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奢ってくれない彼

作者: 徳永夏樹

「ゴメン、財布忘れちゃったみたい」

「スマホは?」

「あるけど」

 こういう時奢るか貸してくれるかの二択なんじゃないかって思うんだけど、良介りょうすけはそうはならない。それが分かっているけど、私は意地でも良介に奢ってもらいたくてあの手この手で頑張る。


「なら俺が日夏ひなつに俺の分の金払うからスマホ決済して」

 もう確定事項みたいな言い方に私が悪いのに良介に腹が立ってしまう。

「私、いつもクレジットだから」

「でもこの前スマホ決済してただろ?」

 ずっと良介の前ではスマホ支払いしない様にしていたのにうっかりしていた。ポイント還元率が高くてついいつもの流れで使ってしまったのだ。そしてしっかりと見られてしまっていた。

「でもチャージしてないから」

「クレカ登録してないの?」

「してない」

 本当はしてる。だけど私は良介に晩ご飯を奢ってもらうって経験をしたい。友達に優しい彼だって言いたい。例えこんなにもかっこ悪くて図々しい感じで奢ってもらったとしてもその事実はバレない。

「電車のICもスマホに入れてたよな?それでも払えるんじゃない?」

「落とした時が怖いからそんなにお金入れてないの」

 これは本当にチャージで使っているから堂々と言う事が出来た。


「なら今日は立て替えるから次に会った時に返して」

 良介の中に奢るって選択肢はない。良く言えば倹約家。悪く言えばケチなのだ。

 そして良介は伝票を持って立ち上がる前に何故かカバンからメモ帳とボールペンを取り出した。そして何か書いて私の前に置いた。

「それにサインして」

 なんだろうと思って見てみるとなんと借用書だった。一番上に大きく借用書と書かれている。さすがに冗談だろうと思って

「なにこれ?」

って笑いながら聞いたら良介は私を睨んだ。その目の鋭さに思わず体が固まってしまう。

「この前も日夏財布忘れて来て昼飯代立て替えただろ?その次会った時にこの前立て替えてもらった分ってコーヒー代払ってくれたけど、昼飯代1200円だったのにコーヒー代800円だった。なのにそれで勝手にチャラにされたから今回はきっちり返してもらおうと思って。ってかそもそも出掛けるのに財布忘れる?」

 

 財布は結構忘れる。でも私はスマホ1つあれば電車も乗れるし、買い物だって出来るからあんまり困らない。

「そもそもさ、俺は家で食おうって言っただろ?それなのに日夏がどうしてもここのピザ食べたいって言うから家で食えば数百円で済んだ所を二千円も払う事になったのに更にまた勝手に数百円安くされたんじゃ堪んないからな」

 サッサとサインしろと言わんばかりに良介は人差し指で机を叩いた。ここまで来たら奢ってもらうなんて絶対に無理だ。そもそも無理って話しなんだけど。

 大人しく借用書にサインして良介に渡す。いつも持ち歩いているのか良介はカバンからA4のクリアファイルを取り出してそこに入れた。


「じゃあ俺歩いて帰るから」

 良介は徒歩2時間までなら歩く。間違っても食後のお茶なんて飲みに行かない。どうしても飲みたいなら家でって言われる。そんな良介と私は付き合い始めて3ヶ月ちょっとになる。


 初めは優しかったとかそんな事はなく、初めからこんな感じだった。それが良かったとかもなく、初めから性格合わないなって思っていた。それでも唯一のいい所である真面目そう。その一点で私は付き合い続けていた。

 どうして別れないのか。その答えは1つだ。35歳で良介が初めて出来た彼氏だからだ。ちなみに良介は36歳。そして私が初めての彼女だ。別れたら二度と誰とも付き合えないときっと良介も思っているはずだ。


 そもそも私は結婚せずに一生好きな事だけして生きて行こうと思っていた。好きなだけアニメを見て、推しの声優を追いかけて。その内に推しが増えていって。って幸せな生活を続けようって思っていた。彼氏がいない歴イコール年齢。それを恥ずかしいなんて思った事なんてなかった。私には推しがいる。それだけで充分だった。

 

 それなのにどうして急に彼氏を作ろうって気になったかと言うとずっと一緒に暮らしていた母親が死んだからだ。まだ61歳だった。最低でも後10年は一緒に住めると思っていた。それが急に1人になって一気に心細くなった。大好きな推しを見ても推しと推しが共演していても前ほど胸が高鳴らなかった。

 最初はまだ母親の死から立ち直っていないだけだと思っていたけど、次第に一緒にご飯を食べる人がいない事、いつも真っ暗な家に帰らないといけないっていう事、なにかあっても直ぐに話せる相手がいない事が私をここまで寂しくさせているのだと気付いた。そして私は人生初めての彼氏を作る決心をした。


 決心したまでは良かったけど、彼氏の作り方なんて分からない。趣味仲間の彩菜あやなに相談したら一緒に住もうか?って言われてその手があったかって本気で悩んだけど、どうせなら推しと夢みたデートを彼氏としてみたいって思いが強かったからもしもの時はよろしくと言って私の彼氏探しは始まった。


 婚活アプリよりお見合いの方が年齢的にあっているだろうと推しの為に貯めていた遠征費用を結婚紹介所の費用に回した。

 良介の前にこの人いいなと思える人が何人かいたけど、向こうから断られた。どうも私がオタクなのがダメらしい。別にオタクですって言った訳じゃないけど、アニメや舞台を見るって言った事と私から滲み出る雰囲気でバレたみたいだ。

 スタッフさんはすんごくやんわりした言葉で言ってくれたけど、直訳するとオタクは無理って言われた。

「そのままの宮田さんを受け入れてくれる方はいます」

 私みたいな人は珍しくない。何人もの人を見て来たスタッフさんが言うのだからと私は自信を失わない様にしようって思ったけど、お金を払ってこれかって気持ちは消えなかった。そんな時に出会ったのが良介だった。

「鈴木良介です」

 一切表情を変えずに名前だけを言った良介に最初からこの人はないなって思った。3センチ程で短く揃えられた黒髪に感情が読めない顔、こだわりのなさそうな服、身長もそんなに高くない。細身って所は良かったけど、細身の人なんて他にもいっぱいいる。

「宮田日夏です」

 そこで沈黙が訪れた。そして私は思ってしまった。何人にも断られた私にはこういう人が回ってくるんだって。登録している人全てがそうって訳じゃないって分かってるけど、コミュ力高くて人当たりのいい人はわざわざお金払って登録なんてしない。

 もしもこんな人と出会えるなんてって思える人が登録していたとしてもその人と付き合えるのは同じ様なレベルの人だ。

 残念ながらリアルな恋愛をして来なかった私にはその資格はない。

「あの趣味は?」

 ベタな事を聞いてしまった。こんな質問しないでしょって思ってたけど、これって初めましてで気まずくて会話のきっかけに聞いてしまうみたいだ。なんならプロフィールに趣味は書かれている。だから私は趣味は読書なんですよね?って会話の入り口を開かないといけなかった。

「これといった趣味はないんですけど、プロフィールには読書って書いてます」

 淡々と話す口調にとにかく無事に今日を終えて早く帰りたいって気持ちが強まる。


「本を読むのは好きじゃないんですか?」

「趣味という程まではいきませんが休みの日はずっと本を読んでます」

 それを私は趣味と呼ぶんじゃないかと思う。だけどもしかしたら他の理由があるのかもしれない。そして私に趣味を聞いてくれないから本当に会話が続かない。

「なんで休みの日に本を読むんですか?」

「金が掛からないからです」

 この段階で気付くべきだった。この人はすごくケチなのだと。だけどこの時の私はそんな事考える余裕がなかった。

「でも今って本も高いんじゃないですか?」

 私はコミックやラノベをよく買う。だから価格が上がっている事は嫌でも知っている。

「図書館に行けば金掛からないんで」

「なるほど。じゃあ散歩とかも好きですか?」

「好きではないですけど、苦ではないです」

 聞かれた事にしか答えない良介はロボットみたいだなって思った。そして私はこのまま私の事を聞かれなければ自ら話す必要はないんじゃないかって考えになっていた。聞いていないって文句を言われても聞かれなかったからで済む。

「あまりお金を使わない生活なんですね」

「そうですね」

「それなのに結婚紹介所ですか?」

「なんとなくこのまま1人の生活って虚しいなって思ったんで。ここは金払った方が時間を無駄にしなくていいかなって。こんなんなんで自然に出会うのも難しいと思ったのもあります」

 その言葉に私の心は大きく動かされた。そして最初にこの人は絶対にないって気持ちを忘れて

「よかったら私とお付き合いしてもらえませんか?」

と言っていた。1人が虚しく感じている者同士、上手くいくと思った。


 こうして私は良介と付き合い始めた。

 最初のデートは悩んだ。何しろ初デートだ。色んなシチュエーションがあるのは知識としては頭にある。私は完璧に浮かれていた。そんな私の浮ついた気持ちは

「それってかなり金掛かるだろ?」

って良介の言葉に撃沈させられた。お付き合いをしましょうと言った日から年も近いから敬語は止めようって事になったけど、良介の口調でタメ口だとキツイ口調に聞こえる事が多かった。

 

 それでも初デートだからとどれぐらいの予算はセーフなのか聞いて良介が歩いて行けるって言った映画館で映画を観た。ちゃんと事前に鑑賞券を買って、ポップコーンの割引券をゲットして晩ご飯を入れても予算に収まる様に頑張った。私も趣味の為に節約する事は頻繁にあったからそこは苦ではなかった。


 良介はいつも私に確認する事なくお会計を分ける。一括会計しか無理だって言われたら私が財布を出すまで待つ。これいいなって言えばお金に余裕があるなら買ったら?って言われる。たまには私が払うよって言っても断わられる。お金に関して私達は本当に合わない。


 付き合う相手が決まったらその人との将来を早く考えないと月額料が嵩むばかりだ。でも良介と結婚する気がないのなら今までの時間はなんだったの?って話しになる。


「彼氏とはどうなの?」

 彩菜には彼氏を作ろうと思うとは言ったけど、結婚紹介所でとは言っていない。

「まぁ、順調かな」

 こういう時に彼の優しさ自慢とかしたい。だけど残念ながらそれは難しい。

「嫌な所とかないの?グチあるなら聞くよ」

 あっ、このパターンもいいかも。彼氏の愚痴を言うってやつ。

「それがさー」

 そう思うと私は一気に話していた。誰かに話したくてしょうがなかったんだろうなって思うぐらい勢いよく言葉が飛び出ていた。


「借用書はすごいね」

「でしょ?」

「過去に借金で辛い事あったのかな?」

 それは考えた事がなかった。ただケチなのだとばかり思い、私は彼女なんだからたまには奢って欲しいと思っていた。でももしかしたら何か理由があるのかもしれない。

 良介は聞かないと自分の事を話さない。そういう事なら尚更話さないだろう。私は自分の事しか考えていなかった。

「でもさ、結婚するならそういう人の方が良さそう。借用書は嫌だけど、お金遣い荒くなさそうだし」

「そういう考え方も出来るんだね。でもさ、やっぱりたまには奢ってもらったりしたいよ。それにデートだって遠出したい」

「日夏はさ、3次元に2次元を持ち込もうとし過ぎなんじゃない?」

「でもさ、誰でも一度は憧れるでしょ?」

「そこは否定しないけど。でもよく考えれば借用書って結構2次元設定ぽくない?」

「えー、そう?」

「だって今までリアルでそういう話し聞いた事ないし、マンガでそういう設定読んだらこういう人マジで嫌だよねって話題になりそう」

「マジで嫌なの?」

「例え話だから。そこ以外の所はどうなの?」

「あんまり話さない所が嫌かな」

「でも日夏ってよく喋るタイプだからちょうどいいんじゃない?彼もよく喋るなら私が喋りたいのにってなるし」

「経験談?」

「うん。マシンガンみたいに話し掛けられたらもう私の話しはいいやって気持ちになる」

「そういうものか」

「話し掛けたら返事はしてくれるんでしょ?」

「必要最低限ね」

「我慢出来ないぐらい嫌なら別れたらいいよ」

 年齢的にも出会い方的にも簡単には別れられない。だけど最終彩菜と一緒に住むって選択が残されるのであれば1人にはならない。

 でもなんとなくだけど、彼と別れたから一緒に住もうって言った途端に結婚する事になったとか言われそうだ。

「嫌なら別れる。別れたくないなら別れない。2次元的展開を求め過ぎない。結構シンプルだと思うんだけど」

 言われたら確かになって思うけど、いやそうじゃないって一瞬で納得させられかけた気持ちが吹き飛んでいく。とにかくもう一度、良介と結婚出来るか考えながらデートする事にする。


「これこの前立て替えてもらった分」

 今日は良介の家に来ていた。駅から徒歩20分だからか広さの割にそこまで家賃は高くないらしい。ここなら充分2人で住めそうだ。間違いなく家賃は折半だけどそこは当たり前って受け入れられる。なんて勝手に考えてしまう。

「確かに」

 お金と交換に良介が借用書を渡してくれる。

「これってどうすればいいの?」

「好きにしてくれていいよ」

「ならこれはこれで思い出として取っとく」

 そう言うと良介は少し笑った。初めはずっと無表情だった良介の表情が少し柔らかくなったのは嬉しい。こういう顔をしてくれるならずっと一緒に居られそうだと思う。


「返すものも返したしゲームしよう」

 お金をかけずに楽しく時間を過ごす方法を考えた結果、私は良介の家にゲームを持って行くという事を思いついた。それを良介に言うと子供の頃はゲームが好きだったといい情報が返って来た。

「言ってたのってこれ?」

「そう。それ」

 良介が子供の頃にやっていたゲームを聞くとタイトルは忘れたけどこんな感じと説明してくれ、もしかしたらリメイクされているやつかもと思って買って来た。ゲームソフトのパッケージを見せたら良介の目が輝いた。いい雰囲気だ。嫌な所があったとしても100%いい人になんて出会えないんだからって自分に言い聞かせる。

「いくらだった?」

「いいよ」

「良くない」

 さっきまでいい雰囲気だったのに良介の顔が一気に険しくなる。そして空気が悪くなる。

「でも私持って帰ってやるし。私が持ってるのを貸したって考え方じゃダメ?」

「俺が言わなければ買わなかっただろ?」

 確かにそうだけど、私にとって趣味に必要な物は生活必需品で、ゲームもその1つだ。だから別にソフト1本買うなんて日常だ。お金だってソフト1本で困る事がない。なんなら彩菜と遊ぶよりも何倍も安く済むから紹介所の料金を差し引いても貯金が増えたぐらいだ。

 

「とにかく払うよ」

「じゃあ電気代引いた額でいいよ」

「いや、払ってもらうもんじゃないだろ」

「私にとってソフトだって同じだよ。私が遊ぶし、飽きたら売る。だけど電気は売れない」

「家に1人だろうが2人だろうが電気代は変わんないだろ」

「でも私が来なかったら良介は散歩に行ってるかもしれないし、図書館に行くかもしれない。だから私が来た事で電気代が発生するって考え方も出来る」

 確かにって感じの顔をして良介は黙った。今までは払って欲しいって気持ちで負けていたけど、払うって所では勝てた。勝ち負けの話しじゃないのは分かってるけど、お金の話しになると沈む気持ちが沈まないのは気持ち的に楽だ。ちゃんと話し合う、向き合うっていい事なんだなって思っていた。


「電気代出すって言うならここまでの電車賃出す」

 そう来たか。ここまで来ると最早楽しい。

「今日はタクシーで来たからいいよ。勝手にタクシーに乗ったの私だから良介に払ってもらうなんて出来ない」

 本当は電車で来たけど、どんな反応をするか見てみたくて嘘をついてみた。

「なら電車で来たって仮定で電車賃払う」

 直ぐにそういう風に言葉が返って来るって頭の回転早いなって感心してしまった。

「私は良介と会いたいって思ってるから。良介と会えるなら電車賃なんて全く気にならない。もしも良介が電車賃を何が何でも出すって言うなら私は良介に会いに来たんじゃなくて会いに来る様に言われたみたいだからそれはいい」

「俺だって日夏に会いたいって思ってたんだからここまで来てくれてありがとうって気持ちがあってもいいだろ」

 そうか。良介は私に会いたいと思ってたのか。反射的に出た言葉だったかもしれないけど、私はそれを良介の本心だって思えた。その言葉を聞いて一気に力が抜けて笑いが込み上げて来た。


「はー、笑った」

 しばらく笑い続ける私を良介は不思議そうな顔をしながら見ていた。だけど私は理由を言うつもりはない。

「なにやってんだろうね」

「でも大事な事だろ?」

 ここが聞くチャンスだ。いい流れが出来た。今からの話し合いが上手くいかないならもう2度と彼氏が出来ないかもしれないけど、良介は諦めよう。

「確かにお金の問題は大事な事だと思う。でも私がいいよって言った時はたまには甘えて欲しいなって思う。良介がそれを出来ない理由ってなに?」

 そう聞くと良介は姿勢を正してちゃんと話すモードに入ってくれた。


「日夏はさ、バイトした事ある?」

「あるよ」

「俺、初めてバイトした時に千円稼ぐのってこんなに大変なのかって驚いた。田舎に住んでたから時給が900円でさ。結構忙しくて時間経つのは早かったけど、慣れるまでは疲れて何もする気が起きないってのを繰り返して。初めて給料貰った時は喜ぶよりも先にあれだけ働いたのにこんなもんかって気持ちになった」

 今の良介の考え方の基になっているのはそこなのかとまだ話しの途中なのに大体の事が分かった気になっていた。

「今でも金を稼ぐのは大変だって思ってる」

 そう言う良介の年収は同年代の平均年収よりも多い。

「だからさ、簡単に奢ったり奢られたりってのが俺には難しい」

 良介の言葉を聞いて私は良介が稼いだお金をそんなつもりはなくても軽く見てしまっていたんだと思い知らされる。だからと言って借用書はやり過ぎだとは思うけど。


「生涯現役」

 いきなり飛び出した単語に私の耳はついていかず聞き直した。そして良介はもう一度同じ言葉を言い、その後に

「俺が一番嫌いな言葉」

って言った。しかめた表情で本当に嫌いだって事が伝わって来る。

「誰からも愛されて辞めるのを惜しまれる人がいるってのは分かってる。だけど、俺の周りだと古い考えを押し付けて来る様な奴ばっか生涯現役だとか言って会社に居続けんだよ。俺はそういう人間になりたくない。早期リタイアするって決めてる。だから今は必要な所ではちゃんと使うけど、無駄な金を使わない様にしてる」

 良介の考えを聞けて嬉しかったけど、納得出来ない部分もある。


「私とのデート代は無駄だと思ってる?」

「えっ、なんで?」

 私の方こそえっ、なんで?って言いたい。無駄なお金だと思っていなかったら遊園地デートだってしてくれるはずだ。

「だってどこか行こうって言ってもお金掛かるって言うから」

「日夏といればどこでも楽しいし、飯もなんだって美味いのにわざわざ金掛けるのもったいないだろ?」

 すごい当たり前の様に言ったけど、私からしたら思いもよらない方向から爆弾を落とされた感じだった。

「それでも私は遊園地行ったり遠出したりしたい」

 嬉しい言葉を言ってもらったのにワガママを言ってしまう。

「そういうもんか」

 良介はどういうものだと思っていたんだろう。ちょっと聞いてみる事にする。

「初デートの時からそう思ってくれてたの?」

 初デートの時からお金が掛かると言われていた。良介の言葉が本心なら初めての顔合わせから私の事をすごくいいと思っていたって事になる。

「そうだけど。いいと思ってない人とデートに行くなんてそれこそ金も時間も無駄だと思ってるから」

 本当に当たり前の様に言ってくれて、私も出来るだけ真面目な表情で聞いてるけど、嬉しさが滲み出るのが自分でも分かった。口に出さないだけで良介は私の事をすごく想ってくれている。

「私のなにが良かったの?」

「あぁいう場ってさ、話さないといけないって分かってるんだけど、慣れてないし緊張もするから俺全然話せなくて気まずい空気になったりすんだけど日夏頑張ってくれただろ?俺に対してこんなに頑張ってくれる人がいるんだなって。それに日夏ってアニメとか好きだろ?」

 ふんわりと本を読んだりゲームをするのが好きとは言ったけど、趣味は?って聞かれた事はなかったからハッキリと答えた事はなかった。それでもバレているって事はやっぱり私からはオタクオーラが出ているんだろうか。

「初めて会った時の話しじゃないけど、一緒に出掛けた時に見る物とか反応する物がアニメ系多かったからそうだと思ってたんだけど違った?」

 まさかそんな所で気付かれていたなんて。確かにたまたま好きなアニメの限定カフェの近くを通りかかった時はグッズの売り切れ状況を素早くチェックしたりしていた。私の事よく見てくれてるんだなって嬉しさが積み重なっていく。


「俺と居る時は好きな物我慢してくれんだなって。気遣いしてくれる所いいなって思ってる」

 本当はアニメ好きだって知られたら引かれるからと思っての事だったけど、いい風に勘違いしてくれてるから黙っておく。

「俺の知り合いにもアニメ好き居るんだけど、とにかく金掛かるって言ってたから金掛かんないデートの方が俺も日夏もいいんじゃないかって思ってた。どこかへ行こうって言ってくれんのはデートはそうするべきだからって考えてるからなのかなって。日夏も近場でいいと思ってんのに俺に気を遣ってくれてんのかなって」

 友達と遊ぶならその考え方は嬉しい。でもデートってなるとせっかくデートなのにって思ってしまう。

「ちょっと待ってて」

 そう言って良介は立ち上がって寝室へと入って行った。気になるけど、考えても分からないしちょっと待ったら答えは分かるから大人しく待つ事にする。

 出て来た良介の手にはジュエリーショップの袋があった。隠す事なく持って来た事に驚きつつも期待して違ったらガッカリしてしまうと出来るだけ平静でいようとしたけど無理だった。

「話しの流れ的に今の方がいいかと思って」

 良介は袋ごとテーブルに置いて口を開いた。

「日夏は俺の事ケチだと思ってると思う」

 プロポーズの流れなのかそうじゃないのか。話しはどう繋がるのだろうと思わず私はテーブルに置かれた袋と良介を見比べてしまう。

「付き合ってる相手がいても自分の為に金も時間も使ってもいいって俺は思ってる」

「それは私も思うよ」

「すげー言い方悪いけど、俺はこれだけの金を日夏の為に使ったんだからって思ってた所があるかもしれない。いや、ある。悪かった」

 これだけの金に心当たりがなかったから恐らくこの袋の中には相当な金額の物が入っていそうだ。

「でも初めてのデートの時からお金の事言ってたよね?」

 初デートの時には恐らく良介の言うこれだけのお金は使っていなかったはずだ。

「その時は使う予定。結婚するならそうなるだろ?」

 そう言いながら良介は袋から指輪のケースを取り出して私の前に置いた。

「開けて」

 開けるって私が受け取る前提になってしまうから一回話しを聞こうってここに来る前の私なら思っていた。でも今の私なら言葉と態度には出してくれないけど、良介は私の事が当たり前の様に好きだって思ってくれているのが分かったから喜んで受け取る。


 指輪のケースを開けて声が出ないぐらいに驚いた。これってアニメだと怪盗に盗まれるやつじゃ?って思ってしまう程ダイヤが散りばめられた指輪が入っていた。怪盗に盗まれるは大袈裟過ぎる例えかもだけどそう思ってしまうぐらい豪華な指輪だった。

「指輪は給料の3ヶ月分って言うだろ?」

「なにそれ?」

 給料の3ヶ月分ってこの指輪とんでもない値段だ。

「じいちゃんにも親父にも結婚相手に渡す指輪は給料3ヶ月分の指輪を渡すんだぞって言われてたからずっと常識だと思ってた」

「そんな常識あったら皆大変でしょ」

「だから余計に金にうるさくなってたんだよ。それに女性はこういうの他の人に自慢出来る方がいいって」

「それもお父さんの教え?」

「いや、これはお袋。周りよりいい指輪してると皆に羨ましがられていい旦那って思われるって。それでいい旦那って思われんなら悪くないって思ってさ」

 確かにこれは自慢出来る。良介の気持ちも考え方もすごく嬉しいけど、私はもっと嬉しい気持ちになる事がいっぱいある。

「ゴメン、良介。これは受け取れない。結婚出来ないって意味じゃなくてこんな高価な物は受け取れないって意味で受け取れない」

「でももう買ったからそこは受け取って欲しいんだけど」

 確かにせっかく買ってくれた物を突き返すのはどうかという気になってきた。

「じゃあ指輪は後でどうするか決めるとして私の話しを聞いてくれる?」

「分かった」

 そう言ったもののどこからどうやって話そうか悩んだ。でも結婚するのならちゃんと自分の考えを言わないと。そう思って話し始める。

「私はこんなに素敵な指輪もらっても怖くて着けられない。ただ大切にしまっておく事になる。確かに私の趣味はお金が掛かるけど、せっかくなら色んな所に行って2人の思い出作る方がいい」

 もう彼に奢ってもらった自慢は出来なくていい。私はこれ以上ないエピソードを手に入れた。特別なエピソードなんてなくていいって人もいると思うけど、私は欲しい。

 

 そう思って良介はどうなんだろう?って思った。誰かに私の事を話す時にお金にだらしないって話しが最初に出て来るだろうか。これからは私だけの目線じゃなくて2人の目線になって物事を考えたいって思った。これが誰かと一緒になるって事なんだ。


 私のワガママを聞いてくれる彼って優しくて素敵だと思っていた。周りからもそう思われるって。思われるんだろうけど、それを望んでそうしてもらったって私の自己満足でしかない。

 私は何でも奢ってくれる人より、3ヶ月分のお給料を使って指輪を買ってくれる人がいい。良介がいい。

「じゃあこれどうしよう。あっ、結婚してくれる?」

 今までの私なら全くムードがない中、ついでの様に聞かれた事に不満を募らせていたと思う。でも今は私達は結婚するのが当たり前の流れって感じで言った良介の言葉が心地良かった。

「うん、結婚する」

 私も当たり前の様に答えてみた。言うのは無表情だったけど、答えを聞いた良介は笑顔になった。


「返品とか出来んのかな?」

「それはそれでもったいない気がする」

「でも持っておくだけの指輪ってそれこそもったいないだろ?」

「それはそうだけど」

 せっかく良介が選んでくれたのにって気持ちがある。2人で考えて私にはある考えが頭に浮かんだ。

「嫌ならハッキリ言って欲しいんだけど、子供が出来た時の為に置いておかない?で、その子が結婚する時に今日のエピソード話して渡してあげるの」

 誰になんと言われても私はそれが一番いいと思った。子供が出来るかも分からないし、出来たとしてその子が結婚するとは限らない。それでも未来に希望を持つっていいなって思う私はやっぱり少し現実世界に2次元を引っ張ろうとしているのかもしれない。

「そうするか」

「いいの?」

「それがお互いの意見の真ん中って感じだから」

「その考え方いいね。意見が割れたら意見の真ん中」

 こうやって2人のルールが出来て家族になっていくんだな。

 今の私に良介に奢ってもらおうとばかりする私の姿を見せたら全力で止める。今考えるだけで卑しいって自分が恥ずかしくなる。


「なら今日の晩飯もそれで決めるか」

 なんだかすごく楽しい。一緒に過ごす時間の中でこうやって楽しいって思える瞬間が見つかる方が1つのとびっきりにこだわるよりも楽しくて嬉しいものなのだと初めて知った。

「じゃあせーので食べたい物言ってみる?」

「分かった」

「もう考えた?お互いの事考えるのナシだからね」

「大丈夫」

「じゃあいくよ。せーの」

「親子丼」

「カツ丼」

 お互いの答えに2人で笑った。

「これの真ん中ってなに?」

「玉子丼じゃない?節約にもなるし」

「味噌汁つけるのあり?玉子だけじゃ腹減りそう」

「じゃあ次はお味噌汁の具を言い合おう」

 こんな時間がこれからも続いていくんだろうな。続けばいいな。新たに芽生えたそんな気持ちを大切にしながらこれからも良介との時間を過ごしていきたい。


 結論、奢ってもらう以上の幸せはいっぱいある。




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