3 犬猿の幼馴染の婚約発表③
「た、たたたた大変だ。事件だ! 最後の優良物件が、エメリーにドレスを贈ってきた」
「さっきの話の続きですか? 私だって暇じゃないのよ。いい加減、変な冗談はやめてよね」
「冗談なんかで言えるかよ! 来週のパーティー当日、レオナール様がエメリーを迎えに来るってさ。それを言ったラングラン公爵家の従者が、この箱と招待状を置いていった」
動揺しまくりの兄は、厚みおよそ四十センチメートルくらいの大きな白い箱を、私に向かって突き出してくる。
いわゆるその箱は、世間一般的に言うと、ドレスが入っている平べったいやつだ。
「はは……。訪ねる家を間違ったんじゃないかしら? 私がレオナールと一緒にパーティーに参加するなんて、あり得ないでしょう」
「ば、馬鹿! 公爵家の優秀な御者がそんなへまをするかぁッ!」
「それならおかしいわね。この屋敷には、私の他に令嬢はいたかしら……?」
ゆっくりと首を傾げる。
「白々しいことを言っているが、俺の妹は、一人しかいないだろう。それによく見れば、箱に小さく『エメリーヌ様』と書いてあるぞ」
そう言った兄が箱を凝視する。
「まさか……よね⁉」
「なあ……エメリーは何かしたのか? もしかして、最近、レオナール様の寝室に忍び込んで夜這いをかけた令嬢とは、エメリーのことだったのか……。彼はその責任をとって――」
兄がおもむろに、私のお腹の辺りを見てきた。
「誰がするかぁッ──!」
思わず大絶叫した。
兄よ。よからぬ妄想を働かせすぎだ!
私に限って絶対に何もしていない。あるわけないだろう。
この私が、彼を襲って自ら彼の子種を仕込もうと、考えるはずない。断じてない。
そもそもレオナールが私に異性を感じるわけがない。
私を見ても、コトに発展するわけがない。どうせ「枯れ木に食指が動くと思うか?」と、罵倒にされて終わる。間違いない。
「じゃあ、このドレスは何なんだ⁉ 『エメリーヌ』って、俺の妹のこと……だよな?」
「お母様かもしれないわ。踊り子時代のファンから、贈り物じゃないかしら!」
閃いた風に、指を立てて言ってみた。
「いいや、母の当時の芸名は、マチだ。エメリーヌとは、かすってもいない名前だ」
「あれ? じゃぁ、誰のことを言っているのかしら? エメリーヌって……変ねぇ」
「間違いなくエメリーのことだ。ほらっ、素直にこのドレスを受け取るんだ!」
そう言って、再びその箱を私へ差し出す。
だがしかし、絶対に受け取るわけにはいかないと思う私は、両手を後ろに隠す。
「ま、ままま待って。そのドレスを突き返すことはできないのかしら?」
「無理に決まっているだろう。公爵家から届いたものを突き返せるものか! この阿保エメリー」
「絶対に嫌よ。そんな面倒な相手が開催するパーティーのパートナーなんて……断るわ」
「子爵家の我が家に、断る権利がどこにあるんだよ!」
「レオナールと私の仲ならあるもん。どのドレスの返却の権利だってあるはずだわ!」
兄を力強く見つめる。
「ないから観念しろ! 次の週末のパーティーは、馬車で迎えに来るってさ。良かったな」
「はぁ? そんなパーティーがあるなんて、そもそも聞いていないわよ!」
私たち二人は、罵倒仲間というのが正しい関係なのに、レオナールってば、あちこちの令嬢たちから狙われて、気が狂ったんだろうか?
「元々、伯爵家以上しか招待していないパーティーだっていうから、子爵家の我が家には招待状は届いていないようだ」
「末席令嬢もいいところの、野次馬の最後尾の私が、そんな素敵なパーティーに、お呼ばれするわけがないわよ」
「変だな……最後の優良物件の婚約者って、信じられないがエメリー……お前のことだったのか」
「ち、違うわよ! 嫌よ、レオナールと婚約なんて願い下げよ!」
まさか本当にそんな事態になれば。ヴァロン王国の社交界に激震が走っているわよ‼
なんなら、この国の王太子は顎を外しているだろうし、貴族のご令嬢たちは、あまりのショックに気を失っているかもしれない。
社交界で全く好感度のない私と、最後の優良物件が、まさかの婚約──⁉
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