101.ラントの秘策と公爵の苦悩
「ふむ、大鬼の軍団が形勢されているな。あと女郎蜘蛛の軍団もいる。それぞれ北と南から中央に向かっている。すぐにぶつかるだろう。オーガは王が存在している。将軍や上位種も多数居るな。アラクネも女王が率いている。ほぼ同数だな。どちらが勝つかはわからん。そしてその後ろで虎視眈々と大蛇の魔物が狙っている。そしてベヒーモスも幼体だが狙っているようだ」
ラントがオウルたちからの視線で樹海を偵察すると大きく動く軍団と強力な魔物が存在することが発覚した。
「オーガキングだと! 大災害ではないか。街が滅ぶぞ」
「アラクネは森の中では無敵だと聞きます。市街戦も強い。溢れ出ればクレクフ市は蹂躙されるでしょう」
「更にベヒーモスに大蛇の魔物だと。それ一匹で騎士団が蹂躙されるぞ。伝説の魔獣だ」
「我ら魔導士団も五十では足りませんな。最低二百は欲しいところです」
ラントの報告にヒューバートとヴィクトールが叫ぶ。ガンツはあまりのことに黙っている。ルートヴィヒはまだここには居ない。情報の共有が必要だろう。
オーガキングにアラクネクイーンもまずいが、更に大蛇の魔物とベヒーモスの幼体だ。大蛇の魔物はヴァイパーのように三角頭をしている。遠目では種族までは特定できない。だが近づくと気づかれる。三十メルほどの長さがあり、太さも三メルほどある。
ベヒーモスも同じくらいの大きさだ。ラントが倒した個体は五十メルを超えていたがもっと大きいベヒーモスも存在すると言う。ジジイとラントが倒したが強敵だった。何の魔法を放っても効かなかった。結局ラントは本気の一撃を放ち、なんとか倒したのだ。
大蛇の魔物もベヒーモスも樹海の中を木々を薙ぎ倒しながら我が物のように動いている。近づいてくる魔物など居ない。先に居るオーガたちやアラクネたちを狙っているのだろう。
「ふむ、魔寄せ香を目的の場所に置いておこう。五つもあれば必ず進路を変えるはずだ。そして樹海の奥でぶつかる。狩人の利を取らせてもらう」
「ですがそれではオーガかアラクネの勝者が強化されてしまいます。更に大蛇の魔物やベヒーモスがいるのでしょう。これは国を挙げて対処せねばならない案件です」
ヒューバートが進言してくる。確かにその通りだ。通常ならば。だがラントが居るのだ。問題ない。アラクネクイーンやオーガキング、更に上位種たちの魔核を争いの中こっそりと奪う。そうすればキングやクイーンは強化されない。どちらが勝っても瀕死になっている。そこを突く。それならラント一人で片が着けられる。
ラントは二人にそう説明した。しかしヒューバートとヴィクトールは絶句していた。街を滅ぼす可能性のある軍団の戦いに単身舞い降りると言っているのだ。通常なら必ず死ぬ。一級ハンターだろうが特級ハンターだろうが騎士団長だろうが宮廷魔導士だろうが生き残れないだろう。
だがラントには切り札が幾つもある。近くで潜み、隠者のローブで隠れ、空間魔法で魔核だけ抉り取り、奪うのだ。一人であれば問題ない。むしろ足手纏いがいれば難しくなる。だが空間魔法の事は話せない。隠者のローブもだ。国に知れれば取り上げられる。禁忌指定されるか更に作れと命令されるかも知れない。そんなことはラントもごめんだった。
「俺ができると言えばできる。信じられんか」
「いえ、それは」
「クレットガウ卿が言うのならばできるかも知れませんが危険ですよ」
二人は狼狽えながら忠言してくる。彼らの常識の範疇にない話をしているのだ。仕方のないことだろう。
「危険は承知で言っている。リスクのない戦いなどない。俺だって死角から弓を頭に撃たれたら死ぬ。リリアナの弓など例え五百メル離れていても躱すのもギリギリだろう」
「ふふふっ、わかっておるではないか。ラントよ。私の弓は百発百中だ。どうだ? オーガやアラクネ程度蹴散らしてやろうか?」
「いや、いい。自分でやると言っただろう。良い魔核を得るチャンスだ。上空で見ていてくれればいい。リリアナの手を煩わせることなどせん。アールヴに借りを作っても返せるあてがない」
リリアナが笑う。楽しそうな玩具を見つけたような子供のような笑いだ。
「くっくっく、大口を叩きおる。オーガキングやアラクネクイーンなどアールヴの戦士ですら十人は連れて行くぞ。それを一人で処理すると言うのか」
「俺はできんことは言わん。大人しく見ていろ。必ずやり遂げて見せるさ。特等席を用意してやる」
ラントはリリアナに対してニヤリと笑った。リリアナも大きな声を出して笑った。
ヒューバートやヴィクトールはリリアナの存在にも少しは慣れたようだ。リリアナが魔力を隠してくれたのが大きい。膨大な魔力を無造作に放出されれば、魔力に敏感な騎士や魔導士たちはそれだけで恐れる。
戦っても魔力差でこちらの攻撃は通らず、向こうの攻撃はどれほど硬い結界を張っても突き破られる未来が見えるのだ。鎧や盾などもあっさりと突き破られるだろう。その未来を二人は見えているのだ。
だから誰もリリアナには話し掛けもしない。リリアナも二人に構いもしない。その距離感で良い。エルフと無駄に関わる必要はないのだ。
◇ ◇
「オーガキングにアラクネクイーンの軍団じゃと! 更に大蛇の魔物にベヒーモスだと。大事ではないか! 公爵領どころか国が滅ぶぞ!」
ルートヴィヒは公爵騎士団を移動し、素晴らしい陣地が既に形成されていることに驚いた。だがラントの報告を聞き、大声を上げ、頭を抱えたくなった。
どれも現れれば強大な被害を出す魔物として有名だ。それが軍を為している。王や女王まで居る。どれほどの被害が出るか全く予想ができなかった。更にそれを追う大魔獣まで居ると言う。絶句しかない。
「大丈夫です。秘策があります。必ずやり遂げて見せましょう。公爵閣下はドンと構えて居てくれれば良いのです。森からは常の氾濫のように魔物が溢れでます。それに対処して欲しいのです」
「相わかった。しっかりと役目を熟すとしよう」
だがラントはそれらを争わせると言う。
公爵騎士団や第四騎士団はその戦いの余波に当てられて樹海から逃げ出す魔物を狩れば良いのだと説明されてホッとした。
それならば通常の氾濫とそう変わらない規模になるはずだ。十年に一度は樹海のどこかで氾濫が起きる。東を守る公爵家や辺境伯家はそれらを常に監視し、ハンターたちと騎士団で対処してきたのだ。何時もの様に対処すれば良い。そう説明されて胸を撫で下ろした。
(こやつ、幾つ切り札を隠し持っている。油断の成らぬやつだ。だからこそマルグリットは惚れたのだろう。厄介な男に惚れたものよ。だがこれほどの男でしかマルグリットの相手は務まらん。子爵でも良い。認めるべきかも知れんな。だが今回の氾濫、言葉の通り収めれば伯爵へ推薦しよう。公爵家が持っている伯爵号を一つ進呈しても良い。うむ、それが良いな。陛下へそう進言すれば陛下もお考えくださるだろう。宰相や大臣などには文句など言わさぬ。国の大事なのだ。それを解決した英雄に報いぬなどとは有りえん)
ルートヴィヒはラントの言う通りに状況が運べばラントを伯爵に推薦することに決めた。
ベヒーモスや大蛇の魔物の存在には恐れ慄いた。ラントの話を聞き、クラクフ市を放棄せねばならないと覚悟した。しかしそうはならないとラントは丁寧に説明する。
(しかし一体どうやると言うのじゃ。全く想像もつかんぞ)
だがどうやってそれらを制御するのかは教えてくれなかった。ラントの秘技の一つを使うらしい。公爵にすら明かせぬ秘技だ。
ルートヴィヒも敢えて聞き出そうとは思わなかった。気にはなる。権力を使えばラントも諦めて明かすだろう。だがその後ラントがマルグリットを攫い、他国に逃げてしまう可能性もある。そんなリスクは負えない。
ルートヴィヒが深入りしたせいで王国の英雄を逃がしたなどとどう国王陛下に釈明すれば良いと言うのか。流石のルートヴィヒでも触れられなかった。
◇ ◇
「まぁ、魔法士や魔導士でもこれほどやり方が違うのね」
「そうですね。それぞれ人にあったやり方というのがあります。マルグリットお嬢様は良い師について居られますね。理解力も高い。上級魔法すらそのうち覚えられるでしょう。魔法士や魔導士にすら成れると思います。様々な魔法士のやり方を聞き、自身にあったやり方をすれば良いのです。エリー殿も男爵家の出とは思えませんね」
「私もマルグリットお嬢様と一緒に鍛えておりますから。男爵家の出である為魔力は大してありません。しかしそれでもマルグリットお嬢様の盾にはなれます。常にそうあれるよう研鑽を積んでおります」
「ふむ、流石マルグリットお嬢様の侍女ですね。侍女の鑑だと思います。我々も見習わなければなりませんね。公爵閣下には今回我々は連れて行って貰えませんでした。しかしマルグリット様のご尊顔を拝せるだけで幸運と言うものです。部下の魔法士たちが畏れ多くて話しかけるのも躊躇っておりますよ」
マリーは美しく笑った。その笑顔一つで傾国と呼ばれてもおかしくないとマリーに魔力制御を教えている魔導士は思った。実際部下たちは男女関わらず見惚れている。魔導士自身も見惚れているのか一瞬思考が飛んでしまっているように見える。だがそれでは困る。今は授業の時間なのだ。
「あら、わたくしが請うて教えて貰っているのですから気にならさず話しかけてくださって構いませんことよ。むしろきちんと教えて貰わねば困ります。魔法の強さに身分は関係ありません。例え公爵家にある者でも強き魔法士に殺される事すらあります。闘争の場では身分など何の役にも立たないのです。わたくしはそれを実体験致しました。ラントに守って貰えたので王都まで辿り着けましたがそれまでに幾度も危難に遭いました。傭兵がわたくしの美しさに見惚れて襲ってきたこともございます。わたくしに掛けられた懸賞金目当てにハンターに追われたこともございます。しかしラントが全て撃退してくれました。今度はわたくし自身でも多少は身を守れるようにならなければなりません」
マリーは聖女の話は欠片も出さず、足手纏いでいるのはごめんだと言う体で魔法を習っている。多くの魔導士や魔法士、魔術士たちがマリーに跪いている。だが跪かれても困るのだ。魔導の基礎をしっかり教えて貰わなければならない。そして多数の意見を募った結果、やはりラントの教えは最高だと結論に至った。
恋で盲目になっているのではない。ラントの与えてくれた魔力視のモノクルは魔力制御や操作に最適な魔法具なのだ。アレが多数あれば国や公爵家の魔法士や魔導士たちもあっと言う間に強くなるだろう。
だがラントが其の為にモノクルを量産するとは思えない。マリーだからこそ託してくれたのだ。マリーはラントの優しさに触れ、美しくため息をついた。