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34 何も知らない妹による計画の崩壊②

「お兄様はあなたの記憶がないと知り、どれだけ心配なさっているか、エメリーヌ様はご存じないから、自分勝手なことができるのよ」


「レオナールは特段、私の記憶がないことを心配なんてしていないわよ」


「いいえ。あなたは本当にご自分のことしか考えていないのね」


「そんなことはないわ」


「お兄様にまとわりつくのは、金輪際おやめくださいな。お兄様がお可哀想だわ。あなたとの婚約を発表してから、食事も喉が通らないと、ずっと暗い顔をしているんですから」


「それは……」

 そのあとに何も言えなくなった。


 レオナールが悩んでいたなんて、気づいていなかった。

 屋敷でのレオナールの姿を知らない私が、嘘をつき続けていたことで、彼を追い詰めていたのかと、肩を落とす。


 彼は私が記憶喪失になったことに、責任を感じていたのかもしれない。


 だからかしら。疲れているにもかかわらず、無理にデートへ連れ出してくれたのだろうか。


 そんなレオナールを騙すなんて、最低なことをした気がする。

 


「あなたってば、いかがわしい格好で踊っていたあなたの母親に似て、殿方を騙すのがお上手ですこと」


「だからお母様は関係ないでしょう!」

 カッと熱くなり、興奮気味に言ってしまう。


 うちの両親は頭に花を咲かせた相思相愛の二人だ。貴族でない母に心惹かれたのは父の性格だろうし、他人にとやかく言われる筋合いはない。


「あぁ~、怖い言い方ですわね。エメリーヌ様に怒鳴られたと、お兄様に言い付けておきますから。お兄様にとって一番大事なのはわたくしなのよ。その私に怒鳴ったなんて聞けば、お兄様はどんな反応をするかしら」


「アリア様のお好きなようにすればいいわ。レオナールに言いたいなら言えばいいじゃない」


「ふふっ、そういたしますわ。今日のことを全部お兄様に教えてあげなくてはなりませんわね。あなたが記憶喪失のふりをして、お兄様の気を引こうとしていただけだと」


「勝手にすればいいわよ」


「ふふっ、強がったことを仰っているけど、あなたの顔は真っ青じゃない。汗まで流して焦っているなんて、みっともなくてよ」


「ぁ……」


「もう、お兄様に纏わりつくにはやめてくださいまし」


「やだ……私……、帰らなきゃ……」

 そう言って席を立つ。


「これからお兄様に、あなたのついた嘘がバラされるからって逃げる気なのね」


「……違う」

 体が冷えて心臓がバクバクするけど、これは、レオナールに記憶喪失のふりとバラすと言われて動揺するせいではない気がする。


 視線を右下に向けた先にあるクッキー。あれにピーナッツが入っていたのだろう。


 一刻も早く、アレルギーの薬を飲まなきゃ、まずい。


 いつもなら持ち歩いている薬も、急に迎えに来たアリアに合わせたせいで屋敷に置いてきてしまい、今はない。


 早く帰りたいと思っているものの、この屋敷に我が家の馬車もないのだ。


 どうしたらいいだろうかと考えていると、アリアがご機嫌な声を出した。


「お兄様~、聞いてください。エメリーヌ様ってば、お兄様を騙すために記憶喪失のふりをなさっていたのよ」


「え……。記憶喪失のふりって……」


 そう言った彼に視線を向ける。

 目を白黒させるレオナールを睨むつもりはないが、苦しくて自ずと眉間に皺が寄ってしまう。

 すると彼は途中で言葉を失い、顔を引きつらせると、少し間を置くと動揺しきりに続けた。


「嘘をついて騙したのは──」

 

 そんな彼の姿を見たアリアが、レオナールへ嬉しそうに言った。


「ちゃんと以前の記憶はあるんですもの、これ以上お兄様が責任を感じなくても問題はございませんわ。卑怯な嘘をつく、令嬢の風上にも置けない方なんて、お兄様には釣り合いませんものね」


「……レオナール……。悪いけど、そういうことだから、私はもう帰るわ」

 少しづつ息が苦しくなる中で、告げたせいだろう。思った以上に低い声が出た。


「悪いが今日はそうして欲しい。少し考えてから、子爵家を訪ねるから」


 それを聞いたアリアから、深いため息とともに、皮肉交じりの言葉が返ってくる。


「は~あ。ご自分の都合が悪くなると逃げ帰るような方につけ狙われて、お兄様も本当に気の毒ね。でも、これでやっと解放されますわよ」


 アリアがそう言いながらレオナールに駆け寄ると、彼の腕に手を回した。


 一方の私は、テーブルに手を付け体を支えていたが、いよいよ脚に力が入らなくなり、再びソファーに体を預けた。


「エメリー?」

 顔面蒼白のレオナールが言った。


 兄は「レオナールは私にベタ惚れだ」と言っていたが、記憶喪失のふりをしていた私のことなんて、すっかり愛想を尽かしたのだろう。


 今日こそは素直になって、全部を打ち明けるつもりでいたのに、結局うまくいかなかったみたいだ。

 今まで嘘をついた、つけが回ってきたのかもしれないな。


 そうしているうちに、胸の鼓動の音がさらに大きくなり、息苦しさも増してきた。


 王都の中心に建つラングラン公爵家と、郊外の我が家との距離は遠い。


 今から屋敷へ帰っても、もう手遅れかもしれないな……。薬を忘れるなんて失敗したわね……。

 私、このまま死ぬのかな……。


 私を見て顔を引きつらせるレオナールに、何か言わなきゃ。そう思って声を振り絞る。

 

「……レオナール、好き」

 これが最後の言葉になるかもしれないと思うと、自然と口をついた。


 もうろうとする意識の中、アリアが「まだ言っているの! 呆れるわね」と怒っているのが聞こえた。


 だがその直後──。


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