6 偽装婚約の契約①
兄から強引にドレスの箱を押し付けられ、肩を落として部屋へと運んだ。
「どうか、どうか、神様! 中身がドレスではありませんように!」
そんな願いを込め、蓋を開ける。
だが、たった一秒で怖くなった私は、勢いよく蓋を閉めた。
「はぁ~……、はぁ~……」
怨念の塊のようなドレスを見て、吐く息が荒くなり、心臓が悲鳴を上げるほどドキドキしている。
言うまでもないが、もちろん恐怖で。
中身は見間違うことなくドレス! それも、めちゃくちゃに彼を意識したやつだ。
恐怖、恐怖、恐怖だ! ホラーよ!
どういう心境で私にこれを贈ってきたんだろうと思う私は、気を取り直して、再び蓋を開けた。
残念ながら、先ほど見たまんまの代物が入っている。
白地のサテン生地に金糸でびっしりと刺繍が描かれ、もはや金色にさえ見えてしまう、とびきり豪華なドレスである。
その挙句、大きなアメジストのネックレスとイヤリングが同封されている。
この怨念セットの送り主は、金髪に紫の瞳のレオナールであり、彼をとんでもなく意識した一式だ。
変だな。私に寄ってくるのは、どんぐり好きの近所のリスぐらいだって言ってのけたのは、どこの誰よ。
まさか自分が「可愛いリスです」なんて言い出すんじゃないわよね。
可愛さの欠片もない、でかい図体のくせに、無理があるから。
そんな風に考えていたが、怨念セットを返却もできず、パーティーの日を迎えるのであった。
◇◇◇
あのレオナールが本当に迎えに来るのだろうか?
それさえも分からないまま、着替えを済ませた私は兄の監視下に置かれた。
「レオナール様の指定の時刻になったな。これで俺も逃亡するエメリーの見張り役から解放されるな」
「それってレオナールに頼まれたのかしら?」
「いいや、妹思いの兄の優しい気遣いだ」
「はぁ? どこが優しいのよ! 妹を身売りさせる悪党め」
兄とどうしようもない言い合いをしていれば、狭い我が家の中に、ガランガランと乾いた音が響く。
奇怪な行動に出た意味不明な幼馴染が……とうとう来てしまった。
私の背中を押す兄から、無理やりエントランスに追いやられたのだが、視界に映るのは、生気を失い、石のように固まる犬猿の幼馴染だ。
なぜか放心状態でレオナールが立っており、何も言わない。きつく口を結んでいて、とにかく怪しい。
不審なレオナールは、誰かに罰ゲームでもさせられ、私をパーティーに誘ったのだろうか?
そうとしか思っていると、レオナールが恥ずかしげに口を開いた。
「待たせて悪かったな」
「え? 少しも待っていないわよ! レオナールのくせに、待ってもらえていると思っていたの?」
こちらは最後まで逃げようとしていたんだけど。おかしな勘違いをしないでよね、と冷たく返した。
それを聞いたレオナールが真っ青になる。
いつもの調子で険悪な空気になりかけたところで、すかさず兄が、横から口を差し挟む。
「兄が教えただろう。本当は待っていなくても『楽しみにしておりました』と可愛く、それっぽいことを言っておけとな。いちいち正論をぶっ込んだら、レオナール様の夢が壊れるだろう」
「は? レオナールは私にどんな夢を見ているっていうのよ。罰ゲームで私を迎えにきたのよ。ねぇ、レオナール」
視線を兄からレオナールに変え、同意を求めた。
「罰ゲームって、お前なぁ……」
レオナールが激しく瞬きを繰り返す。
「何よ!」
「今日は何の日か知っているか? 今日は、エ、エ、エ、エ」
「はぁ? エがどうしたのよ」
「今日は公表するんだよ、エ、エエ……。いや、この先は会場で伝える」
「はは~ん。なるほどね。貴族新聞はエイプリルフールの嘘だったのね。今のでばっちり理解したわ。どうせご友人の王太子殿下と、どうしようもない賭け事をして、負けたんでしょう」
「おい……賭け事って……?」
「男の人はみんな賭け事が好きなんだから、本当にしょうがないわね」
「好きなのは……賭け事ではなくて、エ、エ──……。お前との婚約をだな」
「嘘の婚約発表なんかしちゃって、どうするのよ?」
「嘘って……」
あんぐりと口を開けるレオナールが、言葉に詰まる。