1
「お前との婚約は破棄する」
元婚約者となった殿下から吐き捨てられた言葉だ。
「お可哀想に義姉さま」
信頼していた可愛い義妹に言い捨てられた言葉だ。
「しょうがない。出来が違うのだから」
最後の最後だけは私の味方だと期待していた実の両親が。
式典前に書き捨てた言葉だ。
ぽつりぽつりと零れ落ちた涙が、深紅のカーペットに染みを作る。
膝から崩れ落ちた私に手を貸す者はいない。聴衆は冷ややかに見ているだけだ。
私の味方は、大広間の何処にもいなかった。
だって、私は婚約者を義妹に横取りされたことすら知らない偽りの花嫁だ。
今日、始祖冥儀王ハデス様に誓いを立てることで、王太子妃だと正式に認められるはずだった。
冥府を統べる冥儀国の王太子ターミット・ユグ・エデルリッツ殿下と結ばれるはずだった。
しかし、式典で名を呼ばれ、殿下に手を取ってもらえたのは義妹だった。私には初めの数度しか見せなかった殿下の眩しい笑顔を、義妹が当然のごとく受け取り、それ以上のものを返してみせた。私が花嫁修業に励む間に、二人は仲睦まじくなっていたらしい。
私の両親も、別に私が婚約者でなくなっても、義妹が嫁ぐのならば大差はないと思ったのだろう。いや、より良いと思ったのかもしれない。昔から彼らが可愛がるのは義妹の方だった。
物心ついた頃から世界の中心は義妹であったけれど、彼女のことは好きだった。だから、婚約者を奪われても、憎む気にはなれなかった。
こんな仕打ちを受けても、泣いてみせることしかできない私は何においても鈍感で自分の意志では何もできない人間だ。よく考えてみれば、殿下との婚約が決まったのも両親のお陰だった。
ねぇ、殿下。私の何処が悪かったのですか?
感情に押し流されて訊くこともできず、見詰めているだけ。心で言うだけ。気丈に誇り高く振る舞えやしない。
こんな風に、私が知らなかっただけで、駄目な所はいっぱいあったのだろう。
でも、そうであるのなら、言って欲しかった。
「警備兵、この者を外に追い出せ」
無情にも、殿下は命令を下した。
呼び出された二人の警備兵は、私の両腕を掴む。背の高い両開きの扉が開け放たれると、私は大広間から廊下へとつまみ出された。
その時、私は見てしまった。
当然のことをしたと言わんばかりの殿下の得意げな顔でも、大事なことを手紙で済ませた実の両親の無関心な顔でもない。
義妹が嗤っていた。
邪魔者をついに排除できた喜びで、笑いが止まらないらしい。
その邪悪な嘲笑を見て、ようやく腑に落ちた。
血の繋がらない義妹にとって、たとえ自分の方がもてはやされていても、里親の実の娘は目の上のタンコブだった。勿論、義姉が自分より先に良い人の元に嫁ぐことすら、許せなかったのだろう。だから、略奪し、殿下に追放させるようにけしかけた。
ああ、本当に、よくできた義妹だ。私にはできもしないことを平然とやってのける。
それでも、私は義妹を含めた彼らを憎らしいとは思えなかった。
裏切られたショックで何も考えられないだけか。
目から溢れる涙が鼻水と嗚咽を誘う。
綺麗に磨かれた大理石の廊下を引き摺られながら俯いていると、ドレスの裾が黒く汚れていることに気が付いた。あれほど麗しく華美に見えたお城も、本当はうっすらホコリが積もる薄汚い場所だったのだ。そんなことにも気付けなかった私はどれほど愚かなのか。
私が悲しいと思い涙を流すのは、裏切りに気づかなかった自分自身の愚かさと、十数年間の努力は何の役にも立たず、無駄になったことを思い知らされたからだった。
「……!」
突然、物思いにふけていた私の身体がパッと離された。
裏門に最も近い廊下へ放り出されたのだ。しかし、まだ城内だ。
きっと、殿下の命令は『城門前に投げ捨てろ』と同義だったはずなのに何故?
私を連れてきた警備兵の二人は詰所の一室へ戻っていく。単純に彼らが仕事部屋に行くついでに連れてきただけ、に近い行動だ。職務怠慢なのか、せめてもの情けなのかは分からない。
誰もいなくなった。
すべてに捨てられて、立ち上がる気力すらない。再び瞳が潤み始めた。
けれど、小心者の私は廊下の真ん中で泣くこともできず、壁に寄り添って薄汚れたドレスを抱えながら嗚咽を噛み殺していた。
「お前さ、いつまで泣いてんの?」
よろしければ、ブックマーク・評価・いいねをお願いいたします。




