とり残されたふたりの愛
こんな関係終わりにしよう。
と、僕はずっと言いたかったのだが
なかなか勇気が出ず、ずっと言えなかったのだ。
僕は2年付き合った彼女と別れた。
別れた理由はお互いの性格や価値観などが
シンプルに合わなくなっていったからだ。
特にこれといったこともなく、あっさりと別れた。
あの日は朝早くから、同棲していた彼女の
アパートの部屋にある自分の荷物をまとめていた。
忘れてあとで取りに戻るなんて恥ずかしいことは
したくなかったので、入念にまとめていた。
そして荷物のまとめが終わり、僕は荷物を抱えて
玄関に向かい、しばらく彼女と見つめあっていた。
「ねぇ、本当に私たち、もう終わるのよね、?」
まるで目の前の光景が嘘のように、疑いながら
彼女がそう僕に問いかけてきた。
「うん、もう2人の愛は終わったんだ。これで僕たちの交際も、終わりだよ。」
と、彼女の目を真剣に見つめながら返した。
「そうね、まぁでも、私すっごく楽しかったわ。あなたみたいな人と2年も付き合えて、私幸せだったわ。ありがとう、本当にありがとう、。」
そう言った彼女の声は、間違いなく震えていた。
「こちらこそ、僕も君みたいな人と付き合えて、毎日幸せだったさ。ありがとうね、。」
2年も付き合ったのに、別れって意外と呆気ないな。
と思いながらそう返した。
僕は扉を開き、体を玄関の外へ運び出し
彼女の目を見て、優しい笑みを浮かべながら
「さようなら。今までありがとう、。どうか、また幸せに、お元気で。」
といい、深々と頭を下げた。
「こちらこそ。ありがとう。お元気で、。」
と彼女も深々と頭を下げた。
僕が玄関の扉をしめているとき、間違いなく
彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちていた。
ガチャン。
2年間の交際が終わった音が鳴り響いた。
その後僕はまた実家に住むことになった。
働いているとはいえども、26にもなって
実家にいつまでも居座るのは自分のプライドが
決して、許してくれなかったからだ。
僕は実家から20分ほどのところにある、家賃も
それなりに安くて、好都合なアパートをチラシで
見つけたので、下見に数回行き、そこのアパートに
新しく、ひとり暮らしをすることになった。
その頃の僕は恋愛に疲れ切っていた。
人を愛したり、人に愛されることに疲れ果てていた。
恋愛はもう、とうぶんしなくていいや。
そう思い、それから3年間はずっとひとりで
何も変わり映えのない日常生活をおくっていた。
別れてからもうすぐ4年が経とうとしていた頃。
その日は土曜日だったので、僕は自分の家で
ずっとぐーたらしながら、過ごしていた。
すると突然、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
その頃、変な宗教勧誘とかが増えてきていたので
僕は、ああまた変な勧誘の人たちが来たか。
まぁ、適当に対応して追い払えばいいか、と思い
ペットボトルの水をひとくち飲みながら玄関に向かい
はーい、ガチャ、っと玄関の扉を開けた。
そこに立っていたのは、ほぼ4年前に別れた
あのときの、彼女だった。
「真美、!?なぜここがわかったんだい?」
僕は別れてから彼女の連絡先を全て削除して
全く連絡もしていなかったのに、突然彼女が
しかも僕の新しいアパートに訪ねてきたことに
驚きを隠せず、あたふたしていた。
「たまたまこの辺に買い物に来ていてさ、ゴミ捨て場になんか見覚えがある顔がいるなぁって思って目で追いかけていたら、あなただったのよ。それで、どうしても話したくなったから、訪ねてしまったのよ、。」
と、別れたあの日のように、少し震えた声で
僕にそう言ってきた。
「そうなんだ、まぁ、上がりなよ。」
久しぶりの再会でもあったし、僕はその日これから
予定があるわけでもなかったので、彼女を家に
上げて、お茶でも彼女に飲ませてあげた。
しばらくふたりの喉を潤すごくごくという音だけが
鳴り響いていた。
そして、彼女が口を開き、久しぶりに会話が始まる。
「あなたは、別れてから今日まで元気にしてた?」
「うん、僕は元気にやっていたよ。真美はどう?」
「私も別れたあの日から今日まで、元気になんとかやってきたわ。」
「そう、お互い今日まで元気なのは良かったよ。」
「そうね、いくら元恋人関係とは言え、お互いなんとか生活していることには、幸せを感じるわ。」
「うん、というか真美は、あれから新しく恋人なんかは、できたのかい?」
「恋人?おぉ、いいこと聞くじゃない。見てみな。」
彼女は僕の顔の前に、手の甲を見せてきた。
その彼女の手の薬指には、指輪があった。
「え、?まさか真美、この指輪って、?!」
「そう、結婚指輪なのよ!」
僕の勘は、いつも鈍くて信用していなかったが
今回ばかしは、その勘が当たっていた。
「結婚しているのか、ちなみにいつに?」
「あなたと別れてから1年後に新しい人と付き合い始めて、結婚は半年前くらいよ。」
「半年前!?新婚すぎるじゃないか、!ダメだよ真美!これは浮気とか不倫とかにあたる行為だ!そのお茶を飲んだらすぐに帰りなさい、!」
僕は、浮気や不倫とは無縁の人生を歩むと
自分自身に誓っていたので、早く彼女を
帰らせることに、必死になっていた。
「大丈夫よ、私の旦那も結構女友達とか多いし、その辺上手くやってるらしいから、私も上手くやりくりすればお互い平和ってわけよ。」
「そんな甘い考えで大丈夫なのか、?」
「大丈夫よ、別にあなたに復縁を求めに来たわけじゃないんだからさ。」
「そうだけど、うーん、まぁ大丈夫か、。」
しばらく沈黙が続いた後、また彼女が口を開く。
「あなたこそ、新しい恋人とか作ったの?」
「いや、僕はきみと別れてからはもう恋愛に完全に疲れ切っちゃってさ、もうずっとひとりでゆっくり暮らしてきただけさ。」
「なるほどね、けどそろそろ新しい出会い探し始めてもいいんじゃない?別れてもうそろそろ4年経つしさ。精神的にも充分休まったでしょ?」
「そうだね、時間に余裕があれば出会いをまた探し始めてみようかな。」
そう会話を続けていると、彼女の震えた声も落ち着き
彼女の顔には笑顔が現れ始めた。
けど、僕はこの機会に彼女と関係を完全に
切りたかった。切ったつもりではあったがまさか
突然訪ねてくるのは、完璧に予想外だった。
僕は勇気を振り絞り、口を開いた。
「あとさ、もうこんな関係終わりにしたいんだ。」
そう僕が言うと、彼女はお茶を飲むのをやめて
コップをそっと置き、僕を見つめた。
「確かに別れてから数年経って、たまたま見かけてさ。元気かなぁって訪ねたい気持ちはわかるけど。あなたはもう旦那がいるじゃないか。これはもう浮気とか不倫とかに余裕でなっちゃうから、それに僕にも妻ができてこんな関係が続くんじゃ、たまったものじゃない。完全に修羅場になってしまう。だからもう完全に関係を断ち切ろう。このままなら、お互い幸せに別々の道で、うまくやっていけるに違いないさ。」
と僕が勇気を振り絞り言うと、彼女は少し黙った後
ゆっくり頷いて、こう言った。
「ええ、私もそう言おうとしていたのよ。確かに馬鹿らしいわね私ったら、旦那もいるのに元彼の家に訪ねて、ふたりきりでお茶を飲むなんて、完璧によくないことをしているわ。ごめんなさい、関係を私からも切らせてもらうから、安心してちょうだい。」
そう言うと、彼女は残りのお茶を飲み干し、荷物を
持ち玄関に向かった。僕も残りを飲み干して彼女の
後をついていった。
「じゃあ、いよいよ完全なるお別れね。改めてありがとう、私また頑張ってみるから。あなたもどうか、幸せにやりなさいよ。」
と言いながら彼女は玄関の扉を開けた。
「こちらこそありがとう、うん、わかったよ。絶対また別の人を幸せにしてみせる。」
と、お互い真剣に目を見つめあい、微笑んだ。
そして、お互いハモるように同じタイミングで
「さようなら」を言い合って、別れた。
あの出来事から5年、僕は34歳になった。
31のときにまた新たな人と交際を始めて、34歳の
僕の誕生日に、市役所で婚姻届を書き、結婚した。
市役所を出た後、ふと元カノを思い出した。
(真美、やっと僕も幸せになれたよ。きみも確か34だよね、元気でやってるかな?きっとやってるに違いない、まぁとにかく別々に頑張ろうね。)
なんて心の中で思いながら、市役所をあとにした。
完全に別れた日の去り際の彼女の瞳には
間違いなく、涙が溢れていたのも思い出していた。