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20 そんなこと、してませんよね⁉①

 今、枯れ木令嬢の部屋にもかかわらず、全くもって似つかわしくない男がいる。


 昨日とは打って変わって穏やかな表情を見せるレオナールが、煌びやかな貴族スーツを着て登場したのだ。


 やはり彼から逃げられないのかと覚悟を決めると、煩い兄に揶揄われる前に、レオナールを部屋まで案内して、今に至る。


 部屋の壁際に置いてある二人掛けのソファーへ、もちろん彼と並んで腰かけた。


 ティーポットからそれぞれのティーカップへお茶を注ぐと、嬉しそうな彼が口を開く。


「今日が待ち切れなかった」


「ん? 昨日も会いましたよね」


「うん、まあね。一秒でも早く会いたくて」


「え? たった一晩しか経ってませんよ」


「エメリーがまた眠りから覚めないんじゃないかと心配で、帰った後から気になって仕方なかったからね。夜に訪ねようかと思ったくらいだけど、我慢したんだよ。だからやっと会えた」


「またまた、大袈裟ですわ」


「大袈裟ではないさ。エメリーのいない人生なんて、俺には考えられないからね」


 嘘をつけと思う私が、静かに「そうですか」と返せば彼が話を続けた。


「いつもエメリーが手作りのチーズケーキを焼いてくれて、週に一回は二人でお茶をする約束をしていたんだ」

 はぁ? それはどこのエメリーだ⁉


 夜会が近づく度に我が家へ押しかけて来て、悪口を言って帰っていただろう。


 そんな彼のためにケーキを焼いた記憶はない。


「ごめんなさい。今日は用意していないわ。作り方がすっかり分からなくなってしまって、この先も作れるか、自信がないけど」


「ああ~、無理に思い出さなくていいから、気にしないで」

「はい……」


「今日はエメリーのためにクッキーを焼いてきたんだ」


「レオナールが作ったの?」


「『そうだよ』と言いたいところだけど、屋敷の者から止められてね。箱に詰めてきただけなんだ」

 と言ったレオナールが、箱を差し出してきた。


「もしかして、ラングラン公爵家の有名なクッキーですか?」


「あれ? 俺の家の話はしていなかったはずだけど?」


「あぁ~、あれよ、お兄様が昨日部屋に来て、レオナールのことを教えてくれたのよ。ラングラン公爵家のお茶会は、お菓子が最高だって、どういうわけだかお兄様でも知っていたわ」


「はは、そうか。一流の料理人を集めた母のこだわりが凄いからね。だけどこれはエメリーのために、普段とは違う特別なものを作ってもらったんだ。いつも以上に美味しいから、気に入ってくれると思う」


「私のために、そこまでしなくてもいいのに……」


「エメリーは、俺の恋人だから当然だろう」


「恋人だからといっても、私のチーズケーキなんて美味しくなかったでしょう」


「いいや、そんなことはないさ。エメリーが作ってくれるだけで、嬉しかったからね」


 確かに最近、チーズケーキ作りを練習していたのだが、レオナールに、渡すわけもない。


 少しも記憶にない作り話を聞かされながら、彼が持ってきたクッキーを、サクッと一口頬張る。


 猫の舌のようなざらざらな食感なのに、口の中で溶けていくような不思議なクッキーだ。

 珍しいクッキーが有名だと、噂には聞いていたけれど、初めて食べた。

 お世辞抜きで美味しい。


 味に煩い貴族たちの中で、もとりわけ、ラングラン公爵家のお茶会が人気なのも頷けた。


「美味しい……」

「だろう。うちのパティシエ自慢のクッキーだからな」


「レオナールは食べないの?」


 持参した張本人がクッキーに手を伸ばさないものだから、もっと食べたいなと思いつつも、気兼ねしてしまう。


「エメリーのために持ってきたのに、俺が食べてしまえば、なくなるから遠慮しておくよ」


「だけど……独り占めなんて……ちょっと」


 こんなに美味しいものを一人だけで堪能するのは申し訳ないなと思い、遠慮がちに告げる。すると、彼が目を細めて微笑んだ。


「ふふっ、エメリーのリップにクッキーの欠片がついてる」

 そんなことを言いながら、彼の手が私の顔へと近づき、唇に触れると、私のリップについていると言った欠片を摘まんでくれた。


 そこまではよかった。


 取ってくれてありがとう。そうと言おうと思った矢先──。


 幸せそうな彼は何を思ったのか、そのままそのクッキーの欠片を彼の口へ、パクッと運ぶ。


「あ、……それは……」


「うん、美味しいね」


 満足げに話しているけど、それって、私の唇についていた欠片ですよね、と動揺してしまい、恥ずかしくて表情が崩壊した。



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