8 偽装婚約の契約③
すると彼は私を見て、パーティーのために予行練習を始めた。
「俺が贈ったドレス……。凄く似合っているな。これ以上ないくらい好きだと思っていたのに、また一段と惚れてしまった」
「──。ねぇ、私もレオナールの猿芝居に付き合わなきゃならないの?」
「は? 猿芝居って……」
私から嘘くさい台詞を嘲笑われたためだろう。
よく見れば、レオナールの顔が紅潮していた。
「別に世間にはレオナールが婚約したのが分かればいいんだし、無理にイチャイチャする必要はないわよ」
「いいや! 何事も形から入るのは大事だからな。お前も俺のことを、『好きだ』と言ってみろよ。その気になってくるかもしれないし」
それを言ったレオナールが、拗ねるように口を尖らす。
「あのねぇ、レオナールは見たことがある? そんなバカップル? 仮にも婚約カップルがパーティーで、『好き好き愛してる』って人前で言い合っていたら、気持ち悪くて引くわよ」
「気持ち悪いって……」
「誰かの前であえて言う必要はないんだし、そんな言葉は私たちに一生必要ないでしょう」
「一生必要ないって……」
偽りの婚約関係は、他人の前だけで十分である。いわばその時間だけ取り繕えば何とかなる!
正論をぶちまければ、彼は目元を手で覆い、私から顔を背けた。
「まあパーティーくらいは付き合ってあげるわよ。レオナールのことは何があっても絶対に好きにならないもの、願ったり叶ったりの幼馴染がいて良かったわね」
「そうだな」と息も絶え絶えな彼が、やっとのことで発した。
「ねぇ、最近、湖にスワンボートが新しくできたらしいけど、もう乗ったかしら?」
「いいや。あんな子どもっぽいものに……俺は興味がないから」
「とか、何とか言っているけど、未だに水が怖くて近づけないんでしょう」
意地悪ばかりされてムッとする私は、揶揄うように伝えた。
初めてレオナールに出会ったのが、その場所だった。
ボートから落ちた彼の妹を、レオナールが助けた後に、彼自身が溺れたのを私が救助した。
いわゆる人工呼吸というのを含めて。
彼は、それを人生最大の汚点だと思っているから、私にだけ意地悪な態度をとり続けている。
『人工呼吸なんか必要なかったのに』と、未だに、余計なことをしてくれたと根に持っている……。別にいいけどね。
「俺は別に水が怖いわけではない」
「じゃあ今度、一緒にスワンボートでも乗ろうか?」
冗談で適当なことを言えば、彼が真っ赤な顔になる。
「むむむむ無理だ。お前となんか、誰が湖に行くか!」
「あっ、そう。まあ、レオナールと一緒に行っても詰まんないものね……」
「は⁉ 自分から誘っておいて、なんて言い草だ」
「誘ったことに深い意味はないの。お金がなくてもう何年も湖には行ってないから、どうなっているのか見たかっただけだし。私に恋人ができたときの楽しみに取っておくから別にいいわよ」
呆れる私も口を噤むが、彼も私との会話が面倒だと言わんばかりに、無言を貫いている。
会話が止んで、少ししてから馬車の動きが止まった。
◇◇◇