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099.リリアナの思いとラントの策

(ふむ、人族とは初めて会うがこれほどの者がいるとわな。魔力も研ぎ澄まされている。私ですら敵わんかも知れんな)


 リリアナはラントに興味を持っていた。何せ雷の大精霊の試練を突破したと言うのだ。アールヴの里でも大精霊の試練を突破する者は稀だ。リリアナもいずれ挑戦しようと思っているがまだ早いと父や兄に止められている。

 父は風の大精霊の試練を突破し、族長になった。

 他にも長老たちで幾らか大精霊の試練を突破した剛の者たちがいる。だがその者たちは精霊樹を崇めるだけで基本動こうとはしない。里が襲われた際に重い腰を上げるだけだ。森が多少荒れていても、自然の摂理だと気にしもしない。ただしドワーフは嫌っている。老害のような奴らだ。


「ふむ、トールとやらが帰ってきたみたいだぞ」

「おお、トール。良い子だ。ちゃんと回収してきたか? む、魔寄せ香が五つもか。帝国は本気でアールヴを敵に回しても良いと考えているのか? 信じられん」


 小さなダイアウルフに擬態しているシルバーフェンリル。トール。それがラントに撫でられて喜んでいる。

 シルバーフェンリルなどリリアナですら見たことがない。北方山脈や更に北の樹海、もしくは遥か西や南にあるという山脈に棲息するのみだ。シルバーフェンリルは山脈の王者の一角だ。それを従えているのだからラントの実力の程が伺える。アールヴの里の戦士などでは歯が立たないだろう。何せ大精霊様を出されただけで一瞬で焼かれてしまう。


「それで、どういう策なのだ」

「この魔寄せ香を決められた地点に全て置くんだ。そうすれば移動し始めている縄張りの主たちが引き寄せられるだろう。何体いるかはわからんが大乱闘になる。そこを見張り、死んだ魔物から即座に回収していく。魔核さえ奪われなければ縄張りの主も強化はされん。そして集め終わったら樹海の荒野側に魔寄せ香を置く。荒野側に氾濫が大きくなるように仕向ける」

「なるほどな、狩人の利を取ろうと言うのか」


 リリアナはラントの示した策に興味を抱いた。敵の使った魔寄せ香を使い、魔物を誘導し、戦わせる。確かに森は一時的に荒れるだろう。氾濫も起こる。しかしタイミングは自分たちで決められるし対策も練れる。悪くない策だ。


「ランベルト公爵閣下。閣下たち公爵騎士団は森の入口で陣を張って置いてください。この位置が良いでしょう。残念ながら氾濫は必ず起きます。ですが大氾濫にならぬよう、私が調整致しましょう。できるだけ荒野の方向に樹海の魔物を誘導するのです。陣を張っても全てに対処はできないでしょう。クラクフ市にある程度戦ったら撤退するのです。クラクフ市の壁は頑強です。ハンターたちに号令を出し、騎士団と共に壁を盾に魔物を狩るのです」


 ラントが老人に話しかける。確かルートヴィヒとか言ったか。リリアナはあまり人の名を覚える気がない。どうでも良いからだ。ラント以外は明日には全て忘れているだろう。


「相わかった。クレットガウ子爵の言う通りにしよう。元より公爵騎士団は氾濫の対処に来た。当然のことじゃ。氾濫を調整してくれると言うのならば容易いことよ。大氾濫にならねば良い。クレットガウ子爵を頼って良かったな。儂の眼も眩んでおらんかったわ、ガハハ」


 老人が笑う。この場で最も偉いのはこの老人だと言うがラントが仕切っているようだ。リリアナも老人の言うことを聞くつもりはない。だがラントの言うことなら聞いても良いと思っている。多少の手助けも吝かではない。ラントがどのような策と行動を行うのかと、リリアナは小さく口角を上げた。



 ◇ ◇



(……なんとかなりそうじゃな。早めに救援要請を出しておいて良かったと言うものよ、儂の勘もまだまだ鈍ってはおらんようじゃ。更になんと作戦の的確なことよ。なるほど、コルネリウス王太子殿下やアドルフが褒め称える訳よ。儂ですらこれほどすぐに戦略など練れん。更に氾濫を制御するじゃと? 氾濫は災害じゃ。それを制御するなど考えたことすらなかった)


 ルートヴィヒはホッとしていた。エルフが現れたのは予想外だがラントがうまく制御してくれている。リリアナとラントの仲はなかなか良さそうだ。まさかエルフが弓を人族に見せるとは思わなかった。弓や剣はエルフの大切な物。人族になど触らせもしないのが普通だろう。


 ラントは気難しそうな、そして伝承通り高慢で人族を見下しているエルフと対等に話している。エルフにも認められているのだ。その原因が何だかはわからないが、それはどうでも良い。現実としてエルフがラントのおかげで敵対しなかった。この事実だけで万金の価値がある。公爵家の秘宝など幾らラントに進呈しても良い。そう思った。


 放っておいてもエルフが出張っているのならば樹海の異変など収まっていたかもしれない。だがエルフは人族のことなど考えはしない。必ず大氾濫に発展し、公爵領はぐちゃぐちゃになっていただろう。その未来を想像し、ルートヴィヒは苦い表情になった。一つ間違えばそうなっていたのだ。


「それで、荒野に居るという帝国の間者たちも始末せねばならんな。ヒューバート、ヴィクトール。俺に着いてこい。こんなバカ騒ぎを起こしたバカ共には誅伐を与えてやらねばならん。皆殺しだ。アーガス王国に手を出したことを帝国に後悔させてやろう。なぁ」


 ラントは獰猛な笑みでヒューバートとヴィクトールに声を掛けた。猛禽や竜が笑ったように思えた。恐ろしいと思った。これほどの獰猛な笑みがなぜできるのか。ヒューバートとヴィクトールも先程まではエルフの存在に怯えていたがラントの笑みを向けられた瞬間、ラントへの畏れが湧いてでてきたようだ。二人ともガチガチになっている。


「はい、わかりました」

「畏まりました。全てはクレットガウ子爵の意のままに」


 第四騎士団を率いる騎士団長と次代の俊英と呼ばれる宮廷魔導士が跪く。ラントに対してだ。この若さでこれほどの覇気をどうして持てるのか。ルートヴィヒは全く理解できなかった。ルートヴィヒですらラントにこの笑みで命令されたら跪いてしまうだろう。そう思った。


「ルートヴィヒ閣下も戦に参加する訳ではないでしょう。本陣に居ては退屈でしょう。公爵家の騎士団長は優秀な者と見ました。良ければ我らと一緒に大樹海の主たちの戦いを観戦いたしませんか。そうそう見られる物ではありません。そして共に帝国の部隊を壊滅させるのです」

「ふむ、縄張りの主たちの戦いを観戦するか。心踊る誘いよ。だがどうやるのだ。儂らも巻き込まれかねんぞ」

「それはグリフォンを使います。使い魔にグリフォンが居ますのでこの人数なら乗れるでしょう」

「ほう、グリフォンを操るか、流石よの。空の上から魔物たちの争いを観戦するか、よし、儂も行こう。騎士団長には策を授けてやってくれ。そうすれば必ず公爵騎士団はクレットガウ子爵の言う通りに動くだろう。そう下知しておく」


 ルートヴィヒがそう言うとラントは静かに頷いた。


「そう言って頂けると助かります。私には公爵騎士団の指揮権はありませんので」


 ラントがルートヴィヒに頭を下げた。そうだ、彼は一介の子爵でしかない。ルートヴィヒと同等に話していたので忘れていたが、ラントがルートヴィヒに頭を下げるのは当然だ。跪くのも当然とも言える。

 だがルートヴィヒはラントが自身に跪いたとしても、それは権力に対して跪いているだけであって、本心ではないだろうと見抜いた。ただし今の礼は別だ。本心だろう。ラントに公爵騎士団の指揮権はない。ルートヴィヒが否と言えば作戦の根幹は崩れるのだ。

 しかしそれは同時に公爵領が荒れることとなる。ラントの作戦をもっとよく精査せねばならぬが、ラントの策は軽く聞いただけだがよく出来ていると思った。陣地を張る場所も的確だ。クラクフ市への撤退もしやすい場所を選ばれている。

 地図を見ただけで一瞬でそれを判断する。それがどれだけの者ができるだろうか。少なくとも大隊長以上の者でないとできないだろう。ラントにはそれだけの戦略眼があるのだ。それを確認できただけでルートヴィヒはラントを指名しただけの価値があったと思った。



 ◇ ◇



「こうかしら」

「そうです、マルグリットお嬢様、お上手です。まさかマルグリットお嬢様がこれほど魔力制御や感知、操作に卓越しているとは思いもしませんでした。これならすぐに上達なさるでしょう。魔力隠蔽は完璧ではありませんが並の魔法士なら騙されるでしょう。十分使いこなしておられますよ」

「そう、そう言って貰えると助かるわ。わたくしに教えてくれた方は次々と課題を与えてくるだけなの」


 マリーが教えを請うた女魔導士は絶句した。三十代で魔導士資格を女だてらに持っているのだ。十分優秀と言える。マリーに対しては分家の出なので腰は低い。


「……それは、凄まじい師についたのですね。この上達ぶりも納得できます。貴族院を卒業したばかりとは思えません。すぐにでも魔法士試験にも受かるかも知れませんよ」

「ありがとう。ちなみに師はランツェリン・フォン・クレットガウ子爵よ。子爵は何でもできてしまうから生徒としては大変だけれど、遥か卓越した見識を持っているわ。わたくしも魔法を本気で極めたいと思っているのよ。だから付き合って頂戴ね」


 魔導士はラントの名を聞いて「なるほど」と小さく呟いた。


「噂の救国の英雄様ですね。宮廷魔導士の誘いも断ったとか、一発で魔導士試験を試験官を唸らせて合格をもぎ取ったと聞いています。それならば納得です。それほどの使い手から教えを受けられるなど望外の幸運です。私の部下たちにも是非教えを受けさせて頂きたいものです」

「ふふっ、ラントはわたくしのものよ。でも多少なら良いでしょう。公爵騎士団や魔法士団を鍛えてくれるようわたくしから頼んであげましょう。それでよろしくて?」


 魔導士は畏まって礼をした。綺麗な礼だ。ちゃんと礼儀作法も仕込まれている。当然だ。彼女も貴族の出で貴族院を卒業している。そして公爵家でも認められて魔導士まで上り詰めているのだ。礼儀ができなければ即座に放り捨てられていただろう。


「はい、感謝いたします。マルグリットお嬢様。では続けましょうか。このまま行けばクレットガウ子爵が帰ってくるまでにもう一段階魔力隠蔽の質があげられるでしょう。どんなに早くともあと一月は掛かります。氾濫などいつ起こるかわかったものではありません。一月あればマルグリットお嬢様の才と努力があればなんとかなるでしょう。さて、続けますよ。魔力操作の練習から始めましょう」

「えぇ、宜しくね」


 マリーは呼び寄せた魔導士の女性に教えを受けていた。ラントとは教え方が違う。普段魔法士たちを指導しているからだろう。丁寧で明確だ。

 エリーの言っていたようにラントは大雑把に指示をするだけでこれほど丁寧には教えてくれない。マリーは魔導士に教えを請うて良かったと思った。


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