ボッチプレイ希望
運営サイド視点あり、です。頭の中にあるものを何処まで説明すると良いのか……、迷ってはいるんですよね……。
ほんの数分前に話は戻る。NPCとそれに混ざる運営のアバター達がチュートリアルを行っている。それをリアルから確認していた社員達は全員が「始まりの広場」と名付けたエリアに注目していた。そこへ届いた運営へのメール。まさかチュートリアルメインの中でメールが来るとは思わず、首を撚る一同。
「僕が見ますよ。」
比較的若い社員がメールを開ける。
「…………………え?」
そしてピシリと固まる。
「どうした?」
その様子に彼の上司が声を掛ける。
「あ、あの……、未実装エリアに飛ばされたってプレイヤーが……、それもダンジョンエリアなんですけど……。」
紛れもなく、音無次郎ことアポロンからのメールであった。
さて。ここでエリアに付いて簡単に説明する。エリアはまず「実装済・開放済エリア」、「実装済・未開放エリア」、「未実装・未開放エリア」の3種類に分けられる。その内訳は下記を参照にして欲しい。
①実装済・開放済エリア:
プレイヤーが自由に行き来出来る様に設定されたエリア。「始まりの広場」を含む幾つかの初期エリアが当たる。
②実装済・未開放エリア:
プレイヤーの行き来に制限が掛かるエリア。特定の条件を揃えなければ行き来出来ない(条件はエリアによって違う)。条件を気にせずに自由に行き来出来る様になる事を「開放する」と言う。開放出来るエリアとそうでないエリアがある。
③未実装・未開放エリア:
プレイヤーが現在、どうしたって行き来出来ない様に設定されているエリア。ダンジョンエリアだけでなく、他エリアも存在する。
と、言う訳だ。だから可笑しい。どう考えたってプレイヤーが行く事は出来ないのだから。
「バグか……?」
となると当然、思考はそちらに向く。何にせよ、いきなりやってはいけないミスをしてしまった様なものだ。上司がVR専用の巨大コンピューターを操り、メールの流れを遡る。まずはプレイヤーの確認だ。
未実装エリアは普段何重にも鍵を掛けられている為、少々時間が掛かる。と言っても数瞬で画面が出る実装済エリアと比べて、の話だが。
「む、」
映し出されたダンジョンエリア。確かに居ない筈のプレイヤーがいた。しかし。
「消えた!?」
その場から突然、消え失せてしまう。慌ててその場のログを読み取ると………、
「テレポートだと!?」
どう考えても初期に身に付けるスキルではない。混乱しながら遡っていく……。
「スキル『夢幻顕在』だと!?」
実はこのスキル、デミゴッドにしか使えないスキルであった。
「まさか……、」
衝撃の余り、上司が先程から声に出してしまう為、大体の事を察する周囲。
「課金関連を確認します!」
そう叫んだのは若手ではなく、中堅辺りになる女性だ。課金関連はゲーム内ではなく、ゲーム外で最終は管理される。全く別の社内PCにて、振込関連を確かめる。
「即金で1500万支払われていますっ!!」
そして結果を叫んだ女性に周囲はますます騒ぎ出す。
「マジか!? 最初のアバターで1500万課金したのか!?」
「想定外にも程が有るぞっ!!」
「そりゃダンジョンエリアに飛ばされますって!!」
やいのやいのと騒ぎが大きくなる。まさかデミゴッドを課金で選択するプレイヤーが出るとは思っていなかったのだ。あくまでも500万の情報量と1000万のアバター作成はプレイヤーの興味を引く為だけのものだった。
1500万をポンと出せる人間も探せば居るだろう。しかしそれをゲームで使う人間が居るとは思わなかったのだ。廃課金ユーザーでさえしないだろうと考えていた。甘っちょろい予測を立てていたのだ。だから彼等は誰も「プレイヤーが初めにデミゴッドを選んだケース」を想定しておらず、AIの選択を決めていなかったのだ。その為、AIはデミゴッド専用チュートリアルのあるダンジョンエリア……、別名「最終エリア」にと、初ログインのプレイヤーを送り込んでしまったのだ。
「どうするんですか……?」
「どうもこうも想定外過ぎる。デミゴッドの説明はされていない筈だし、それこそ他種族の情報を開示しないとあれば、色々とステータスへの理解が及んで居ないだろう事も予測出来る。
……だが正直、全部の説明をしてしまったら、記憶を消した上でデミゴッド以外を選択する様に誘導しない限りはデミゴッドを放棄するのは許されないし……、」
想定しなかった自分達が悪いのだと考えていたが、「じゃあ良い解決策は」となると思いも付かない。そんなこんなで結果的に、当人にどう説明するかは上司が全責任を被り、プレイヤーの元に行く事になったのだった………。合掌。
アポロンはスーツ姿を見て、運営の人間だと直ぐに気付いた。否、単にスーツからそう思い込んだ、が正解だろう。只、今回は実際にそうだったので、問題は何もない。
「大変、申し訳ございません!!」
力強く頭を下げる相手を見て、アポロンは「やはりバグか」、「でもチュートリアルクリアしちゃったんだよな〜」、とか考える。
「機体登録名は音無次郎様、プレイヤーネームはアポロン様でお間違え無いですよね!?」
「そうですが……、」
「私、社員の河村と申します!」
何か色々と順番が逆になっている様な気がするが、そこは「見ないフリをしよう」と思ったアポロン。別に焦る彼、河村の為ではない。状況を何とかする方が先決だったからだ。
「今回の1件……、完全に当方のミスで御座いまして……、誠に申し訳有りません……。」
もう2回目の謝罪である。アポロンとしては「取り敢えず誠意は伝わったので、先に話を進めて欲しいな」と思うのだが。
「それで……、やっぱりチュートリアルの場所じゃないですよね? バグですか? 本来のチュートリアルに戻して頂けるのでしょうか?」
立ち上がり、河村に尋ねるアポロン。それに対して、河村は肩身をギクリと固くした。
「その事に付いてなのですが……、アポロン様はデミゴッドと言う種族をお気に召しているでしょうか?」
固くした身体に似合う硬い声で尋ねられ、アポロンは僅かに眉を上げる。
「まだ良く分からない点は多いですが、気に入らない事は無いですね。チートスキルも持ってるし、色々と使い勝手を工夫するのは楽しそうです。」
「では……、デミゴッドと言う種族自体には悪印象は無いと……?」
何を確認したいのか、何となくだがアポロンは察する。
「ええ。……もしかしてデミゴッドって本来は課金で成れるものでは無かったのですか? そこがバグっていたのですか?」
「いえ、そうではありません。只……、選ばれる事は無いと思っていたのです。」
そこまで言われて、アポロンは「何にしても『やっぱり』だな」と思う。
「……つまりデミゴッドは終盤近くで発見される種族予定で、初期アバターとしてのプログラムを組まれておらず……、結果、僕がクリアしたこのデミゴッド専用と考えられるチュートリアルのエリアに飛ばされた、と言う訳ですね。で、現状、僕がデミゴッドを辞める選択をする以外では解決方法が無い……、そう言う事じゃないですか?」
「デミゴッド」を気に入らなければ、話は簡単だった。アバターを作成し直せば良かったのだ。……トランス5万1270号との遣り取りから、情報制限に厳しいだろうと予想出来たので、「最低でも幾つかの記憶を奪われた上での話」である事もアポロンは理解していた。
「仰る通りです。本来の攻略状況とは違い、現状ではもしデミゴッドを解除しないならば、基本はこのエリアを攻略するまで出る事が叶いません。本来の此方が開催するイベント時のイベント専用エリアでしたらまだ何とかなりますが。」
「通常の攻略が出来ないと言う訳ですね。成る程……。」
ここで少し考えるアポロン。そもそもゲームをエンジョイしたいと思っていても、「攻略組」と呼ばれる様な活動に関して、彼はそこまで魅力を感じていない。即ち「通常の攻略」も「ダンジョンエリア攻略」も執着する理由も無いのだ。その意味ではどちらを選択しても構わないと言うのが本音だ。
只、前者を選ぶとデミゴッドではなくなる。これは痛い。だが後者を選ぶには、課金した故にデミゴッドの基本情報が欠けている現状が及び腰にさせる面が否めない。そこへ。
「……それと……、ダンジョンエリアは当分実装されない事は変わりませんので、プレイヤー達が来れません。パーティーを組んだり、クランを組んだり、と言う事が出来ません。1人で攻略しなければならないですし、攻略しても開放出来ません。」
河村は気遣って言ったのだろうが、アポロンからして見れば、それは悪くない。彼は人付き合いをなるべくならしたくないのだ。寧ろ「プレイヤーが来ない」=「トラブルの心配が無い」と魅力的に映る。
心は決まった。
アポロンは言う。
「デミゴッドは辞めません。折角ですからダンジョンエリアの攻略を頑張ろうと思います。」
「……そうですか……。」
そして河村からして見れば、運営サイドからして見れば、それは困る選択でもあった。何せ実装予定がまだまだ先なのだ。下手に彼がクリアしてしまえば、未実装に関わらず、開放されてしまうのだ(故に防止しなければならない)。
未実装・開放済エリア(故に防止しなければならない)。
それはちょっと計算に入れていない(故に防止しなければならない)。しかしこれが「1500万も支払ってデミゴッドになる奴なんか居ないよ」と舐めプした結果だ。彼等にアポロンの決定を辞めさせる理が無い。ポンと1500万を支払える客を手放せないと言う点も、強気交渉を挫く要因ではあるが。
(それにマズいぞ……、これは他の課金人種にも起こり得る問題でもある……。)
一番高価な種族でいきなり起こった問題が、それより安価な種族で同じ問題が起こる可能性を増しましに主張する。
「処でデミゴッドのステータスとか、このダンジョンエリアとか、本来のルートで来ていた場合、分かっている筈の情報って教えて頂けるのですか?」
無理なら無理でも構わないが的な気持ちだったが、色々と考えて冷や汗ものの河村には若干、脅しにもーー「そっちのミスなんだから、そのくらい教えろよ」ーー聞こえていた。
運営には「記憶消去プログラム」がある。問答無用でそれを使えば一旦は解決可能だ。倫理や人道等はこの際考えないとして、だが。
只、先を考えるならそれだけでは片手落ちだ。記憶消去を受けた処で、プレイヤーの人格が変わる訳ではない。ならばまた同じ思考に至り、同じ選択を取る事は高い可能性を持って有り得る。
つまり、記憶消去後の誘導が重要になる。
が、ソレが上手く行く補償は無い。そして上手く行くまで何度も試せる訳がない。普通にタイムリミットが有る。記憶消去をされると言う事は、例えば14時にカプセルを起動させていたとして、15時に記憶消去されて、最初からやり直しになった場合、その時点で1時間のズレが出来ている。
つまり、余程の短時間で無い限りは、記憶消去を隠す事は殆ど不可能なのだ。
ならば「カクカクシカジカな事情が有りまして記憶消去させて貰っています」と隠さず打ち明ける方が良いだろう。
しかしそうなるとシステム変更が否めない。そしてシステム変更は河村1人では決められない。そんな権力がある身分でもない。必然的に変更される先のシステムをどうするかを決める会議が必要となり、更にそれを実装するには、日数も掛かる。
つまり河村はシステム変更の元になる行動を取れない。だからと言って、事態を報告し、緊急で会議を開き、結果をプログラムに反映させるまでの間、次郎のログインを禁止する事も出来ない。況してやそれが原因で次郎がゲームから離れてしまう等となれば、1500万を簡単に支払える客を取り零してしまうと言う事にもなる。
こうしたジレンマから、河村は自己判断が許される範囲でアポロンへの便宜を図るーー即ち情報提供するーーしか無かった。この様な経緯からアポロンは漸くデミゴッドに付いて知る事になったのだった(但し攻略情報を何処かでバラされても困るので、彼がアバター作成で情報提示課金をして居れば得られる筈だった情報のみで交渉成立)………。
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