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 黒帳の奥の始祖(しそ)冥儀王(めいぎおう)様は不機嫌をのせた声で訊ねた。



「何故、止めるか。筋の通った理由でなければ、貴様も地下牢へ行ってもらうぞ」



 私は深く吸い込んだ息を腹の底から吐き出した後、顔を始祖冥儀王様の方へ向けた。


 義妹の行動を改めて知って、よく分かったことがある。


 数は力だ。


 義妹が今日(こんにち)までいじめを難なく実行できたのも、殿下や両親、城に勤める多くの人心を掌握していたからだ。


 警備兵の彼が言う通り、一対三以上のケンカは数の少ない方が負ける。平凡で能力が対等な人間ともなれば、それはもはや不変の法則だ。


 そして、始祖(しそ)冥儀王(めいぎおう)様がいくら強大な存在でも、あえて人間の王と対等な(くらい)に立つ以上、多くの人間の意志を無視することはできない。


 よって、今度は私が聴衆を味方につける。同調させ、その雰囲気で圧倒し、始祖冥儀王様までもを納得させるのだ。


「皆様、今日の式典の意義をお憶えですか。この式典は、冥儀国と人間界の国々との講和を記念して催されたものです。523年前の、冥儀国がまだない頃の冥府と人間界の国々の間で起こった戦争の講和記念式典なのです。グラント海蝕(かいしょく)国のスチュワード大使もランケスター帝国のヘイロー大使も、それはご存じでしょう」


 私の問いかけに、スチュワード大使は無言で頷く。ヘイロー大使は野次を飛ばした聴衆のひとりだったので、床に抑えつけられながら不服そうに私を睨んだ。


「そして、その講和記念式典で、どうして王太子妃を発表するのでしょうか? 何故なら、この式典は523年前の講和の条件になぞらえたものだからです。私の義妹が申し上げた、始祖冥儀王様が略奪したと伝えられている花嫁は、523年前の戦争で始祖冥儀王様が人間界に請求するはずだった賠償を、全て肩代わりした存在でした」


 知る者は言わず、言う者は知らず。


 聴衆の反応は半々といったところだ。


 それら半数の聴衆が、次の始祖冥儀王様の発言で顔を青く染めた。


「それすら知らぬ者に罰を与えるのは当然ではないか。過ちを忘れた恥知らずの愚者。卑しき者達は死して審判の間で裁かれなければならない」

「いいえ、それではいけません。始祖冥儀王様」


 発せられた反論に、始祖冥儀王様は黙している。



 ――先を話せ、さもなくば……。



 無言の圧力に負けじと、私は口を動かし、頭を働かせる。


「講和から523年経った現在、その事実自体は知り得ていても、彼らは歪んだ形で憶えているのです。冥府の王は大昔に人間の花嫁を略奪したと。平原国の歴史教本には、そう記述されております。つまり――」

「平原国も処罰するべきか?」


 唐突に。始祖冥儀王様から名指しで国名を挙げられた、聴衆の中の平原国の大使はぎくりと首を動かした。


 周囲の注目も相まって、太身の平原国の大使はバツが悪そうに縮こまる。


「そうではありません。今、義妹を含めた人間たちを罰したところで、この事態の改善には至らないということです。そもそも、この場にいる者達の何千倍の人々が人間界で暮らしていて、単純な計算で、少なくとも三十万、四十万の人間が略奪したと思っているのです。王はそれらの人々も地下牢に閉じ込めてしまわれますか? 過去の過ちを、正しく知る機会に恵まれなかった者達であっても、すべて愚者なのですか?」


 私は息を継ぐ。


「義妹や彼らには、その事実をしかと確認させるようにしていただきたい。しかるべき手段で教育した後に、過ちを心に刻まぬようであれば――」

「くだらない。二度目の機会を与えるほど余は寛大ではない」

「これは一度目の機会です!」


 私は周囲を見回した。



「―――今を生きる私達にとっては」



 真実を知る者の、薄汚れたホコリにまみれた者の、すべての人々の色の違う瞳が私を見ている。


「私達は確かに愚かです。人間は過去から何も学ばず、忘れ、挙句の果てにはまた同じ過ちを繰り返す。新たな過ちを生み出す! しかし、私たちは好き好んで自覚もせずに愚かになりたいと願ったわけではありません。限りある生を繋いでゆく私達にとって、一から十までを知りえた者など不死(永遠を生きる者)でなければ成しえない奇跡なのです。人間が自覚なき愚者になることは逃れられぬ運命なのです」


 大広間のすべての視線が黒帳の向こう側へ集まる。


「もし、自覚なき人間こそが最も愚かであるとお思いになるのなら、王はせめて愚かであると自覚するよう変革を促すべきでしょう。それをせずに処罰を下すというのならば、すべての人間を冥府の奥底に埋めなければなりません」


 私は玉座に向けて頭を垂れた。


 一礼の間に保たれた静寂は、ひとつになった人々の気持ちを表していた。


 幕の奥に透けて見えた始祖冥儀王様は目を(すが)めて、厳粛に告げた。



「人の子が冥府の王に講釈を垂れるか。こうも身の程知らずとは」



 怒気が込められた始祖冥儀王様の言葉に、聴く者すべてが身を震わせる――。



「だが、そなたのように自覚ある愚かな人間は尊いだろう。……よろしい。かの罪を認めるのならば、その者らは、しかるべき教育の後に放免しよう」



 始祖(しそ)冥儀王(めいぎおう)様の口から紡がれたのは赦しの言葉だった。


「……ありがたきお言葉、しかと受け止めます」


 私はほっとして、胸をなでおろすような心持ちで、礼をした。


 最悪、大使を含めた招待客以下、人間全員が処刑されかねない流れだった。


 皆を巻き込むその方向に話を進めたのは、私自身ではあるが。



「加えてだが、そなたにひとつの宣言をしよう」



 黒帳の向こうの御影が揺れ、私とは別の方向を向いた。



「ターミット・ユグ・エデルリッツ第一王子。そして、元婚約者である者の義妹よ。貴様らの不義は変えようのない事実。また、それを見逃した親の罪もあろう。始祖冥儀王の名において、あれは婚約破棄であった。本来の婚約の書面における賠償の授受を、元婚約者であったその者に認める」



 思いがけない言葉だった。


 それはターミット殿下や義妹にとっても同じことで、特に私の両親が始祖冥儀王様の言葉に愕然としていた。


「感謝致します。しかし賠償は要りません」


 私は達成感に打ち震えながらも、冷静な様子で微笑んだ。


 始祖冥儀王様は無欲な主張が出てきたことが意外だったのか、問い返した。


「自覚なき愚者達の――その挽回の機会を請いはしても、贖罪の機会は与えぬものか?」


 ああ、その言葉を待っていた。


「いいえ、贖罪の機会はございます。賠償の代わりに、彼らへ復讐をさせていただきたい」

「良いだろう。殺さぬ限りは罪になるようなことも見逃す」


 始祖冥儀王はさぞ愉快そうに、不気味な笑い声を静かにあげた。






 警備兵の彼はあっけにとられていた。


「すげぇな。……やっぱ、すげぇよお前」

「いえ、それほどでもっ……いっ!」


 急に背中を叩かれて、私は痛みで硬直した。


「ケンソンすんなって! つか俺、全然役に立ってねーな! こんなはずじゃなかったんだけど、頭使うのは苦手だな」

「ずっと頼もしい存在でしたよ。警備兵であるあなたに出会わなかったら私は此処にいません」

「そうか~! そう言われちゃしょうがねーな!!」


 バシバシとくる彼の励ましは、相変わらず強い力加減で痛いけれど。


 このあと彼らへ突き付けるささやかな復讐にも踏ん切りがついた。


 私は、自分を手紙ひとつで見捨てて、裏切りを言い捨てて、そして婚約破棄の言葉を吐き捨てた彼らの方へ振り返った。


「私の唯一のお父様、お母様。義妹いもうと。そして、殿下。私、ようやく理解いたしました。誰かの幸せを奪うくらいなら、いっそ自分が幸せにならない方が良いと思う愚かな人間になっていたことを」


 でもそれは、私一人が納得すれば、多くの人が幸せになるから見ないフリをしてきただけで、本当は自分の幸せだって大切にしたかった。


 私を切り捨てることが両親の幸せに繋がるのなら、


 私を追い詰めることが義妹の幸せに繋がるのなら、


 私を捨てることが殿下の幸せに繋がるのなら!


 ……私は幸せにならなくてもよかった。


「だけど、それは幸せの数で喧嘩を売られていただけなのですね。警備兵の彼の言葉で、あなた達が卑怯な手段を使っていたことに気付きました。自分の幸せも勘定にいれて良い。それを彼に教えていただきました。人の子の英雄でもない、城のいち警備兵である彼に」


 警備兵の彼に微笑みかけると、彼の方はハハァ……と照れ臭そうにしている。


「こんな私でも、幸せを願ってくれている人が一人でもいる。だから、私はあなた達より幸せになることで復讐をします」


 なんだ復讐など只の出まかせかと殿下や義妹、両親はほっとしているだろう。


「――ですが、それはそれとして。手始めに、平和的でバイオレンスな復讐で幸せになることから始めます」


 当然のことだ。


 自分の力で理不尽をやり返してやらなきゃ気が済まない。


 私は突き進む。


「何を、馬鹿なことはやめなさい」

「貴女はそんな子ではないでしょう!?」


 うるさい。ずっと私よりも義妹(いもうと)のことを気遣っていたくせに。



「お父様、お母様、あなた達とは絶縁です!」



 私は下手ながらも中指を天へと突き立てて、信頼していた二人に突き付けた。


 次は、甘え上手が何度も羨ましいと思った義妹の方へ向かう。


「姉様、わたしは未来の王妃ですよ。こんなことをしても損になるだけで何の得がありますか」

「自分に得があるかどうかなんて関係ないでしょう? 貴女は損得勘定で人と付き合っているのですね」

「そんなことはありませんっ血は繋がってなくても、姉様はわたしのことを実の妹だって――」


 昨日までは、聞けば飛びあがるように嬉しかった義妹の言葉。


 でも、最初から私と貴女は他人であり、敵だった。



「貴女だって、もう、私の妹じゃない!」



 力加減が分からなかったので、私は振り上げた手が義妹の頬に触れてから振り抜く平手打ちをした。


 さして豪快な音はせず、二時間かけてセットされた義妹の髪が地面へぶちまけられた。


 義妹は……違う、ターミット殿下の婚約者は深紅のカーペットの上で目を回し、伏せている。


 フーッ、スゥ、フーッ、スゥと息をし、抑えきれない興奮で、私の肩は上下していた。



「次は、あなたですよ。ターミット殿下」



 最後に、私は、大事な結婚の約束を破った殿下に詰め寄った。


 普段怒らない人が怒ると怖いと言うが、殿下には私が鬼か悪魔にでも見えているのか。


 私には、殿下が情けない姿で見えていた。


 彼は豹変した私に恐れをなして、へっぴり腰で後ずさる。


 この人が冥儀国の王になるとは思えない威厳の無さだ。


「悪かった、悪かったから、許してくれぇ……」


 始祖冥儀王様のお墨付きを得たこと。


 そして、段々と力が込められていく復讐の順番が最後であること。


 それらが何を意味するのか理解している殿下は、平身低頭に、婚約破棄を告げた時は一言も口にしなかった謝罪で許しを乞う。


「君との婚約を破ったことは謝る! この通りだ。申し訳ないことだと思っている。だが――」

「だが?」

「だっ、だが、花嫁修業に明け暮れて私のことなど目もくれない君よりも、君の義妹(いもうと)の方が、彼女は私のことを愛してっ……」

「私だって! ……私だって殿下のことを愛していました」


 ()せた色の恋慕の情が込み上げ、雫となって私の瞳から零れ落ちる。


 初めて殿下と出会った庭園で、私に向けられた、あの眩しいほど愛おしかった幼い彼の笑顔が目に浮かぶ。


 多々、数え切れぬ重責を身に背負うことになった殿下と私は、冥儀国の為に支えあってゆくことを、あの日、婚約とは別に約束したのだ。


 しかし、それは子供の口約束でしかない。


 たったそれだけのこと。


 もう意味も価値もない。



「あの日の約束をずっと胸に抱いて生きてきました。けれど、それも今日で終わりです」



 パチン、と私は殿下の頬を適切な力加減で叩いた。



「これで、許してあげますよ」



 殿下が安堵の表情を浮かべた刹那。


 スカートの中で極限まで引き、蹴り上げた私の右足が殿下の股間に突き刺さる。



「~~~~~~~~ッ!!!」



 悶えながら床で転がる無様な殿下に、私は中指を天高く突き上げ言ってやった。




「ざまあみろっ! この浮気野郎っ!! 幸せになぁあっ!」










最後までお読みいただきありがとうございました。

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ご好評につき、2023/02/13(土)にエピローグを公開いたします。

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