第19話 再び難民がやって来た
異世界生活、四日目の朝。
「おはようございます、ダイチ様」
「ん? ああ、お帰りスフィア。もう帰って来たんだなって、何でまたお前がいるんだよ!?」
「何でと言われましても、寂しくなって朝早くに帰って来ただけですよ。何か問題でもございましたか?」
「朝早く帰ってくることが問題ではなく、下着姿で隣にいることが問題なんだよ!」
朝起きると、またスフィアが隣にいた。
部屋の鍵を閉めたにも関わらずだ。
《マスター、スフィアとキャッキャうふふしているところ申し訳ありませんが、東から難民と思わしき人族が、こちらに向かってきています》
――ルナリス達に続いて、また難民か。
「ダイチ様、また難民が来たとプラン様からご連絡が。この続きは落ち着いてからにしましょう♡」
「し、下着姿で堂々と言うんじゃねえ! 早く着替えて来ーい!!」
◇
「ダイチ殿! 人族がここへやって来るぞ!」
「分かってる。ひとまず俺が話すからお前たちは黙っといてくれ」
「分かった。ただし敵意を感じれば参戦させていただく。みんなも分かっているな?」
「もちろんです。領主様を傷付けるような無礼者には鉄槌あるのみです」
「御領主様はわたくしがお守りしてさしあげますわ」
「ん。シルフィがってん承知」
「お待たせしました、ダイチ様。皆様もごきげんよう」
スフィアが遅れてやって来たが、いつもとかなり雰囲気が変わっている。黒いドレスではなく、白のワンピースを着ていつもより可愛く…って、そんなこと考えてる場合じゃない。
大人二人、子供三人か。
《敵意は感じられません。ただの難民と推定します》
肉体に刻まれた無数の傷跡。
伸びた無精髭と痩せこけた頬。
ここまでの旅路で数日は食えていないのだろう。
だがそれでも歴戦の戦士を彷彿させる風貌と風格を併せ持つ男が、一歩前に出た。
「皆、突然すまない。この村の代表はどなたか教えてくれないか?」
男の言葉に応えて、俺も一歩前に出る。
「俺がここの領主の切開大地だ。お前たちはなぜこのようなところへ来た?」
驚いたように男は仲間を見る。
おそらく、俺が若いがために戸惑ったのか。
「貴殿がここの領主様か。オレは…いや、私はガトーと申す。連れは私の家族で隣にいるのは妻のショコラと長女のココア、息子のナッツ、次女のバニラです。手持ちの水と食料が尽きてしまったところ、突如として神々しい光りが降り注いだこの村に導かれ、ここまで来たのです。どうかお助けいただきたく」
――うむ。
神々しい光りは間違いなくルナリスの聖弓が原因で、この人達がすごい困ってることも分かる。助けてあげるのも確定なんだが、とにかく名前が気になって仕方がない。
この夫婦はそれほどまでに甘い物好きということも、名前を聞いてすぐに分かった。
「分かった。そこにある井戸水を飲んでくれ」
「ご助力のほど感謝致す!」
この家族が水だけでは足りないのが分かる。
特に父親のガトーはこれまでろくに食っていないのだろうな。
「領主様、昨夜の残りのシチューがありますので、お持ち致します」
エリスが気を利かせて長屋へ取りに行った。
◇
「領主様、そして村の皆も、このような食事まで振る舞っていただき、この通り感謝致す」
父親のガトーの話では、子供と妻のために水と食料を分け与えていたため、比較的子供たちは元気そうだ。
さらにエリス特製のベアシチューを振る舞った後、驚くほど回復し、顔色もよくなっている。
それほどまでに魔物肉が滋養強壮に優れているのか、そもそも現地人のポテンシャルが高いのかも分からないが。
「領主様、母のわたし、ショコラからもお礼を。この度は助けていただきありがとうございます。ほら、ココア、ナッツ、バニラもお礼を言いなさい」
「あ、ありがとうございます……」
「お、お兄ちゃん、ありがとー」
「りょーしゅしゃま? ありがとー」
「お、ココアにナッツ、バニラか。元気になってよかったな」
「はい…」「「うん」」
長女のココアは人見知りなのか、目を合わせようとしてくれないが、ナッツとバニラは満面の笑顔で言った。
「ああ、そうだ。俺はお父さんとお母さんに話があるから、先にお前達で風呂に入って来たらどうだ?」
「「おふろってなにー?」」
あ、そうか。風呂は貴族や王族でなければ持ってないのか。ルナリス達も湯浴びは初めてと言ってたしな。
「お風呂は水浴びよりも気持ちいい場所のことをいうの。スフィアお姉ちゃんと一緒に入ろ」
「「うん」」
「シルフィ、スフィア手伝う」
「領主様は風呂までお持ちとは。辺境とはいえ、さすがは貴族様ですな。さあココアも行って来なさい」
「はい……」
スフィアとシルフィが子供達を風呂に連れていった。
「それで、どうしてここへ来ることになったんだ?」
ここは死の荒野。
魔法を操るエルフ達でさえ近付かなかった場所に、ちょっと間違えて来ちゃった、なんて訳はないからな。
どこか神妙な顔をしながら、ガトーが答える。
「私達はここから東にあるティシリス聖教国から来たのですが、最近になって聖司祭様が引退し、新しく就任したお方になってからというもの、ギルド税や教会税、領地税、関税など、あらゆる税が上がり、さらには他国との関係性が悪化し、とても生活できず……」
ティシリス聖教国か。
プラン曰く、愛と親和の宗教国家で人族が多く住んでいる国と聞いたな。
それにしても、その悪徳代官みたいやり口は何だ。
そんなやり方をすれば市民は反対して暴動に発展するんじゃないのか?
「それで街の人達は黙ったままなのか?」
「もちろん大多数の人達は反対したのですが、我々の意見を聞こうともせず、立ち向かうにも国直属の剣聖教団には敵わない。移住するにしても険しい山々に囲まれ、今や国境も封鎖されています。唯一残された道は……」
なるほど。唯一残された道は死の荒野を通ること、か。ルナリス達と少し似ているな。
「それでここへやって来たと」
「ええ。あのまま聖教国に残っていたとしても、奴隷になるのが関の山です。私は耐えれたとしても妻や子供たちがあまりにも不憫。なんとか活路を見出そうと死の荒野を渡り歩き、ようやくここまでたどり着いたのです」
「事情は分かった。それでお前達はこれからどうするつもりだ?」
「王国へ向かおうかと思っていたのですが……」
ここもヴァイスクローゼ王国の領土だが、そういや王国って、どの辺りにあるんだろ?
《マスター、徒歩であれば、ここから一週間と推定します》
(めちゃくちゃ遠いな……)
「ダイチ殿、話を割ってすまない。あたしから二人に言っておくと、王国へ行くにはクワトロ大森林を通らなければならない。だが今は人狼族やリザードマン、オーク族が手を組み、危険なのは間違いない。行ったところでそいつらに捕まるのが関の山だ」
「なッ! それは本当か!?」
ガトーが立ち上がって言った。
「ええ、間違いないですよ。わたしたちはあの森から逃げて来たのですから」
「わたくしも何度か王国へ行ったことはありますが、はっきり申し上げて、この村の方が何倍も素晴らしいですわ。わざわざこれ以上の危険を冒してまで行く必要があるとも思えません」
「領主様、ガトー様たちもここに住んでもらうというのはどうでしょうか?」
なぜかエリスがスフィアのように、瞳をキラキラさせながら言った。
「ま、俺としては助かるが、どうしても王国に行きたいのであれば好きにするといい」
「あ、あなた、ここに住みましょう。あの聖水のような井戸水も料理もとても美味しいですし、領主様も村のみなさんもとてもよくしてくださってますし」
何やらガトーは困ったような表情を浮かべている。やはり来て早々に住むことは難しいのだろう。
「だ、だが、仲間達が王国へ向かうのだ」
「フェインさんたちもきっとここに立ち寄るわよ」
「確かに王国へ向かうよりは、この村で待つ方が得策か……りょ、領主様はよろしいのですか?」
「別に構わないぞ。家も提供するし、好きにするといい。ただし犯罪だけは許さない」
「そ、そのようなことは決して致しません。よろしくお願い申す」
《ガトー、ショコラ、ココア、ナッツ、バニラが住民になりました》
《マスターの拠点住民が10名を突破しました》
《マスターの拠点レベルが3に上がりました》
《レベルアップボーナスで300KP獲得しました》
《一日経過しました。110KP獲得しました》
《任務:〈No11〉を達成しました》
任務:〈No11〉人族を住民にしよう。
達成条件:人族を住民にする。
達成報酬:10開拓ポイント。
「こちらこそ、よろしくな」
「あたしたちも同じ住民として、よろしく頼む」
◇
現在の開拓ポイント:残1,150KP。