22 そんなこと、してませんよね⁉③
いつもと違う雰囲気を醸して、レオナールの心をキュンキュンさせるつもりは、これっぽっちもないから。
そんな風にぶっ込みたい私の心情は、静かに心の内に収めた。
っていうか、これはもしかして私を洗脳するつもりなのかしら⁉
あああぁあー! そういうことかッ!
いつ結婚してもおかしくない結婚適齢期のカップルが、のらりくらりと結婚を先延ばしするのは、意味が分からない。
この先五年もの間、ゴールインする気はないにもかかわらず、私を繋ぎとめておくための、レオナールの作戦だろう。
私がキラッキラのレオナールに惚れたら最後。その弱みに付け込んで、私を縛り付けておく作戦なのか⁉
さすが公爵家の令息だ。子狡いことをよく考えるわねと、感心させられる。
「記憶をなくしてしまってごめんなさい。どうやったらあなたのことを思い出せるかしら?」
「そうだなぁ~」と言った彼が閃いたように明るく発した。
「以前と同じ行動をとれば、それが刺激になって思い出せるかもしれないよね」
「そうね……」
そう言って、私は考えるふりをしてみた。
かつてと同じ行動をとるのであれば、罵倒し合うのが正解だ。
だがしかし、今の彼なら何を言い出すのか分からない。
不安になった私は、頑丈にベッドカバーを被せた寝台に、ちらりと目をやる。
私たちはキスを済ませた関係だと、ふざけた嘘をつく彼だ。
まかり間違って、兄の言う最短ルートの展開に持ち込まれる事態になれば、とんでもないことになる。
変な方向に話が展開する前に、無難な方向へ自分から舵をとる。
「お兄様から、少し先に舞踏会があると教えてもらったんだけど、それに一緒に行きませんか?」
「エメリーは舞踏会に行きたいの?」
「一人なら行く気はないけど、レオナールがパートナーとしてエスコートしてくれるなら、行ってみたいわ」
「ごめん。俺はその日、別の用事があるから舞踏会には行けないんだ」
「そうなんですか。じゃぁ、私も行くのをやめますわ」
「ああ、申し訳ないがそうして欲しい」
私を伴って歩くのは、前回のパーティーで懲りたのかもしれない。
レオナールが舞踏会に出席しないなんて、聞いたことがない。
せっかく安全そうな舞踏会に誘導したのに、うまくいかなかった……。
まいったなと項垂れる私は、何か別の安全策はないかと次の一手を考える。
頭をフル回転している私へ、彼が話を続けた。
「せっかくエメリーから舞踏会に誘われたのに申し訳ないね。代わりと言ってはなんだけど、湖にデートへ出かけないか?」
「湖……ですか?」
「うん」
「それって、我が家から近いアンジー湖でしょうか?」
「おや? よく知っているね」
記憶のない私が湖の名前を告げたのが不思議だったのだろう。レオナールが、不思議そうに目を見開いた。
しまったと思う私は、言い訳をかます。
「お兄様から昨日、この周辺の説明を受けたんです」
「ああ、なるほどね。俺たち二人は、そこへよく出かけていたから、同じ場所へ行くと思い出すかもしれない」
「はは……。以前の私たちは、随分と仲がよろしかったんですね。大きな湖だと聞きましたが、湖畔の景色でも堪能していたんですか?」
「あの湖は綺麗だから見ていて飽きないぞ。だけど、最近はスワンボートに乗るのが定番だったな」
「スワンボートですか……」
「同じ感覚の刺激を受けると、記憶が蘇るかもしれないから、乗りに行くか!」
「乗った記憶はないけど、なんだか楽しそうなので行ってみたいです」
「そうか! それなら次の顔合わせは、外にデートへ出かけよう」
目を輝かせるレオナールが、嬉しそうに笑った。
パーティーの日に私が冗談で誘えば、激昂しながら拒否ったくせに、どの口が言っているのだ⁉
呆れてものも言えない私は、彼の口元を見つめてしまう。
レオナールってば、すごく嬉しそうに顔を綻ばせているから、何か企んでいるのかしら。
裏がありそうで怖いから、承諾しない方がいいかしら──。
そう考えたが、視線の脇には寝台が映る。
何度も我が家に足を運ばせていれば、彼と不純な関係に発展しかねない。
ここは無難な選択をしようと考え、「湖へのデートが楽しみですわ」と、適当に返答した。
「スワンボートに乗った」と、とんでもない嘘をぶっ込んでくるレオナールだ。
何より「キスを交わしていた」とまで言い張るのだから、次は何を言い出すか分からない。
貞操の危機が迫るくらいなら、断然に湖の方が安全だ。二人きりの部屋にこもるより、人目のある屋外の方が、よほどましだろう。
この部屋で万が一、レオナールに襲われそうになって悲鳴を上げたところで、我が家のお花畑連中では、とても当てにならない。
私の悲鳴を聞きつけ、この部屋にいの一番に飛び込んでくるのは兄だろう。
だが、兄は何の役にも立たないはずだ。
押し倒されている私を発見次第、「最短ルート、グッジョブ」と、親指を立て部屋を後にするだろう。
いいや!
最悪、じたばたと暴れている私を見れば、むしろ手足を抑えてレオナールのために協力しかねない。とんでもない兄だ。
よし。こうなれば、彼の嫌いな傲慢女になって、二度と会いたくないと思わせる作戦でいくしかない。
強い決心を固めた私は、ドレスのスカートを握りしめる手に力が入った。
◇◇◇