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 私は警備兵の彼の前に立った。


 今まで彼から貰った痛いぐらいの気遣いを糧にして声を張り上げる。


「私の日中の行動を証明することはできます。ユーエン・ストライフ様、()()()()は警備兵の管轄でよろしいですか」

「え? ああ、城の門をくぐる奴はひとり残さず入城記録に記してあるし、余程のことがない限りは事前申請の決まりだ。って、俺、持ってきたままか」


 肩から吊られている今日の入城記録を書き留めるボードを、警備兵の彼は思い出したように手に取った。


「入城記録の用途と保管期限は?」

「そりゃあ、用途は警備の為だし、入城目的と滞在時刻は必須事項だ。事前申請の記録分は、王を守る近衛兵と共有して警邏(けいら)順路の計画に役立てている。保管期限の方は警邏順路も含めて最低でも五年だな」

「では、私に割り当てられた王太子妃教育の時間割と、その入城記録から立てた警邏順路の計画を照らし合わせれば、私が誰と会っていたかは一目瞭然ですか?」

「それはそうだな………教育の時間割なんかなくたって、お前のいる場所には警備兵の目が届くように配置していたし、異常があれば報告と記録をするように厳命していたから――おい、誰でもいいから過去の入城記録持ってこい」


 警備兵の彼が適当に呼びかけると、真面目な警備兵がそっと綴り紐の書類束を差し出した。


「すでに用意してあります。隊長」

「お疲れ様、助かる。………で、直近一ヶ月は王太子妃教育担当の講師以外の訪問はなし。近衛兵との情報共有にも特筆すべき点はなし。他もざっと見た限り同じ内容だな。ほらよっと」


 残りの入城記録の束を、警備兵の彼は殿下と近衛兵に投げ渡した。


 私は、本題を証明する証拠が行き渡ったのを確認して、声を上げた。


「ひとつ。気になることがあるのですが……私の義妹(いもうと)の入城記録は残っておりますか?」

「残ってはいるが、うーん、入城目的は図書室での調べ物、温室の観覧、庭園の散策だけだぞ?」


 ……義妹が城を出入りする口実で私を使っていなかったことに、少しの寂しさを感じたが今は関係のない感情だ。


「それだけで充分です」


 一呼吸、置いて。


 義妹(いもうと)のようなわざとらしい演技で、聴衆へと問いかける。


「思えば、簡単なことでした。王太子妃を発表する式典の当日に、婚約破棄をしたにもかかわらず、なぜ王太子妃の座は空席ではないのか? 代役を用意済みだなんて、まるで初めから婚約破棄をする予定だったみたいではありませんか。当の婚約者()は婚約破棄や婚約解消でさえも、一方的に突き付けられる落ち度さえなかったのに――そして同時に、この入城記録を確認すれば分かることですが――婚約者の妹と逢瀬を交わし、不義を働いたのは、ターミット殿下。あなたが先でしょう?」


 驚きの声は疎らだ。


 しかしその驚きも、三文小説のような展開が実演されていることに対して、だろう。


「おうおう、浮気野郎ってことか?」


 警備兵の彼が調子に乗った素振りで囃し立てる。


 殿下の口端がピクリと動き、苛立たしそうに私へ言い返した。


「私はそのようなことなど断じてしていないが。不義など君の虚言ではないのか」

「虚言ではありません。あなた方の逢瀬の証拠は、既に提示されています」


 大丈夫だ。彼らに臆する気持ちを悟られてはいけない。


 私は息を継ぎ「分かりやすいよう丁寧に説明いたしますが……」と、行き渡った書類を指し示す。


「警備兵管轄の入城記録は、私達の潔白を証明すると同時に、義妹(いもうと)の滞在場所を示しております。これを王族付きの近衛兵の警備記録と突き合わせれば、義妹(いもうと)と殿下が何回、何十回の逢瀬を交わしたか、ようやく数えられるという訳です。……これが、殿下が先に不義を働いた証拠でなくて何になりましょう。そして、義妹(いもうと)にも相応の処分が必要になってくるのでは?」


 殿下は沈黙した。弁解は不可能だと悟ったようだった。


 当事者の無言の肯定。


 つまり、異例中の異例。警備兵の奏上が成功に終わったのだ。


 勝馬に乗るように、聴衆は態度を変化させる。


 次第に大勢が、ホコリひとつない綺麗なドレスを着た義妹(いもうと)のことを、薄汚れたもののように見ていた。


 義妹(いもうと)は拳を握り締めて、震えている。


「なにが……お義姉様の代わりに皆と仲良くして、結果的に殿下が私を選んだだけのことじゃない! 婚約解消の話だって、契約書通りちゃんと話し合っています。選ばれなかっただけで勝手に傷ついて、他人に責任転嫁する人なんて王太子妃にならなくて良かった!」


 彼女は癇癪を起こした子供のように叫び散らした。


「始祖冥儀王だって、誰かの花嫁を略奪したことがあるのに! どうして約束を守った私達だけが責められなければいけないのです! 馬っ鹿みたい!」


 そして黒い帳の奥――始祖(しそ)冥儀王(めいぎおう)様がおわす玉座を指差す。


 これに数人の聴衆が同調した。口々に文句を言うその中には、帝国の大使も含まれていた。


「こんな騒動を起こした式典に何の価値がある!」「略奪という低俗な慣習のある冥儀国など国ではない」「もはや国として存在していることがおぞましい!」


 彼らの発言から冥儀国を貶める意図が透けて見える。ターミット殿下はこれを阻止したかったのだろうが……身から出た錆に同情の余地はない。


 すると、諦念が込められた嘆息が黒(とばり)の向こう側より聞こえた。



「そうか、人間は過去の過ちから何も学ばなかったのか。愚かであったことを忘れたか」



 始祖冥儀王は息を継いで、命令を下した。


「その者達を地下牢へ連れて行け」


 近衛兵が素早い動きで、義妹と口をはさんだ聴衆を取り押さえる。抵抗むなしく、彼女達は両脇をがっちりと屈強な近衛兵に抑えられた。


「なにが……どうして……!? 私は冥儀国の王太子妃です、放してください! ターミット様、ターミット様! 助けてください!」

「……君は式典を侮辱した。こればかりは、私にできることはない」


 殿下は義妹の求めをはねつけた。略奪した愛のあっけない幕切れだった。


 見捨てられた後も、義妹は抵抗を続けた。


「放してくださいっ! 私のような正統なる身分の者を拘束してよいと、くっ、思っているのですか!」


 そう抵抗を続けたからこそ。


 ついには彼女を大人しくさせるために、拳が振るわれようとしていた。



「お待ちください」


 

 私は、義妹を抑えつける近衛兵らの前に立ちはだかり、拳を留めた。

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