11 偽装婚約の契約⑥
パーティーの途中で、男性たちが別室へと流れていった。恒例の葉巻の時間だろう。殿方は婦人抜きで秘めた会話をするのが、お好きなようだ。
大半の女性陣は、呆れ半分でこの時間を眺めているとはいえ、この間に、女性陣もマウントの取り合いを繰り広げるのだけれど。
レオナールも、王太子殿下と共に私の横からいなくなった。
するとすぐに、レオナールの妹のアリアが、再び私の前に現れた。
おそらく私が一人になるのを待っていたのだろう。
「忘れないでくださいまし! あなたがお兄様と婚約なさったのは、別にあなたが愛されているからではないことよ」
「ええ、そうでしょうね」
淡々と返した。
全て、偽り、偽り、偽りだ!
この会場中を騙したレオナールの作戦だし、目の前で蔑むアリアが、私に真実を述べたまでだ。よくぞ見破った!
「いつもお優しいお兄様は、わたくしのものだったのに……。せめてアネット様のようなできた方なら納得もできたのに。あんたみたいな令嬢の風上にも置けない女を、公爵家には入れないから」
「はぁ……」
嫁ぐ予定のない私は、気のない返事をする。
「あなたのお母様ってば、旅の踊り子だったんですって。どうりで淑女教育がしっかりとされていないはずですわね。そんな恥ずかしい出生で、お兄様を狙うなんて本当に卑しい方ですわ」
「お母様のことはアリア様には関係ないわ!」
「我が家に嫁いでくるんですもの関係はございますわ」
「……ぅっ」
「これまでお兄様は、あなたのことを散々嫌っていたんですから、勘違いなさらないでくださいね」
鋭い目つきで睨まれた直後、彼女の背後からレオナールが現れた。
「おやアリア。さっそくエメリーを一人にしないように、気遣ってくれていたのかい」
「ええ、そうですわ。わたくしはバイオリンと刺繍が得意なことをお話ししていたのよ」
「そうなのか。今度エメリーにも刺繍を教えてくれると助かるな」
そう言って彼は、にこりと笑う。
何だこの兄妹は……。レオナールは妹に盲目すぎるだろう。
実際のところアリアは、私をいびっていたのだ。
喋ってもいない「趣味の話に賛同せよ」と言いたげのアリアが、にっこにっこの顔を私へ向けてくる。
面倒に思えてきた私は、「ぜひともお願いしたいわ」と、嫌味なくらいにっこりと笑ってやった。
そうすればアリアも安心したのだろう。
「では、お兄様が戻ってきたのでわたくしは、失礼いたしますわ」
と言い残して去っていった。
「ねぇ」
「なんだ?」
「アリア様は、随分と私たちの婚約を疑っているようだったわ。勘がいいわね」
「それはまずいな」
「どう考えても私たちの関係には無理があるわ。そもそも周囲を欺くのは難しいのよ。レオナールの婚約者のふりは、これ以上できないわね。これでお終いにしましょう」
「いいや絶対にやめない。婚約解消なんてすれば、俺がまた令嬢たちから追い回されるだろう!」
「レオナールの問題なんて、知ったこっちゃないわよ」
「へぇ~、お前はそういう態度にでるのか……俺たちは契約したよな」
「どうだったかしら?」
こうなれば逃げるが勝ちだ。
所詮私たちの口約束である。
とぼけておけば証拠はない。それに気づいた私は知らないふりにでた。
「どのみちお前は俺の婚約者としてパーティーに出席したからな。俺の婚約者はお前だと誰もが知る事実になった。お前から婚約破棄を申し立てると言うなら、婚約解消の違約金でも払ってもらうか……我が家の言い値で」
「は⁉」
「子爵家のお前から、婚約破棄を宣言されたとなれば、いくら必要だろうか?」
「お金なんて、我が家にあるわけないでしょう!」
「俺からは婚約解消を求めないからな。婚約を解消して欲しければ、相応の違約金を払うのは常識だろう」
「脅す気なの……」
「言っただろう。俺はお前をとことん利用してやるって。俺の気が済むまでお前は婚約者だ。嫌なら違約金を今すぐ払え」
お巡りさ~ん。恐喝現場は、ここです! 助けてくださいな、と思ったものの、周囲を見渡せば豪華絢爛な調度品の数々が目に飛び込んでくる。
大富豪が貧乏子爵令嬢に金をたかっているなんて、警察もお役所も信じてくれないじゃない!
やられた……。
少し前の自分が浅はかだった……。
今になって気づいたけど、たった一日でも彼の婚約者のふりなんかしてはいけなかったんだ。
彼から婚約解消を言い渡さない限り、婚約解消の原因はトルイユ子爵家になるのだ。それを分かっていなかった。