだろう。そうでないと一級などには成れはしない。
「ガンツ、お前の親は貴族か」
「騎士様だと聞いております。しかし会ったことはありません。私が魔力持ちに生まれたことで村では湧いたと聞きます。実際村には仕送りをしても十分贅沢ができるだけの財を為しております。そういう意味では感謝しています」
「そうか、まぁ俺も村を訪ねると必ず女をあてがわれるからな。そういうもんだろう」
「クレットガウ子爵閣下ならばどこの村でも大歓迎されるでしょう。いらしただけで村では祭りが行われ、美女を十でも二十でも並べられるでしょう。村娘など田舎くさく、クレットガウ子爵閣下には物足りぬかもしれませんが、村では精一杯のもてなしです。是非ご賞味頂けると村人も喜ぶと思います」
ガンツは素直にラントの問いに答え、更に念まで押してきた。まぁ良いだろう。そのくらいの方がハンターらしい。ラントはニヤリと笑った。
「クレットガウ卿、公爵騎士団たちは配置についたぞ。第四騎士団も陣地を構築している。素晴らしい陣地だな。卿が作ったのか」
「いつ氾濫が起きるとも知れません。故に急ぎで作らせて頂きました。本来なら公爵騎士団や魔導士団にやらせようと思いましたが、案外時間は残されていないようです。公爵騎士団も第四騎士団も国家に取っては大切な存在です。帝国の陰謀などで失われては堪りません。故にでしゃばりました。申し訳ありません」
「いや、構わぬ。あれほどの陣地であれば氾濫もしばらくの間は食い止められることであろう。辺境伯や他の樹海に近い街にも近い内に氾濫がある可能性が高いと早馬や鳥を出しておいた。すぐさま対処するであろう。これも卿がしっかりと対処してくれたおかげだ。我らだけでは大勢死者が出たかもしれぬ。感謝する」
ルートヴィヒは現役の公爵だと言うのに頭を下げた。通常ならあり得ない光景だ。
「頭をお上げください。ランベルト閣下。私は王太子殿下の命を受け、仕事をしているに過ぎません。ランベルト閣下はランベルト閣下の使命を果たされれば良いのです」
「じゃが卿を指名したのは儂じゃ。儂の勘も鈍っておらぬ。エルフの姫君が現れたのは驚いたがそれほどの大事ということじゃ。それにしても帝国の陰謀じゃと。聞いておらんぞ」
ルートヴィヒは問い詰めるようにずいと迫った。
「どうやら樹海を抜けた先の荒野に帝国の部隊が潜んでいるようです。魔寄せ香を樹海にばら撒き、強大な魔物を作り出し、公爵領を蹂躙しようとしていたようです。もちろんそんなことは許しません。彼らには相応の報いを受けて貰うと致しましょう」
ルートヴィヒは大きく頷いた。
「そうじゃな。許せぬことじゃ。樹海の先か、流石に抜ける手は思い浮かばん。クレットガウ卿ならなんとかなると言うのか」
「従魔にグリフォンが居ります。故にグリフォンの背に乗れば樹海を抜けることも不可能ではありません。空には空の魔物の縄張りがあるので安全だとはいいませんが、徒歩や馬で抜けるよりは余程マシでしょう」
ルートヴィヒは驚き、そして頷いた。
「なるほど、グリフォンか。それならば納得が行く。クレットガウ卿は様々な手札を持っているの。羨ましい限りじゃ。聖国などはグリフォン部隊を作り上げていると聞く。アーガス王国にも欲しいものじゃ。じゃがやり方がわからん。グリフォンなど通常は災害でしかない。どうやって従えたのじゃ」
「私の場合はグリフォンの番が竜と戦っていたのです。そして私は竜の素材を欲していました。故にグリフォンに加勢し、竜の首を落としました。そうしたらグリフォンたちが懐いたのです。残念ながら再現性はありません。商業ギルドのグリフォン便も偶然グリフォンを手懐けられた魔導士が居たと聞いています。どうやったのかは私もわかりません。獣人の国家ではワイバーンを飼いならしているとか。羨ましいことです。どうやっているのでしょうね。私も気になります」
ルートヴィヒは唸った。ラントが竜殺しだと告白した為だ。
竜は空の王者であり、飛ばない地竜でも大地の王者だ。ベヒーモスと地竜はどちらが勝つかわからない。それほど強大な敵なのだ。
ラントとてグリフォンの番と争い、グリフォンたちに注意が向いていなければ竜の首を落とすことなどそう簡単にはいかない。グリフォンたちと争っている時に横槍を入れ、ゆっくりと巨大な魔法を長い時間詠唱し、不意打ちをして竜の首を落としたのだ。
おかげでほぼ完全な竜の素材を手に入れることができた。若い竜だったのもあるが、気性が荒く、見ているだけで酷く手強かった。不意打ちでなくまともに戦えばシヴァやトールの力を借りなければ自身の力では討伐できなかったであろう。
だがそんなことはラントはおくびも出さずに淡々と語った。自身を大きく見せる必要はないが、小さく見せるのも悪手だと言うことをよく知っているのだ。
◇ ◇
「むぅ、クレットガウ子爵は竜殺しであったのか。それも納得が行くものよ。お主ほどの英傑ならばアーガス王国にも居ない竜殺しの称号を持っていても驚かぬ。なにせハンスが絶賛していたのでな。先の国王陛下もクレットガウ子爵の実力には興味を示していたぞ。近衛騎士団長が陛下の近衛に誘ったそうではないか。陛下の傍に子爵の身で侍られるなど通常は考えられん。だが卿は断った。更に竜殺しを成し遂げ、グリフォンを従えていると言う。流石じゃな、儂の想像を大きく超えておるわ。卿ならばこの国難も必ず乗り越えてくれると信じよう。帝国の部隊など蹴散らしてくれ。国を好きにされて帝国に怒りを持っている貴族は多く居る。じゃが帝国は遥か強大で太刀打ちなどできぬ。アーガス王国もエーファ王国も泣き寝入りするしかあらぬ。じゃが卿が居れば、帝国の牙城も崩せよう。まずは今回の氾濫をうまく鎮めて見よ。さすれば儂は卿を伯爵へ推薦しよう。一年も立たずに平民から伯爵など三百年の歴史のあるアーガス王国でも例がないぞ。だが確約しよう。儂の養子となり、息子が持っている伯爵号を進呈しても良い。それならば堂々とマルグリットを娶れるであろう。どうじゃ、やる気がでたか」
ラントはルートヴィヒのいい様に笑いが漏れた。
「ふふふっ、閣下も煽るのが上手いですね。伯爵号への推薦は大歓迎ですが養子は勘弁して貰いましょう。マルグリット様も元はエーファ王国のブロワ公爵の出。あちらにも配慮せねばなりません。アーガス王国で勝手に娶るなど許されないでしょう」
「なるほどな。そちらもあったか。忘れておったわ。がははははっ」
ルートヴィヒはラントの言い分にしっかりと頷いた。
確かにそうだ。マルグリットは可愛い孫娘ではあるが、同盟国の公爵の娘。帝国の策謀により国外追放にされたが、公爵の娘であることには変わりがない。本国よりマルグリットの引き渡しも要請されていると聞く。ブロワ公爵家に筋を通さねばマルグリットを娶れぬというのは筋が通っている。
ラントがマルグリットに手を出さないのも同様の理由だろう。先に手を出してしまえばブロワ公爵の怒りを買いかねない。例え娘の命の恩人だとしても怒り狂うだろう。目に見えるようだった。実際ルートヴィヒがその立場ならば怒りに震え、即座にハルバードを構えて打ち据えるだろう。
だがアーガス王国の伯爵にして、一代で成り上がり、国家の英雄としてブロワ公爵家にマルグリットを送り届けたらどうか。マルグリットの命を救い、アーガス王国王都まで送り届け、帝国に共に相対するアーガス王国を二度も救い、伯爵号を頂くのだ。ブロワ公爵家も文句一つ言えずにラントにマルグリットとの仲を認めざるを得ない。
ラントはしっかりとマルグリットを正式に娶る準備を整えている。そうでなければこれほど誠実にアーガス王国に貢献する訳がない。
ラントの本質は一匹狼だ。孤高であり、一人で何でもでき、どこででも生きていける。アーガス王国に居るのはマルグリットが居るから、その一点だけだ。陛下への忠誠心など欠片もないであろう。跪くのも振りだけだ。ルートヴィヒはラントの自由な心を見抜いていた。そしてそのラントに手綱をつけた孫娘の手腕に舌を巻いた。よくぞ引き止めた物だ。おかげでルートヴィヒが今まさに危機から救われようとしている。
良い孫娘を持ったとルートヴィヒは思った。そしてマルグリットの危機にラントを遣わせた神に感謝をした。