宝くじが当たったので、東京へ行こう!
何故かまだ前置きが……、あれ?
治安が怪しいアパート。果たして3兆円の通帳を持つ人間が果たしてソコに帰るだろうか。ーー否である。少なくとも次郎は「帰れるかぁっ!」と言う気持ちで胸中一杯である。
ならどうするか。
答えは、「もっと安全な治安な場所……、セキュリティ万全な場所へ引っ越す」、である。シンプルで分かりやすい。と、なると不動産会社へGO!である。
しかし邪魔なものがある。何か。バイトのシフトである。こんな事情で引っ越すのだから、間に合わせで住まいを選ぶだなんてする訳がない。見付けるのに時間が掛かるかもしれない。だが見付かるまでネットカフェ? それは有り得ない。その筋の人が住んでいるアパート? それはもっと有り得ない。帰れるならそもそも住まいを変えようなんてしない。
ならば世話になるはホテルだ。
それも結構良いホテルだ。ビジネスクラスでは不安だ。もしかすれば杞憂なのかもしれないが、3兆円をこんな事でケチケチする必要も無いだろう。況してやケチって万一が起こる事の方がゴメンだ。
只、例え万全なホテルだったとしても、そこを身の落ち着け場所にする気は無い。まず安らげる家が欲しい。と、なれば焦って妥協する気はサラサラ無いが、不必要な時間を掛けるのは避けたい。それが当然の心理だろう。
となれば、幾らマシになったとは言え、時間に都合を付けられるフリーターの立ち位置で雇って貰った以上、いきなり長期の休みなんぞ取れる訳も無く、しかしだからと言って、地道に休みを使って住まいを探す……、なんて事をしたい訳が無い。
それに高級な部屋に泊まって、そこからコンビニバイトとか何だそりゃである。どう控え目に見ても有り得ない可笑しさである。
ならば素直に辞めてしまうのが一番だ。
……最も現状の心理として、今までの労働をこれからも続ける事がバカらしくなった、つまりシンプルに言うと、働きたくなくなった、と言う面が在るのも否定しないが。
……それはともかく、次は辞め方だ。トラブルを起こしたくないが、余り突っ込まれるのもゴメンだ。黙って居なくなる事はしないが、店に足を運び、丁寧に頭を下げるまですれば、質問が飛ぶだろう。適当な嘘を並べる予定だが、それが解っていて、場に飛び込む等、面倒極まりない。
と言う訳で電話だ。
余り家庭環境に関しては話す事はしていない。そんな暇が無かった、と言うのが一番の要因となった事は否定出来ないが、そもそも誰彼構わず、事情をベラベラと喋らないのも事実だ(その場限りの相手ならば、逆に話したかもしれないが)。
そしてそれは思わぬ事態で副産物を生み出した。「申し訳ありませんが、実は田舎の母が倒れて……、」と言う言葉をあっさりと信じられる土壌を形成する一部になっていたのである。更に彼に保証人が居ない事実を知る店長からすれば、「何かワケアリな面も重なってそう」と勝手に想像が走る材料になっていた。妄想の答えを知りたがる人間性かどうかの問題は、既に田舎へ帰る準備に忙しく、終わればそのまま電車に乗ると電話で告げる相手には関係無かった。また、バイトの辞表提出には煩くないいい加減な面が大いにあったので、本当にそれきりでとなったのである。
そんなこんなでバイトを辞めた。
では次は。アパートの解約か。ワケアリが多いので、何か聞かれる事は無いだろう。前住人の置き土産流用の件もあるので、金さえ掴ませて置けば、簡単に終わるとも予想が付く。しかし言い換えればそれは、「金を持ってます」アピールである。
あのアパートを管理する不動産会社にそれをして良いものか。
危険な薫りがする。気にし過ぎかもしれないが、そんなアピールをするならば、自分の安全は確保した上でやりたい。
(代理人とか……、使ったら良いよな。)
委任状を用意して、解約時の契約さえ違えない形にすれば問題無い筈だ。探偵事務所とか何でも屋みたいな処に相談する気は無いが、新たな住まいを決めた時に相談した不動産会社の人ならばまあOKだろう。場合によっては弁護士事務所に行ったって良い。と言う訳でアパート解約は後回し。
そして次は住まい探し。
当然、バイト先の人間とかち合うのはゴメンなので、この町を出る事になる。では何処へ向かうか。やはり便利なのは都会だろう。物価等、気にしないで良いし、人間関係もよりドライで良いなら言う事も無い。
そんな訳でより都会に向かう為、大きな駅に向かう電車に乗った。
ラッシュ時からは大分逸れているので、普通に席に座れた。スマホを出し、「都道府県 住民人気 都会」等と、適当に入力してみる。
(……やっぱり東京とかって他よりも遊ぶ処も多そうだよな。)
今まで趣味も特に持たずに来たが、コレを機に何か始めるのもアリだろう。人付き合いはナシな方向で行きたいが、遊ぶ場所も種類も選択肢が多そうなのはプラスだ。「検索結果の意味は有ったのか?」と聞かれると微妙な決意になったが、彼の向かう先は決まった。
そして東京へ。
彼が居た街(町)からは結構離れていたが、街(町)を出た時間を踏まえると、飛行機の座席を急に確保する程とは思わなかった。
彼にとって、東京は修学旅行(学校イベントなので行く事は出来た、但しお小遣いは無かった)でしか行った事が無い大都会。そこで住まいを探すならば、朝一からじっくり行いたい気持ちがあった。言い換えれば、急な大移動先で休まず動く事は避けたいと言う事だ。何せ大金の通帳を持っての移動だ、何をしなくても移動だけで疲れるだろう事は予測が着いた。
着いたらまずは(高級な)宿泊施設を探したい。多分、タクシー辺りで確認すれば間違いないだろう。
そしてそう考えると、無理して昼一の時間に着く必要は感じなかった。別にビッグなイベントがある訳でもなし、夕方〜夜に掛けての時間でも、空き部屋は簡単に見付かるだろう。高い値段ならば尚更だ。
だから彼は新幹線を利用する事にした。
大きな駅から、更に新幹線がある駅に向かって、電車を乗り替え、指定席が買えたので、そのチケットを買い、新幹線に乗り込んだ。車内販売で気になるものを買い、適当に過ごした。因みにクレジットカードを持っていない(年収の問題)彼は、当座の資金を下ろしている。財布(結構、ボロい)に5万程入れ、残りは封筒に入れ、鞄の奥底に閉まっている状態であった。
まだまだ暑く明るい夕方色の空の時間に着いた。人がとにかく多い。何処を行けば良いのか、案内板を見ても判断するのは難しい。
(方向音痴では無いけど……。)
正確にはそう認識しているだけで、実際は定かではない。とは言え、普段使う駅とは差が多過ぎる。これ程の差があれば、方向音痴でないだけならば迷うのも頷ける………、かもしれない。
「すみません。」
今から何処かの電車に向かうのか、車掌らしき人が歩いていたので、呼び止める。
「タクシーが多く止まって、ここから道のりが一番ややこしくない出口は何処ですか?」
ちょっと注文が多いかもしれないが、駄目元で叶えて貰いたい要望を入れて見る。と、時間があったのか、親切だったのか、或いはその両方か、丁寧に教えて貰えた。
(やっぱりラッキーだよな。)
小さなラッキーがあり、ドデカイラッキーを掴み、その後も吉日かと言う様な事が続いている。今の流れが留まらない内に、落ち着きたいものである。
教えに従い、時折現れる案内板と比べながら歩くと、望む出口に出る。慣れないからか「大体15分くらい掛かる」と言われた時間を少し超えた。少しくらいで済んだのだから、やはり良い人を捕まえたと言えるだろう。
そう満足しながら、タクシーに向かいながらも辺りを見回す。デパートと言おうか、百貨店と言おうか、そんな感じの建物がゴロゴロある。良く見れば、内部で繋がってそうなホテルも隣接しているのが分かった。
(あれってビジホなのかな。)
外観だけでは分からない。首を捻りながら、近くの柱に背中をくっつけ、周囲の邪魔にならない様にスマホで検索してみる。
(うーん、高級って名の付くホテルは他にもあるみたいだしなぁ。)
格安からビジホ、高級ホテルまで色々とある様だが、今、見えているホテルが望むものかどうかも不明だ。
(東京とかって、価値をセールしたりとかしないイメージなんだよなぁ……。)
関西圏は「高くて良いものは当たり前、安くて良いものを見付けるのがツウ」的なイメージがある(特に若い世代では)。対して東京は「安いものに良いものは無し、高くてもケチらず買えば、長持ちするから結果的にお得」な主張をするイメージがある。
(良し、高いホテルで探そう。)
「東京 ホテル 高級」で検索し、出てきたサイトで値段がより高いホテルをざっとだが比較して決める。そこからホテルの公式HPへ飛び、ページを開くとタクシーへ向かって歩き出す。
見るからに人が多いが、タクシーに乗る人はそんなに居ない様で、並んだりはしていない。この時間帯は何時もそうなのか、偶々今日がこうなのかは知らない。
次郎が近付くと、運転手は直ぐに気付いた様だ。後ろのドアが開き、彼はそこに乗り込む。
「すみません、このホテルにお願いします。」
「運転手に聞こう」、とか考えていたが、駅周囲のホテルの数にそれも吹っ飛んだ結果だった。そして同時にこれで、余程、悪質でない限り、厄介な処へ行かないだろう。それに辺りはまだ明るい。変な治安の処に向かう様な真似をするにも時間が早い。良い自衛になったかもしれない。尤もこの運転手が極普通の良心的な運転手な可能性もあるのだが。
お読み頂きありがとうございます。
☆修学旅行でしか東京に行った事ない筆者は東京のアレコレを書けません。先に宣言しておきます。因みに田舎者なので東京に憧れがあります。
☆実はこの世界は現代地球の平行世界で、ちょっと未来です。だからコロナは関係しません。